絶世の美少女
「ーーーちょっ、ちょっと一旦中断して!! あまりにも情報が多すぎる!!」
ジャックが両手を振りながら懇願し、数秒だけ静寂が訪れる。
「‥‥‥姉御の未成人前の話っ、胸に響くぅ!!」
すると彼は大袈裟に胸に手を当て、椅子を引いてもたれかかった。
しかも、満面の笑みで目を輝かせている。誰の目から見ても、奇怪に映る。
「ていうか姉御の新情報、熱すぎっ!! 家族の話とか聞いててこっちが泣けてきた!!」
「大袈裟だな」
「そして何よりーーー妹!! 妹だって!? 姉御に妹がいたなんてっ‥‥‥そんなの絶対にぃっ‥‥‥美人確定演出だろぉぉぉぉぉ!!!?」
「なんでお前は私に対して、態度がそんなに気持ち悪いんだ?」
そしてアーシャは、汚物を見るような目で汚物を一瞥する。
「それで妹ってどんな感じ!? まだ話に出た森にいるとか!? 俺が今すぐ探してこようか!?」
「さっきお前が乱入してきた医務室にいただろ」
「ーーーへ!?」
「私に殴り飛ばされて嬉しそうなお前を、軽蔑したような目で見ていただろうが」
アヴリスは呆れながら説明すると、ジャックが遂に椅子から立ち上がって机を叩いた。
「まっ、まさか眩い金髪と真っ赤な瞳の美少女が‥‥‥姉御の妹っ!?」
「そうだ。やっぱり把握してたなお前」
アヴリスが更に目を細めて軽蔑の眼差しを向けるが、ジャックの昂りは止まらない。
「うぉぉぉぉっ!!! やっぱり妹さんも姉御に似てて絶世の美少女!! 俺にとっては絶対に守り抜かねばならない可憐な花っ‥‥‥!!」
「気持ちわる」
「任せてください姉御!! 俺の命に変えても、お嬢は必ず守ります!!」
「むしろ危険が増えそうで近付けたくない。ていうか、お嬢ってなんだ」
アヴリスは何度目か分からない軽蔑の目を向ける。 そしてジャックも、何度目か分からない恍惚とした笑みを浮かべる。
先に表情を変えたのは、アヴリスの方だった。
「じゃあ、次は私の番だ」
「おっ、なになに?」
ジャックが前のめりに聞き返すと、アヴリスが視線を斜め下に落とす。
「その左腕‥‥‥いったい何があった」
それは彼の左腕‥‥赤く滲んだ痛々しく巻かれた包帯。
「‥‥‥ああ、これ? 別に大したことじゃねえからーーー」
「大したことないかは、私が決める。4年前までは、そんな包帯巻いてなかっただろ」
アヴリスは言葉を割り込ませて、茶化そうとするジャックを止める。
そして、彼女は今もずっと左腕を凝視し続けている。
「‥‥‥分かったよ。そんなに楽しいものじゃねえよ?」
ジャックが観念したように息を吐き、右手で左腕の包帯を取り始める。膝から指先までビッチリと巻かれている包帯が、ハラリと机に落ちる。
「っ‥‥‥」
アヴリスは、大きく目を見開いて息を呑んだ。目を逸らす事はせず、驚愕を噛み締めるように凝視する。
「‥‥‥とまあ、こんな感じだ。あんたほどの人がそんな顔するんだ。他の人には見せられねえよ」
ジャックは眉を下げて苦笑を浮かべる。アヴリスの反応を揶揄うように話す。
「あ。別に血が出てるのは、今回ちょっと無茶したからで。普段は血なんて出てないから、安心してくれ」
「‥‥‥」
ジャックが包帯を器用に巻き直す間、アヴリスは一言も話さずに黙り込んでいた。徐々に隠れていく彼の左腕を凝視し続けて。
そしてジャックは包帯を巻き終えた後、両手を広げて茶化してみせる。
「な? 別に厨二病じゃないって分かっただろ?」
「‥‥‥ジャック、おまえ」
「あんたに比べたら、こんなの屁でもねえよ。これは別に、あんたのせいじゃねえ。俺の自業自得だ」
「話してくれ。どうしても聞きたいんだ」
「‥‥‥姉御ぉ〜! やっぱ俺たち相思相愛なんだな〜!!」
「茶化すな!!」
アヴリスが机を叩き、一切の躊躇なくジャックの胸ぐらを掴む。首元がギリギリと締まっていくが、彼は眉一つ動かさず佇んでいる。
「隠すようなら、もう二度と‥‥‥相手してやらないぞ」
「‥‥‥わかった、わかったから。ちゃんと後で話すから」
「‥‥‥なに?」
「こっちに誰か近づいてきてる。あんたは今、そんな事にも気付かないほど冷静じゃないんだよ」
アヴリスは渋々、彼の胸ぐらから手を離す。そして外から聞こえる足音に意識を向ける。
ドンッ!!!!
「ーーー姉さまっ、助けて!!」
足音が止まった直後、室内の扉が勢いよく開く。
廊下から中へ入ってきたのは、話に出ていたエリス・アルデナ。
そして彼女にお姫様抱っこされている、黒髪少年。
「って‥‥‥お、お嬢ぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
「っ!?」
「うわ、何言ってんだこの人っ」
唐突に正気を失ったジャックの叫び声は、入ってきたエリスたちを驚かせる。その数秒後、後を追うように扉の前に現れたのは。
「ーーー勝手に私から逃げて、どういうこと。ちゃんと説明して、エリス」
それは彼女の師匠である伝説の魔法使い‥‥‥『使徒』シャルロット・リーゼロッテだった。
「え‥‥‥」
だが、彼女は大きく目を見開いた。そして追いかけていたエリスではなく、一点を見つめている。
「あ‥‥‥アリス」
「‥‥‥エリスを鍛えたのは、お前だったのか」
それは登場してからずっと注目の的であるアリスティア‥‥‥いやアヴリス・アルデナ。
「ーーーアリスっ」
シャルロットは駆け出した。背中の白い翼をパタパタ動かし、全身を駆使して1秒でも早く距離を詰める。
「ーーーんっ」
そして‥‥‥アヴリスの唇を、自らの唇で塞いでいた。
「〜〜〜!?」
これまで飄々としていたアヴリスすら、目を白黒させて動揺を隠せない。唇を、吸われる感触に。
「ちょっ!?」
「ーーーおいおいおい? 何やっちゃってくれてんの? おい‥‥‥ブチ殺すぞクソ天使ぃぃぃッ!!!」
エリスとジャックの声が同時に響き渡る。突然の事態に声が出るのは仕方ないと言える。
後者は我を忘れて、現行犯に掴みかかっていたが。
「‥‥‥超展開すぎて全くついていけない‥‥‥」
そんな混沌とした光景に、自分は関係ないと言わんばかりに現実逃避する黒髪少年‥‥‥アイトだった。
百合展開待ったなし(?)の状況から、数分後。
「てめぇは禁忌を犯したなぁ!? 俺だって4年以上やってなかったのに何様だゴラァっ!!!」
「私は10年くらい前から会っていなかった。それに別に減るものじゃない。でも、久しぶりの再会で気が昂ったのは、認める」
ジャックが右手でシャルロットの胸ぐらを掴んで大声を張り上げる。
シャルロットは抑揚の無い声で言い返す‥‥‥そんな光景である。
「生々しいこと言うんじゃねえ!! お嬢もいるのになんてこと言うんだお前はッ!!?」
「君に怒られる筋合いは無い。そもそも私の方が怒ってる。交易都市で、君が無視して逃げていったから」
「あぁ!? 今さらそんな事引っ張り出してくるんじゃねえ! って思い出した‥‥‥お前が俺の居場所をクソ王子に漏らしたんだろ!?」
「それが彼との約束だったから」
「約束だぁ!?」
「アリスの右腕だったという君の情報を貰う代わりに、見つけたら彼に報告するという約束」
「このクソアマっ‥‥‥あのぉ姉御ぉ、こいつもうやっちゃっていいよなぁぁぁぁ!!?」
「アリス、この子止めて。さっきから鬱陶しい」
‥‥‥という完全に不毛な言い合いが、室内に何度も響き渡っていた。
「まさかアーシャが、エリスのお姉さんだったなんて‥‥‥」
一方、端に椅子を集めて座っている3人。
アイトは隣に座るエリスと、対面に座るアヴリスを交互に見て驚嘆していた。
「言われてみれば、似てる‥‥‥綺麗な髪とか整いすぎてる顔とか‥‥‥本当に美人姉妹だ」
アイトは思った事を口に出していると、少し異変を感じて口を止める。
対面のアヴリスが冷徹な目を向け、隣のエリスは縮こまって太ももに両手を挟んでいる。
「? どうしたエリス」
「な、なんでもないわっ。ええ、なんでも‥‥‥」
「平然とした顔で言いやがって誑し野郎め」
「口が悪すぎませんかねアーシャさん!?」
アイトは思わず、圧が強い対面の彼女に両手を振って抗議していた。
「‥‥‥ふふっ」
そんな様子を見ていたエリスが嬉しそうに微笑む。
「姉さまって、アイに『アーシャ』って呼ばせてるんだね。少し意外」
「ばっ、バカを言うなエリス。お前に会えない寂しさを、お前と繋がりがあったこのバカで誤魔化してただけだ」
「アーシャって本当ひどいよな‥‥‥」
アイトは素直な気持ちを口にすると、2人は息を合わせたように笑い出す。そんな2人に釣られて、アイトも気付けば笑っていた。
「‥‥‥まあ、冗談はさておいて。エリス、アイト」
「冗談にしてはタチが悪くないですかね?」
だがアヴリスの表情が真剣なものになり、2人を見つめて行儀よく座り直す。アイトの小言は無視して。
「2人とも‥‥‥本当にすまなかった」
そして、アヴリスは深々と頭を下げた。瞼をギュッと閉じ、何かの懸念に堪えるように。
「ちょっ、いきなり何言ってるんだアーシャ!」
「姉さま‥‥‥」
落ち着かない様子で慌てるアイト、ただ姉を見つめ続けるエリス。2人の反応は全く違うものだった。
「アイト‥‥‥お前には本当に感謝してもしきれない。エリスを魔の手から助けてくれたこと。一緒に時間を過ごしてくれたこと。エリスが自分の身を守れるように鍛えてくれたこと」
「えっ‥‥‥」
「そして‥‥‥強い仲間を率いて、奴らからエリスを守るよう動いてくれたこと」
「! なんで、そんな事まで知って」
頭を上げたアーシャを見て、アイトは目を見開いて声を漏らす。
「!!!? あっ、そう、か‥‥‥エリスの姉さんだし、あり得る、のか‥‥‥」
右目の勇者の聖痕。
左目の賢者の聖痕。
そんな彼女の両眼を凝視しながら。
「白状する。私は‥‥‥私を知っている人たちと会うのが怖かった。だからエリスにも、誰にも会えなかったんだ」
アヴリスが懺悔するかのように視線を落とし、両膝に置く手がギリギリと震える。
「怖い‥‥‥? 身体の時が止まっているから?」
「えっ‥‥‥」
アイトの追及は、エリスに驚愕を与えてしまう。彼女の反応に、アイトは『しまった』と唇を噛む。その後に訪れる静寂を破ったのは、話を切り出すアヴリスだった。
「違う。いや、確かにそれも少しはあるが‥‥‥そんなのは些細な問題だったんだ」
「‥‥‥主な要因となった、理由と比べたら?」
「そうだ」
即答したアヴリスが小さく息を吐いて瞼を閉じ、やがて意を決したように瞼と口を開く。
「4年前のあの日‥‥‥私は何も信じられなくなった」




