4年前の真相
今から4年前。
王国最強部隊と大袈裟な肩書きを背負わされた『ルーライト』の総隊長として、数年が経った頃。
あの騒動は起きた。恐らく、事前に計画されたものだったんだろう。
「総隊長! どうします!?」
「総隊長、指示を!!」
それは王都ローデリアの周辺に出現した‥‥‥全身真っ黒の、人型化け物。おそらく、人為的に作られた生命体。
つまり、王国破壊を目的とした何者かの介入。
「今はグロッサ王立学園の『見学会』の影響で、普段よりも王都に人口が密集しています!!」
「あんな化け物を入学前の子どもたちに見られたら、間違いなく国内の評判がっ‥‥‥!!」
隊員のジルとエルリカはまだ経験が浅く、明らかに狼狽えていたのは覚えている。
ーーー今は部隊の主力と聞いて、驚いている。
「数は20から30。南側から現れたことを考えると、やはり学園が狙いかもしれません」
淡々と意見を発言したのは隊員のハユン。
天然パーマの茶髪が特徴的な、冷静沈着な男。正直、私は苦手だった。
「学園付近の護衛はシズカにお任せください。柔和で美人なシズカなら、学生や見学者たちの動揺を抑えられるでしょう」
自分の事を名前で呼ぶ女は隊員のシズカ。
実際、黒髪を真っ直ぐ下ろす正統派だが、口は名前と完全に真逆な女。こいつも話しづらかった。
「いえ、私に任せてください! 今3年生である私なら、学園の子たちも話がしやすいはずです!」
「エルリカ? さっきまで馬鹿みたいに狼狽えてた君に、落ち着いた行動が取れるのかしら? それに1番、学園が危ない場所なのよ?」
「し、しかしっ」
「しかし? このシズカに意見があるなら言ってみなさい」
そして、新人のエルリカを言葉責めにする事が多いドSでもある。ほんっとに癖のある面倒くさい奴が多かった。
「こ、高圧的なシズカさんは、むしろ逆効果では無いかと思います! 大人ですしっ!」
「はあ? 10代の自分って若いですよ自慢? 20過ぎのシズカは年増だと?」
「い、いえそんな事は!?」
「そんなこと言ったら、総隊長なんて今27歳よ? 年齢を理由に組み込むのはどう考えてもーーー」
「お前らうるさい!! 関係ない事を無駄に喋るな!!」
こうやって、私が一喝する事も少なくない。
「そうだそうだ! 姉御は歳上だから魅力が更に跳ね上がってるんだよ!! そんな事も分からず年増扱いする無知なカスは俺がブッ殺す!!」
「お前をブッ殺すぞ!!」
ジャックという男は、5年前から少しも変わらず気持ち悪いことを言っていた。
今と違うのは‥‥‥身バレ防止の白い仮面と、左腕には何も巻かれていない事くらいだ。
「もういい。私が学園を守るから、お前らは出現した化け物倒してこい」
この時の選択を、私は今でも悔やんでいる。
「んーや。その役は俺がやるよ、姉御。殲滅力が最も高い姉御がガキどもの護衛なんて、宝の持ち腐れだ」
「それを言うなら君も、性格が護衛なんて向いてません。やっぱりシズカにお任せを」
こいつらの言葉を、私が総隊長として跳ね返していれば。
「ーーーアーシャ、少しいいかな」
後ろから話しかけてくる親友の異変に、少しでも気づいていれば。
「王都の北側周辺は僕の部隊が配置に着くから。君たち『ルーライト』は出現した謎の生物に集中して」
「お前は本当に頼りになるな。グラリオサ」
「学生から12年間の仲だからね」
グラリオサ・ヴァイオレットの提案を快諾しなければ。
「シズカさんっ!! しっかりしてくださいシズカさんッ!!!」
隊員のシズカが、死なずに済んだかもしれない。
「は? ぁ‥‥‥ふざけんなぁぁぁぁッッ!!!!」
「ごめん、ハユンくん」
隊員のハユンが、錯乱する事は無かった。
「ちッ、鬱陶しいんだよ!!!」
「姉御っ、ここは俺に任せろ!!」
謎の敵に翻弄されて、あれほど混乱せずに済んだ。
「グラリ、オサっ‥‥‥?」
「やっぱり‥‥‥君は気づいてくれなかったね」
でも‥‥‥親友の裏切りには、どう足掻いても気付けなかったと思う。彼女とは10年以上関わりを持っていて、ずっと繋がりがあったから。
「こんなに一緒にいたのにさ。僕の計画に気付かないんだから」
学生時代も。
世界中を旅した時も。
上級魔族を倒した時も。
謎の吸血鬼を倒した時も。
魔界に足を踏み入れた時も。
そして‥‥‥魔王を倒した時も、ずっと一緒だった。
「ぅ、ぐ‥‥‥」
迫り来る死と土の味。これほど痛く、辛い事は初めてだった。魔王と戦った時と同等‥‥‥いや、それ以上だと思う。心身共に限界だった。
「ま、だ‥‥‥」
私は無我夢中で、時魔法を発動した。
それは‥‥‥身体の時を戻すという裏技。
人間であることを、放棄する事になると知らずに。
「ーーーここ、は‥‥‥? それに、私は‥‥‥」
どれくらい経ったか分からない時間。そこから目覚めて、私は気付いた。
「やっぱり‥‥‥魔法は意識が乱れた時に使ってはいけないんだな」
時魔法の扱いを大きく誤り‥‥‥身体が時を刻まなくなった事を。
「今の私は‥‥‥生きてるのか‥‥‥?」
4年前に取り残された、哀れな私自身を。
◆◇◆◇
「‥‥‥‥‥‥」
アヴリス・アルデナが両眼を閉じて、首を横に振る。もう、話は終わったと言わんばかりに。
「そんな事が‥‥‥」
エリスが一筋の涙を流し、姉である彼女の両手を掴んで‥‥‥優しく握り締める。
「ーーー分かるよ、お嬢。ずっと姉御に会えなかった、その気持ち」
「ーーー魔王討伐後に別れてから、そんな事があったなんて」
口喧嘩をしていたはずのジャックとシャルロットが、何故か後方で腕組みしながら反応していた。
「‥‥‥それから4年間、1人で?」
そしてアイトは、話の続きを促すように話しかける。
アーシャこと、アヴリス・アルデナの事を知りたいという一心で。
「いや、正確には2年間だ。あの日から私は2年間、地下に出来た空洞に倒れていた」
「「っ‥‥‥」」
アイトは息を呑み、エリスは大粒の涙が勢いよく流れていく。シャルロットも無言のまま何も話さない。
「やっぱり‥‥‥姉御が潰されたっていう話は、本当だったのか‥‥‥」
ただ、当時の関係者だったジャックだけが、両手の拳を強く握り締める。
「誰から聞いたんだ」
「4年前の事件、あんたと一緒にいたバカ王子だよ。切り取られた山が降ってきて、あんたがそれに飲み込まれたってな」
「そうか。ルークには辛いところを見せてしまったな」
アヴリスが唇を噛んで下を向く。当時の出来事を悔いているようだった。
「‥‥‥まだ聞きたいことがある。目覚めた後、アーシャは何をしてたか」
アイトは話を切り替えるように話す。正直、今の空気に耐えられない部分があった。
「それは‥‥‥」
アヴリスが少し困った顔で、無意識に一点を見つめる。その視線は‥‥‥エリスに向けられていた。
「エリスを、探していたんですか?」
アイトは躊躇なく確信を突く。それは彼女を助けて保護したアイトにとって、無関係ではない話だったからだ。
アヴリスはどこか諦めたように小さく笑うと、その重い口を開く。
「‥‥‥ああ。親友に裏切られ、隊員も死なせてしまった私には‥‥‥もう家族しか無かった。無我夢中で故郷のリフル村に戻り、懐かしい家へ戻った」
「っ‥‥‥!!」
彼女の言葉に反応したエリスが、歯を噛み締めて斜め下を向く。
「家は荒らされていて‥‥‥2つの墓があった。その墓には指輪が1つずつ、置かれていた」
アヴリスが力無く話した瞬間、エリスが勢いよく抱き付いて咽び泣く。
「父さんと母さんの、墓だった。さすがに、心に来るものがあった。私は‥‥‥自分の無力を呪ったよ」
「姉さまっ‥‥‥お父さんとお母さんはね‥‥‥毒で亡くなったんだよっ‥‥‥!」
「毒‥‥‥?」
背中を優しく撫でるアヴリスが眉を顰めて反応すると、エリスは息を乱して捲し立てる。
「家の近くにある川に、誰かが毒が流してっ‥‥‥私はこの眼で気付いて慌てて引き返したんだけど‥‥‥それを知らずに飲んだ2人がっ‥‥‥!!」
「‥‥‥『地獄行』の仕業だな」
その問いかけに、エリスがはっきりと頷く。2人の過去の一部が重なり、アヴリスが小さく呟く。
「それから私はエリスを探したが、見つけられなかったんだ。今から約1年前、謎の集団が王都付近の魔物を殲滅した時までは」
エリスを抱き締める力が強くなり、アヴリスは唇を震わせる。
「エリス‥‥‥本当にごめんっ。大事な時に側にいなくて、今まで会えなくてごめんッ‥‥‥!!」
アヴリスが、大粒の涙を流して声を震わせた。これが、先ほど頭を下げた彼女の真意だった。
「姉さん‥‥‥大丈夫。私はもう、大丈夫だから」
そんな姉からの抱擁を優しく解き、エリスが深呼吸して話し出す。
「毒が広がった森ではもう住めないから、2人のお墓を作ってから‥‥‥私は外の世界へ飛び出したの。自分のお小遣い。それに姉さまの使い古された剣と、食料や水を詰め込んだ袋を背負って」
彼女の話を聞き、アイトは目を見開く。
「ーーーぁ」
重なる。初めて会った時の彼女と、重なる。
「でも、家の周辺を監視していたんでしょうね。私を追ってくる不審者がいたの。必死で逃げて、生きて、その先で‥‥‥運命の出逢いがあった」
そう言った彼女の視線が‥‥‥アイトにぶつかる。
「犯罪組織の末端を颯爽と倒して、手を差し伸べてくれた銀髪仮面の少年。私の眼が『共鳴』して、彼の遠くの未来を知った」
ここで初めて、エリスは昔話をする中で‥‥‥笑顔を見せた。
「その後は無理言って、アイの従者にしてもらった。一緒に過ごして。鍛錬もして、戦って、組織ができて‥‥‥本当に色んな事があったけど、楽しかった」
そう言って微笑む彼女は、最後に一筋の涙を流す。
「アイ‥‥‥本当にありがとう。私が幸せに生きていられるのはーーーアイト様が居たからです」
その言葉に、アイトは目を潤ませて首を振る。こちらこそ、楽しかったと笑顔で伝える。
「ーーーアイト少年!!」
アイトは突然、両手を掴んでくるジャックに驚いて声が出ない。
「お前は本当によくやってくれた!! 幼いながらにお嬢を守り、組織まで立ち上げるなんてな!」
「いや、組織は本当に成り行きで‥‥‥」
「前から思ってたんですけど、お嬢って私のことですか‥‥‥?」
アイトは素直に白状し、エリスに至っては冷ややかな目でジャックを見つめる。だが、この男はその程度では止まらない。
「俺の目に狂いは無かった。交易都市で吸血鬼と戦うお前を見た時からな」
「いや、あれは無我夢中でーーー」
「俺はお前を全面的に支持する。謎の組織『エルジュ』万歳、『天帝』万歳だ!」
早口で捲し立て、アイトの両手をブンブンと振りまくる。
「あのっ、俺はそのっ‥‥‥」
「謙遜するな、アイト。こいつは基本、他人を信じない捻くれ者だ。そんな奴にここまで言わせたんだ。お前は、自分のしてきた事を誇っていい」
アヴリスが口を挟み、不敵に笑ってアイトの肩を掴む。
「それに私も‥‥‥お前が居てくれて良かったと、心の底から思っている。私たちにとって、お前は本当に『正義の味方』だった」
「いやっ、俺は正義なんて大層なことはっ‥‥‥!!」
アイトは無意識に、否定しようとする。後ろめたく感じる、言葉を。
「自分のやってきたことを、そこまで卑下しなくていい。『天帝』レスタは、王国の敵なんかじゃない」
だが、アヴリスは優しく微笑みながら、そう言った。
「っ、、あぁっ‥‥‥!!」
アイトは声を漏らし、涙腺が緩む。
止めようとしても、感情は溢れ出して止まらない。
「俺はっ‥‥‥俺はぁッ‥‥‥!!」
嗚咽で言葉が出せず、肩を上下しながら両手で顔を隠す。
「あなたは自分の人生を誇っていいの。だって、あなたを慕う人が沢山いるんだから」
この騒動を通して、幾つもの涙が流れ落ちた事だろうか。
恐怖で涙を零す者。
不安で涙を流す者。
苦痛に涙する者。
安堵して、涙が溢れる者。
「エリスっ‥‥‥みんなっ‥‥‥ありがとうッ‥‥‥!!」
そして‥‥‥嬉しくて涙が止まらない者も、確実にいるだろう。
王都の崩壊が、勇気ある者の力で塞がれた事によって。
「ーーーここにおったか!!」
だが、突然の訪問者にその空気は一変する。
国王ダニエル・グロッサが息を振り乱して駆けつけてきたからだ。
「て、帝国がっ‥‥‥!! アルスガルト帝国が国境に近づいてきている!!」
それは、事態の急変を知らせる不穏な一報だった。




