4人家族
グロッサ城内、2階。とある一室。
「‥‥‥こんな狭いところに連れてきて、どうするつもりだ?」
「ちょっ、姉御にそんなこと言われたら‥‥‥俺もう我慢できないッ!!!」
「死ね」
突然、鈍い音が複数響き渡る。
男が全身を痙攣させて、仰向けに倒れている。
「くぅ〜っ!! 5年ぶりのパンチ、身体に効くぅ〜〜!!」
歓喜の声を上げる黒髪青年は‥‥‥元『ルーライト』副隊長、『白面』ジャック。
「私が力を込めて殴ってるのに、嬉しそうに耐えるのはお前くらいだ」
それを冷徹に見下ろす銀髪女性‥‥‥元『ルーライト』総隊長、『久遠』アリスティア・ルーライト。
また、本名をアヴリス・アルデナ。
「そりゃ5年も姉御に会えなかったんだから、拳くらい喜んで受けるに決まってるだろ!?」
「気色悪いこと言ってないで、さっさと座れ。話したいと言ったのはお前だろうが」
「自分から倒しておいての言い草、さすが姉御〜!」
グロッサ王国の伝説的存在である2人が、狭い一室で会合している。上下関係は、もはや語るまでもない。
「お前の冗談は飽きた。さっさと話せ」
「冗談言った覚えないけど‥‥‥まあ、いいや」
対面する椅子に座る両者。アヴリスは足を組み、ジャックは机に頬杖を付く。
「この5年間‥‥‥死んだ事にしたまま姿を見せなかったのは何でだ?」
右手首を傾け、顔を寄せながらジャックは呟く。
「‥‥‥俺の前から姿を消したのは、なんでだ」
彼の声色は、明らかに生半可な理由で納得する気配では無い。
「お前のそんな顔‥‥‥今まで見た事ないかもな」
アヴリスはどこか嬉しそうに呟き、足を組み替えて頬杖を付く。
「私はあの日から、身体の時が止まってる」
目を見開いて頬杖を解くジャックを、正面から見据えて目を逸らさずに。
「‥‥‥正直、俺からしたら最高なんだが、姉御はそう思っていないわけだろ?」
「ああ。私は楽観的じゃない。生きているか分からない今の状態で、お前たちと今まで通り接するのが怖くなった」
だがアヴリスは力無く頬杖を解き、腕を組んで視線を落とす。
「でも‥‥‥そんな私にも1つだけ気掛かりがあった。私は数年間、それだけを見守り続けていた」
「‥‥‥気掛かり?」
慎重に尋ねるジャックに対し、アヴリスは顔を上げて口を開く。
「‥‥‥私の家族だ」
「! 姉御の家族っ‥‥‥ついに話してくれるのか」
それはジャックにとって、無意識に身を乗り出すほどの内容だった。
「私はグロッサ王国領内の最南‥‥‥リフル森の小さな家で家族と過ごしていた」
◆◇◆◇
私は、4人家族の長女。
家族から『アーシャ』という愛称で呼ばれていた。
そして、私が13歳になる頃。
「アーシャ、本当に王立学園に行きたいのか?」
父親の名はデビット・アルデナ。
金髪が目を惹く優しい眼差しの父親だった。そして、両眼には何かの印が刻まれている。
「あなたには半分、私の血があるの。だから人間とエルフの混血だと、多くの人が馬鹿にしてくるかもしれない。人間から見て、エルフは綺麗な魔物のようなものなの」
母親の名はエレオノーラ・アルデナ。
眩い銀髪が目を惹く、娘の私でも見惚れてしまうような美貌を持つ母親だった。そして、種族はエルフ。
「ねーたん!」
そして妹、エリス・アルデナ。
私と10歳離れている、可愛い妹。
金髪は父に似たんだろうな。
いつも私に抱きついて来て、本当に可愛い妹だった。
「‥‥‥そんなこと言わないでくれ、母さん。私は父さんと母さんを誇りに思ってる。もちろんエリスも」
「アーシャ‥‥‥そうだな」
「アーシャ‥‥‥私もよ」
「ねーたん?」
私は家族が大好きだった。森の中で生まれた時から、他者とは殆ど交流が無かったというのもある。それを踏まえても、3人のことが本当に大好きだった。
「‥‥‥でも、私はもっと世界を知りたいんだ。どんな魔法が存在しているのか、他国はどうなっているのか。そして、私より強い奴がどれだけいるのか」
でも、森の中の一軒家‥‥‥その周辺しか知らない私にとって、外の世界に強い興味があった。
「それに、もし母さんが気にしてる事を他の奴に言われても大丈夫。そんな奴はぶっ飛ばしてやるから。自分で言うのもなんだけど、私は強いからさ」
大きな熊や狼程度なら素手で倒せる。無意識に相手の動きが分かるから。それに私の魔法は凄腕の母さんが褒めてくれるほどだから。
「‥‥‥確かに、あなたは強いわ。父さんと私の力を引き継いでいるし、あなた自身の素質は底が見えないほどよ。でも、だからこそ私は怖いの‥‥‥」
母さんが眉を下げて小さく息を吐く。本当に心配してくれている事が伝わってくる。
「アーシャ、お前は強い。強いからこそ、多くの者に認知されたら、人間たちの醜い部分に晒されてしまうのではないか、と。それに‥‥‥いや、なんでもない」
それは父さんも同じだ。2人は私やエリスの事を第一に考えてくれる。本当に優しくて、私は両親を尊敬している。
「ねーたんさいきょ〜! ねーたんつよし!」
エリスは可愛い。世界一可愛い。
もしエリスが森の外へ出ていくと言ったら、私は猛反発してしまうかもしれない。
「‥‥‥私はそれでも王立学園に行って世界を知りたい」
無意識に声が出てしまう私は、両手を父さんと母さんに握られる。2人は穏やかに笑っていた。
「でもな、アーシャ‥‥‥僕たちはお前の意思を尊重する。王立学園に入学し、自分の力で道を切り開いてみなさい。お前なら、きっと出来る」
「アーシャ、私たちは忠告したからね。それでも自分の意思で決めたなら、頑張ってきなさい。父さんと私はどんな事があっても、アーシャの味方だからね」
2人は、私の意思を試していたのだ。これで私が迷うようなら、優しく止めてくれていたんだろう。
私が傷付かず、平穏な生活を送られるように。
「ただ、どれだけ外が華やかで楽しくても‥‥‥私たちとエリスのこと、忘れないで」
私の視界は次第にぼやけていく。父さんと母さんは本当に優しくて‥‥‥それが、堪らなく嬉しくて。
「ねーたん! そとがんばれ! がんばれー!」
そしてエリスは本当に可愛くて。私はこの家族の長女に生まれて、本当に良かった。
「グロッサ王立学園の入試試験は難しいぞ! 貴族は義務教育の一環で入学できるが、平民は試験で好成績を収めないと入学できない!」
「アーシャ、学園は殆どが貴族です。乱暴な言葉遣いをすれば何か因縁を付けられるかもしれないわ。あと、食事をする時の作法は‥‥‥」
それから2年間、父さんと母さんに色々な事を教えてもらった。王立学園の入試対策、貴族の一般教養など、外に出るために必要な準備を。
「アーシャ、本当に気をつけてな」
「辛くなったら、いつでも帰って来ていいからね。あなたの幸せを願ってるわ」
そして2年の月日は瞬く間に過ぎていき‥‥‥私は王立学園へ入学するため、故郷の森を旅立つ。
「行ってきます‥‥‥父さん、母さん。しつこいくらい手紙送るかもしれないけど、読んでくれよな」
思わず溢れてくる涙を拭きながら、母さんの足にくっ付いている妹の前にしゃがみ込む。
「次会う時は、もっと可愛くなってるんだろうなぁ」
「アーシャ姉さま‥‥‥いってらっしゃい!」
5歳になったエリスはしっかりと『姉さま』と呼んでくれる。他の呼び方を教えても、頑なに変えてくれなかったが。
そんな可愛い妹の頭を撫でて、立ち上がる。
「それじゃあ、行ってくる!」
これが、アヴリス・アルデナ‥‥‥いや、父さんに念押しされた名前。
アリスティア・ルーライトの始まりだった。




