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【30万PV突破!】いつ、この地位から離れよう。〜勇者の末裔を筆頭に、凄い人たちで構成された組織の代表です〜  作者: とい
10章後編 崩壊都市ベルシュテット

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命の天秤

 ターナは今、暗殺者として生きてきた人生の中で最大の窮地に立たされていた。それは自分の命が危険というわけではない。


(レスタが捕まれば、『エルジュ』は必ず立ち行かなくなる‥‥‥)


 自分の所属する大切な組織の瓦解が、目の前で始まるかもしれないからだ。


「君たち、そこをどけ。今ならレスタ以外は見逃してやる。これは最大限の譲歩だぞ」


 帝国軍のイーリスとミネルヴァ将軍が忠告を促してくるのだ。『天帝』レスタを差し出せば、他は助けてやると。

 それはまさに‥‥‥自分たちかアイトかを賭けた、命の天秤。


「だ、誰が渡すものですかっ!!」


 だが『エルジュ』構成員のディルフィが、勢いよく前に出て両手を伸ばす。心の底から拒絶していることが目に見える。


「急に出てきた何様って感じだよねー」


 ネルは臆することなく不満を口に出す。するとイーリスが眉を顰めて顔を合わせた。


「君、口には気を付けるように」


「だから何もしてない奴が出しゃばるなって言ってるんだけどー」


「このっ‥‥‥」


 売り言葉に買い言葉。今すぐに一触即発の空気が漂い始める。


「あ、いい事思いついたわよ」


 するとこれまで一言も発していなかった帝国軍の将軍ミネルヴァが両手を叩いて目を丸くした。


「どっちも力ずくでいいんじゃないかな。私たちはレスタを連れてく、彼女たちは彼を守るために私たちを倒す。強い方が我儘を通せる‥‥‥どう?」


「会話に参加したと思ったらそれですか!? もう少し真面目に考えてくださいよ!!」


 ミネルヴァの提案はイーリスに一蹴された。それで拗ねた彼女をイーリスが説得するという謎の時間が訪れる。何か不意を突いて行動する好機は今しかない。


(‥‥‥ダメだ。レスタとカンナを抱えてこの2人から逃げ切るのは至難の業だ。それにニーナが吸血鬼である事を知られたら、余計に立場が悪くなる)


 だが、聡いターナは行動に移ることが出来ない。失敗の想像しかできず、焦りも生まれてくる。それでも最初からアイトを渡すという選択は頭に浮かびすらしていなかった。


「‥‥‥ターナさま、聞いてください」


 すると隣にまで忍び寄っていたニーナが小声で話しかける。ターナが返事するよりも早く、彼女は話す。


「私が2人の注意を引きます。吸血鬼であることを知ったら面食らって少しは困惑するでしょう。その間に3人でカンナ様とレスタ様を連れて逃げてください」


 その提案を受けたターナは、正直それが最善だと納得していた。だが、自身にある良心がそれを決めかねる。


「吸血鬼だと知られたら、間違いなくお前を殺そうとするだろう。万全の帝国軍人、しかも片方は将軍だぞ‥‥‥死ぬつもりか」


 ターナは純粋に心配しているのか、それても自分を納得させるためか‥‥‥ニーナに質問を投げかける。


「分かってます。でも他に方法がありますか。それに私はレスタ様にこう言われたのです。『何がなんでもカンナを守れ』と」


「ふざけるなよ。あいつは仲間の命を物として使うやつじゃない。それを分かるのに言い訳に使ってるだろ」


 ターナが睨みながら言い返すと、ニーナは何も言えない。図星だったのだ。


(‥‥‥ダメだ。やっぱり全員が無事に窮地を脱しないと意味が無い)


 ターナはやっぱり、みすみす誰かを死なせる選択に同意することはできなかった。命の重みは、暗殺者である彼女が誰よりも理解している。


「はぁ〜、イーリスほんとうるさい。せっかく提案してあげたのに何なの」


「分かりましたよ私が悪かったです」


 イーリスが拗ねるミネルヴァを上手く捌くことで、ついに隙が無くなった。もはや万事休す。


「忠告を聞いてくれないなら、君たちの身柄も一緒に連れていく。抵抗すれば罪は重くなる」


「罪って何よ!? 何も知らないくせに!!!」


 ディルフィが臆せず噛み付くが、イーリスには何も響かない。


「では今の発言を侮辱罪と定め、君たちを連行する」


「はぁ!?」


 そして遂に、イーリスの手がディルフィの手へと伸びていく。


「ーーーじゃあ俺は、その子への痴漢であんたを訴えようか?」


 するとイーリスは突然、伸ばした腕を誰かに掴まれていた。自分たちに近づいたことも気付かなかったのだ。


「っ!? 何者だ!!」


 イーリスが勢いよく手を払って顔を上げると、同じ目線の高さで相手と目が合う。


「帝国軍人は口うるさいやつしかいないのか? 人材不足だな」


 見つめ返したのは左手の包帯が目立つ、高身長で柔らかそうな黒髪のキザな男‥‥‥ジャックである。

 だがイーリスの視線は、彼の後ろに向いていた。


「ガァァッ、グァァァ!!!」


「ーーードレイクさん!!」


 正気を失っているアルスガルト帝国軍の少将ドレイク・ロバーツが、目には見えないが()()に閉じ込められているのだ。


「貴様っ、いったい何をした!?」


 イーリスが問いただそうと両手を伸ばして掴もうとするが、ジャックは笑いながら手を捌く。


「このっ‥‥‥大人しくしろ!!」


「甘い甘い」


 もはや両者の手の動きは、拘束どころか格闘戦と変わらない。イーリスが伸ばす手をジャックが捌く、その光景が続く。


「ーーー面白そうだわ」


 そんな2人の間に割り込んだミネルヴァが、嬉々とした表情で手刀を振り下ろす。


「おっと」


 ジャックは咄嗟にイーリスの胸を押し飛ばして後退させ、自分も一歩下がる。その直後、2人がいた場所に大きくヒビが入る。


「言っとくが後ろの奴は随分前から正気を失ってる。吸血鬼の洗脳が解けてないんだ」


「何を馬鹿なことを言ってーーー」


 イーリスが眉を顰めて言い返そうとするが、その続きを言わせないようにミネルヴァが割り込む。


「あなた、名前は?」


「名乗るほどの者じゃないさ」


「貴様っ!!!」


 すると怒りを露わにしたイーリスが大声を上げて距離を詰めようとするが、前にいたミネルヴァが左手を伸ばして静止させる。


「名乗るほどの者よ、あなたは」


 そしてミネルヴァが嬉しそうに微笑むと、ジャックは両手を上げて苦笑いを浮かべた。


「‥‥‥ったく、ジャックだよ」


「いい名前ね。それでジャック、私たちに何か用」


 名前を聞いて満足そうなミネルヴァが単刀直入に尋ねる。


「どう見ても一回り年下のくせにタメ口かよ」


 ジャックは不満そうに目を細めて息を吐くと、やがて1箇所を指差す。


「ーーーこいつらを連れてくのをやめてもらいたい」


 その指先は、状況についていけずに黙り込んでいるターナたちへ向いていた。

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