‥‥‥まずいかもしれません
カンナは、アイトとエリスの現状を説明中。
「‥‥‥ってことで、2人は城に行ったよ」
『なんて無茶を!? もう少し早ければ王子と城で鉢合わせる可能性があった!」
「まあまあ。大丈夫だから良いじゃん!というわけで遺跡の調査も終わったから今から帰るね〜!」
『わ、わかった。こっちはカンナたちが帰るまで一応王子たちの後を追うことにするか‥‥‥なっ!?』
「どうしたの?」
『やばいっ‥‥‥早くそこから逃げて!!』
『‥‥‥ターナだ。遺跡前に着いた』
メリナが焦っている今この瞬間に、偶然にもターナが遺跡前に到着する。
『ターナ!? そこから早く逃げるんだ!!』
『おいメリナ、呼び出しておいて突然なにを‥‥‥ヴっ!?』
『ターナ!? どうしたのターナ!?』
「ターナ大丈夫!?」
『‥‥‥』
メリナとカンナの声に、ターナの返答は帰ってこない。
「ミア、リゼッタ! 早くここから出よう!」
「だから命令すんな!!!」
「ミア、こわ」
カンナたちは急いで、遺跡の地下階段を駆け上がる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
少しだけ時は遡る。
アイトたちから招集を受け、移動していたターナが遺跡前に到着する。
今回はいつもの暗殺者装束に黒いローブを上から身につけ、さらに黒いスカーフを口に巻いていた。
「‥‥‥ターナだ。遺跡前に着いた」
移動の時は魔結晶はポーチに入れており、これまでのカンナたちの会話は聞いていなかった。
『ターナ!? そこから早く逃げるんだ!!』
着いた直後にメリナにその場から離れろと言われ、意味がわからないターナ。
「おいメリナ、呼び出しておいて突然何を」
そう言った途端にターナは自分に近づいてくる気配を察知。一瞬での腰のホルダーから短剣を抜いて右手に構える。
「ヴっ!?」
だがターナは相手の攻撃を捌ききれず後方に吹き飛ばされる。その際、左手に持っていた魔結晶を落としてしまった。
ターナは空中で体勢を立て直して着地し、相手の方を見る。
そこには、ひときわ存在感を放つ、金髪の青年がいた。
「今のに反応するとは。君、なかなかやるね」
「!? グロッサ王国、王子ルーク‥‥‥!?」
ルーク・グロッサ。聖騎士の魔眼を宿す、現王国最強と名高いグロッサ王国の王子。
ターナは驚きのあまり、目を見開きながら名前を叫んでしまったのだ。
すると、ルークは左手を小さく横に振る。
「あ、僕だけじゃないよ。後から隊員がやって来る。他より先に僕が到着しただけだ」
「‥‥‥なるほど。そういうことか」
ここでターナは、メリナが焦っていたことに納得がいった。
後を追っていたら急にルークだけが急に移動を始め、遺跡前に向かったことを知らせようとした。全く間に合わなかったが。
ターナがそう考える間にも、ルークは話す。
「君がユリアを拉致した犯人かい?」
「違う。ボクはたまたま居合わせただけだ」
「そんな嘘が通じると思ってるのかい?まあ犯人ではないとしても、何か関係してそうだ。とりあえず、捕まえて尋問しようか」
ルークはさも当然のように呟くと、腰に差している剣を抜き取った。
「!?」
するとターナの視界から一瞬で消え去る。ターナは勘で後ろに来ると賭けて振り向いた。
「すごい、当たりだ」
すると予想通りルークが現れ、正面を向いたターナに剣を振る。
「くっ!!?」
直後に響く、凄まじい金属音の衝突。
ルークの剣をターナは短剣でかろうじて受け止める。そしてその直後。
「おっと」
ターナは腰のホルダーのもう1本の短剣を目にも止まらぬ速さで左手で抜き取って振りかぶる。
だがルークには簡単に避けられてしまう。そして彼は一瞬でターナから距離を取った。
「君、速いね。その服装、暗殺者かな?」
「黙れ」
ターナは両手の短剣を強く握り直し、ルークに接近して連続攻撃を繰り出す。相手に自分の場所がバレているため得意ではない正面戦闘を強いられていた。
「思ったより速い。君、やるね」
ルークはそれを余裕で躱し、捌いていく。そして徐々に、ルークが反撃を始める。
「‥‥‥このッ!!」
気づけばターナは、防御で手一杯になってしまう。
「さっきの勢いはどうしたの?早くしないと僕の部下もここに来ちゃう、よ!」
「ぐあっ!!!」
短剣で攻撃を受け止めたが、ルークの剣の重さにターナが耐えられず吹き飛ばされてしまう。今回は体勢を立て直せず地面に転がる。
黄昏の中でも素早さでは上位に入るターナが、手も足も出ない。
「はあっ、はあっ、この、ドS王子め‥‥‥」
「暴言を言われて喜ぶ趣味は僕にはないよ?それに僕は、強い存在でないといけない。これくらいは当然さ。じゃあそろそろ終わろうか」
ルークは微笑みながら、少しずつ近づいていく。
「! おっと」
するとルークは背後から気配を感じて振り向き、奇襲者の剣を止める。
「ターナっ、立てる!?」
ルークの背後を狙ったのはカンナだった。ヘアゴムを変化させたショートソードでルークに奇襲をかけたのだ。
「‥‥‥貴様に心配される筋合いはない」
「いつもの辛口言えるなら大丈夫だねっ!」
ルークがカンナの剣を受け止めてながら気づいたことを口にする。
「ターナ‥‥‥まさかあの子、『静寂』の?」
「そうだよ、今は『死神』ターナだけどねっ!」
「それをボクの前で言うな!!!!!」
敵に向かって正直に答えるカンナに、ターナは激怒した。
「隣国で約1年ほど目撃情報が無かったが、こんなところで会うとはね。君たち、組んでるのかな?」
「違うよっ! ターナは私のともだちっ!」
「違う!!」
正直に答えるカンナと、叱咤するターナ。
そんな2人を見て、ルークは思わず吹き出していた。
「ははっ仲良しだね君たち。それじゃあ2人仲良く捕まえようかな!!」
「!? お、重いっ!! うにゃあっ!?」
カンナは、ルークの剣に吹き飛ばされる。カンナはかろうじて体勢を立て直し、着地した。
「これは、やばいねっ。この人すごく強い。やっぱりこの手しか無いかっ!」
「!? 速い!」
カンナがルークの前に一瞬で接近するとヘアゴムをショートソードからルークと同じ長さの剣に変える。
「やああああああっ!!」
「これは‥‥‥僕の剣と同じ動き?まさか、模倣か!」
ルークは攻撃を防御しながら、驚きの声を上げる。
カンナが模倣したのはルークの剣技。ターナとの攻防を密かに眺めて模倣しようと考えていた。
「『無色眼』の子に会えるとはね。優秀な人材ばかり。どうだろう君たち、僕の隊に入らない?入るなら君たちの行いは水に流すよ」
「あははっ、嬉しいけどごめんねっ!私は自分の意思で君の隊には入りたくないっ!」
「同感だ。こんなサド王子の下につくなんて死んでも嫌だね」
カンナはルークと攻防を続けながら、ターナは立ち上がってそう言った。
「そうか‥‥‥残念だ。じゃあ妹のこともあるしそろそろ終わりにしよう」
「!? は、速くなった!?」
カンナの言う通り、ルークの剣は徐々に速さが増していく。
「最初から女の子相手に全力を出すほど僕は最低ではないさ。ジワジワと追い詰めるタイプだよ」
「いやその方が最低っにゃあっ!?」
突然ルークが剣を持っていない左手で、攻撃を繰り出す。
カンナはその予想外の動きに模倣をやめて、なんとか剣でガードするが衝撃で後ろに飛ぶ。地面に転がり、やがて止まった。
「はあっ、はあっ、これは大変、うっ!?」
なんとか着地したカンナだったが、突然苦しみ始めた。
「おいっ、大丈夫か!!」
「ハア、ハアッ、ハアッ。息が、苦しい‥‥‥」
ターナが心配そうにするのも無理はない。今のカンナは過呼吸レベルで呼吸が乱れていた。明らかに限界を超えている。
「どうやら僕の動きを模倣するのは大変だったようだね。もう僕は何もしなくても良さそうだ。それじゃあ次は『死神』ターナ、君の番だ」
「‥‥‥どうする」
ターナはすでに正面戦闘しかできない今の状況で、今の自分は勝てないと自覚していた。そのためどうやってこの場を離れるかを考えていた。
「【ムラサキ】」
するとルークに向かって紫色の塊が飛んでいく。ルークはそれを避ける。
塊を飛ばしたのは‥‥‥遺跡の入り口付近に立っていた黒いフードを深く被っているミアだった。
その隣には毒で口元を隠しているリゼッタが。
「今のは、呪力?また新しい子が来たか」
「銀髪女、早く立て!!足引っ張るな!!!」
「ご、ごめん。も、もう大丈夫‥‥‥」
カンナはミアの激励に応えたかのようにその場に立ち上がる。
「【照明】!!!」
カンナはアイトの【照明】を模倣して発動。カンナから凄まじい光が発光する。
「!!!」
眩い光に対し、ルークは左手で目を押さえている。
「さあ逃げるよっ!!」
その隙を突いたカンナが走り出し、疲労困憊のターナの腕を掴む。
「【シロ】」
「わ」
そしてミアはリゼッタを呪力で掴む。リゼッタは驚きで少しだけ声を出す。
そしてその直後にミアの背中から白い翼のようなものが出現。呪力【シロ】で作り出した翼だった。
「ミア、すごい」
リゼッタは自分の掴んで空に飛び立ったミアを賞賛する。
「【飛行】!!」
対するカンナはアイトとエリスが使っている風魔法の応用、【飛行】を模倣して宙に浮く。
こうしてカンナたち4人は夜の空を飛んでいくのだった。
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ターナたちはアステス王国領内の『ルーンアサイド』本拠地に向かって移動していた。
今グロッサ王国内の潜伏拠点『マーズメルティ』に向かうのは危険だと判断したからだ。
「!? な、なんだ?」
「すごい、衝撃、後ろばくはつ」
突然かなり離れたところから大爆発が起こる。その衝撃が空を飛んでいるターナたちにまで届く。
「あの位置‥‥‥遺跡があったところか。あの王子、何かしたのか?」
「グロッサ王子、すごく怖かった〜!」
カンナは笑顔で言うから本当に怖いのか3人には伝わらなかった。
「とにかくあの遺跡には近づかない方がいいだろう。ボクが他の奴らにも連絡しよう」
そう言ったターナは魔結晶を取り出す。
「ギルド組、聞こえるか。もう用は済んだから遺跡に来なくてもいい。遺跡周辺に厄介な敵がいる。カンナ、ミア、リゼッタも一緒にいるから安心しろ」
『こちらオリバー。わかりました。とは言っても今ギルドのクエストが終わったばかりで何も移動できていませんでした』
「なら別にいい」
『この連絡は他の3人も聞いているので安心してください。それではこちらは任務を継続します』
そう言ってオリバーからの通信が途絶える。
『こちらメリナ。どうやらあの王子から逃げることができたんだね。それじゃあ『ルーライト』の尾行を止める。バレたら私が消されかねないし』
こうしてエリスを除く『黄昏』の現状報告が終わる。
するとカンナが、驚いた様子でターナを見つめていた。
「ターナ、いつの間に魔結晶を!?さっき地面に落としてたよねっ!?」
「貴様があの男と戦っている間に回収した。そうしないと痕跡になるからな」
「さ、さすが元暗殺者‥‥‥いや今もかっ!」
「貴様が能天気すぎるんだ。敵の前でボクの名前を言いやがって。仕返しに貴様の名前を言ってやろうかと考えたほどだ」
「あ、たしかにそうだ!?ごめんっ」
「笑顔で謝るな。‥‥‥まあ、時間を稼いだことは褒めてやってもいい」
ターナは下を向きながらそう言った。カンナはにまにま笑みをこぼし、やがて声を出す。
「やった、ターナから褒められたいぇ〜い!」
「‥‥‥ふんっ」
「銀髪女うるさい」
近くを飛んでいたミアが不機嫌そうに言い捨てる。
「ミアたちを置いて勝手に先に突っ走って行っちゃうし。なんか金髪男にボコられてるし」
「いや〜それはターナが心配で居てもたってもいられなかったのっ!」
「このお人好し銀髪女」
「え!ミアも褒めてくれた!?嬉しいっ!」
カンナが笑顔を見せると、ミアはますます不機嫌そうに目を細める。
「は??ほんとこの女、ミアと合わないわ」
「ミア、怒って、ばっか、こわい」
リゼッタはミアに掴まれながらブルブルと体を震わせる。
『こちらエリス。レスタ様も一緒にいます。ユリア王女を城に返しました。みなさん大丈夫ですか?』
すると、魔結晶からエリスの声が響く。それを聞いたカンナは嬉しそうに言葉を返した。
「あ、エリスお疲れ様〜!さっき連絡をとったんだけどみんな大丈夫だよ!」
『そうですか。無事で何よりです』
「でも今は遺跡周辺にグロッサ王子がいるから行かない方がいいかも〜!」
『え、そうだったんですか‥‥‥それは、まずいかもしれません』
「え、どうしたの‥‥‥何かあったのっ!?」
すると珍しく動揺したエリスの声。カンナは心配そうに声を漏らす。
そしてエリスから帰ってきた言葉は。
『‥‥‥さっき、レスタ様が、遺跡を吹き飛ばしてしまったので。王子が巻き込まれてないか心配です』
誰も全く予期していない、そんな言葉だった。




