破滅魔法
「あなたたちの状況を遠くで知ってたから、城内に隠されてた鍵を見つけてきたの」
エリス・アルデナが、既に使い終えた鍵を捨てて話した。
「ありがとうございますっ、エリスさんっ‥‥‥これで治せます!!」
そしてユリアは、目を輝かせてアイトの首に手を翳すと、暖かい魔力が傷口を覆っていく。
『賢者の魔眼』を持つ彼女の得意魔法‥‥‥治癒魔法である。
「遅れてごめんなさい、アイ。でも、間に合って本当に良かった‥‥‥」
エリスは穏やかに微笑むとしゃがみ込み、意識の無いアイトの頭を優しく撫でる。
「アイ、愛してるわ」
「はわわっ‥‥‥」
そして彼女が堂々と気持ちを告げた事で、治癒魔法を掛けているユリアが目を白黒させる。
「貴様はっ、そこの男と同じ指名手配犯のっ‥‥‥!!」
そんな空気をぶち壊すのは、未だに状況が理解できていない国王ダニエル・グロッサ。
「エリス・アルデナよ。覚えておきなさい。彼に何かしたら、私が黙ってないわ」
立ち上がったエリスは堂々と宣言し、真っ直ぐダニエルを睨みつける。その眼光に、彼は少し狼狽した。
「! その聖痕はっ‥‥‥我が王家に伝わる勇者のっ」
「っ‥‥‥!」
今度はエリスが動揺し、思わず唇を噛む。
今の彼女は魔燎が壊れた余韻で、魔法が使えない。
それは聖痕を隠すために、常に覆っていた染色魔法も‥‥‥今は発動していないということ。
(そうだった‥‥‥今はこの目を晒してる状態だった)
色々な事に意識が向いていて、自分の両眼の事に気付いていなかったのだ。エリスらしくない、失敗。
「その瞳に、その顔‥‥‥まさか其方の父親の名は、デビットか?」
「! なんでそれを‥‥‥」
ダニエルの質問に、エリスは目を見開いて困惑する。それはアイトにすら話してない、彼女自身の過去に関わる情報。
「‥‥‥デビット・グロッサ。其方の父親は、恐らくわしの兄だ」
そしてダニエルから告げられた言葉は、エリスを驚愕させるには充分だった。隣で聞いていたユリアも、驚きを隠せない。
「‥‥‥其方は、わしの姪ということになる」
「なん、ですって」
「じゃあエリスさんは私たちと従姉妹って事ですか!?」
ダニエル、エリス、ユリアがそれぞれ声を出し、周囲に困惑が伝播する。
「‥‥‥‥‥‥」
「叔父様が病死したというのは、嘘だったんですか」
ユリアが治癒魔法を続けながら、そう口にする。
「‥‥‥ああ。兄デビットは、とあるエルフの女性と駆け落ちした。王家の駆け落ちなど、国民に知られるわけにはいかなかったからな」
ダニエルが白状するように口を開くと、エリスと目を合わせる。
「そのエルフを一度だけ見たことがある。今思えば、其方に似ておる。其方の母親で間違いない」
「‥‥‥‥‥‥」
エリスは顔を下げて唇を噛む。あまりにも突破な展開に、当事者全員が激しく動揺している。
「‥‥‥エリスとやら。その男は、なんだ? 其方にとって、何者なのだ」
ダニエルが話しかける。それは『天帝』レスタ、アイトに関わる話。
「私を救ってくれた、命の恩人よ。彼がいなかったら、私はや奴らに捕まって‥‥‥死んでた。彼のおかげで、私は今ここにいる」
エリスは即座に言葉を返した。それは正真正銘、心の底から出た彼女の本心。
「‥‥‥そうか。姪の恩人を、処刑するわけにはいかないな。その男に件は、後で詳しく話すことにする」
ダニエルは落ち着きを取り戻すと、よろよろと歩いて、やがて床に座り込む。
「お父さまっ、今すぐ治療をっ!!」
アイトへの治癒を終えたユリアは一目散に駆け出し、ダニエルの右瞼に両手を翳す。
エリスは傷が癒えたアイトの隣に腰を下ろし、頭を撫でる。
「どうやら私にも予想外の形で、今回の一件は穏便に済みそうよ」
「ーーーそれはどうかな」
優しく話すエリスの背後で、別の声が聞こえる。それは窓から姿を現した、金髪の青年。
「おお、ルーク!! よく戻ってきた!!」
「お、お兄さまっ‥‥‥!! お怪我はありませんか!?」
「うん、あいつの血がベッタリ付いて気持ち悪いけどね」
ルーク・グロッサが降り立ち、立ち上がったエリスを見つめて微笑んだ。
◆◇◆◇
数分前、グロッサ城前。
「王子が不意打ちとは、ずいぶん卑屈な男だな!?」
「ユリアと父上を人質に取っておいて、よく言うよ」
魔王軍第三将軍ルシフェルの言葉に対し、ルークは淡々と切り返す。窓から飛ばされた後、彼らは暫く互角の戦いを繰り広げていた。
「ーーー魔燎創造」
ルークが突然、魔燎創造を先に発動するまでは。魔燎を解き放ち、景色がガラリと変わっていく。
「血迷ったかルーク・グロッサ!? 思ったよりも馬鹿だな!!」
ルシフェルが勝ち誇ったように魔力を練り上げ魔燎を生成し、解き放つ。
「魔燎創造!!」
後出しの方が有利。ルシフェルが余裕の笑みを見せ付ける。
「『聖戦終結』」
だが、ルークの魔燎空間には‥‥‥少しも綻びが生まれない。それどころか、後出しのルシフェルの魔燎が虚しく崩れていく。
「なぜだ!?」
「聖騎士の魔眼は強いんだよ。君が思ってるよりずっとね」
『聖騎士の魔眼』が宿す聖属性魔力は、邪悪な存在を寄せ付けない。
つまり悪業を働いてきた魔族ルシフェルの魔燎を、後出しされても跳ね返すことが出来る。
「見せてあげるよ。僕の『破滅魔法』を」
ルークは僅かに目を細めて宣言した。
他国への抑止力となるため魔導大国レーグガントに制定された、高威力の魔法である『破滅魔法』。
世界でも指で数えられる人数に限られた、その絶大な魔法が‥‥‥発動する。
「【円卓】」
ルシフェルを中心に、瞬く間に形成されていく‥‥‥円卓と13の空席。そんな神々しい気配に、見た者は全員息を呑むだろう。
そしてルークが、不敵に微笑みながら最奥の中央に座る。他の12席は、今も空席のまま。
「すぐに終わらせるよ」
立ち上がったルークは、右手に黄金の剣を召喚する。そして彼の背後に纏う気配が、別人と思わせる。
「ふざけた光景を私に見せるな!!」
ルシフェルが斬撃魔法を飛ばす。魔燎を無視されただけで壊されてはいないため、彼は今も魔法を使える。
「【至聖剣】」
立ち上がったルークが、右手に持った剣を淡々と振る。黄金の剣が光り輝き‥‥‥ルシフェルの斬撃魔法を消滅させた。
「に!?」
「僕はね、けっこう怒ってるんだよ」
ルークは勢いよく飛び出し、ルシフェルの右肩を斬り落とす。彼の右腕が、ベチャリと床に落ちる。
【至聖剣】。
魔物に対する特効効果を持つ。魔物からの魔法を、無条件で消滅させる。
「この魔法を使わなくても、君のことなんて殺せたんだけどね」
「黙れ人間っ!!」
ルシフェルが瞬時に右腕を生やし、斬撃魔法を無数に繰り出す。
ルークは棒立ちで切り刻まれながら、後ろにあった椅子に腰を下ろす。
「【太陽剣】」
そう呟いて立ち上がった瞬間、ルークの右手が別の剣へと切り替わる。
まるで全てを焼き尽くすかのような、真っ赤に燃える長剣へと。
「今の僕には、席の配置が分かる」
そんな事を呟いた瞬間‥‥‥身体の傷が瞬く間に癒えていく。
「なっ!?」
「今は午後。少し遅れてるけど、今の性能でも充分だね」
ルークは再度勢いよく飛び込み、目を見開くルシフェルへと斬りかかる。
「熱っ!!?」
脇腹を切り裂かれたルシフェルが、悲痛な声を漏らした。
「痛みには慣れてても、熱さには慣れてないんだね」
「っ、ほざけっ!!!」
ルークの剣撃と、ルシフェルの斬撃。互いに激しくぶつかり合い、幾度にも金属音が響き渡る。常人であれば、2人が何をしているか分からないほどの速度。
「っ!?」
ルシフェルが身体を焼き切られて歯を噛み締める。押しているのは、ルークだった。
ルークは、自分に迫る攻撃を全て受けている。
そして‥‥‥瞬く間に傷が消えていく。
「この剣は便利でね。日が落ちるまではーーー最も強いんだ」
【太陽剣】
日が昇っている間、傷付いた身体を自然治癒。
そして、正午の時‥‥‥完全無敵。
「があッ!!!」
ルシフェルが燃える左手で薙ぎ払うが、ルークは難なく距離をとって回避。そして後ろにあった椅子に腰を下ろす。
「【剛質剣】」
立ち上がったルークが、右手に召喚したのは‥‥‥鈍く光る青の長剣。前に構えて、ルークは息を吐く。
「もう、終わりだね」
「貴様がなっ!!!」
ルシフェルの身体から、凄まじい魔力が溢れ出す。その兆候‥‥‥まさに。
「魔力解放!!!」
大声で叫んだルシフェルが、勢いよく飛び込んでいく。自強化状態となった、魔王軍の将軍‥‥‥その本気。
「最後の悪あがきだね」
待ち構えたルークは、右足を踏み込んで大きく振りかぶる。
「馬鹿がっ、死ね!!!!」
高速で近づいたルシフェルが、斬撃を飛ばしながら右手を伸ばす。頭の上に剣を構え、振り下ろそうとするルーク。その、鳩尾へと。
ーーーキィンッ!!!
直後、甲高い金属音が響き渡る。
ルシフェルの右腕が、ルークの腹に弾き飛ばされた。
「なにっ!?」
ルシフェルが目を見開きながら、弾かれた衝撃で後ろへ仰け反っている。あまりにも、隙だらけ。
「残念だよ」
ルークは冷たく言い放つとーーー真っ直ぐ青い剣を振り下ろす。
「ガッ!!?」
ルシフェルをーーー脳天から縦に切り裂いた。真っ二つに両断した後も、ルークの剣撃は止まらない。
「再生しないよう、細切れにしないとね」
ルシフェルの全身を、まるで豆腐を切るように簡単に剣が通過していく。
【剛質剣】。
絶対に折れない最高強度の剣。また、所有者の身体の強度を高める効果。
「ーーー【金の槍】」
ルークは左手に集めた聖属性の魔力を、槍状に形成する。ルシフェルだった肉片に、容赦なく振り下ろす。
「楽しかったよ。存分に切り刻めて」
そして‥‥‥騒動の元凶は、一片も残らずに消滅した。
ルーク・グロッサが所有する‥‥‥『破滅魔法』。
その一端を見せつけることによって。




