行動開始
アステス王国、城内。
「それじゃあ皆、行ってくる」
ルークが穏やかな表情で呟く。彼の後ろにいたマリアとエルリカも準備万端といった様子で佇んでいた。
「ルークさま、本当にお気を付けてくださいまし」
アステス王国の王女シルク・アステスはしっかりと見つめて送り出す言葉を返す。
「シルク王女、本当にありがとう。この恩は後で必ず返すよ」
ルークが微笑んで感謝を述べると、シルクは何故かぐいっと詰め寄って手を握る。
「でででしたらぜひグロッサ王国とアステス王国の親交をより強固にすべくっ! わわわ私と結婚をーーー」
「そろそろ行かないのルークぅ!? 時は一刻を争うわよぉ!!?」
だが彼女の言葉を、エルリカが大きな声を出して割り込んだ。2人が互いに対立する中、傍で見ていたステラ・グロッサが一歩踏み出す。
「兄さん‥‥‥本当に気を付けてくださいね。くれぐれも無理だけは‥‥‥」
「ああ、わかってる。ステラ、心配かけてごめん。後で必ずグロッサ王国の馬車で迎えに来るから、待ってて」
「‥‥‥はい。がんばってください!」
そして兄のルークと話し、ステラは決意を固める。ルークはもう心残りは無いとばかりに踵を返し、エルリカの腕を掴んで目を合わせた。
「ステラを頼む、エル」
「っ、あっ、もちろんよ! ルークも本当に気を付けて。マリアも無理しないようにね」
彼女の言葉を聞いたルークとマリアはしっかりと頷くと、足早に歩き出す。
「じゃあねアイト! お姉ちゃん頑張ってくるから、あんたも気をつけるのよ!!」
「‥‥‥」
「ねえ聞いてるのぉ!!?」
「ーーー聞いてます頑張ってください!!」
弟の声を聞いてやる気が出たのか、マリアは笑顔で手を振り返す。
「さあマリア。ここからは修羅の道だ」
「ーーーもちろん分かってます」
そしてルークとマリアは瞬時に顔付きを変えて、グロッサ王国奪還に動き出した。
その2人の背中を、交流戦の代表選手だった各学年の学生たちが見送る。それは当然、アイトたち1年生も。
「‥‥‥そろそろね」
「ああ。行動開始だ」
システィアの問いかけに対し、アイトはしっかりと言葉を返すのだった。
◆◇◆◇
ルークが魔結晶を握り締めると、地毛である金髪が黒髪へと変わっていく。それは眉毛も同様だった。
「凄いですね。シルク王女が言っていた通り、本当に色が変わってます」
「それは君もだよ」
一方、マリアも地毛の黒髪から一変。彼女の場合は色素が抜けていき、やがて銀髪になった。
「銀か‥‥‥色々思い出したよ」
「え?」
ルークは目を細めて呟くが、マリアにはその意味が分からない。彼女の困惑はいざ知らず、ルークは話を続けた。
「髪色が大幅に変わって私服を着ているから、魔物たちに近づかれてもすぐには気づかれないだろう」
「そ、そうですね。この魔結晶を、手から落とさないようにしないと」
マリアは言葉に詰まりながらも返事を返す。ルークは特に気にした様子も無く、話を続ける。
「そろそろ向こうも始まる頃だ。シルク王女のご決断を無駄にしないためにも、全速力でアステス王国を抜けてグロッサ王国を目指す」
そしてマリアの方を見つめると、不敵な笑みを浮かべる。
「ーーー遅れないよね」
挑発するような宣言をしたルークは、勢いよく地面を蹴って全力で走り出す。
「当然です!!」
マリアは負けん気を態度で示し、彼の後をついていくのだった。そして、2人の耳に大きな爆発音が真逆の方角から響き渡る。
「ーーー隊長っ!」
「ああ、シルク王女が話してた通り。アステス王国軍のソニア・ラミレス大佐の魔法だろう」
大きな煙が立ち込めるのを確認し、2人は走り出す。
(これがアステス王国の最高戦力‥‥‥敵に回したくないな)
ルークは内心で呟くと、マリアを連れてアステス王国からの脱出を目指すのだった。
◆◇◆◇
「ーーーいったい何が起こってるの!?」
アステス王国軍大佐、ソニア・ラミレスは爆発の余韻を肌で感じながら驚きの声を上げる。
目元を隠す仮面が飛ばされないように左手で押さえ、黒髪が爆風で後ろへ靡く。
(これはシルクさまの命令じゃない‥‥‥明らかに無関係の第三者の仕業!!)
平原に滞留している魔物たちの掃討をシルク王女に命じられて城から移動していたところ‥‥‥上空からレーザー状の黒い魔力が炸裂し、大爆発を引き起こしたのだ。
「っ、誰がこんなことをーーー」
ソニアは上を向き、上空から黒い魔力を飛ばした張本人を肉眼で探す。立ち籠った煙の中にいるため輪郭がはっきりとしないが、確実に誰かがいた。
「立ち昇る煙で何も見えないっ‥‥‥そこのあなたっ!! 降りて姿を現しなさい!!!」
ソニアは大声で話しかけるが、相手は何も言わずに背中を向けて飛び去っていく。ソニアはすかさず魔力を纏って牽制しようとするが、爆煙の中から何者かの影が姿を現す。
「おのれぇっ‥‥‥!!! アステス王国の返答は分かったっ‥‥‥ならば全てを蹂躙してくれるわ!!!!」
それは、魔物の集団を束ねていた上級魔族。先ほどの魔力で身体を損傷しているが、確かな意思が両目に宿っていた。
「ちっ、貧乏くじを引かされた!!!」
ソニアは吐き捨てるように言い放つと、光魔力を両足に集め‥‥‥勢いよく飛びかかった。
「ーーー今よ」
それを遠く離れた場所で見ていたシスティアたちは、横を抜けるように走り出したのだった。




