無謀な戦い
グロッサ王国、王都ローデリア。
「情報は正しかったようだ。手練れが全然いない」
嬉しそうな声を出したのは、上級魔族。外見は人族と変わらないが異形の角と黒い翼が、人外であることを示していた。
一体で一国を滅ぼすと言われる上級魔族が南地区に現れ、暴虐の限りを尽くす。その後ろには、彼が従えている魔物が押し寄せていた。
「魔王様はこの国の軍人だった女に殺された‥‥‥野郎どもっ、その恨みを晴らそうじゃねえか!!」
魔族の声に、多くの魔物も雄叫びを上げて突撃を始める。南地区にいた国民は瞬く間に中央へ撤退。警備していた一般兵たちは悉く殺されていく。
「ーーーこれはなかなかの修羅場だな」
そんな中、1人の女性が南地区に姿を現す。好戦的な目付きをした彼女だったが、右手には包帯が巻かれており、明らかに怪我人だった。
「女だっ!! 喰い殺せぇぇぇ!!!!」
獲物と捉えたゴブリンが、意気揚々と襲いかかる。彼女の滑らかで綺麗な銀髪に、食欲を煽られたのだ。
「ーーーらァッ!!!」
だが次の瞬間、ゴブリンの顔面が陥没し後方へ吹き飛ばされる。女性が勢いよく左拳を振り抜き、一撃で絶命させたのだ。
「あまり人間さまを舐めるなよ」
左手に付いた緑の血を振り払い、女性は堂々と魔物たちを睨み付ける。それを見ていた魔族は興味を持ったのか、嬉しそうに笑っていた。
「面白い。だったら見せてもらおうか? 人間さまの力をよぉ!!」
魔族が号令をかけるとゴブリンやオーク、オーガなど多種多様な種族で構成された魔物の集団が勢いよく襲いかかる。
(まさか私が、こんな貧乏くじを引かされることになるとはな)
多勢に無勢、右手の怪我が治っていない彼女に‥‥‥はっきり言って勝機は無い。
(ルーク先輩、マリア、エルリカさん‥‥‥後輩くん。戻ってくるのを心待ちにしているよ)
女性は内心でそう呟きつつ、力強く左手を握り締める。
(‥‥‥システィア。無事に帰って来い)
そして遠く離れた妹を想いながら、銀髪女性は無謀な戦いに挑むのだった。
◆◇◆◇
「ーーーこれは大事件ですわよ!!」
アステス王国王女、シルク・アステスが大声で叫んで家臣たちを驚かせる。
「すぐに会議を始めます。皆の者、準備しなさい!!」
彼女の命令で家臣が一斉に動き始める中。
「ーーーラペンシア、俺だ。いま話せるか?」
アイトはこの騒ぎに乗じて、皆の元から離れて魔結晶で連絡を取っていた。
「っ、南地区から魔物の大群が押し寄せてきて、王都はほぼ占領された!?」
そして相手の報告を聞いて大声を出し、思わず魔結晶を握りつぶしてしまいそうになる。
『‥‥‥ええ。学園も占領されて、私を含めて学生の半分が訓練場に座らされてる。もう半分は、わからない‥‥‥』
魔結晶越しのユニカ・ラペンシアは小声で状況を報告していた。
『それと上級魔族が多くいて、私だけだと正直厳しい。それに考えなしに動けば、どんな被害が出るか分からない』
彼女の現状を聞き、アイトはますます不安が募る。
「大丈夫なのかっ‥‥‥?」
『ええ、今は泣いてる振りして顔を下げながら話してるから、気付かれてない。それに周囲に他の学生たちもいるから』
彼女の話を聞き、アイトは少しだけ落ち着く。そして次は学生の生存者を聞いた。
『今の所は大丈夫よ。どうやら学生たちを殺す気は無いみたい。何が狙いか分からないけど、今のところは見張られてるだけ』
「そうか‥‥‥よかった」
『でもね‥‥‥ユリア王女はどこかへ連れていかれたわ。それとシロア先輩も行方不明だって』
「っ‥‥‥!!」
アイトは目を見開き、思わず声が出てしまいそうになる。だが大声を出せばユニカが危険になるため、必死に声を押し留めた。
「っ‥‥‥わかった。俺も今からすぐに向かうから、絶対に無茶せずに待っててくれ」
『了解。正直、今の状況だと私は何もできないわ‥‥‥ごめんなさい』
「何言ってるんだ。そんなこと気にしなくていい』
『‥‥‥ありがとう。何かあったら、また連絡する。私から連絡しない限り、大きな出来事が起こってないと思ってて』
こうしてユニカとの連絡を終え、アイトは別の相手に連絡を掛ける。
『あっ、レスタくん!! よかった無事なんだね!?』
その相手は組織の序列3位、カンナだった。
「俺は今アステス王国内にいるから大丈夫だ。そっちはどうなんだ」
アイトは自分の状況を簡潔に伝え、すぐに問いかける。
『‥‥‥とりあえず、王都内にいた構成員は殆ど無事。私たちもマーズメルティから本拠へ転移したから』
王都ローデリア南地区にある店舗『マーズメルティ』は組織が運営しているメルティ商会の系列。そのため、店内から本拠地へと転移できる。
『‥‥‥でもユニカは学園に残ってて、学生たちと一緒に囚われてるみたいなの。いち早く学園から出ていたメリナの証言だから間違いないと思う』
「さっきラペンシアとは連絡できたから大丈夫。今やるべき事は‥‥‥少しでも準備を整える事だ」
アイトがはっきりと言い告げると、魔結晶越しのカンナが間をおいて返事をする。
『‥‥‥そうだよね! 私たちは何をすればいい?』
「今動ける構成員をできるだけ本拠地に集めてくれ。それと食料や水、他にも必要な物資も。下手に動くと学生たちが殺されるかもしれない。だから動くなら‥‥‥全ての準備を終えてからだ」
アイトは堂々と、代表としての覚悟を持って指示を出した。
『レスタくん‥‥‥わかった、すぐに動くよ!』
「頼む。今はカンナたちが頼りだ』
『えへへ、りょーかい!』
カンナが即座に了承すると、アイトはゆっくりと目を閉じる。
「‥‥‥今回の騒動については、俺が全て責任を取る。そう皆に伝えてくれ」
『え? レスタくんっ、いったい何をーーー』
「頼んだ」
連絡を終えたアイトは、すぐに移動を始める。それは議論になっているはずであろうルークたちの元へ。
「ルーク隊長っ、早く行かないとっ!! このままだとグロッサ王国の人々がっ‥‥‥!!!」
戻る途中で真っ先に声が聞こえたのは、姉のマリアの声。1番取り乱しているのは彼女だったのだ。
「そんなの誰もがわかってるっ‥‥‥でも闇雲に動くのは危険よ」
エルリカが嗜めるように声をかける。するとマリアは目を見開いて詰め寄った。
「ここから王都ローデリアまで、馬で夜通し移動しても4日は掛かるんですよ!? 悠長にしてたら死人が増える一方です!!」
「ーーー分かってるわよ!!」
エルリカの大声が響き渡り、空気は冷たく張り詰めている。
「攻めてきた奴らはルークがいない時を狙ってきた‥‥‥グロッサ王国の中ではルークしか敵だと認識していないのよ‥‥‥」
「! それって、つまり‥‥‥」
マリアが目を見開いて言葉を返すと、憤怒で両肩を振るわせたエルリカが歯を噛み締める。
「ルーク以外は脅威にならないと思ってるのよっ‥‥‥これほどの屈辱は初めてよッ!!!」
エルリカはいつもの冷静さを欠き、怒りと憎悪に顔を歪ませていた。その矛先は王都に侵略した魔物たちと、無力な自分自身に向いている。
「エルリカさんっ‥‥‥」
話を聞いたマリアも、徐々に怒りが募り始める。今すぐ王都の敵を鏖殺したくなるほどに。
(この2人が取り乱してるなんて‥‥‥少し落ち着いてもらわないと)
今この時、アイトは気づかれないように戻った。そしてとりあえず2人を安心させようと情報を開示した。
「あの、実はさっき学園の友人と連絡が取れまして‥‥‥学生の死者は出ていないそうです」
「〜〜!! それほんとなのっ!?」
マリアとエルリカが同時に詰め寄ってきた事で少し狼狽したが、アイトはしっかりと言葉を返す。
「あまり殺す気が無いように感じられたと‥‥‥学生たちは魔族に見張られていますが、酷いことはされていないと」
だが、ユリアとシロアの件はあえて話さなかった。精神的負担を、今は与えないために。
「よかった‥‥‥本当によかった‥‥‥!!」
鼻を啜ったマリアが泣き崩れて膝を落とす。エルリカも支えるように肩を回して涙を流す。まだ希望はあると気付いた彼女たちは、先ほどまでの怒りが収まっていた。
「‥‥‥よく連絡できたね? それに魔結晶持ってたんだ。かなり高価なものなのに」
するとルークが興味本位で質問をした。「確かに」と共感したマリアも少し疑問の目を向ける。アイトは少し眉を顰めながらも冷静に言い返す。
「王国領内は広いですから。何かあった時に連絡が取れた方がいいと思って」
「それはそうだね。教えてくれてありがとう」
その言葉に納得したのかルークが淡々と感謝を呟き、立ち上がって話し始める。
「みんな聞いてほしい。これは今までに無い大事件だ。正直、僕だけでは厳しい。だから力を貸してほしい」
そしてルークは深々と頭を下げた。彼のその行動に、アイトはもちろん他の皆も驚く。
「でも、これからの行動を取る上で君たちの安全は保証できない。責任も取れない。もし命が惜しいならここに残ってくれて構わない。その決定を、誰にも責める権利は無い」
ルークが念を押すように話しかける。自分が王子であることは関係ないと。
「そんなの今更です。『ルーライト』の隊員としてルーク隊長の指示に従います!」
「マリアの言う通りよ。私にできることなら何だってやる。隊長を支えるのが私たちの役目よ」
マリアとエルリカは堂々と決意を表明した。ルークがしっかりと頷くと、他の人を見つめる。
「‥‥‥行くに決まってるでしょ。姉貴たちを放っておけるわけない」
システィアが勢いよく立ち上がると、ジェイクとアヤメも立ち上がる。
「君がそこまで言うんだ。僕も負けていられないな」
「私もねっ、あなたたちにいいカッコさせないわ」
残るは2年の代表ユキハ、3年のステラ、そして1年のアイト。
「私も参加させてください。微力ながらお供させていただきます」
ユキハ・キサラメが胸に手を置いて宣言し。
「王女として、国の一大事を傍観するわけにはいきません」
ステラ・グロッサも確かな思いを口にした。
「ーーー俺も行きます」
そしてアイトも‥‥‥堂々と決意を固めた。皆の賛同に、ルークは嬉しそうに微笑む。
「みんな、本当にありがとう‥‥‥でも、ステラ。お前だけはここに残ってくれ」
「えっ!? なんでですか兄さんっ!!」
当然、ステラが大声を出して異議を申し立てる。
「ステラ‥‥‥僕たちはグロッサ王国の王族だ。最悪の事態になった場合、その血を絶やしてはならない」
「何言ってるんですか!? ユリアちゃんとお父さまは、絶対に死んでませんっ!!」
「僕もそう願ってる。でも、何があるか分からない」
ルークが優しく肩に手を置くと、マリアは下を向いて涙を落とす。
「兄さんが死ぬわけないじゃないですかっ!! だって兄さんはっ、最強のっ‥‥‥!!」
ステラが納得いかずに声を荒げる。普段の穏やかな彼女の姿はどこにもない。
「‥‥‥頼む。ステラが残ってくれないと、僕は戦いに集中できない」
「それは‥‥‥私が足手纏いってことですかっ」
「違う。大切な妹だから」
「っ‥‥‥」
ルークが優しく微笑みかけると、ステラは唇を噛んで彼を見上げる。そして勢いよく抱き着くと、胸をぽかぽかと叩き始めた。
「‥‥‥ずるいっ。ずるいですよ兄さんっ‥‥‥そんなこと言われたら、ついていけないじゃないですか!」
「ああ、ずるいのはよく分かってるよ」
ルークは甘んじて妹の怒りを受け止める。すべては、グロッサ王国の歴史を閉ざさないために。
その覚悟がステラにしっかりと伝わったのか、涙を拭いて抱擁を解く。
「‥‥‥分かりました。私も王女の責務を全うします。私の願いも、兄さんに全て預けます」
「ありがとう、ステラ」
「ですが約束してください。必ず生きて迎えにきてください。それとグロッサ王国からの馬車でしか、私は絶対に帰りませんから」
「分かったよ。ステラは頑固だね」
こうして王族としての2人の話に決着がついた。
「どれだけ過酷なことがあるか分からない。でも僕は、必ず王国を死守する」
これから本格的に、王都奪還に向けて動き出す。
「で、伝令です!! 突然現れた魔物の大群が、ここへ迫っています!!!」
だがこちらの戦意を試すかのように、新たな緊急事態が発生するのだった。




