壮絶な戦い、その結末。
カンナは原理が全く理解できない魔法を、2回ほど見たことがある。
『【消えて】』
1回目は魔闘祭での騒動時。マルタ森に大きく張られた結界を前に、彼女が唱えた瞬間。
『ーーー【消えて】』
2回目は今回の騒動。アムディスが放った静電気の纏った血の塊に、彼女が唱えた瞬間。
その両方とも、言葉通り完膚なきまでに消し飛ばした‥‥‥伝説の魔法使いの離れ業。
「【消えて】ッ!!!!」
カンナはその記憶を呼び起こしながら唱えた。両眼が反応し、理解すらできない魔法の模倣を始める。
「ーーーッッッ!!!」
その刹那‥‥‥両眼から勢いよく血が噴き出すのが分かった。視界も一瞬で黒く塗りつぶされ、何も見えなくなる。
「ーーーぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
だがカンナは模倣を止めなかった。意地とも言えるその気迫が、願いを叶えた。
都市を吹き飛ばすほどの魔導具の破裂が、彼女の右手によって消し飛ばされる。
「消え、た‥‥‥」
ディルフィが信じられないと言わんばかりに声を漏らすと、崩壊騒動は嘘だったかのような静寂が周囲を支配する。
「やっ‥‥‥た?」
もはや視界には濁った黒しか映らないカンナには、どうなったのか確信は持てなかった。だが近くにあった魔導具の気配が消えた事と、ディルフィの独り言から模倣が成功したと実感する。
「レスタ、くん」
カンナは振り返り、足を引きずりながら動く。最も守りたかった相手が、無事であるか確かめるために。
「こっちこっちー」
ネルの声に導かれ、腰を落とす。そして手を伸ばした先には、人肌の感触。ぐったりとしているが、生きていることが感じられる体温の熱。
それだけで、カンナが泣き崩れるには充分だった。だが血まみれの両眼から、涙は溢れない。
「レスタくんっ、やったよ‥‥‥!!」
感極まったカンナがアイトを引き寄せ、勢いよく抱き締める。見えなくても、熱を感じ取って歓喜に震える。
「よかったッ‥‥‥レスタくんが無事でっ!! 皆が無事でっ、本当によかったよぉぉぉ‥‥‥!!!」
感情の爆発を口から発散しながら、アイトの後頭部に手を添えて抱き締め続ける。
「カンナさんっ‥‥‥本当に、全て終わったんですねッ‥‥‥ゔぁぁぁぁん!!」
「うわディルちゃんまで泣き出すし」
こうして吸血鬼との壮絶な戦いは、人間側の勝利で幕を下ろした。
「ーーー結局、都市崩壊はしないのね。ちょうど遊び終えて脱出しようと思ってたのに」
同時刻、別の地区でジャックが独り言を呟いた。
◆◇◆◇
数分後、都市内の安全が確認されたことを前市長が放送で発表。もう大丈夫であることが人々に知れ渡る。
多くの人間が歓喜し、喜びの声を上げる。だがその後の行動は人によって異なる。
「‥‥‥あれ。さっきの気配、私の魔法だ」
「え‥‥‥まさかカンナのやつ!!」
シャルロットの言葉に反応し、一目散に走り出すターナ。
「ーーー姉貴っ!!!!」
都市外。自分の姉が重傷で抱え込まれたことを知り、必死に駆け寄るシスティア。
「ゔッ‥‥‥づぅ」
「クジョウっ、しっかりしろ!!」
急遽呼び寄せられた医者に診てもらっている重傷のアヤメと、励ましの声を送るジェイク。
「ナナのやつ、まさか‥‥‥」
スカーレットを降ろした後、何かに勘付いて相棒を探しに都市へ戻るセシルなど。
「おい、あの紋章って‥‥‥」
だが、誰よりも周囲に驚きを与えた存在がいた。
「失礼、先を急いでいる」
胸元に剣の紋章が刻まれた銀髪の美青年と、その隣を歩く黒髪の美少女。特に白い鎧を身に付ける彼女は、多くの視線を独り占めした。
「帝国軍の歴代最年少で将軍となった天才‥‥‥なんであんなところに」
そんな言葉が耳に入った少女はどうでも良さそうに無視し、青年の方を向く。
「何か気になることでも」
「‥‥‥いえ。気のせいです」
青年は向き直って言葉を返すと、彼女を先導するように歩いていく。
「ーーーなにあいつ? いきなりガン見してきて」
すると姉の容態を側で確認しているシスティアが、不機嫌そうに青年の背中を睨みつけるのだった。




