記録 精鋭部隊《黄昏》No.10、『軍師』メリナ
これはエルジュ戦力序列第10位、精鋭部隊《黄昏》に所属したメリナの訓練生時代について記した記録である。
メリナは向上心が高く至って真面目。交友関係も広く、手入れされた長い茶髪、大人びた容貌と真面目な性格。
そのため訓練生時代は多くの人から尊敬されると同時に慕われていた。
人望の厚さはエリスに次いで2位。訓練生の男子の中ではエリスを追い越すほどの人気があると噂されていた。
そんな彼女が挑んだ試験の最終項目、ラルド教官との実戦。
訓練場。
「メリナ、準備はいいか」
「はい、お願いします」
メリナは腰から取り出した鞭を構える。ラルドは短剣(鍛練用の刃がついてない切れない物)を右手に構える。
ラルドが距離を詰めたと同時にメリナは鞭を振る。ラルドは鞭を横っ飛びで回避。
「ぬっ!?」
だがその動きを読んで先回りしていたメリナが正面に来たラルドを後ろへ蹴飛ばす。
ラルドは着地して体勢を立て直そうとするが、鞭の嵐がそれを阻止する。
(まさか以前よりも先回りが上手くなっているとは)
ラルドは鞭の猛攻を受けながら感心していた。
メリナは頭の良さならエルジュ内でもトップクラスだが、身体能力は平凡。せいぜい中の上だった。
そのため突発的な戦闘が苦手なメリナは、常に相手の動きを何手先も読むことで短所をカバーしていた。
それは訓練の日々で仲間のことを観察し、癖や傾向を独自に調べることで形成した彼女なりの戦闘データベースである。
メリナが読み合いに得意なことは、ラルドも当然わかっている。だから鞭を回避せず、隙を窺っているのだ。
(この距離からの攻撃でもメリナは避けるのに一苦労だろう。ならば!)
ラルドは鞭が自分の方は伸び切った瞬間、【血液凝固】を施した指で持っていた短剣をメリナに飛ばす。かなりの速度。
「っぶない!」
「なにっ」
だがメリナは短剣を当たるギリギリで回避する。
(まさか、魔力で鞭を伸ばしていたのか!)
メリナの鞭は魔力を流すことで伸びる特別製。だが一気に伸ばせばラルドがそのことに気づく。
そのためメリナはほんの少しずつ鞭を伸ばし、伸ばした分だけ足の位置をジリジリと後ろに下げていたのだ。それをラルドの視界に鞭を飛ばすと同時に行っていた。
その結果2人の間の間の距離が、鞭の嵐を浴びせ始めた時よりも5センチほど離れていたのだ。それがラルドの投擲した短剣を避ける結果に繋がったのだ。
「やっば!!」
だがラルドは回避したメリナの後隙を逃さない。一瞬で距離を詰めて手を掴んだと同時に足を引っ掛けて投げ飛ばす。
床に仰向けになったメリナはラルドに見下ろされていた。
「ここまでだ」
「やっぱり教官は強いなあ。悔しい」
床に寝た状態のまま笑うメリナ。
「お主の戦略、見事だった」
「あ、バレてました?ありがとうございます。でも一瞬でひっくり返されてしまいましたやっぱり身体能力が私の課題です」
「さすが、相変わらず聡いな」
「教官。この実戦、私は何点ですか?あ、聞いたらダメなやつですかね」
「‥‥‥70点だ」
「え、負けたのに高くないですか??」
教官との実戦の最高得点は100点。負けた割には点数が高いことに驚く。しかもラルドは情けで点数を与える性格ではない。むしろ容赦はない。
「実戦とは言っても殺しはなし。もしさっきのが命のやり取りだとしたら、お主の鞭の破壊力はもっと高いはず。確実に、人体急所を狙うはずだ」
ラルドは鞭を受け、メリナが意図的に致命傷にならないような攻撃をしていることに気づいていた。
「それもバレてたか。でも殺すつもりで打っても結果は変わらないと思った」
「それだ」
「え?」
「お主は、自分のことをよく理解している。それは戦闘で重要な点の一つだ」
「まあ、苦手なことは目に見えてわかるので」
「お主は打ち初めで私の投擲を避けられないと悟り、少しずつ後ろに下がり距離を修正した。しかも私が気づかないほどの実行力と戦略性」
「‥‥‥」
「以上が評価の基準だ。他に何か聞きたいことは?」
「‥‥‥ないです。ありがとうございました。でも、次は勝ちます。負けず嫌いなんで」
「知っている」
ラルドは少し口角を上げて笑った後、その場を去っていった。
「くそ〜っ、もっと動けたら、もう歯がゆい!!」
メリナは大きな声を出して鬱憤を晴らす。
(でも実戦で70点もらえるとは思わなかった。座学で貯金を作ったし、他も全然悪くなかった。もしかすれば、序列10位以内に入れるかも‥‥‥)
数日後‥‥‥メリナは序列10位に選出され、精鋭部隊『黄昏』への所属を果たす。
メリナは、血の滲むような努力で結果を掴み取ったのだ。
以上が、訓練生時代のメリナの記録である。