戦い足りない
グロッサ城、王の間。
「久々にあれを使ったから、けっこう疲れたよ」
ルークは両肩を回しながら苦笑いを浮かべ、視線を移す。
「怪我は大丈夫ですか、父上」
「あ、ああ。ユリアに治してもらったから大丈夫だ。これほどの騒ぎを、わしの片目で済んだなら充分だ」
国王ダニエルが右目を覆うように布を巻くと、ルークは穏やかに微笑んで頷く。
「ーーー今回の騒動の元凶は僕が倒した。これで魔王軍の侵略は失敗に終わった」
ルークの雰囲気がガラリと変わった。彼の視線は、目の前にいる金髪少女へ向いている。
「それで今から話したい事は‥‥‥分かるよね?」
「分からないわね」
金髪少女‥‥‥いやエリスは、一歩前に出る。自分の後ろで倒れている、黒髪少年を守るように。
「‥‥‥‥‥‥」
治癒魔法により外傷が癒えたが、疲労困憊で意識のない‥‥‥アイト・ディスローグを守るように。
「やっぱり『天帝』レスタの正体は、彼だった。マリアが知れば、どんな反応をするだろうか」
「‥‥‥」
「アイト・ディスローグの今後について‥‥‥これ以上重要な議題が他にあるかい?」
ルークが告げた言葉は、エリスの警戒を更に強めることに繋がる。だが、彼女はまだ魔燎破壊の余韻で魔力を練れない。
「落ち着きなよ、僕だって君と同じさ。力づくというのは最も適してない要素だと思うしね」
「‥‥‥だったら、王国側は彼をどうするつもりなの」
エリスは目を逸らさず、単刀直入にルークへ問う。その緊迫した空気に、玉座の隣に立つユリアが息を呑む。
「僕が1番望む事は‥‥‥アイトくんが僕の部隊『ルーライト』に即入隊すること」
「! お兄さま」
声に出して反応したのはユリア。エリスは何も言わずにルークの話を聞く。
「それと出来ればーーー君たち『エルジュ』も、王国軍に所属してくれたら文句無しだね」
ルークの要求は単純明快。
謎の組織『エルジュ』の構成員、つまり精鋭である人材の確保。
「もし了承してくれるなら、これまでの事は全て水に流すと約束する。君たちは今回の魔物みたいに、王国を揺るがすような事件は引き起こしてないからね」
「‥‥‥それがあなたの要求ね」
エリスは表情を変えずに呟き、見つめ返す。既に答えは決まっていた。
「お断りよ」
簡潔に拒否を示す。
ユリアが緊張で口をアワアワさせる中、ルークは穏やかに笑う。
「ちなみに、理由を聞いていいかな? 罪人として裁かないんだから、なかなかの好条件だと思うけど」
「あなたの下に付くのが、死んでも嫌だからよ」
エリスは堂々と、拒絶の言葉を口にする。
「何よりアイが、あなたの部隊に入るというのが気に入らない」
「‥‥‥へぇ?」
「彼は私たちの代表よ。彼が誰かに付き従う姿を、私は絶対に見たくない」
それは、アイトに対する本物の忠義。
アイトを尊敬し、その器に心酔している証。
「さすがレスタ、いやアイトくんの右腕だね。こんな素晴らしい傑物が隣にいて、彼は幸せだろうな」
「茶化さないで。交渉は決裂よ。私はアイを渡すつもりも、あなたの下に付く気もない」
「‥‥‥そういえば、彼とはこんな約束をしてね」
ルークが口角を上げて、飄々と話す。
「『今回の騒動に関する事で、仲間の身柄を拘束しないこと』ってね」
「その約束、破る気?」
エリスは即座に言葉を切り込むが、ルークが動じることは無い。
「でもね‥‥‥自分自身の事に関しては、彼は一言も口にしなかったんだよね」
それどころか、エリスが動揺する事を言い返す。
「っ、そんなの屁理屈よ! アイは絶対に王国には渡さない!!」
「声が大きくなってるよ。なにを焦ってるんだい」
もはや一触即発の寸前まで、2人の空気感は緊迫していた。
「ちょっと待ってくれルーク!! 彼女は私の姪で、お前たちの従姉妹なんだ!! 血縁同士で殺し合うなど、私は断じて認めん!!」
すると国王ダニエルが玉座から立ち上がって大声を出す。隣のユリアも何度も頷き、穏便に話が終わる事を願っている。
「そんなの前から分かってましたよ」
だが、ルークの言葉はダニエルたちを硬直させる。
「僕と彼女は似たような金髪、それに勇者の魔眼を持っている。正直、父上の隠し子か何かと考えてましたから」
「る、ルーク‥‥‥お前ってやつは」
「それに見たところ、僕と同じか歳上に見える。彼女が王位継承権を持つなら、どうなると思いますか?」
それは悪寒が走るほど底が見えない、泥沼の話。エリスが王族の子として認められたら、王位継承権はーーー。
「そんなの喜んで捨てるわ。心底興味無い」
「そう簡単にはいかないよ。周囲に知れたら、家臣たちの不安を煽る事になる。君の存在は、グロッサ王国には厄介の種でしかない」
エリスとルークは互いに目を細め、自然と剣に手を伸びていた。
「どうせ交渉は決裂したし、君はどんな事をしてでも彼を連れて逃げるつもりでしょ?」
「‥‥‥そうね。だから王国なんて頼りにならないのよ」
「決まりだね。結局、こうなるとは思ってた」
2人が鞘から剣を抜き取り、相手を牽制するように睨みつける。2人の威圧感は、常人なら腰が抜けて立ち上がれなくなるほど強い。
そんな険悪は空気に、当然ダニエルが声を荒げる。また、ユリアも後に続く。
「やめんかッ!!! これ以上不要な血を流すのは許さんぞ!!! まだっ、他の道が必ずある!!」
「そうですよお兄さまっ、エリスさん!! 共通の敵を退けたんですから、手を取り合うことだってーーー」
「無理だ」
「無理よ」
ルークとエリスが同時に一蹴すると、それぞれ異なる構えで対峙する。
「「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」」
それはまるで、2人の周囲だけ世界が違うように感じられた。
「ーーーアイ、くん‥‥‥?」
突然聞こえた、か細い声。
聞き覚えがないエリスは横目で確認し、ルークは呆気に取られた様子で身体を向ける。
「‥‥‥シロア。無事だったんだね」
シロア・クロート。
グロッサ王立学園の3年生で、ルークが率いる精鋭部隊『ルーライト』の最年少隊員。
「ーーーアイくんッ!!!!」
そんな彼女は我を忘れたかのように大声を上げ、必死に駆け寄っていく。
「アイくんッ!! アイくんッ!! 大丈夫!? 怪我は無い!?」
今も意識なくうつ伏せ状態のアイトに縋り付き、大声を出して身体を確認していく。
血塗れの服を見て、アイトが今も瀕死の重傷だと勘違いしているのだ。
「シロアが、僕たちの前で大声を出した‥‥‥」
ルークが目を見開いて凝視し、彼女の背中を見届ける。部下の知らない一面に、驚きが隠せない。
「‥‥‥アイなら大丈夫よ。ユリアさんが治癒魔法を掛けてくれたから」
そしてエリスは‥‥‥剣を鞘に納めてシロアの肩に右手を置く。
「ほ、本当に‥‥‥?」
「ええ。疲労でこうなってるだけだから、安静にしてれば大丈夫。そうよね、ユリアさん」
「えっ? は、はい!! アイトくんは、私の全身全霊を懸けて治癒しましたから!」
「よ、よかった‥‥‥本当によかったッ‥‥‥」
シロアが大粒の涙を流すと、エリスは彼女の肩を抱いて優しく包む。
『ルーライト』隊員と『エルジュ』構成員。
これまで敵対していた2つの組織、その中枢にいる彼女たちは今‥‥‥確かに繋がっている。
「アイくん‥‥‥私、がんばったんだよ」
「アイは、学園でも好かれているのね」
アイト・ディスローグという、1人の少年によって。
「‥‥‥ふぅ」
ルークは剣を下げてその光景を見続ける。もう、戦う気が削がれたのは、彼も同じだった。
「ーーー戦い足りないなら、私が付き合ってやろうか」
シロア以外の全員が、扉の方へと目を向ける。ダニエルとユリアは息を飲み、無意識に睨み付けていた。
「疲労困憊の彼女を連れてきたのは、私だ」
黒いローブを脱ぎ捨てた女性は‥‥‥眩い銀髪を振り乱す。
「それと‥‥‥そこで寝てるバカは、私の弟子でね」
アーシャが飄々と笑って指を差すと、全員が今までにないほど絶句した。
「‥‥‥ジャックさんの勘は、正しかったのか」
ルークの額から汗が流れ、頬を伝って床へと落ちる。目も大きく見開かれ、無意識に数歩動いていた。
「人生で1番驚きました‥‥‥アリスティアさん」
絞り出した彼の言葉に‥‥‥アーシャは不敵に笑っていた。




