人の髪を食べる
王都ローデリア、東地区。
「ーーーどうやら、終わったみたいだな」
黒髪青年が、しゃがみ込んだまま呟く。
彼の左腕の包帯が赤く染まり‥‥‥滲み出したものが数滴、地面に落ちる。
そして‥‥‥王都の北地区と西地区を守っていた半透明の壁がーーー示し合わせたように消滅する。
「ったく、俺の苦労も知らないで上に乗りやがって」
元『ルーライト』副隊長、通称『白面』ジャック。 出鱈目な魔法で王都の半分を防衛していた彼は、息を吐きながら右手で額の汗を拭った。
「‥‥‥本当に、あの巨大生物が殲滅されたのか?」
彼にそう尋ねる銀髪女性。腹違いの妹であるスカーレットが兄を見つめている。
「ああ。誰か知らないが、あの生物どもを一瞬で殲滅しやがった。おかげで俺も助かった」
ジャックはその場で足を組み直して座り込み、顔を下げて大きく息を吐く。その様子と表情が、本人の疲労度合いを表しているようだった。
「ありがとう、兄さん。本当に、私の我儘に付き合ってくれてありがとう‥‥‥」
スカーレットが正面に向き直り、深々と頭を下げる。そして唇を噛み、僅かに血を滲ませている。
「バーカ、何勘違いしてんだ。お前の我儘を聞いてやったわけじゃない。俺はバカ王子に大きな貸しを作りたかっただけだ」
「‥‥‥」
「あいつらを近くまで連れて来た上に、王都も守ってやった。あいつはもう、俺に一生頭が上がらないだろ?」
「‥‥‥それでも、ありがとう」
スカーレットが頑なに頭を下げ続ける事で、ジャックは気まずそうに頭を掻く。
「‥‥‥馬鹿は嫌いじゃない。大量の魔物相手に身体張るような銀髪女なら、むしろ好きだ」
その言葉が、スカーレットの頭を勢いよく上げさせる。
「兄さん‥‥‥」
「‥‥‥おう」
スカーレットが微笑むと、視線を逸らすジャックを見つめる。
「好きなだけ、味わってほしい」
そして‥‥‥左手で掬った銀髪を、力強くジャックの口元へ押し付けた。
「!? お、おい何すんだッ!!?」
目を見開いて抗議するジャックを無視し、スカーレットが自分の髪を存分に押し付ける。
「今の私には他に労う方法が無い。兄さんになら、食べられてもいいから」
「ちょっと待て!? 人の髪を食べるような変態だと思ってんのか!!?」
それはまるで、ジャックの顔を銀髪が侵略しているような光景。
「? 銀髪フェチなら、そうだと思って」
「なに真顔で的外れな事言ってんだ!! ちょっ、やめろって‥‥‥艶があって良い銀髪なんだから、もっと大事にしろっ!!」
「あ。なんだかんだ嬉しそうだ」
もし他者が見れば、なかなか空気が凍るような光景である。
「ーーー何してんの姉貴っ、兄貴!?」
そして、それはシスティアという第三者にガッツリと見られてしまう。スカーレットの妹であり、気の強い彼女に。
ジャックは咄嗟に右手でスカーレットの左手を掴み、無理やり鎮めることで彼女の銀髪も離れていく。
「‥‥‥なんだシスティア。もしかしてお前が巨大生物の殲滅に一役買ってたのか?」
そんな軽口を叩きながら、ジャックは声がした方を振り向く。
「それなら本当にーーーぁ?」
だが、ジャックの口は無意識に途切れることになる。
「ぁ、あ‥‥‥」
「あの人が‥‥‥」
それはシスティアの後ろ‥‥‥銀髪女性と黒髪少年を視界に捉えたことで。
ジャックの視線は好みである銀髪の女性に、ではなく黒髪少年の方を向く。
「小さい俺みたいなのがいる‥‥‥」
それは意図せずに、ジャックの口から漏れた言葉。
「ちょっ、カレン。なんで隠れるのよっ」
「だ、だって‥‥‥」
システィアの後ろに隠れる黒髪少年から、目が離せない。スカーレットとシスティアの弟である、カレン・ソードディアスから。
「あなたが‥‥‥ジャックさん」
するとジャックの意識を変えるように、銀髪女性が近づき勢いよくしゃがみ込む。真っ直ぐ髪を下ろす彼女が‥‥‥わなわなと震えている。
「‥‥‥あんたが、こいつらの母親?」
ジャックは軽口混じりに呟いて、顔を下げる。強気な態度を取っているが、どこか気まずく視線を逸らす。
「セレーナ・ソードディアスです‥‥‥‥‥‥さん」
「ぇ?」
最後が聞き取れず、ジャックは思わず声を漏らす。そして、ジャックは目を見開いた。
「ーーー初めましてっ、ジャックさぁぁぁぁぁぁん!!!!」
涙を流したセレーナが、突然体当たりしてきた。
「ぐぇッ!?」
驚きながら仰向けに倒れ込んだジャックに、セレーナが強くしがみ付く。
「「お母さま!!?」」
母親の凶行に、スカーレットとシスティアが同時に叫ぶ。
「会いたかったッ‥‥‥あなたに会いたかったんですのぉぉぉ!!!」
セレーナがその喜びを全身で表現し、娘たちをドン引きさせている。
「娘たちを助けてくれて、本当にありがとぉぉぉ‥‥‥!!! やっぱりあなたは娘たちのお兄ちゃんなのねぇぇぇ‥‥‥!!!」
「ちょっ、苦しいっ‥‥‥マジで苦しいッ」
仰向けのジャックは必死に彼女の背中を右手で叩く。だが、セレーナの抱擁は終わらない。
「あなたは私の息子同然よっ‥‥‥!! 話したい事、聞きたい事が山ほどありますっ!! もうずっと一緒に暮らしましょうっ‥‥‥家族みんなで!!」
「く、苦しぃ‥‥‥」
ジャックの顔がどんどん青ざめていく。セレーナは感激のあまり全く気付いていない。
「いったん離れようか」
「いい加減離れてよ!!」
するとスカーレットとシスティアが同時にセレーナの両脇に腕を通し、全力で引き上げていく。
「な、何するの2人ともっ!! ジャックさんが困ってるじゃないのっ!!」
「誰のせいだろうな」
「誰のせいよ!?」
またしても姉妹で言葉が被りつつ、2人はセレーナを引き剥がして近くに座らせた。
「‥‥‥ったく、お前らの母親なだけあるな」
ジャックは苦笑いをしつつ起き上がると、隣に立つ相手と目が合う。
「あ、あのっ‥‥‥兄さん、なんだよね‥‥‥?」
カレンが慎重に呟き、しどろもどろに立ち尽くしている。
「‥‥‥ああ。さっきまでは暫定だったが、お前を見て確信したよ」
ジャックは手を伸ばしてカレンの右手を掴むと、ゆっくりと隣に座らせる。
「互いに驚くことばかりだが、まあ‥‥‥よろしくな、カレン」
「兄さんっ‥‥‥うん!」
カレンが笑顔で返事をすると、ジャックは意地悪な笑みを浮かべて頭を撫でる。
「カレンっ‥‥‥あぁ、本当に夢じゃないのねっ」
そんな2人を見つめ、セレーナが潤んだ瞳を輝かせる。
「あの2人は、親父の血が強いんだろうな」
「私たちとは雰囲気が違うしね」
スカーレットとシスティアも、穏やかに笑いながら座り込んだ。
こうして、家族全員が集合した。




