渦中の中心
「アイが婚約!?」
「アイくんが、婚約‥‥‥」
「何を言ってるんだアリスティーーーいやアヴリス!!」
「わわわわ私とですかぁぁッ!!?」
エリス、シロア、ダニエル、そしてユリアが各々反応を示す。殆どが驚きに満ちた声を出していた。
その中で、ルークだけは何も言わず目を細めている。
「だ、ダメっ!! アイが婚約だなんてっ、絶対ダメだから!!!」
そして最も声を荒げて反対したのはエリスだった。それも椅子から立ち上がり、何度も地団駄を踏みながら。
「‥‥‥熱くなるのは勝手だけど、あまり大声出したら外に聞こえるよ? ここには他者に見られたくない人もいるし」
ルークが呆れた様子で呟き、エリスとアヴリスを見つめる。
勇者の魔眼を持つ『エルジュ』の構成員と、死んだことになっている伝説の総隊長を。
そして、アヴリスが飄々と笑って足を組み替える。
「それは安心しろ。私が室内の扉、壁、窓、天井の時を止めてる。音や衝撃は全て吸収するし、外部から介入することも不可能だ」
「相変わらず無茶苦茶な魔法ですね。ジャックさんと同じで」
「‥‥‥そうかもな」
アヴリスがどこか懐かしむように目を細め、無意識に微笑んでいる。
「アイが婚約なんて絶対ダメっ!! そんなっ、そんな理由で結婚なんてっ!!」
ちなみにエリスは未だ猛反発し続けており、2人が話している間も大声を出し続けていた。
「おい、エリス。そう熱くなるな。厳密にはふりだよ、婚約のフリ。それに、婚約するのはアイトじゃない。『天帝』レスタだ」
「ふ、ふり‥‥‥?」
エリスが座り直して小声で呟く。そんな彼女に、アヴリスが頷く。
「あ、あの? それって同じ事なんじゃ」
「違うな」
アヴリスが一蹴して口を開く。質問したユリアは少し身体を震わせながら、彼女の話に耳を傾ける。
「素顔のこいつに大した影響力は無い。でも、『天帝』レスタなら話は別だ。精鋭を従える実力者であり、これまでの経緯から、国内の知名度は抜群だ」
「悪評ですけどね」
アヴリスの言葉に、ルークが小言を挟む。そしてアヴリスは、無視して話を続ける。
「更にこいつは王都奪還のために行動し、敵を殲滅するだけでなく国民の避難も支援していた。それが実は王女の婚約者だったら?」
「っ‥‥‥『エルジュ』は国民の支持を得られて、今回の王国側の失態も相当誤魔化せるわ」
エリスが納得したように言葉を紡ぐ。彼女の発言が気に入らなかったのか、ルークが眉間に皺が寄る。
「な? 意外と悪くないだろ? 形だけでも王家との繋がりができれば、『天帝』レスタは王国関係者。つまり『エルジュ』は王国軍と対等。露骨な上下関係は生まれない」
アヴリスが自慢げに色々な理由を話していく。国王ダニエルも「悪くないかもな‥‥‥」と呟くほど、利点が見られる内容だった。
「でも、アイトくんとエリスさんは今まで懸賞金が掛けられていたんですよ? 悪という評判が付いているのに、うまくいきますか‥‥‥?」
ユリアの質問は当然のものだった。指名手配犯というレッテルを貼られていた『天帝』レスタが、王女の婚約者だと発表するのは矛盾している。
「まあ、そんなの王国の印象操作でどうにでもなるだろ。国王のあんたと王子のこいつが民衆の前で捏造すれば、信じる者は結構いるはず」
そう言ったアヴリスだが、正直まだ確かな方法が無いことも事実だった。彼女の口調が少し控えめになった事が証明している。
「そもそも、ステラ王女が隣国のアステス王国に滞在したままだ。馬車で迎えに行くことになってるんだろ、ルーク?」
アヴリスが口にしたのは、アステス王国でステラが兄のルークに言った口約束。普通なら、アヴリスがその事を知っているはずはない。
「‥‥‥本当に、勇者の魔眼ってのは厄介な代物ですね。あなたが持つから厄介かもしれませんが」
ルークが呆れた様子で、彼女の右目を見ながら息を吐き、渋々頷いて立ち上がる。
「とりあえず‥‥‥僕は今からステラを迎えに行きます。その数日で、頭も冷やしてきます」
とある一点を見つめて、穏やかに微笑む。
「国民への説明は頼みましたよ、父上」
そして、彼は責任を丸投げした。
「ぇ!? あ、ああ任せておけ。とりあえず騒動は終結したという話は通しておく。アヴリスの案は、話し合ってからでも遅くはあるまい」
「ステラ王女が帰ってきてから話す、と言えば時間を稼げると思う。がんばれ叔父さん」
「む。分かっている。かつては我が国の栄光を象徴していた其方に、そう呼ばれる日が来るとはな」
「私もだ。なあエリス」
「‥‥‥私は呼ばないわよ」
エリスが目を逸らして小声で呟くと、見下ろしてくるルークと目が合う。
「言っておくけど、まだ何も解決していないからね。ステラが戻ってきてから、すぐに話し合いだ。良い返事を期待しているよ」
「勝手に待ってなさい。まあその頃にはアイも目覚めてるだろうし、喜んで同席させてもらうわ。同席は、ね」
ルークとエリスは、互いに一歩も譲らない。少し互いに睨み合った後、ルークが何も言わずに扉へ向かう。
「それじゃあ父上。僕とステラが戻ってくるまで、国民の湧き上がる不満や疑問の対応おねがいしますね」
「相当機嫌悪そうじゃなルークよっ!!?」
ダニエルの声を聞いたルークが嬉しそうに笑いながら、扉に手を掛ける。
ーーードンッッ!!
「! この気配」
「っ、何ですか今の!?」
「まだ敵がおったのか!」
「アイくんを、守らないと」
扉に伝わる、強い衝撃。目前で見ているルークが警戒するほどの衝撃が走る。ルーク、ユリア、ダニエル、シロアが驚きの声を上げる。
「! どうしたの、姉さん」
「‥‥‥いや。少しな」
そしてエリスが心配そうに呟き、アヴリスは渋々と立ち上がる。アヴリスの時魔法が施された扉が、勢いよく開かれる。
「やっぱり‥‥‥やっぱりだ」
そこに立っていたのは左腕の包帯を赤く染めた黒髪青年。年齢は20半ばで、目鼻立ちが整ったキザな男。
そんな彼が、大きく目を見開いて室内の1人を見つめている。
「やっぱりお前だと思ったよ。相変わらず忙しないな、ジャック」
アヴリスが視線を跳ね返すように、呆れたように息を吐く。
「あ、ああ‥‥‥あああっ」
「はぁ‥‥‥」
喉を震わせる黒髪青年と、ため息をつくアヴリス。2人の反応は対照的で、どこか滑稽に見える。
「あ、あーーーあねごぉぉぉぉぉッッ!!!!!」
元『ルーライト』副隊長、ジャックは歓喜を全身で表しながら走り出す。両手を大きく広げ、不恰好な状態で彼女の元へと飛び込んでいく。
「あねごぉぉぉぉぉブフォォォォッ!!?」
だが勢いよく抱擁しようとした瞬間、ジャックの身体が機関銃を受けたようにガタガタと震える。
「ゴフぅぉぁッ!!!?」
そして勢いよく吹き飛んでいき、彼は自分がこじ開けた扉にぶつかり、力無く座り込んだ。
「近づくな気色悪い」
「‥‥‥ぁあ、これだよ。これこそ姉御の愛の鞭だ!! やっぱり生きてたんだなぁぁぁぁッ‥‥‥!!!」
だがジャックは嬉々とした声を出し、全身の痛みを噛み締めるように恍惚としている。その表情は、普段の飄々としている彼とは一線を画す乱れっぷり。
「「「「「‥‥‥‥‥‥」」」」」
それは全員が絶句し、軽蔑するような視線を向けるには充分すぎた。
「‥‥‥ぅ。んぅ? 今‥‥‥何か気持ち悪い声が‥‥‥」
そして最悪の場面で、アイトは目を覚ます。
「アイっ!!」
「アイくん!!」
「アイトくん!!」
「目覚めたか、バカ弟子」
「姉御の弟子だとぉぉぉ!!?」
勢いよく複数人に詰め寄られ、アイト。
「ーーーエリス!? っていうか何この状況!?」
今まさに、渦中の中心にいる重要人物だった。




