破滅魔法
グロッサ王国近辺の平原。
「みんな、無事か?」
グロッサ王国の王子ルーク・グロッサは後ろを見つめて話しかける。
「は、はい、なんとか‥‥‥」
座り込んでいたのは、マリア・ディスローグ。
アイトの姉であり、王国の精鋭部隊『ルーライト』の隊員。
「本当にありがとね、シロア!」
「‥‥‥(ペコッ)」
シロアと呼ばれた少女が、薄桃色の髪を揺らして頭を下げる。
「しかし、ジル副隊長の【超障壁】が破壊されかけるなんて」
「‥‥‥すまない。私の鍛錬不足だ」
副隊長、ジル・ノーラズが悔いるように歯を食いしばる。
「気にするなジル。あの魔法の威力が凄まじかった」
隊長であるルークが慰め、話し出す。
「あの魔法は少なくとも『高威力魔法』と同等以上。もしかすると‥‥‥『破滅魔法』にも並ぶかもしれない」
ルークがそう言うとマリアたち隊員が絶句する。
「そんな! グロッサ王国ではルーク隊長しか認められてない『破滅魔法』に並ぶ!?」
大声で叫ぶマリアが、必死に口を動かす。
「そんなこと‥‥‥あって良いはずがありませんっ!!」
「落ち着け、マリア。言いたいことはわかる。『破滅魔法』は相手の侵攻を防止する抑止力として国が認可されている魔法だ」
「そ、そうです!他に現れるなんてーーー」
「王国内では僕だけだが、2人目の『破滅魔法』所持者が現れたとなると、今までの他国との均衡が揺るぎかねない」
「‥‥‥ど、どうすればいいんでしょうか」
マリアは絶望が混ざった声で呟く。
謎の男が放った魔法は‥‥‥国の均衡を揺るがすほどの脅威と、一国の切り札となり得る価値があった。
「まあ、これから対策を考えていくしかないね」
そう宥めたルークは思い出していた。
◆◇◆◇
それはわずか、数分前の出来事。
「まさか、空を飛んで逃げるとはね。その技術、僕も教わりたいくらいだ」
ターナたちが空に逃げていくのを、ルークが眺めていたところから始まる。
『ルーク! 聞こえるか!?』
「? 父上? どうされました?」
ルークは魔結晶を取り出して返事をする。父である国王ダニエルへと。
『ユリアが帰ってきた! 今は城の中にいる。ケガもない、もう安心だ!』
「どういうことでしょう? ユリアは何者かに拉致されていたのでは?」
ルークは即座に疑問を尋ねると、ダニエルの声が少し低くなる。
『それが‥‥‥謎の2人組がユリアを抱えて城に来たのだ』
「謎の2人組?」
『ああ。1人は銀髪で仮面を被った謎の男。もう1人は黒いローブで顔を隠していたが、声的に女だった。とにかく、怪しい連中だ』
「なるほど、そんなことが。ユリアは無事なんですね?」
『ああ、擦り傷さえ無いようだ』
ルークは妹のユリアが無事と確認し、安堵の息を漏らす。
「では、僕たちの任務は終わりですね」
『ああ。本当にご苦労だった』
「はい。それでは今から戻ります」
ルークは連絡を終え、顎に手を当てて考え込む。
(どういうことだ‥‥‥? 拉致された妹が急に戻るなんて)
ルークは今の状況に、困惑を隠しきれない。拉致された妹のユリアが、城へと返された。当然、訳が分からない。
(銀髪仮面の男と黒いローブの女は、犯人ではないのか? 犯人なら返すわけがないし、拉致した意味も無い)
彼の思考は、まだ続く。
(‥‥‥もしかして、さっき逃げた少女たちの仲間? 隣国で噂の『静寂』のターナもいたし、まさか全員が何か目的を持った集団?)
ルークは更に思考を巡らせる。
(銀髪仮面と黒いローブの女、無色眼の少女に『静寂のターナ』、呪力使いにもう1人別の女の子‥‥‥これはさすがに興味深くて面白い)
ルークは思わず、意地の悪い笑みを浮かべていた。とても王子として他には見せられない顔。
そして、まだ着いてない部下たちを待つことにしたのだった。
「はあっ、はあっ、ルーク先輩! 勝手に先に行かないでください!!」
すると息を振り乱したマリアが、苦しそうに声を出す。
「お、マリア。さすが『迅雷』だね。シロアを担いで最初に来るとはね‥‥‥それと、任務中は『隊長』と呼ぶようにと言っているだろ?」
「そんなことよりって‥‥‥はあ、もういいです。ほら、シロア」
マリアは腕に抱えていた小柄な少女を地面に下ろす。彼女の薄桃色の長い髪が風で靡く。
「‥‥‥(ペコッ)」
シロアという少女が、マリアに深くお辞儀をする。
「シロアっ‥‥‥ああもう可愛すぎ!! 私の妹にならない?」
「‥‥‥(ブンブン)」
突然の申し出に、シロアが少し申し訳なさそうに首を振る。
「そう、残念‥‥‥」
「マリア、他のみんなは?」
「‥‥‥もうすぐ来ると思いますよ。頻繁に連絡を取り合って確認しましたから。隊長は連絡もせず最短で来たみたいですけどね」
マリアは意地悪な言葉をぶつける。ルークが苦笑いして両手を振って、口を開いた。
「シロアが遺跡前にも設定していれば、マリアも楽に来れただろうね」
「‥‥‥(ハッ!)」
するとシロアが突然、目を見開いてしゃがみ込む。そんな彼女に、ルークとマリアが面食らう。
「‥‥‥(かきかき)」
そして、シロアが自前のペンで‥‥‥地面に何かを書き始めた。
「もうっ! 隊長がそんなこと言うからっ、シロアが書き始めたじゃないですか!!」
「ま、まあ他の隊員たちが着くまでに書き終わるでしょ」
ルークとマリアの会話はシロアの耳に届いておらず、彼女は書くことに夢中になっている。
「‥‥‥ちなみに、隊長が察知した犯人と思われる人は、どこに?」
「‥‥‥さあね」
「あ、また逃がしましたね!? わざと逃がすのはやめてほしいと言ってるではないですか!!」
マリアは勢いよくルークを嗜める。マリアは彼より年下で、しかも相手は王子。彼女は肝が座りすぎていた。
「捕まえるなら、父にバレない状態でないと意味がない。妹の拉致が起こっていた今、捕まえても罪人として牢屋に軟禁して尋問、最後には処刑されるだろ?」
「そんなの当たり前でーーー」
マリアの言葉に、ルークが待ったをかける。
「あんなに優秀な人材を、抹消するのはもったいない。こうやって恩を売っておけば、次会った時に勧誘できるかもしれないでしょ?」
そう言ったルークは意地悪い笑みを浮かべた。明らかに王子がしていい顔ではない。
マリアはため息をついて、小さく声を漏らす。
「‥‥‥本当に、性格以外は完璧なのに」
「ん、何か言ったかい?」
「いえなんでもございませんっ。ところで、遺跡の中に入らないのですか?」
「そのことだが、全員集まってから話す。ま、それまで休んでて」
その後。
他の隊員が息を切らしながらルークの元にやってきて、やっと今回任務に出た全員が集まった。
「それじゃあ全員集まったことだし、話を始める」
「はあ、はあっ、ちょ、ちょっと待ってくだ」
そんな声を、ルークは華麗に無視した。
「どうやら、妹がもう城に戻っているらしい」
「はぃぃ!?」
マリアが驚く間も、ルークは続きを話す。
「謎の2人組が妹を抱えて城に来て、置いていったと報告を受けた。だから今回の任務は終わりだ」
ルークがお構いなしに用件を話す。
無視された部下の1人が心の中で『鬼!!!!』と叫んでいた。それは部下のほとんどが、普段から感じていることでもあった。
「ユリア王女は大丈夫なんですか!?」
「かすり傷すら無いと言っていた。それにその2人組は犯人じゃないと思う。理由と根拠は省略する。だからこれから、皆で遺跡内を探索して帰ろう、と‥‥‥?」
ルークは、不意に言葉を途切らせる。上空に、濃密な魔力の気配を感じたからだ。
「! あれは、銀髪仮面と黒いローブの女‥‥‥?」
「ほ、本当ですっ!! 隊長っ、迎撃しますか!?」
マリアが焦った様子でルークに問いかける。
「静かに。今は様子を見る。何か情報が欲しい。気づかれないよう息を殺せ」
「「「!?」」」
すでに息も絶え絶えである一部の部下たちは、心の中で『鬼王子』と叫んだ。
これがドS鬼畜と定評のあるルークである。
「静かにして」
だが部下の全員はルークの命令に素直に応じる。性格は何ありだが、実力とカリスマ性は全員が認めていた。そして何より、彼は一国の王子なのだから。
「‥‥‥‥‥‥」
そんなことに気付くわけもなく、ルークは上空にいる謎の男を観察する。
すると、その男は両手から濃密な魔力を発生させた。
「両手から魔力を‥‥‥? まさか!!」
ルークがそう言った途端、状況が一変する。
銀髪仮面の男から真っ黒の光線が放出され‥‥‥遺跡に当たって明滅する。
ーーーーーーー!!!!!
次の瞬間‥‥‥凄まじい爆発と爆風が、ルークたちを襲った。
「きゃぁぁぁっ!!!?」
悲鳴を上げるマリアたちに、追い討ちをかけるように迫り来る‥‥‥真っ黒な魔力の渦。
「ーーージル!!」
「はっ!!!!!」
ルークが声を発すると、副隊長のジルが両手を前に出す。
「【超障壁】!!!」
それは、三重に重なった魔力障壁だった。
ジル・ノーラス。
グロッサ王国精鋭部隊『ルーライト』の副隊長。年齢は25歳で規格外の体格を持つ男。
ノーラス家は、グロッサ王家の護衛を任されている近衛家系。
ジルは高い身体能力と体術、そして一点に特化した魔法の素質が強み。ルークの護衛役に任されるほどの実力者。
ジルは障壁魔法に高い適性を持っていて、防御面に優れていた。
今回ジルが発動させた魔法は、彼独自の魔法【超障壁】だった。
「ぬぅぁぁぁぁぁッ!!!」
ジルの【超障壁】と、黒の魔力の渦が衝突する。
「!!? グゥゥゥゥォォォォッ!!!」
ジルは次第に押されていき、少しずつ【超障壁】が壊れていく。
「!? 副隊長が押されているなんて!!」
マリアの驚く声を聞きながら、ルークは咄嗟に指示を出す。それは、今とれる最後の手段。
「ーーーシロア!!」
「‥‥‥(コクッ)」
『ルーライト』の隊員、シロア・クロートは頷くと‥‥‥張り切った様子で背中を向ける。
ルークと他の隊員たちが、そんな彼女の肩に手を置く。
「副隊長、失礼します!!」
マリアは右手をシロアの肩に、左手をジルの肩に置いた。
「‥‥‥ボソッ(【メタ】)」
そしてシロアが、他の人には聞こえないほどの小さな声で唱える。
「ーーーーーー!!」
その直後、ルークたちはその場から消えるのだった。
◆◇◆◇
シロアの魔法によって、グロッサ王国付近の平原に転移してきたルークたち。
「ーーー隊長。隊長! 聞いていますか!!」
ルークは話しかけられる事で、さっきの出来事を考え込んでいたことに気づく。
「ああ、すまない。聞いていなかった」
「ではもう一度お話しします。これから対策会議ですか!?」
「いや、今日はもう遅い。今日は解散だね。僕は妹の様子も見に行かないといけない。続きはまた後日で」
ルークの決定に、反対を述べる者はいなかった。
こうして王国精鋭部隊『ルーライト』の任務は、白紙になって終了した。新たな脅威を残して。
「‥‥‥ふふ」
だが、ルークは喜んでいた。その理由は。
(まさかあんな人間が、まだグロッサ王国にいたとは‥‥‥あの銀髪仮面、大いに使えるかもしれない‥‥‥!)
グロッサ王国の王子は、どこまでも腹黒い底を持っていた。




