死闘と因縁
交易都市ベルシュテット、南地区。
「これはひどい‥‥‥すぐに処置する」
ターナが負傷した人の腕を確認し、針を取り出して人体のツボを刺激する。物資や医療者の不足が際立つ中で、ターナの存在は確実に救いとなっていた。
「ここが怪我した人たちが集められてる場所‥‥‥」
そして彼女に付いてきたシャルロットは僅かに目を細めながらも、視界に映る光景を焼きつける。吸血鬼の仕業で崩壊した都市と、決して少なくない負傷者を。
「ーーーあっ!! シャルロット様だ!!!」
すると1人の少女が驚いた様子で声を出す。彼女の声に皆が反応してシャルロットの出現に驚き、やがて歓喜に変わる。
「伝説の魔法使いだわっ!」
「これで、私たちは助かるのね‥‥‥!!」
シャルロットの存在は、不安でいっぱいだった人たちの心を癒す。すると近くにいた少女が、母親の手を離してシャルロットの足元までやってくる。
「天使さま、おねがいします。この都市を救ってください。どうか、おねがいします」
そして少女はたどたどしい言葉遣いでも、伝えたいことをはっきりと伝えた。それを聞いたシャルロットはしゃがみ込み、少女の頭を撫でながら応える。
「ごめん、今の私は吸血鬼の力を止めるだけで精一杯。でもね、私の知り合いが吸血鬼と戦ってくれてる」
「その人って、強いの?」
少女が素朴な疑問を呟くと、シャルロットは僅かに微笑む。
「強いよ。誰よりも心が強い。だからその人のこと、応援してあげて」
「天使さま‥‥‥うんっ、応援する!」
少女がニコッと笑って返事をすると、シャルロットは名残惜しそうに手を離して歩き始める。
「そういえばなんでこの都市から逃げないの」
そして彼女はターナに近づきながら話しかけた。当然、ターナは少し不可解そうに言葉を返す。
「なんでって、本土へ繋がるヴィオラ大橋が壊されて隔離されてるからですよ。知らなかったんですか」
「いやそうじゃなくて。なんで直さないのってこと」
「直すって、そんなことできるわけがーーー」
ここでターナの口が止まる。この状況で不可能なことをわざわざ呟くのか。そもそも、彼女はまるで不思議そうに言っていること。
察しの良いターナは、すぐに1つの可能性に辿り着いた。
「ーーーもしかして直せるんですか!?」
それは、シャルロットがヴィオラ大橋を直せる可能性である。
◆◇◆◇
煙漂う、中央広場。
「ーーーッ!!」
セシルはアステス王国軍の最高戦力、大佐ソニア・ラミレスの光魔法【シャイニーズ】を模倣する。瞬時に距離を詰め、右手に持ったミリタリーナイフを振り下ろす。
「出鱈目な人間もいる者だな」
それを目前で躱したアムディスは、諜報員セシル・ブレイダッドの事をそう評価していた。
セシルは魔力解放状態のみ、『無色眼』が発動して模倣が可能となる。魔力解放の持続は時間制限がある代わりに、彼の無色眼の模倣には制限が無い。
「シッ!!!」
さらに彼自身の固有魔法【衝撃】によって、模倣した技の威力を上げる。それはまさに無法とも言える組み合わせだった。
(これはあの狂人女の動きーーー)
アムディスがそう気づいた瞬間、セシルの振り抜かれた右足が捉えていた。アムディスが咄嗟に割り込ませて防御姿勢を取った両腕に。
(だがあの女の動きには目が慣れている。それを模倣しても脅威にはならない)
蹴りを防いだ瞬間にアムディスから飛び散った血が、静電気を放出する。
「っ‥‥‥!!」
その血はセシルの左肩付近で炸裂し、鈍い痛みを与えていた。僅かに眉を歪ませたセシルは、果敢にも距離を詰めてナイフを振る。
だが、アムディスは難なく躱し続ける。もはや完全にセシルの攻撃は見切られていた。
「素質は認めてやる。ただ、それだけだ」
アムディスが少し残念そうに呟き、迫るナイフを容赦なく掴んで引き寄せる。
「その程度の経験値で、この私に挑んだのが間違いだったな」
そう呟きながら繰り出されたアムディスの左拳が、セシルの脇腹に直撃する。そして勢いよく振り抜き、セシルを後方へと殴り飛ばした。
「っ‥‥‥!」
血が噴き出す噴水の端に背中から激突し、セシルは思わず呻き声を上げる。だがすぐに起き上がると勢いよく走り出す。何度でもアムディスへ挑むかのように。
「懲りないようだ」
アムディスは呆れた様子で呟く。だが次の瞬間、僅かに呆気に取られる。セシルは倒れているスカーレットを抱えると、踵を返して距離を取り始めたのだ。
「懲りていたようだな」
アムディスがわざとらしく言ってほくそ笑む。だが当然、わざわざ見逃すはずがない。全速力の吸血鬼と脱力した女性を抱えて走る人間。みるみる距離が縮まっていく。
「恥だな」
並走したアムディスがそう呟いて剣を振り下ろす。スカーレットを抱えていて両手が塞がっているセシルには、防ぐ術は無い。
「ーーー」
セシルが視界を埋め尽くす赤い剣を見届ける刹那、火花が散ると同時に押し留まる。
アムディスは目を見開いた。周囲に漂う煙で見づらくなっているが、煙の先から見える剣先を見間違うはずがない。
「やっと来たか。そんなに殺されたいのか」
アムディスが剣を勢いよく横に振り、煙を取っ払う。そこにはもう、セシルとスカーレットはいなかった。
「ーーーああ、どうしてもお前を殺したくてな」
ただ‥‥‥待ち遠しい5分を乗り越えた『天帝』レスタが現れた。これまでの長い死闘と因縁に、終止符を討つために。




