破滅魔法
グロッサ王国近辺の平原。
「みんな、無事か?」
そう言ったのはグロッサ王国の王子ルーク。
「は、はい、なんとか。シロアのおかげで助かりました。ありがとう、さすがシロアね!」
アイトの姉、マリア・ディスローグが大きな声で言った。
「‥‥‥(ペコッ)」
「しかし、ジル副隊長の【マジックウォール】が破壊されかけるなんて」
「‥‥‥すまない。我の鍛錬不足だ」
「気にするなジル。あの魔法の威力は凄まじかった」
「あの魔法は少なくとも『高威力魔法』と同等以上。もしかすると『破滅魔法』と並ぶかもしれない」
ルークがそう言うと『ルーライト』の隊員たちが絶句する。
「そんな!今のグロッサ王国ではルーク隊長しか認められてない『破滅魔法』に並ぶ!?そんなことあって良いはずがありません!」
「マリア。君の言いたいことはわかる。『破滅魔法』は相手の侵攻を防止する抑止力として魔道大国、レーグガントの監査係に認可されている魔法だ。文字通りの国の切り札」
「そ、そうです!他に現れるなんてーーー」
「グロッサ王国内で今は僕だけだが、2人目の『破滅魔法所持者』が現れたとなると、今までの他国との均衡が揺るぎかねない」
「‥‥‥ど、どうすればいいんでしょうか」
マリアは絶望が混ざった声で呟く。アイトが放った魔法は国の均衡を揺るがすほどの脅威と国の切り札となり得る価値があった。
「ま、これから対策を考えていくしかないね」
ルークは凄まじい魔法を放った謎の銀髪仮面のことを思い出していた。
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それはわずか数分前の出来事。
「まさか、空を飛んで逃げるとはね。その技術、僕にも教えてほしいくらいだ」
ターナたちが空に逃げていくのを眺めていたところから始まる。
『ルーク! 聞こえるか!?』
「? 父上? どうされました?」
ルークは持っていた魔結晶から父、ダニエルの声が聞こえたので返事をする。
『ユリアが帰ってきた!今は城の中にいる。ケガもない、もう安心だ!』
「どういうことでしょう? ユリアは何者かに拉致されていたのでは?」
『それが、謎の2人組がユリアを抱えて城に来たのだ。1人は銀髪で仮面を被った、おそらく男。もう1人は黒いローブで顔を隠していたが声からして女だった。怪しい連中だ』
「ほう、そんなことが。詳しくは城で聞いてもよろしいですか?では僕たちがこれ以上動く必要はないようですね」
『ああ、ご苦労だった』
「はい。それでは今から戻りますので」
ルークは父ダニエルとの連絡を終える。
(どういうことだ‥‥‥? 拉致された妹が急に戻るなんて)
ルークは今の状況に困惑を隠しきれない。
(銀髪仮面の男と黒いローブの女は犯人ではないのか?犯人なら返すわけがない)
彼の思考は、まだ続く。
(‥‥‥もしかして無色眼の少女たちの仲間?隣国で噂の『静寂のターナ』もいたし、まさか全員が何か目的を持った集団?)
ルークは思考を巡らせる。
(銀髪仮面と黒いローブの女、無色眼の少女に『静寂のターナ』、呪力使いにもう1人女の子‥‥‥これはさすがに興味深くて面白い)
ルークは王子として他人には見せられないようなニヤリと笑みを浮かべていた。
そして、まだ着いてない部下たちを待つことにしたのだった。
「はあっ、はあっ、ルーク先輩!
勝手に先に行かないでください!!」
「お、マリア。さすが『迅雷』だな。シロアを担いで最初に来るとはね。‥‥‥おい、任務中は『隊長』と呼ぶようにと言っているだろ?」
「そんなことよりって‥‥‥はあ、もういいです。ほら、シロア」
マリアは腕に抱えていた薄桃色の長い髪の少女を地面に下ろす。
「‥‥‥(ペコッ)」
シロアはマリアに深くお辞儀をする。
「もうっ、ほんっとに可愛い! 妹にならない?」
「‥‥‥(ブンブン)」
シロアは少し申し訳なさそうに首を振る。
「そう、残念‥‥‥」
「マリア、他のみんなは?」
「もうすぐ来ると思います。みんな固まって移動していたのに、遺跡の前に誰かいると分かると私たちを置いていくんですから」
「それは申し訳ない。犯人かもしれないと思ったからね。シロアが遺跡前にも設定していればマリアも楽に来れただろうね」
「‥‥‥(ハッ!)」
シロアはハッと何かに気がついた様子を見せると地面に自前のペンで書き始める。
「‥‥‥(かきかき)」
「隊長がそんなこと言うからシロアが書き始めたじゃないですか!!」
「ま、まあ他の隊員たちが着くまでに書き終わるなら大丈夫でしょ」
シロアはルークとマリアの会話が耳に聞こえておらず地面に書くことに夢中になっている。
「‥‥‥ちなみに、隊長が察知した犯人と思われる人は、どこに?」
「‥‥‥さあね」
「あ、また逃がしましたね!?わざと逃がすのはやめてほしいと言ってるではないですか!!」
マリアがルークを嗜める。マリアはルークより年下で、しかも相手は王子。彼女は肝が座りすぎていた。
「捕まえるなら父にバレない状態でないと意味がない。妹の拉致が起こっていた今、捕まえても罪人として牢屋に軟禁して尋問、最後には処刑されるだろ?」
「そんなの当たり前でーーー」
「あんなに優秀な人材を抹消するのはもったいない。こうやって恩を売っておけば次会った時に勧誘できるかもしれないでしょ?」
そう言ったルークは意地悪い笑みを浮かべた。明らかに国の王族がしていい顔ではない。
マリアはため息をついて、小さく声を漏らす。
「‥‥‥本当に、性格以外は完璧なのに」
「ん、何か言ったかい?」
「いえなんでもございませんっ。ところで、遺跡の中に入らないのですか?」
「そのことだが、全員集まってから話す。ま、それまで休んでて」
その後。
マリアが来た数分後に1人1人が息を切らしながらルークの元にやってきて、やっと今回任務に出た全員が集まった。
「それじゃあ全員集まったことだし話を始める」
「はあ、はあっ、ちょ、ちょっと待ってくだ」
「どうやら妹がもう城に戻っているらしい」
「はぃぃ!?」
マリアが驚く間も、ルークは続きを話す。
「謎の2人組が妹を抱えて城に来て、置いていったと報告を受けた。だから今回の任務は終わりだ」
ルークがお構いなしに用件を話す。
無視された部下の1人が心の中で『鬼!!!!』と叫んでいた。それは部下のほとんどが普段から感じていることだが。
「ユリア王女は大丈夫なんですか!?」
「かすり傷すら無いと言っていた。それにその2人組は犯人ではないだろう。理由と根拠は省略する。だから遺跡内を探索して帰ろうと‥‥‥?」
ルークは、不意に言葉を途切らせる。
それは上空に、別の気配を感じたからだ。
「! あれは、銀髪仮面と黒いローブの女‥‥‥?」
「ほ、本当ですっ、迎撃しますか!?」
マリアが焦った様子でルークに問いかける。
「静かに。今は様子を見る。何か情報が欲しい。気づかれないよう息を殺せ」
「「「!?」」」
すでに息も絶え絶えである一部の部下たちは、心の中で『鬼王子』と叫んだ。これがドS鬼畜と定評のあるルークである。
だが部下の全員はルークの命令に素直に応じる。性格は何ありだが、実力とカリスマ性は全員が認めていた。そして何より、彼は一国の王子なのだから。
そんなことに気付くわけもなく、ルークは上空にいる謎の男を観察する。
すると、男は両手から凄まじい衝撃と音を発生させた。
「両手から魔力を‥‥‥? まさか!」
ルークがそう言った途端、状況が一変する。
銀髪仮面の男から真っ黒のレーザーが放出され‥‥‥遺跡に当たって明滅する。
その瞬間‥‥‥凄まじい爆発と爆風がルークたちを襲った。
追い討ちをかけるように迫り来る、真っ黒な魔力の渦。
「! ジル!!」
「はっ!!!!!」
ルークが声を発すると、ジルが両手を前に出して魔法を発動させる。
それは、三重に重なった魔力障壁だった。
ジル・ノーラス。
グロッサ王国精鋭部隊『ルーライト』の副隊長。年齢は25歳で規格外の体格を持つ男。
ノーラス家はグロッサ王家の護衛を任されている近衛家系。
ジルは高い身体能力と体術、そして一点に特化した魔法の素質が強み。ルークの護衛役に任されるほどの実力者。
ジルは障壁魔法に高い適性を持っていて防御面に優れていた。
今回ジルが発動させた魔法は高ランクの障壁魔法【ウォール】。それをさらに硬化魔法を付与して強度を高める。
その過程を3回連続で発動した、ジル独自の魔法【マジックウォール】だった。
ジルの【マジックウォール】と、真っ黒の魔力がぶつかり合う。
「!!? グゥッ!!!!」
ジルはぶつかってくる魔力の強度と多属性同士の反発に押されて少しずつ【マジックウォール】が壊れていく。
1枚目と2枚目が壊れて残り1枚となる。
「!? 副隊長が押されているなんて!!」
マリアの驚く声を聞きながら、ルークは咄嗟に指示を出す。
「シロア!!」
「‥‥‥(コクッ)」
『ルーライト』の隊員、シロア・クロートは頷き、ルークと他の隊員たちはシロアの肩に手を置く。
「副隊長、失礼します!」
マリアは右手をシロアの肩に、左手を魔法を発動しているジルの肩に置いた。
「‥‥‥ボソッ(【メタ】)」
シロアが他の人には聞こえないほどの小さな声で唱える。
その直後、ルークたちはその場から消えるのだった。
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シロアの魔法によって、グロッサ王国付近の平原に転移してきたルークたち。
「ーーー隊長。隊長! 聞いていますか!!」
マリアの声でルークはジルをフォローした後に、さっきの出来事を考え込んでいたことに気づく。
「ああ、すまない。聞いていなかった」
「ではもう一度お話しします。これから対策会議ですか!?」
「いや今日はもう遅い。今日は解散だ。僕は妹の様子も見に行かないといけない。続きはまた後日だ」
ルークの決定に、反対を述べる者はいなかった。
こうして『ルーライト』のユリア救出任務は白紙になって終了した。新たな脅威を残して。
だがルークは心の中で喜んでいた。その理由は。
(まさか『破滅魔法』と同等の魔法を使える人間がグロッサ王国にいたとは‥‥‥あの銀髪仮面、大いに使えるかもしれない‥‥‥!)
そんな自分本位な事を考えつつ、城に戻って妹を無事を確認しにいくルークだった。