君の勇姿
「ーーーもしもし」
アイトは魔族2匹に襲われる前‥‥‥魔結晶で連絡を取っていた。
「今どこにいる、ルーク王子」
その相手は‥‥‥王国側の最高戦力、ルーク・グロッサ。聖騎士の魔眼を持つ、グロッサ王国の王子。
『今北地区に入る所だよ。遅くても15分で城に着く。マリアには王都内の安全のために動いてもらってる』
ルークが早口で状況を説明する。いよいよ今回の騒動が、確実に終幕へ近づいている。
「‥‥‥じゃあ、それまでに城の周辺へ辿り着いてくれ。今から15分後に、窓から侵入できるように」
アイトは真剣な口調で話す。ルークが『どうするつもりだい』と聞き返す中、話を続ける。
「俺が王の間にいる元凶と交戦し、窓の方へと誘導する。それであんたが奇襲をかけ、元凶を城の外へと引き摺り出す」
『確かに外なら僕も戦いやすい。でも、魔族の上澄みであろう敵を誘導できるのかい?』
ルークが低い声色で尋ねてくる。アイト、いや『天帝』レスタの力量に疑問を持っている。
「こっちはユリア王女と国王を守りながら立ち回る必要がある。どう足掻いても向こうが有利。俺が窮地に立てば、可能性は充分にある」
『‥‥‥君には本当に呆れるよ。なんで王国軍に入ってくれなかったんだい?』
そんな言葉を聞き、アイトは思わず目を丸くする。
『本当に何様だと思うけど、父上とユリアを頼む』
続いてそう告げられたルークの言葉に、アイトは更に目を丸くして、咳払いをした。
「‥‥‥言われるまでもない。じゃあ、15分後だ。魔力の気配と喧騒から、どこの窓かは分かるだろ」
『もちろん。それじゃあ約束通り、僕が美味しいところを持っていくから』
「‥‥‥ああ、それでいい」
こうして、アイトは事前にルークと作戦を立てていた。先に交戦する自分が追い詰められ、窓際へと誘導する。
そして、外から現れたルークが元凶を外へ引き摺り出す。
(消耗した俺より、万全のルーク王子の方が確実に敵を倒せるはず)
王都での暗躍、エレミヤ・アマドとの交戦。アイトはその影響を加味にして、ルークに後を託すことにした。
そのため、アイトは先に魔力解放を発動した。
魔族の親玉ルシフェルに、自分の方が有利であると確信させるために。
(ルーク王子‥‥‥)
『これでいいか』と発した後、アイトが内心で呟いた言葉だった。
◆◇◆◇
首から血を漏らすアイトは、うつ伏せに倒れたまま動かない。それを窓の手摺りから見下ろしたルークが一瞥し、視線を妹のユリアに向ける。
「ユリア、無事か? 父上も」
「ぇ、あ、はいっ‥‥‥」
「そうか‥‥‥良かった」
ルークは小さく息を吐くと、淡々と話し出す。
「僕はあの魔族を倒してくる。ユリアは治癒魔法で彼を頼む。今死なせるには惜しい男だ」
「ま、待ってくださいお兄さまっ!! 私は今ーーー」
ユリアが必死に声を出す。
だが、ルークは窓から飛び降りて去っていく。ルシフェルの討伐という大仕事が残っているため。
「アイトくんッ!!!」
ユリアは両手の手錠をジャラジャラ鳴らしながら、必死に駆け寄ってしゃがみ込む。うつ伏せに倒れて動かない少年の肩を優しく揺らす。
「‥‥‥‥‥‥」
アイトは何も声を発さないが、辛うじて呼吸はしている。咄嗟に魔力を首に注ぎ込んだ事で、切断だけは避けていた。
「ひゅぅ‥‥‥ひゅ‥‥‥」
だが明らかに弱々しく、死が近いことを示している。首に掛けている魔石のペンダントの紐が、切れかかっている。
「〜〜〜っ!!」
ユリアには、何かの暗示に見えてしまう。
「この手錠さえなければッ!!!」
切羽詰まった状況に、ユリアは大声で喚く。
とっさに服の袖を大きく破り、アイトの首元に当てて止血を試みる。
深い傷口からは、血が溢れ出す。僅かに出血を遅らせるだけで、止める事は当然できなかった。
「ーーーぐぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!?」
すると突然、絶叫が響き渡る。
焦るユリアが、睨み付けるように声の方を見つめると。
「お父さまッ!!?」
意識のなかった国王ダニエル・グロッサが右瞼を押さえて絶叫していた。その前には、黒いローブに身を包んだ謎の人物。
そして、血が噴き出すダニエルの右瞼には‥‥‥。
「やっぱり目が覚めてしまうか。穏便に済ませたかったが、仕方ないな」
謎の人物は、顔を仮面のようなもので隠している。明らかに、只者ではない雰囲気を纏っている。
「ようやく手に入れた王家の眼球。漁夫の利とはよく言ったものだ」
そして左手に持っていた小さな球体を、箱の中に納めて懐に仕舞う。
「貴様ぁぁぁぁぁッ、何者だぁぁぁぁぁッ‥‥‥!!?」
「な、何をしているんですか、あなたはぁぁぁッ!!?」
顔を歪ませるダニエルと、怒りを露わにしたユリアが同時に叫ぶ。黒いローブの人物は意に介さず歩き出す。
「さてと、次は王女のを貰おうか。世間に隠しているだけで、何か聖痕を宿してるかもしれないし」
そして、平然と呟きながら距離を詰める。その立ち振る舞いと淡々とした狂気に、ユリアは足が震えて動けない。
「に、逃げろユリアぁぁぁぁッ!!!!」
ダニエルの叫びが合図となったのか、ユリアに迫る狂人の魔の手。確実にユリアの顔へと伸びていき、彼女の瞼の裏側へとーーー。
「ーーーッ!!!!」
ユリアの顔に、大量の血が降り注ぐ。それは夥しい量の出血で、少し生暖かい。
「!? あの男はっ」
「あぁっ‥‥‥!!」
ダニエルが驚きの声を漏らす中、ユリアは思わず涙を流していた。狂人の右腕を押さえる、銀髪少年の姿を見つめて。
「‥‥‥‥‥‥」
『天帝』レスタは何も言わず、今も首の出血をユリアに浴びせている。
「阻む者がいない時を狙ったのに、まさか動けるとはな。さすがノエルたちを苦戦させるだけある」
その言葉は今のレスタ‥‥‥いや、アイトを驚かせるには充分だった。
「‥‥‥‥‥‥!」
無言のまま相手の右手を突き飛ばし、足元の聖銀の剣を左手で引き寄せる。瀕死の重傷を負い、動く事すら困難な状態。アイト自身、どうして動けるか全く分かっていない。
それはもはや、理屈じゃない。本能だった。
「‥‥‥‥‥‥」
今のアイトは精神だけで、戦う力を絞り出している。
「ーーー時間を食い過ぎた。君の勇姿は尊敬に値するよ。だが、もう用は済んだ」
黒いローブの人物が踵を返し、剣を握るアイトに背中を向ける。
「次は聖域で会おう。勇敢な少年」
そう言い残すと跳躍するように走り、窓の外へと飛び出して行った。訪れるのは、静寂のみ。
「‥‥‥‥‥‥逃げ、られ」
アイトの目はグルリと反転し、ゆっくりとうつ伏せに倒れ込む。張り詰めていた緊張が解け、身体が拒絶反応を示した。
倒れ込んだ時‥‥‥首に掛けていた魔石のペンダントの紐が切れる。うつ伏せのアイトの眼前に魔石が落ち、銀髪が黒髪へと戻っていく。
そして‥‥‥一部が欠けていた仮面も、音を立てて隣に落ちる。
「あ、あぁ‥‥‥アイトくんッ!!!」
ユリアは思わず、倒れた黒髪少年の名を叫ぶ。それは当然、同じ場にいる国王ダニエルにも伝わる。
「い、いったい何が起こっておるのだ‥‥‥アイト? アイトだと?」
ダニエルは無意識に言葉を反芻し、絶句する。
「王国軍所属、マリア・ディスローグの弟‥‥‥か? 確か学園の1年で、ユリアの同級生っ」
次第にダニエルは左手を震わせ、歯を食いしばる。
「‥‥‥この極悪人の正体を、お前は前から知っていたのかユリアっ!!!」
そして彼の怒号が、ユリアの身体を震わせた。
「お父さまっ、誤解です!! 彼は悪人などではありませんっ!! 今回、私たちを助けてくれたのは他ならぬ彼なんです!!!」
ユリアは大声を張り上げて言葉を返した。まるで自分自身を鼓舞するように。
「今までの悪業を忘れたか!? この男は害をなす災いそのものだっ、厳重に捕縛して裁きを受けさせる!!」
ダニエルの意思は固かった。右目の激痛を忘れているかのように怒り、アイトを指差して弾糾する。
「ーーー何も知らない王様って、幸せよね」
すると突然、近くの窓が割れると同時に人影が勢いよく滑り込む。そして立ち上がった女性は、眩い金髪を靡かせている。
「あ、あなたはっ」
「その鍵、下にあったわ。アイを治癒して」
エルジュ構成員、序列1位エリス。
彼女は右手に持った鍵をユリアの手枷に通し、素早く解錠するのだった。




