幕間 同盟国交流戦へ
馬車に乗り始め、数十分が経過した。もう既に、アイトを含めた4人は馬車に座っている。
そしてアイトが懸念していた馬車内の空気は‥‥‥特に悪くはなかった。
「そうなんですね! やっぱりルーク先輩ってすごい!」
それは2年の代表ユキハ・キサラメがお喋り好きで、楽しそうに会話を続けていたからである。
「あと剣の事なら、システィアさんに聞いた方がいいと思うよ」
「別に‥‥‥最近は剣を替えたばかりで慣れてないし」
アイトにとって1番気まずかったルークも、他の人がいればその話を切り出すことはない。
(こんな楽しいなんて思ってなかった!)
ーーー普段は通らない街道、多くの自然、澄んだ空気。
「今日はこの街の宿で休もう。費用は経費で落ちるから心配しないで」
「それは引率の私が言うことよ、ルーク‥‥‥」
「へ、部屋割りはどうするんですかっ!」
「心配しなくても男女別よ、アヤメ」
ーーー綺麗な街並み、美味しい食事、落ち着いた宿。
「‥‥‥ふぁ〜。おはよ〜みんな〜」
「ルーク先輩!? 寝癖がとんでもないことにーーーってディスローグも!?」
「ジェイクは朝でもしっかりしてるな‥‥‥」
ーーー旅をしたことで見つかる新たな一面、また普段から変わらない者。
「見えてきたわ!! アステス王国の王都よ!!」
「みんな、粗相のないようにね」
そして、その旅路はあっという間に終着点に着いたのだ。
約1時間後、アステス城。
「来てくださるのを心待ちにしてましたわルークさーーー交流戦代表の皆さん!!」
アステス王国の王女シルク・アステスが駆け寄り、ルークの手を握る。明らかに私情が混ざったような表情と手を握り具合だった。
「ーーー久しぶりですねシルク王女。相変わらずのご様子で安心しました」
すると間に割り込んだエルリカが自然に2人の握手を解いて微笑む。シルクも微笑みながら詰め寄った。
「あら〜エルリカさんがいるとは思ってませんでしたわ。既に卒業してるあなたが何用でここにいらして?」
「わざわざ概要を答えなくてはいけませんか?」
シルクとエルリカは笑顔のまま火花を散らす。後ろで見ていたアイトは冷や汗をかきながら視線を逸らしていた。
「交流戦代表である彼らの引率を頼まれまして、とても名誉ある役目をーーー」
「あれ、立候補したって言ってなかった?」
「ルークっ!!」
エルリカは眉を顰めてルークを睨み付ける。ルークはどこか楽しそうに笑っていた。
(ちょっとステラ。こういう場面見てる時、妹としてどう思うの)
(兄さんが人気あるのは周知の事実ですから、ただ楽しんで見てますよ〜。2人とも分かりやすいですよね〜♪)
(あんた意外とそういうところあるわよね‥‥‥)
マリアとステラが小声で話す様子を見て、アイトは苦笑いを浮かべて空気に徹する。こういう事には関わらぬが吉と心底理解しているのだ。
「ところで君のお父様はどこかな」
「あ〜‥‥‥そのことなんですが」
ルークが質問すると、シルクは少し気まずそうに視線を落とす。
「ごめんなさい。父は今体調を崩されてて、安静にしています‥‥‥」
そして綺麗な所作で頭を下げ、謝罪した。ルークは少し眉を下げ、シルクを見つめる。
「そっか‥‥‥早く元気になるといいね。挨拶もその時にさせてもらっていいかな」
「! もちろんですわっ! ルーク様のお言葉、今すぐ父に伝えてきますね!」
シルクは顔を上げると、どこか恍惚とした表情で走り出す。
「えっ、別に今すぐじゃなくても」
ルークの声は届いていないのか、彼女は瞬く間に去ってしまった。
「あ〜! グロッサ王立学園の方々ですよね〜!」
すると彼女と入れ違いのように、廊下から少女が駆け寄ってくる。アイトたちは彼女の服装を見て驚いていた。
「初めましてメイドのメイです! 交流戦において皆様が滞在する場所をご案内いたしますね〜!」
小柄な身体を包むメイド服と茶髪ポニテが特徴的な少女が笑顔で手招きし始める。アイトを含む全員が呆気に取られながらも、それぞれ彼女の後についていく。
「皆さまには王都の中でも最高級な部屋をご用意しています! いっそ私が泊まりたいくらいですよ〜!」
メイと名乗った少女はぺらぺらと話しながら皆を先導して歩く。アイトは『個性的なメイドさんだな』という感想を抱きながら後を歩いている。
「なかなか面白いメイドさんだね」
するとルークが似たような事を呟いたため、アイトは内心で「うげ」と口を曲げる。
「ちょ、ちょっとルーク。それどういう意味?」
エルリカがどこか落ち着かない様子で尋ねると、ルークは目を丸くした。
「だって歩き方に無駄がないから、メイドって足音とか鳴らしちゃだめなのかなって」
「‥‥‥わ〜ルーク様すご〜い! 王子様にそこまで見てもらえるなんて、光栄です〜!」
メイは振り向きながら満面の笑みで謙遜した。そんな彼女を見たエルリカは、少し目を細めて警戒している。
「さっ、こちらです! って言いたいんですが‥‥‥」
メイは笑顔をやめ、どこか落ち着いた様子を見せる。
「少し城内が騒がしくなってきましたね〜。何かあったんでしょうか?」
城内の人が慌ただしく動き始め、何かを騒いでいるのだ。彼女がそう呟くよりも早く、アイトはその異変を察知して警戒していた。
(城の中がこんなにも騒がしいなんて、何か相当な問題が起こったのか?)
そして城内での騒がしさが不安を煽るように、アイトたちへと浸透していく。
「ーーーあのっ!! ルーク王子でいらっしゃいますか!!?」
すると廊下を走ってきたアステス王国軍の兵士が息を切らしながら片膝を突く。
「‥‥‥‥‥‥」
アイトは先ほどから感じていた胸騒ぎが、どんどんと膨れ上がっていく。
「‥‥‥そうだけど、僕に何か用かな?」
それはルークも同じだったらしく、緊張した顔付きで返事をする。
「グロッサ王国、王都ローデリアが‥‥‥た、多数の魔物に包囲されたと!!!」
それは、想像のはるか上をいくものだった。
「なっ!?」
真っ先に声を出したのはエルリカ。目をこれ以上ないほど見開き、呼吸すら億劫になるほど動揺している。
「そんなっ‥‥‥」
マリアは瞬く間に顔を青ざめ、不安のあまりエルリカの袖を掴む。
「に、兄さんっ」
第一王女のステラ・グロッサは縋り付くように兄のルークの腕に抱き着く。
「‥‥‥」
だが王子のルーク・グロッサでさえも、いつもの余裕が消えていた。
「うそ、でしょ‥‥‥姉貴、お母さま、カレンっ‥‥‥」
システィアは立ちくらみを起こしかけ、隣のアヤメに支えられる。ジェイクも黙り込んだまま困惑していた。
「ーーールークさまっ!! グロッサ王国が大変なことに!!!」
やがて姿を見せたシルク・アステスが大声を出して駆け寄ってくる。城内に全員が、知らされた一報に激しく動揺している。
(っ‥‥‥すぐ確認しないとっ)
そしてアイトは‥‥‥誰よりも早く動き出す。これまでの経験から反射的に、連絡用の魔結晶を取り出す。
(頼む、無事でいてくれっ‥‥‥!!)
こうしてグロッサ王国の歴史上、最大の事件が幕を開ける。




