東地区の勝者
交易都市ベルシュテット東地区。スカーレット&ジャックVS女吸血鬼イフォリン。
「ゴフッ!!!?」
辺りに飛び散る鮮血。口から溢れ出る血が止まらない。
「なんなのっ‥‥‥この2人っ!!」
攻撃を受けて愚痴を零すのは、女吸血鬼イフォリンの方だった。そう、彼女は今完全に押されている。
「どうした!?」
接近戦だと、スカーレットが前に出てくるため戦いづらく。
「逃げんなよ」
距離を開けて攻撃しようとすると、ジャックの魔法によって封殺される。完全に劣勢に立たされたイフォリンは、焦りとイライラが止まらない。そして何より、彼女が腹を立てる要因はーーー。
「もういいんじゃないかお嬢さん! 素手だけで俺より先に倒せるとは思えないけど!?」
「いいや私が先に倒す。君がどんな手を使っても私が仕留める。殴り飛ばしてやる」
言い合う2人には自分が全く映っておらず、まるで賭け事のように扱われていることだった。
「こんのっ‥‥‥腐れ外道がぁ!!!!」
イフォリンは怒りのあまり自身の桃色髪を僅かに血で染めながら、赤い線を射出。周囲の建物に引っ掛けることで飛び回る。
「このイフォリンをどこまで怒らせれば気が済むんだこの2人はぁ!!? 楽には死ねないことが既に確定しているぞぉぉぉ!!!?」
怒りながら実況風に話す彼女は、2人の真上まで飛び上がる。
「ぶっ!?」
だが空間が実態を帯びたように、イフォリンの頬に衝撃が走った。
「うるさいから静かにしてくれるか?」
それは真下で人差し指を動かすジャック。彼の魔法『無限大』が、イフォリン周辺の空間を支配しているのだ。
「なんだこのふざけた魔法はぁぁぁ!!? 人間が扱っていい代物じゃないではないかぁぁ!!」
「だからうるさいって」
ため息をついたジャックが人差し指を下へ振った瞬間。
「ごっ!?」
イフォリンの背中に衝撃が走り、まるで何かを叩きつけられたような錯覚に陥る。真下へと伝わる衝撃を受け、イフォリンは上空から急降下。まるで上から叩き落とされたような光景。
「ったく、やっと私の番が回ってきた!」
スカーレットは頃合いを見計らって跳躍。落ちてくるイフォリンと同じ高さに調節する。
「さあ、私に倒されてくれよ?」
彼女は狂気的な笑みを浮かべながら一心不乱に頭へ掴みかかる。そしてそのまま、イフォリンを下にして地面に叩きつけた。
「がはっ‥‥‥」
「ようやく君を殴れる」
そう言って馬乗りになったスカーレットは、嬉しそうに笑いながら勢いよく殴り始めた。
「〜〜〜〜っ!!!」
拳の雨に、もはや声すら出せないイフォリン。ただひたすらに攻撃を受ける。
「やっぱ吸血鬼ってのは硬いな!! 殴り甲斐があって気持ちいいっ!!」
スカーレットは両手を赤く染めながら、嬉しそうに声を漏らす。
「ちょ、お嬢さん? 倒した方が勝ちとは言ったが少しやり過ぎなんじゃないか??」
その刺激的な光景を見届けるジャックは困惑しながら話しかける。だが、スカーレットは手を止めない。
「やり過ぎなのは吸血鬼の方だ。関係無い私たちを巻き込んで迷惑かけたんだからな。その鬱憤を晴らさせてもらう」
「いやどうみても楽しそうに殴ってるだろ」
ジャックが小言を漏らす間も、スカーレットは拳を止めない。もはやその光景は刺激的どころか猟奇的だった。
「ふう、少し興が乗ってしまった」
やがてスカーレットは、真っ赤に染まった両手を止める。
「‥‥‥」
イフォリンは、もはや白目を剥いて意識が無いようだった。だが、彼女はまだ微かに息がある。
「なあお兄さん、これはもう私が倒したってことでいいよな?」
スカーレットは動かない相手に指を差しながら、隣に立つジャックへ話しかける。
「うーん、どうだろうな。まだそう思うのは早いんじゃないか」
「なに?」
彼の返事を聞いたスカーレットは、眉を顰める。ジャックは、頭を掻きながら呟く。
「だって、まだあんたのこと狙ってるようだし」
イフォリンの身体が、ビクンと跳ねる。馬乗りになっていたスカーレットが再度拳を振ろうとした瞬間。
「イフォリン、大復活ぅぅぅ!!!」
周囲に飛び立っていた血が破裂する。
「っ!!」
その爆風に呑まれたスカーレットは、遥か上空へと吹き飛ばされた。起き上がったイフォリンの周囲には、血の粒が定期的に流動を繰り返している。
それを後退しながら眺めていたジャックは、顎に手を置いて口を開いていた。
「なるほど。あらかじめ空間に抵抗を与えておくことで、俺の魔法の影響も減らすと」
「これがイフォリンの考えた、渾身の策!!」
褒められたためか、血塗れのイフォリンは自信満々に言い放っていた。ジャックは残念そうにため息を漏らす。
「これなら確かに俺の攻撃は届きそうにないな」
「ふっふっふ、お前は2回戦として戦って上げます!! 先にあの女をぶち殺してーーー」
「魔法だけじゃあ」
そう呟いたジャックは、一瞬でイフォリンとの距離を詰める。
「はーーー」
そして彼女が声を上げる間もなく、ジャックは包帯を巻いた左手で殴り込んでいた。
「がぁっ!?」
鳩尾を殴られたイフォリンは、後方へ吹き飛んで建物の壁へ激突する。そのまま座り込んだ彼女は、恐怖を感じていた。
「俺、女を殴るの趣味じゃないんだよなぁ。だから魔法で攻撃してたんだけど、仕方ないよなぁ」
吸血鬼である自分が苦しむほどの一撃を叩き出す、黒髪のキザな男に。
「あ、この包帯? 別に怪我なんてしてないぞ。こうすれば左手は使えないって油断してくれるだろ?」
別に聞いてもいないのに、へらへらと笑いながら情報を漏らすジャック。それを見たイフォリンは確信していた。
(この男っ、こんなにもペラペラとっ‥‥‥)
簡単に口を割るということは、相手に対する油断や余裕を意味する。
(こいつ‥‥‥私の事を格下に見ている!!)
つまり、吸血鬼である自分を敵として認知すらしていないと。
その事に気付かされたイフォリンは、足の震えが止まらない。純粋な力の差に、寒気すら覚える。
「あれ、どうした寒い? ってそりゃあ血塗れだったら寒いよな。いや吸血鬼って寒いとか感じるのか?」
ジャックの飄々とした声を聞くたびに、イフォリンは戦慄する。そして彼のことを意識しているうちに、思い出した。
(そ、そうだった‥‥‥こいつが持ってた結晶は黒だった、、吸血鬼の脅威だと示す、濁った黒っ!!)
そしてイフォリンは、戦う意志が消えていた。
「お嬢さんも戻ってこないし、そろそろ俺がやらせてもらおっか」
だが、ジャックは止まらない。魔導具『鏡越しの記憶』所有の賭け勝負に、イフォリンの討伐を掛けているからだ。
だが、イフォリンはそんな彼の言葉を聞いて‥‥‥1つだけ、打開策を思いついた。
「お前は後で相手してあげますっ!!!」
精一杯強がったイフォリンは‥‥‥射出した赤い線を建物に引っかけ、高く跳躍する。
飛び上がった先には‥‥‥空中に投げ出されて落下中のスカーレットがいた。
『女を人質にとって、男との戦いで優位を取る』
それがイフォリンの思い付いた最後の策だった。イフォリンはほくそ笑み、落ちてくるスカーレットに赤い線を射出する。
空中で動きの付かないスカーレットは、瞬く間に左腕を赤い線に絡め取られる。
(これでこの女を半殺しにして、人質にすれば‥‥‥イフォリンにも勝機があるっ!!)
イフォリンは意気揚々と、赤い線を振り下ろす事でスカーレットを地面に叩き付けようとする。
「っ、? 思うように、動かないっ」
だが彼女が手に持った赤い線には、明らかに抵抗があった。それは、赤い線を絡めさせた相手の存在。
「私の方へ来てくれるとはなっ!!」
スカーレットが、自分の左腕に絡まった赤い線を引っ張っているからだ。
「なっ!? 正気ですかこの女はっ!? 嬉しそうに引っ張るなんて狂気の沙汰っ!!」
イフォリンは目を見開きながら、負けじと引っ張る。
「あ、実況が復活したな。じゃあ、そのまま続けてくれ」
嬉しそうに呟いたスカーレットは、ますます引っ張る力を強めていく。
「私と君の、純粋な力勝負をなっ!!」
彼女の発言通り。スカーレットとイフォリンは、空中で赤い線を引っ張り合うことになる。
「このイフォリンに人間の女が勝てるとでも! 負ければ地面に叩きつけられる、勝負ありだぁ!!」
イフォリンの声には自信が溢れていた。吸血鬼である自分が、人間の女に単純な力で負けるはずがないと。
「ああ、その通りだ」
そんな声が聞こえた瞬間、イフォリンは目を疑う。
「ーーーは?」
線を握っていた自分が引っ張られ、スカーレットの目の前に迫った事に。
「じゃあ私が上で、君が下な」
意地の悪い笑みを浮かべたスカーレットは、唖然とするイフォリンの頭を掴む。イフォリンの身体を下にして、スカーレットは上に乗る。
落下速度は凄まじく、瞬く間に地面との距離が無くなっていく。
「は‥‥‥はっ? なんで私が人間の女に力で負けてーーー」
「そんなの決まってるだろう」
2人は、勢いよく地面に叩きつけられた。相応の衝撃と騒音が周囲に響く。巻き上がる土煙の中上に乗っていたスカーレットがゆっくりと起き上がる。
そして彼女は、下敷きになった吸血鬼に言い放つ。
「私は、男にも負ける気はないんでね」
白目を向いた吸血鬼は身体が朽ちて、すぐに灰となっていく。修復機能が停止するほど削られ、遂に生命活動を終えたのだ。
「マジかよお嬢さん‥‥‥正気じゃねえよ」
駆け寄ったジャックが素直な感想を呟くと、スカーレットは満面の笑みを返した。
「ああ、それが私だからな」
「うわ‥‥‥やばこいつ」
東地区の勝者‥‥‥スカーレット&ジャック。




