天帝の目
アステス城内。勝手に利用している会議室。
「ーーー僕たちだけでグロッサ王国に向かう!?」
「声が大きいっ!!」
開口一番、大声を出したジェイクが頭を叩かれていた。アヤメが呆れた様子でそれを見守る。
(やっぱりシスティアさんが黙ってるわけないよな)
そしてアイトは内心で納得し、彼女たちの会話を見届けていた。
「ルーク先輩は私たちに言ったわ。命を懸ける立場じゃないから許可できないと」
「ああ、そうだが」
ジェイクが返事し、アヤメは何も言わずに相槌を打つ。するとシスティアは右手を強く握って振るわせた。
「そんなの、私からすれば立場なんてどうでもいいっ。王都ローデリアには姉貴たちがいるの!!」
システィアは叫び、思い切り机を叩く。
「姉貴はまだ右手の怪我が治ってないし、お母さまも元は令嬢だったから碌に戦闘経験が無いっ。弟のカレンなんて弱虫の泣き虫よ!? 3人が心配でならないわっ‥‥‥」
姉、母、弟の身を案じ‥‥‥システィアは動かずにはいられない。いかに口が悪くても、それだけ家族を大切に思っているのが伝わってくる。
「‥‥‥家族、か。確かに僕も王都の近くに実家がある。心配せずにはいられない」
「私も‥‥‥王都から離れてるけど、安全かと言われたら分からない。どうなってるか、怖い‥‥‥」
ジェイクとアヤメは、その意見を否定する事はできなかった。自分たちにも、大切な家族がいる。
「‥‥‥俺も。王都からはかなり遠いけど心配になる」
それはアイトも例外ではない。グロッサ王国領の最北端にあるディスローグ家。父のアレクや母のカアラ、そして妹のアリサ。グロッサ王国の中心、王都が襲撃されている今、魔の手がどこまで伸びているか分からない。
だからこそ家族が無事かどうか、心配せずにはいられない。
「だから私は動くわ。自分にできることなら何だってやる。お前たちにもそういう気持ちがあるなら、一緒に行くわよ。その方が危険も減るでしょ?」
システィアの言葉に、アイトは目を見開いて驚く。するとジェイクとアヤメも驚いた様子で息を吐いた。
「‥‥‥驚いた。ソードディアスからそんな言葉が聞けるとはな」
「そうね。頭でも打ったのか心配になるわ」
「今ここで死にたいの???」
システィアが背中の長剣に手を掛けると、ジェイクとアヤメは手を差し出す。
「その話、乗った」
「断る理由ないしね」
2人が了承の言葉を呟くと、視線が1箇所に集まる。それは、まだ返事を出していないアイトに。
(ルーク先輩よりも3人の方が関わりが多い‥‥‥交易都市でも一緒だったし、どんどん俺への疑いは濃くなってるはすだ)
だがアイトは長考していたため、その視線に気づかない。3人への警戒心が募る。
(でもこの流れで断るのも怪しまれる‥‥‥いや、今回はもう正体がバレるとかの次元じゃないか‥‥‥)
「ーーーねぇ、聞いてんのディスローグくん!?」
突然、アイトの思考は遮られた。自分の肩に手を置いて大声で聞いてくるシスティアによって。
「え? あ、何?」
アイトは全く聞いていなかったことを素直に明かす。その様子を見たシスティアは呆れた様子で呟いた後、話し始めた。
「‥‥‥お前に、頼みがあるの」
それはアイトにとって、全く想像していなかった言葉。
「隠し持ってる力を出し惜しみしないで欲しい」
「‥‥‥急になんの話?」
アイトは僅かに眉を顰めて聞き返すと、システィアが「茶化さないで」と前置きを入れる。
「もし本気で協力してくれるなら、私たちはお前の全てを黙認するわ。どんな力を見せても、どんな裏があっても‥‥‥絶対に誰にも話さないから」
そしてシスティアは、深々と頭を下げた。気の強い彼女が、今はアイトを頼って必死に誠意を見せている。
「お前の異質さは、学園生活の中でよく知ってる。たぶんアヤメもヴァルダンくんも勘付いてる」
「‥‥‥」
アイトは何も言わずに頭を下げ続ける彼女を見つめる。そんな2人を、ジェイクとアヤメは心配そうに見ていたが。
「でも私たちがお前の事を誰にも話さなければ、いちいち気を使う必要は無いでしょ?」
「‥‥‥」
返事に困ったアイトはまたしても何も言えない。すると、それを好機と見なしたのかシスティアは言葉を続けた。
「どうしてもグロッサ王国を占領する魔物を退けたいのっ‥‥‥だからお願い、お前の本当の力を貸して」
普段は強気で愛想の悪い彼女は、今は縋り付くように懇願している。その姿だけで、どれほど本気か伝わってくる。
「‥‥‥ディスローグ、僕からも頼む。前みたいに君の力を大勢のために使ってくれとは言わない。他に知られたくないなら絶対に話さない。だから、僕たちに力を貸してくれ」
ジェイクが以前の自分を悔いるように頭を下げ。
「私からもおねがい、アイトくん‥‥‥あなたの力を誰かに言いふらそうなんて思わない。私たちだけ、いや私だけ知っていればいいんだからっ!!」
アヤメはどこか意味合いが違ったような言い方をしたが、意見は概ね2人と同じである。1年生の中でもトップクラスの実力者である3人が、アイトに頭を下げたのだ。
「‥‥‥わかった」
そしてアイトは、3人の熱意を断るわけにはいかなかった。王国を助けたい気持ちは、システィアたちと何一つ変わらないのだから。
(無理に口を塞ぐよりも、今3人に王国奪還の手助けという貸しを作った方が秘密は漏れにくいはず)
無条件という訳ではない。善意だけでなく打算もある。アイトは、正義の味方ではないのだから。
(それに‥‥‥この3人を信じたい)
そして、曲がりなりにも交流を深めた同級生3人。性格や意志の強さなどは分かっている。
アイトは3人を学友と思っていて、だからこそ信じたいと思っていた。
「っ、本当にありがとーーー」
「でも」
システィアが頭を上げた瞬間、アイトは彼女の肩に触れて見下ろしていた。その目付きは、数多くの困難や修羅場を潜り抜けてきた『天帝』の目。
「約束は絶対に守ってくれ。後に俺の事を探るのも無しだ。もし破ったら、どうなるか見せてやる」
アイトは自分の最大の武器ともいえる属性魔力の複合体、黒の魔力を右手に集めてシスティアの肩に流す。
それはシスティアとジェイクが『魔闘祭』の時に目撃した、常軌を逸した力。
「っ‥‥‥!! この魔力密度っ‥‥‥とても学生の次元じゃない」
システィア自身も、魔闘祭での出来事を鮮明に思い出した。剣で圧倒され、全力の魔力放出も一瞬で掻き消された恐怖の瞬間を。
「これがっ、ディスローグが扱う本当の魔法っ‥‥‥」
「こんな濃密な魔力を流してシスティアの肩を傷付けないなんてっ‥‥‥魔力制御の練度が別次元だわ」
ジェイクとアヤメも驚愕で目が離せない。今見せられているのは、普通の学生には到底出来ない属性魔力の複合と魔力制御の証明。
「‥‥‥ふぅ」
やがてアイトはシスティアの肩から黒の魔力を離散させる。無傷で済んだシスティアは息を呑み、アイトをじっと見つめた。
「怖がらせて悪かった。生半可な覚悟だったら、俺のことを言いふらすかもしれないと思って。もし少しでも俺の話が広まったら、真っ先に3人を疑う」
言葉遣いも冷たくなったアイトは、完全に普段とは別人の雰囲気も醸し出していた。学生としての彼の姿が印象にある3人は動揺を隠せない。
(申し訳ないけど‥‥‥エリスたちと同じように接するのは絶対にダメだ)
信じるとは言っても‥‥‥裏の顔を持つ自分と、騒動とは無関係の学生3人。その自覚があるアイトは、過度に親交深められないと意識の線引きを行った。
「俺からも話がある」
そしてアイトは力の一端を見せた事で、完全に話の主導権を握っていた。
「約束どおり3人が黙ってくれるなら、1つ策がある。ルーク王子たちの手助けにもなる作戦だ」
アイトは淡々と話を続ける。その作戦を聞いたシスティアたちは、更に驚きの声を漏らすことになる。
「ーーー敵に翻弄されるのは、ここまでだ」
アイトの言葉は、3人の心に火を付けた。




