完璧だよ
王都ローデリア東地区。
銀髪女性3人と、黒髪男2人が座り込んでいる。
「もう王都も落ち着いた頃か」
「たぶんね。外の巨大生物の群れが死んだなら、もう脅威は無いと思うけど」
「それなら、ゆっくり話ができるかしら‥‥‥」
前者はスカーレット、システィア、セレーナ。
アルスガルト帝国の名家であるソードディアス家。その証と言うべき、銀色の髪を靡かせる。
「あの、兄さん。兄さんって今まで何してたの?」
「ん? まぁ、色々だな。また今度詳しく教えてやるからさ」
後者はカレン、そしてジャック。真っ黒の髪が目を引く2人は、共通の父親の血が濃いとされる。
「ジャックさん‥‥‥あなたに話したい事があるの」
そう言って座り直したのは、セレーナ。深呼吸してから話しかけた彼女は、明らかに緊張している。
「‥‥‥あ〜、悪い。そういう話は後日、あんたらの家で落ち着いて聞くって約束してんだ。そこの負傷娘とな」
ジャックは頭を掻いて視線を外すと、「兄さんだって人の事言えないのに」とスカーレットが呟く。
そんな彼女の視線はジャックの左腕‥‥‥赤く染まった包帯に向いている。
「こんなの慣れたもんだ。と言うわけで、セレーナさん‥‥‥悪いが今はやる事があるんで」
ジャックは少し気まずそうに立ち上がる。断られたセレーナが「ぁ‥‥‥」と名残惜しそうに手を伸ばす。
「ねぇ兄貴。やる事って、何? 左腕もそんな状態なのに、まさか無理する気じゃないでしょうね?」
するとシスティアが立ち上がり、距離を詰めて彼に問いかける。今も元気が有り余っていて、従来の強気な性格がそうさせている。
「今回の顛末を確認しようと思ってな。王都に敵がいなくなったから、見に行く余裕ができた」
「見に行くって、どこに?」
「グロッサ城。今回攻めてきた魔物たちの目的は、間違いなく国王や王族に関連してる。領土を奪いに来たなら、わざわざ中央の王都だけ攻めるのは変だろ」
ジャックは淡々と話すと、踵を返して歩き出す。
「あんたらは一応、もっと安全な所へ移動してくれ。システィア、今まともに戦えるのはお前だけだ。頼んだぞ」
そして軽く手を挙げ、4人の前から去ろうとする。
「ーーー待って!!」
するとセレーナが大声を出しながら立ち上がり、必死にジャックの右腕を掴んで抱き締める。
「ちょっ、なにを」
「ごめんなさいっ‥‥‥でも、心配なの。あなたが、このまま‥‥‥いなくなる気がして。4年前、ここであなたを偶然見つけたけど、人混みの中で追いつけかったから‥‥‥」
「5年前って‥‥‥ああ、俺が王都を去った時か。そんな時から、あんたは気にかけてくれてたんだな」
ジャックは優しく彼女の肩を叩いて抱擁を解かせると、自分の懐に右手を入れる。
そして懐から取り出して右手に握っていたのは‥‥‥かなり年季の入った黒のペンダント。
「‥‥‥これ、俺の宝物。今だけあんたに預ける」
「ジャックさん‥‥‥」
目を見開いて驚くセレーナの左手に預けると、ジャックはどこか嬉しそうに笑う。
「またすぐに返してもらうからさ、な?」
「‥‥‥はいっ。肌身離さず持ってる!」
セレーナは満面の笑みで返事をした。迷いのない彼女の言葉を聞き、ジャックは安堵して背中を向ける。
「今回の騒動の責任、あのバカ王子に取らせてやる」
そして意地の悪い笑みを浮かべて、屋根の上へと跳躍していった。
「バカ、王子‥‥‥まぁっ、ルーク様になんて口をっ」
驚くセレーナの声は、もう彼の耳に届かない。
◆◇◆◇
グロッサ城、王の間。
「うっ‥‥‥!!」
そこには片膝を付く、アイト・ディスローグの姿があった。身体の至る所に切り傷が付いていて、息もかなり切れている。
「ついに魔力解放が終わったな? これでもう治癒で騙し騙しは不可能だな」
見下ろして嘲笑を浮かべる魔族。彼は魔王軍第三将軍ルシフェル。今回の王都急襲を仕掛けた元凶である。
「‥‥‥自分に胸を当てて言ってみろよ、騙し騙し野郎」
アイトは顔を下げたまま淡々と言い放つ。自分の攻撃を受けた箇所を、全て修復するルシフェルへと。
「これは私の魔法では無い。魔王から授かった将軍としての恩寵だ」
ルシフェルの言葉の意味が、アイトは少しも理解できなかった。だが、そんなことは至極どうでもいい。
「そんな大層な物を渡せる魔王が死ぬなんて、なかなかに滑稽だな」
少しでも相手の心を揺さぶり、隙を作ろうと心掛けるアイトにとっては。
「それは同意しよう。だから先代の後を、この私が継承する」
「人間1人殺すのに手間取ってる奴が、次の魔王なら助かるな」
そう呟いた瞬間、アイトの視界に斬撃が飛び込んでくる。その軌道は、まるで口元を引き裂くようなもの。
「っ!!」
アイトは咄嗟に身体を捻って回避し、身体を回しながら体勢を立て直す。仮面の端が真っ二つに割れ、右の頬から血が流れ出すのを無視して。
「口が達者だな。思わず切り裂きたくなったぞ」
そう言うルシフェルの全身から魔力が溢れ出す。
挑発は、完全に逆効果だった。静かに怒るルシフェルは、ただ殺意と集中力を増しただけ。
「‥‥‥‥‥‥」
だがアイトは眉1つ動かさず、ルシフェルを見据えて剣を構える。その態度が、ルシフェルに更なる不快を与える。
「いいかげん飽きたな。そろそろ処理してやる」
そう言った彼は両手を突き出し、斬撃魔法を放出していく。アイトの視界には、数えられないほどの斬撃が飛び込んでくる。
「っ!!」
アイトは大きく踏み込んで斬撃を弾き、捌き、そして躱していく。
「ッ‥‥‥」
だが対処出来なかった複数の斬撃によって、左肩と右足から血が吹き出す。斬撃の乱打に押され、少しずつ足が後退してしまう。
「ちッ!!」
舌打ちしたアイトは、咄嗟に飛び込むように前転して距離を取る。だが不運にも着地した先は窓際。アイトは背中を窓に向けて、体勢を立て直す。
「ゔッ!?」
だが顔を上げた瞬間、距離を詰めていたルシフェルの右手に首を掴まれ、勢いよく窓際に押し込まれる。
そして閉まっていた窓にアイトは背中から激突し、パリンッという音と共に窓の破片を全身に浴びた。
「ッ!!」
「おっと」
咄嗟に右手の聖銀の剣を振りかぶるが、ルシフェルの左手から繰り出された斬撃魔法が右肩を直撃。
「ぐっ‥‥‥」
勢いよく噴き出す出血と共に、右腕から力が抜ける。アイトは、聖銀の剣を床に落としてしまった。
「呆気なかったな。何か言い残すことはあるか?」
首を掴む手に魔力を集めながら、ルシフェルが淡々と言い告げる。アイトは首に魔力を集めながら、重い口を開く。
「これで、いいか‥‥‥」
その言葉は、ルシフェルを困惑させる。だが決して狼狽はしない。
「最期までおかしな奴だ」
そして、アイトの首に斬撃魔法を叩き込んだ。
「っ‥‥‥」
アイトの首から、決壊した防波堤のように血が噴き出す。辛うじて首は繋がっているが、深く切り込まれた傷口は、明らかに致命傷の一撃だった。
「やめてぇぇぇぇぇぇッ!!!!」
ユリアの絶叫が響き渡るが、もう事は済んでいる。ルシフェルが
「‥‥‥‥‥‥」
アイトは目を開いたまま、前のめりに倒れていく。当然、戦う力など残っているはずがない。それどころか、死が目前にーーー。
「ーーー完璧だよ。『天帝』レスタ」
ルシフェルは目を見開いていた。割れた窓の手摺りからーーー人間の手が伸びてきたのだ。
「!? 貴様はっ」
続きを言うよりも早く、ルシフェルが胸ぐらを掴まれるとーーー勢いよく外へ投げ出される。
「ぐっ!? この魔力はッ!!!」
そして胸に衝突した金色の魔力に押され、瞬く間に遠くへと吹き飛ばされていく。
「ぇ‥‥‥お兄、さま‥‥‥?」
ユリアは濡らした両眼を見開き、手摺りの上に立つ青年を見つめていた。それは、今回の騒動における最重要人物であり‥‥‥グロッサ王国の希望。
「約束通り、僕が美味しいところ持っていくよ」
ルーク・グロッサは淡々と呟き、うつ伏せに倒れる銀髪少年を見下ろした。




