お気に入りの花
交易都市ベルシュテット、最北端の地下室。
「私には治せない」
シャルロットの口から飛び出した言葉は、ターナたちの期待を打ち砕くには充分過ぎた。だがその事について誰も、何も言えない。
「魔燎創造 『花天月地』」
すると突然、シャルロットが魔燎創造を発動。魔力を瞬間的に燃やすことで生まれる魔燎が広がっていき、彼女の空間を作り出していく。
「これはっ‥‥‥暫くの間、都市内に咲いていた花」
そして地下室であるにも関わらず、満開の花が床から咲き始める。ターナたちは驚いて全員が立ち上がった。
「ちょっとごめんね」
シャルロットが唐突に謝罪を告げると、彼女の杖剣が‥‥‥ディルフィの頬を掠める。
「え」
当然ディルフィは驚くが、頬にできた傷から血が流れない。それどころか瞬時に治っていく。
「この力だったら、お2人もーーー!!」
ディルフィが意気揚々と声を出した瞬間、彼女の視界には血の雨が飛び散った。
「見ててっ‥‥‥」
シャルロットは突然、自分の腹に杖剣を突き刺して血を溢れさせる。当然、その場にいた全員が驚きの声を漏らす。
「この、通りっ‥‥‥」
だが眉を顰めた彼女が腹から杖剣を引き抜いた直後、まるで何事も無かったように傷口が消えていき‥‥‥周囲に飛び立った血も消失していた。
「これが私の魔燎空間。発動時に空間内にいる生物の状態を足元の花たちが認識し、私の意思で元に戻すことができる」
シャルロットはその現象を見せた直後に、簡潔に説明した。当然、頭では分かっても現実離れし過ぎている。
ターナたちが絶句している間に、彼女は魔燎創造を解いて一息ついていたが。
「ふぅ‥‥‥2人を見てみて」
シャルロットの指示に、ターナたちは反射的に従って顔を向ける。目で見た方が早いと判断したからだ。
「‥‥‥何も変わってない」
ターナが思った事を呟く。他の全員も同じ思いだった。ベッドに休む包帯だらけのアイトとカンナは、魔燎創造発動前と何も変わっていない。
「私の魔燎創造の発動中に負った傷なら幾らでも修復できる。でも、既に付いてる傷はどうしようもない」
シャルロットは改めて結論を呟く。実際に見せてもらったターナたちは納得するしかない。そんな彼女たちに、シャルロットは追い打ちをかけるように話を続ける。
「私は治癒魔法を使えない。私自身も気にしてる唯一の弱点といってもいい。だから治癒魔法の存在は本当に貴重なの。使える人が羨ましい」
彼女の言葉から出たのは治癒魔法を使えない悔しさだった。
「それに治癒魔法を使える人でも、目を治すのは至難の業だと思う。腕の切断や腹に穴が空いた時とは訳が違う」
いかに伝説の魔法使いと称されるほどの彼女にも、不可能はことは存在するのだ。
「それとこの子に言っておいて。1ヶ月は魔力解放と魔燎創造は使用禁止。破ったら絶対許さないって」
シャルロットは語気を強くし、アイトの頭を撫でる。そんな彼女の態度が、ターナは妙に気になった。
「‥‥‥前から思っていたんですが。なぜシャルロットさんは、そこまでレスタを気にかけるんです?」
それは、単純な興味だった。
「この子はね、私のお気に入りの花」
シャルロットの返答は、あまりにも曖昧だった。ターナが意味を聞きたそうにしていると、シャルロットがわずかに微笑む。
「好きな花は手間暇かけて育てるのが楽しい。この子は前会った時よりも数段強くなってた。どこまで強くなるのか、見ていたいと思うでしょ」
「‥‥‥じゃあエリスも、あなたのお気に入りだと」
意味を理解したターナがどこか腑に落ちた様子で問いかける。するとシャルロットは僅かに頷いてアイトを見つめた。
「才能のある花を育てるのが私の趣味。この子には断られたけど、エリスは私が責任を持って今育ててる。その期間は短いけど、最大限強くなれるように」
シャルロットは名残惜しそうにアイトの頭から手を離して立ち上がる。
「だから、君たちはどうか‥‥‥この子を死なせないで」
そして少し不安げに呟いた。いつも無表情で感情が読めない彼女だが、我儘を言っているのは全員に伝わった。
「‥‥‥はい。言われるまでもありません。その男はボクたちの代表なんで」
ターナは目を合わせると、堂々と応えた。ディルフィも「はい!!」と勢いよく返答し、ネルは「はーい」と欠伸をしながら声を出す。
「それじゃあ行くね。力になれなくてごめん」
シャルロットが扉の前で振り返ると、ターナは勢いよく頭を下げた。
「いえ。昨日はボクたちに手を貸していただき、ありがとうございました。エリスをよろしくおねがいします」
「‥‥‥礼儀正しい子だね」
シャルロットは少し嬉しそうに微笑む。
「エリスと会うのも、そう遠くないかもしれないよ」
そしてそれだけ言い残すと、扉を開けてゆっくりと出ていった。
「‥‥‥ふいぃ、緊張しましたぁ‥‥‥」
ディルフィが頭を下げて息を吐く。伝説の魔法使いであるシャルロットの雰囲気と存在感は、これまで味わった事のない緊張感となって余韻を残す。それは伸びをするネルも同じに見えた。
「同じく〜、一気に眠くなってきたぁ‥‥‥」
「それはいつも通りでしょ!?」
だが、彼女はディルフィによって一蹴されてしまうのだった。




