生半可な覚悟
振り下ろされる、殺意の籠った赤い剣。
(ちくしょう‥‥‥)
頭痛で蹲るアイトはただ、半目で見届けるしかなかった。一歩も動けない無力さと歯痒さのあまり、無意識に内心で愚痴を零す。
「ーーーダメぇぇぇッ!!!」
突然、耳元で響き渡る第三者の声。動けないアイトを突き飛ばしたその人物は、必死にアムディスの一撃を聖銀の剣で受け止めている。
アイトはその人物のことを知っていた。銀髪ツインテールが象徴とも言うべき、無色透明な瞳をした少女。
「か、カンナっ‥‥‥?」
アイトが少女の名を無意識に呼ぶと、その少女の声が響き渡る。
「ニーナぁぁぁぁ!!」
そして別の名が聞こえた直後、背後から飛び込んできた黒髪の少女‥‥‥女吸血鬼ニーナ。
「承知しましたっ!」
そして冷静に呟くと同時に、剣を押さえられていたアムディスの顔を蹴り飛ばした。アムディスは後方に吹き飛び、噴水の端に背中から激突する。
アムディスが再び起きあがろうとする間、ニーナは横目でカンナを見つめた。
「カンナ様、私が時間を稼ぎます! ですからレスタさんを早く安全な所へ!」
そして主人である彼女の意思を尊重し、アムディスへと向かっていった。
「‥‥‥うんっ。気を付けて!」
カンナは感謝しながら頷くと、アイトの肩に手を回して立ち上がる。
「レスタくん、大丈夫!?」
涙が溢れそうなほど悲しそうに目を潤わせた彼女に対し、アイトは無意識に思った事を呟く。
「逃げろって、言ったはずだ‥‥‥なんで、戻ってきた‥‥‥早く、あの子と逃げろっ」
「指示を聞かなかったのは謝るっ! でも、今の君を放ってなんておけないの!!」
カンナは必死に声を出して、満身創痍のアイトを支えて歩き出す。
「ーーーぇっ」
だが2人の足元に転がって来たのは、切断された誰かの右腕だった。
「雑魚が小癪な真似を‥‥‥その男の言う通りだ。貴様らは、ただ逃げていればよかったんだ」
アムディスは地面に滲んだ血の上の気にせず歩く。その血は、先ほどまで彼と対峙していた者の血‥‥‥いや、カンナの前に転がってきた腕も。
「ニーナっ‥‥‥?」
ニーナだったものは、無惨にも切り刻まれた状態で放置されている。まるで廃棄物かのように、悲惨な状態で。
「ぇ? ニー、ナ?」
「ッ‥‥‥」
カンナは顔を青ざめ、アイトは歯を食いしばる。先に声を出したのは、どちらか言うまでもない。
「ーーー逃げろっ、早く!!」
アイトは咄嗟にカンナを後ろへ突き飛ばし、離れるように指示する。だが、カンナはそのまま尻餅を付いて動かない。
「に、ニーナが‥‥‥私のせいでっ‥‥‥??」
「カンナっ!! 早くしろッ!!!」
残ったのは満身創痍で立ち向かおうとするアイトと、状況を受け入れられず放心状態のカンナのみ。そんな対照的な2人を見て、アムディスは少し残念そうに息を吐いた。
「小娘、それが生半可な覚悟で飛び込んだ貴様の末路だ。そこの男は曲がりなりにも、私と戦う覚悟が備わっていたぞ」
そして、立っていることが精一杯なアイトに赤い剣を振り上げる。
「私が殺さなければならないのは、貴様だ」
アムディスは、アイトをはっきりと見据える。
「くっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ‥‥‥」
その殺意を前に、アイトは警戒を強めて満身創痍ながらも構えを取る。身体は既に限界で、落ちている聖銀の剣を拾う隙もない。だが、戦う意志は決して手放さない。
「ーーーぁ?」
すると突然、アイトの視界からアムディスが消える。アイトは咄嗟に後ろを振り返ると、その光景に目を見開く。
「カン、ナっ‥‥‥?」
その凶刃を受けたのは、カンナの方。彼女の上半身に一直線の切れ目が入った後、血が吹き出す。アイトは自分に対する殺意の警戒のあまり、カンナへの攻撃に対応できなかったのだ。
「私の標的は貴様だ。この小娘は貴様にとって大事な存在だったらしいな。碌に動けなかった貴様が、必死に私へ刃向かおうとするまでに」
放心するアイトに対し、アムディスは話を続ける。
「だから興味は無いが先に始末した。貴様は思う存分苦しんでから、死ね」
昏倒するカンナの血溜まりの上に立ったアムディスは、淡々と呟く。
「‥‥‥おまえ」
顔を下げたアイトはふらりと歩き出すと、近くに落ちていた聖銀の剣を拾う。
「おまえェェェェッ!!!!!」
そして頭痛のことなど吹っ切れ‥‥‥いや完全に我を忘れて、アムディスへと突進していくのだった。




