白の鼓動
交易都市ベルシュテット、中央広場。
アイトVSアムディスの死闘は、互いに消耗した状態のまま続く。
(絶対倒すっ‥‥‥!!)
アイトは無意識のうちに、動けないほどの頭痛が治っていた。今はただカンナを助けるという気持ちが上回ったからだ。
「シッ!!」
そして、鋭い声と共に発せられる聖銀の剣が‥‥‥アムディスの首を掠めた。
「チィッ‥‥‥」
アムディスは次第に焦りを感じていた。吸血鬼である自分が、予想を遥かに超えて消耗させられている。もはや一瞬も気を抜く余裕がない。
(なぜだ‥‥‥なぜ動ける!? 魔力解放と魔燎創造の同時発動という自殺行為で身体はボロボロ、時間切れで治癒魔法も使えないはずなのに、なぜっ‥‥‥)
アムディスは剣撃の衝突が繰り広げられる間も、満身創痍で疲労困憊のアイトを強く睨み付けていた。理屈で判明しない事が、アムディスに不安を与える。
既に、アムディスは1つの考えが思い浮かんでいた。だが、それを認めたくなかったのだ。
(ーーーまさか本当に、あんな小娘を助けたいと思う意思だけで動いているのか!?)
長寿である吸血鬼にとって、他者との関わる時間など無に等しい。まして吸血鬼の中でも上澄みの存在であるアムディスにとって、群れることなど碌に無かった。
だがアムディスは今ようやく理解した、いや理解させられた。今自分に立ち向かい続ける、人間によって。
(だったら、その原動力を砕く!!)
アムディスは思考を変えた。勝利を手にするために、変えざるを得なかった。有象無象と思っていた人間に、何かを変える価値があると感じた。
その変化が、アムディスの身体を動かした。僅かにアイトを退け反らせた瞬間、血の塊を落とす。
「何をっ」
アイトが警戒してすぐに構え直す。だがそれは攻撃ではなかった。血の塊はみるみると肥大化していき、やがて形成されていく。
「まさかっ‥‥‥」
その姿を見て、真っ先に驚いたのはアイトだった。自分が倒したはずの存在が、目の前に現れたからだ。
「お呼び頂いて光栄です‥‥‥アムディス様♡」
赤い髪の女吸血鬼‥‥‥アローラが卑しく微笑む。
「なんであの女がッ‥‥‥!?」
彼女と因縁深い関係にあるカンナは、驚きを隠せず睨み付ける。だがアローラは意にも介さず笑っていた。
「厳密には以前の私とは違うけどねぇ?」
アローラは、かつてアムディスが瀕死となった際に保険として作り出した分身のような物だった。自分を癒して復活させるという任を与えた自立した分身。
アイトが倒したアローラは、カンナの生い立ちを作り上げたアローラは‥‥‥約18年前に作られたもの。
そのため今作られた彼女は、都市を支配していたアローラとは別物。だが記憶は、現在のアムディスから抽出されたため状況を理解している。
「私は‥‥‥そこの人間に負けたのですね」
結果、アローラの中身はほとんど変わらない。いやアムディスの感情が露わになっている分、むしろ凶暴化している。
そしてアムディスは、そんな彼女に淡々と話しかける。
「あれはお前が作った異物だろ」
「いいえ、天然物です。ただ成熟させてからアムディス様に取り込ませようと考えていたのですが‥‥‥まさかこれほど活性化していたとは。私の落ち度です」
そう言って頭を下げるアローラに対し、アムディスは特に反応しない。
(くそっ、隙はあるけど今は飛び込めない‥‥‥)
そんな2人をアイトは歯痒い気持ちで見つめていた。今奇襲をかければアムディスとアローラに挟み込まれる。たとえアローラに攻撃が届いても、アムディスの攻撃を躱す余裕は無い。
「どうでもいい。ただ今となっては目障りな存在だ。お前が始末を付けろ」
アムディスが命令を下すと、アローラは心底嬉しそうに微笑む。
「願ってもないお言葉っ‥‥‥この子は私の手でぶち殺したいと思っておりましたからァァ!!!」
そして意気揚々と赤い槍を作り出し、カンナとニーナ向かって飛びかかっていく。
(やっぱりかッ!!)
アイトはそれを勘付いていたのか、普段よりも速く動き出して回り込み、アローラに剣を振りかぶる。
「残念だったな」
だがそれよりも早く回り込んでいたアムディスが勢いよく剣を振り下ろしたため、アイトは剣で防いで留まるしかない。
「あははっ!! 因縁の対決ねぇ!?」
結果、アローラは何の弊害もなく動き‥‥‥みるみるカンナとニーナへ距離を縮めていく。
「くっ、邪魔だッ!!」
「それほど大切か。あの小娘が」
アイトは必死に剣撃を行って退かせようとするが、アムディスは悉く受け流して足止めする。
「とりあえず四肢を切り落とそうかしらぁ!!?」
そして遂に、アローラの赤い槍がカンナめがけて放たれる。アイトは歯痒い思いで見ることしかできない。
「ーーーやぁぁぁぁ!!!」
次の瞬間、響き渡る声。飛び散る鮮血。赤い槍を紙一重で躱したカンナが、大きく右足を振りかぶって蹴りを叩き込んだのだ。
「なっ!?」
顔面に蹴りを入れられたことで、呻いて驚くアローラ。カンナの動きが、予測していた何倍も鋭かった。
「私だって守られてばかりじゃないの。私は『エルジュ』構成員、序列3位としての矜持があるんだから!」
そう言い放ったカンナは気づいていなかった。自身の身体能力が、中に潜むリリスの因子で跳ね上がっていることに。
「カンナ様‥‥‥」
ニーナが驚いて無意識に名を呼ぶ。するとカンナが構えを取って話しかけた。
「レスタくんがあの吸血鬼に勝つ瞬間を見届けるために、私たちの因縁に決着付けるよ」
「‥‥‥はい。私はずっと、あの女を殺すために耐えてきたんですから!!」
ニーナは堂々と返事をし、カンナの隣で構えを取る。自分たちを散々苦しめた元凶を、倒すために。
「ふさげんなーーー調子に乗るんじゃないわよ欠陥どもがァァァ!!!!」
そしてアローラが憤慨する声と共に、因縁の戦いが始まる。
「アローラのやつめ‥‥‥手こずりそうだな」
その様子を横目で確認したアムディスが舌打ちする。
「わざわざ今になってあの女を作り出したんだ。よほど余裕が無いんだろ?」
アイトが挑発するように話しかけると、アムディスはギロリと睨み付ける。
「貴様に言われたくないな」
「そうだな‥‥‥お互いに、限界が近いからな」
「このッーーー減らず口をッ!!!」
そして、アムディスの怒りに任せた一撃を誘発することで‥‥‥アイトは剣で受け流してからの回し蹴りを頭に叩き込んだ。
「がっ!?」
頭が揺れるアムディスは、遂にその傷を修復しなかった。死闘の終わりが見えはじめる中、アイトは果敢にも剣を振りかぶる。
(カンナ‥‥‥信じてるからな)
そして内心でそう呟きながら、渾身の一撃をアムディスの頭へ振り下ろす。
「ーーーゔぐッ!!?」
だが謎の衝撃が脇腹に入り、アイトは声と血を漏らして吹き飛ばされる。その一撃は相当なもので、幾度も転がって近くの建物の壁に背中をぶつけるまで止まらなかった。
「なに、が‥‥‥ッ!?」
アイトは歯を食いしばりながら顔を上げると、自分を攻撃した人物を見て驚愕する。
全身に赤い線が入っていて不気味だが、ホワイトブロンドの長い髪を持つ女性を間違えようがない。
「す、スカーレット先輩‥‥‥?」
アイトは無意識に彼女の名前を呼ぶ。だがスカーレットは何も応えず、アムディスの隣に佇む。まるで、彼の味方であるかのように。
「‥‥‥やはり白の鼓動を感じる。アローラの策が役に立つとはな」
アムディスコはほくそ笑みながら独り言を漏らす。当然、アイトにはなんのことだがさっぱり分からない。
「もう貴様に勝機は無い。私自ら手を下すまでもないほどにな」
だがアムディスがそう呟いた瞬間‥‥‥至る所で悲鳴が響き始めるのだった。




