未来ある学生たち
アステス王国、王都周辺の平原。
「ルーク・グロッサを我らの前に差し出せ!!! そうすれば危害を加えない事を約束しよう!!!!」
上級魔族の大声が、王都内に響き渡る。彼の後ろには数百は降らない多種多様な魔物が待機している。
「もう一度言う!! ルーク・グロッサを差し出せェェェ!!!」
人とは一線を画す強靭な喉が、まるで拡声器でも使っているかのような大声を轟かせた。
◆◇◆◇
「なるほどね。どおりでグロッサ王国の国民を殺さないわけだ。大人数を人質にして、少しでも僕が靡く可能性を上げるために」
ルークが冷静に呟くが、マリアやエルリカは冷静ではいられない。そして当然、妹のステラも。
「まさかルーク‥‥‥受けるつもりじゃないでしょうね」
エルリカが慎重に尋ねると、ルークはゆっくりと首を横に振った。
「僕が首を差し出したとしても、王都ローデリアの人々は助からないだろう。そのまま用無しと蹂躙されるのが目に見えてる」
「そ、そうよね。でも、このまま動いたら‥‥‥」
エルリカは安堵したと思いきや、視線を下げて不安そうに呟く。ルークがすぐに死ぬ事は無いが、今の状況はあまりにも深刻。
「人質にされた人たちは死ぬだろうね。それも、僕に近しい間柄の存在から」
ルークが眉を顰めて呟く。彼の言う近しい存在というのは、妹のステラにとっても同じ存在だということ。
「お父さまっ、ユリアちゃんっ‥‥‥」
それは2人の父親と妹という事になる。ステラは恐怖と不安で身体が震え始めた。
「だから‥‥‥僕は堂々と姿を現すわけにはいかない」
「それって‥‥‥」
エルリカが目を見開いて声を漏らすと、ルークは静かに口を開いた。
「僕はしばらく姿を消すよ。そして誰にも悟られないよう、単独で王国へ向かう」
ルークの発言に、その場にいた全員が息を呑む。当然、マリアやエルリカは反論した。
「そんなっ、私も一緒に行きます!!」
「私も行くわ。あなただけを危険な目に遭わせられない」
「‥‥‥どうせ、どちらも止めても無駄だよね」
「当然です!!」
「当然よ」
同時に言い放つ2人に対し、ルークは目を閉じて息を吐いた後、それぞれの肩に手を乗せる。
「だがエル、君はステラを守ってくれ。ついてくるのはマリアだけでいい」
「そんなっ!! 私じゃ足手まといなの!!?」
「そうですよ兄さん!! わざわざ私に護衛なんてっ‥‥‥」
彼の発言にエルリカだけでなく、ステラまでも声を上げて反対した。ルークは彼女たちを見つめながら、真剣な表情で答える。
「雷魔法で俊敏なマリアの方が移動に向いてる。それにエル、君の硬化魔法は守る時こそ本領を発揮する」
『迅雷』と呼ばれるマリア、『金剛』と呼ばれるエルリカ。2人の長所を活かした指示だとルークは念を押す。
「それにアステス王国領まで魔物が来てる。ここも決して安全とは言えない。王族のステラを守るのも、グロッサ王国軍所属、精鋭部隊『ルーライト』の務めだ」
そして妹のステラを守ってほしいという意思が、ルークの発言には感じられた。もし今回の騒動でルークが死に、父ダニエルと妹のユリアが死ねば‥‥‥王家の血筋はステラのみとなる。
「‥‥‥わかった。確かにここも安全じゃないわ。私がステラを守る。最悪の場合、ステラを連れて脱出してでもね」
彼と長年の付き合いだからこそ、エルリカは指示を受けて尊重することにした。ついていきたいという自分の気持ちを抑え込んで。
「ありがとう。エル」
「私はどんな事があろうとステラを守りきってみせる。だから君も、グロッサ王国の平和を絶対に取り戻して」
エルリカが詰め寄りながら見上げると、ルークは真剣な表情で頷いた。
「というわけで状況が大きく変わった。君たち学生を連れていけない」
新たに告げられたルークの言葉に、アイトを含む全員が驚く。その中の数人は当然、納得がいかなかった。
「僕はもちろんのこと、隊員のマリアとエルリカも顔が割れてる可能性がある。表立っては動けない。だから、学生の君たちだけで動くことになる」
ルークは淡々と説明し、一呼吸置いて呟く。
「それは自ら死線へ飛び込むようなものだ。そんなことはもちろん認められない」
それは警告。未来ある学生たちの命を摘み取ってしまうかもしれないという危険信号。
「そんなのっ、ルーク先輩やマリア先輩だって同じ学生ですよねっ!?」
システィアが真っ先に言い返すと、ルークは首を横に振った。
「確かにそうだけど、僕はグロッサ王国の王子で『ルーライト』の隊長だ。命を懸ける覚悟は既に出来ている。マリアも『ルーライト』の隊員で、学生の身分よりも優先されている」
「ルーク隊長の言う通りよ。隊員として、どんなことがあっても覚悟は出来ているわ」
ルークとマリアはどちらも度胸が据わっている。数多くの修羅場を乗り越えてきた経験が2人をそうさせていた。
「っ‥‥‥立場が無いだけで私たちに残れって!?」
2人の圧に息を詰まらせたシスティアだが、なんとしても撤回させるべく必死に言い返す。
「それに今の王都ローデリアは人外魔境‥‥‥近付いたら無駄死にする可能性がある」
だがルークが言い放った一言は、とても重い言葉だった。
「っ、私たちが力不足だって言いたいの!?」
憤慨したシスティアは、遂に敬語で話す事を忘れていた。そんな彼女に対し、ルークはまるで駄々を捏ねる子供を見るような目で見つめ返した。
「ああ。こんな意地悪なことを言ってでも、学生の君たちには絶対に死なないでほしい。未来ある君たちには」
「っ‥‥‥」
システィアは、もはや言い返す言葉も出なかった。相手の方が何倍も大人で、自分が子供に見える。これが王子で軍人という立場に身を置いている凄みだと、無意識に理解させられたのだ。
「ーーールークさまっ!! 大事なお話がありますのでこちらへ来てくださいまし!!!」
すると早歩きで姿を見せたアステス王国の王女シルク・アステスが、大声を出して手招きした。
「わかった。マリアとエルも来てくれ。アステス王国との重要な話だから」
「はいっ!」
「分かったわ」
こうしてルークたち軍人側は、シルクに同行して廊下を歩いていく。
「ソードディアス‥‥‥今は落ち着くんだ」
「わかってるわよっ!!!」
ジェイクの手を振り払ったシスティアが唇を噛んで下を向く。残ったのは、交流戦の代表である学生たち。
(ーーーむしろ好都合だ。これでルーク王子や姉さんの目が無く、自由に行動できる)
アイトは内心で今の状況を悪くは思っていなかった。もちろん、それは自分が単独で動く前提だからである。
「‥‥‥絶対、言う通りにならないから」
顔を下げていたシスティアが小声で何かを呟いた。
「1年生3人、私についてきて」
すると彼女は3人へと声を掛け、ルークたちが向かった方角とは逆へ歩き始める。
「おい、いったい何をーーーおいっ!?」
「痛いっ、ちょっと強く引っ張んないでよ!」
そしてジェイクとアヤメの腕を掴み、強引に引っ張られていく。やがてアイトの隣にやって来て、彼女が睨み付けるように横目を向けた。
「お前も来て。悪いようにはしないから」
(そうは見えませんけどっ‥‥‥?)
アイトは内心で言い返すが、仕方なくの後ろをついていく。
「待ってくださいっ!! いったい何をするつもりですか!?」
すると1年生4人が動き出したため、ステラが声を出して問いかける。するとシスティアは首だけ振り向いて、口を開く。
「1年生だけで会議しまーす! 何か少しでも役に立ちたいんでー!」
そしてわざとらしく言い返した後‥‥‥彼女は無断で別の扉を開けるのだった。




