過大に評価する時なんてありません
勘違いが重なり合った末、アイトに部下が出来た。それも自分とは存在が違う勇者の末裔。平穏に過ごそうと考えていたアイトにである。
(と、とりあえずこれから考えよう‥‥‥なんとか穏便に事を納めるんだ)
アイトとエリスはディスローグ家に到着した。間もなく夜が明ける頃。もちろん今は仮面を外して髪も元の黒髪に戻している。
「ここが俺の家だけど‥‥‥」
「アイト様が住んでる家‥‥‥普通ですね」
何か心に刺さりそうなことを言うエリス。
「あ、ああ普通の家だよ。両親が起きるまでに作戦を実行する。エリス、手伝ってくれ」
「は、はい!」
アイトは内緒で住まわせるために、1階の自分の部屋の真下、地下にエリスの部屋を作ることを計画。
エリスに教わった魔法のおかげで1時間もかからず地下に部屋を作り、アイトの部屋に繋げることも成功。これでエリスも一緒に過ごすことが決まった。もちろんアイトの独断。
(親にバレないように注意してエリスの服や生活用品をどっかでこっそり買ってこよう‥‥‥)
アイトは突然降ってきた問題を、なんとか一つずつ解決していく。
「『スプーリ』」
アイトは息をするように、寝ている両親と妹に睡眠魔法をかける。もうアイトにとっては、この行為に対する罪悪感なんてものは存在しない。
「ふぅ、これでもう大丈夫だよ」
アイトの声で、地下部屋からエリスがひょっこり出てくる。
「なんでもう寝ている3人に睡眠魔法を?」
「ああ、それは夜に特訓する時にみんなが起きてこないようにしてるんだよ。今では起床時間も調節できるから、朝の6時半から7時半の間に起きると思う」
「す、すごい‥‥‥さすがアイト様です。これを6歳の時から続けてるなんて、すごい計画性‥‥‥頭脳まで完璧だなんて」
「俺に対して過大評価が過ぎない?」
「ご謙遜を。アイト様を過大に評価する時なんてありません。いつも完璧なんですから」
アイトは正直に発言してるが、エリスはそれを全く理解しない。勇者の魔眼で見てしまった彼の未来を、一縷に信じているためだ。
「そ、それじゃ特訓してくる。おやすみエリス」
「まっ、待ってください!」
「グェェッ!?」
エリスは背後からアイトの襟元を掴む。この時アイトは、勘違いに気づいて怒ってきたのかと本気で焦ったという。
「わ、悪かった!! 別に俺はーーー」
「なんで私を置いていくのですか?もちろん私も特訓に付き合います。いいえ、いっしょに特訓させてください!」
「‥‥‥え? 特訓、したいの?」
「はい、アイト様に少しでも近づきたいんです」
ズイッとアイトの顔の前にエリスの顔が近づく。前のめりな彼女の気持ちに、アイトは断れなかった。
「わ、わかった。それじゃあついてきて」
「はい!」
こうしてエリスも夜に行う特訓に参加するようになった。今まで姉妹や家庭教師に対して手を抜いて行うことしかできなかった実戦形式。
それをある意味、自身の事情を知っているエリスと本気で出来るというのはありがたかった。
アイトは実戦を繰り返して、エリスについてわかったことがあった。
(この子、戦闘センスが高すぎる。成長速度が段違いだ。さすが勇者の末裔だ)
アイトは内心でベタ褒めし、彼女の眼を無意識に見つめていた。
それはエリスが持つ、勇者の魔眼。相手の本質や実力、動作の予知を可能にすると言われる勇者の力。
アイトの名前や髪の色が違うことに気付いたのも魔眼の力である。
(このままだとすぐに俺よりも強くなりそう)
さすがに平穏主義者のアイトでも、目の前で自分より強い人が現れるのは良い気分はしない。
(エリスには負けられない‥‥‥!!)
以上の理由で、エリスに負けないように必死に自分を鍛えるアイト。
(絶対、追いついてみせる‥‥‥!!)
そんな彼に追いついこうと、必死に努力を重ねるエリス。天才と思われる彼女はいっさい驕らず、全く手抜きしない。
仲間でもあると同時に、2人は互いに競争相手としても意識していた。そうやって、瞬く間に半年が過ぎていく。
アイトの王立学園入学まで、残り1年半。
『天帝』誕生まで、残りーーー。