真逆の存在
立ち上がった金髪少女は、微笑みながら自己紹介を始める。
「私の名はエリス、エリス・アルデナ。人間とエルフの間に生まれたハーフエルフです」
(エリスさんね。エルフなんて初めて見た。たしかに人間離れした淡麗な容姿。それに金髪碧眼でしょ? ちょっと綺麗過ぎて言葉無くすわ)
あまりにも顔が整っていた少女を見て、アイトは一瞬で聞きたいことが山ほどあった。
「え、え〜っと耳ってとんがってないんだ」
だが、なんとなく聞きたかったことだけを口に出す。すると少女は興味を持ってもらえて嬉しかったのか、笑顔で答える。
「ハーフエルフはエルフと少し違って耳がとんがってない者もいるんですよ」
「へ、へぇ〜‥‥‥」
自分で聞いておきながら、アイトはすごく曖昧な返事をする。
(それじゃあハーフエルフだとエルフか人間の区別がつかないんじゃないのか?)
そしてまだ率直な疑問が思いついていると、少女に話しかけられた。
「あの、お名前をお聞きしてもいいですか?」
「へ? ああ俺の名前は‥‥‥名前はっ?」
ここで、問題が舞い落ちる。それは名前。染色魔法で今だけ染めている銀髪に、目元を隠す黒い仮面。いかにも正体を隠している容姿で、本名を言うのは明らかに違う。
そこでアイトは悩みに悩んで、名乗った。アイト・ディスローグ以外の、即興で考えた別の名を。
「‥‥‥レスタだ」
「あ‥‥‥そうです。よろしくお願いします。それで‥‥‥あなたに仕えさせてください!!」
少女はアイトに向かってそう言うと、また片膝をつく。
「ちょちょちょ、ちょっと待って!? 俺、別にそんな大層な人間じゃないよ!? これは自分のために行動しただけだし!」
アイトは正直に自分の真意を話す。言葉の通り、本当に自分のため行動しただけである。
「助けてもらった恩もあります。でも、それだけではありません。私は、あなたの強さに魅了されました」
だがエリスは少しも引かない。正直、アイトの目から見て彼女はかなり変人に映っている。
「それに‥‥‥私には確信があるのです。あなたに仕えること以外、考えられません!」
なぜか意気込むエリスを見て、その評価は確信に変わりつつある。
「あの、仕えるって言っても俺は別にどこかの国の騎士でもなければ、冒険者でもない。ただの一般人で」
「そんなの関係ないです!! あなたがどこの誰なんて、地位なんてどうでもいい。ただ、あなたに仕えたいと思っただけです!」
(うん、聞く耳持たないなこの子)
アイトは手で目頭を押さえ、エリスの頑固ぶりに困り果てていた。
「エリスさん、聞きたいことがあるんだけど」
「はいっ、あとエリスでいいです」
少女の淡々と率直な言葉が来ると、アイトは話す。
「さっきと態度が違くない? さっきは『すごいですね!!!』って笑顔で言ってたのに、今は冷静だね」
「!!! そ、それは‥‥‥先程はつい気分が昂ってしまい、あのような恥ずかしい姿を‥‥‥」
エリスは顔を真っ赤にして、目を瞑る。アイトはなぜか自分の発言を後悔した。
「これが普段の私なんです。さっきのあれは、できれば忘れてほしいです‥‥‥」
(俺の床ドン、そんなに良かったの??)
この時のアイトは、咄嗟に繰り出した必殺技(?)の【床ドン】でエリスの心に火がついたと本気で思っていた。だが正直、よく分からない少女に志願されて首を縦に振る気は無かった。
「私は役に立つと思います。エルフは魔法に優れた種族。それに私は昔いた故郷で、人族には伝わってない多くの知識を持ってます」
だがエリスが持ち出した話によって、その認識は覆ることになる。
「ほ、本当に!? 色々、魔法あるの!?」
アイトは嬉々としてエリスの両肩を掴む。たかが下級貴族の人間である自分にとって、魔法を知るのは限界を感じていたからだ。
アイトの突然の接近に困惑しながらも、エリスは答える。
「は、はい。数多くありますよ」
「あ、ごめんね。なるほどなるほど」
アイトはエリスの両肩から手を離して考える。
(エルフしか知らない魔法を覚えるのはとても有意義だ。でも俺に仕えると言うのがなぁ‥‥‥)
正直、アイトは自分に仕えるという事がどういうことか全く想像つかない。なぜなら自分は別に王子でも部隊の隊長でも、勇者でもないのだから。
(‥‥‥ま、いっか! エルフしか知らない魔法を教えてもらえるなら、プラスの方がありそうだし。それに変質者に狙われてたこの子を放っておくのも後味悪い)
だが、アイトは思い切って了承した。ここでの選択が‥‥‥アイトの今後を大きく変化させることになると、本人は全く思っていなかった。
「わかった! 君を迎え入れよう!」
アイトは、快く提案を受け入れる。
「ほ、本当ですか!? よろしくお願いしますねーーーアイト様っ!」
エリスは、アイトの手を握って笑顔になる。
(‥‥‥ん?)
ここでアイトは、強烈な違和感に気付く。
「なんで、俺の本名知ってるの?」
それは銀髪で仮面を付けている自分が‥‥‥なぜアイト・ディスローグだと分かるのか、と。
「ああ、それはですね‥‥‥目です。私、『魔眼』持ちなんです」
エリスがそう言うと、両目の色が変わり始める。水色から、濃い赤に。
(元の目の色は赤色なんだなぁ‥‥‥は!?)
アイトは、彼女の眼の奥を見て戦慄する。そして、これまでの状況に納得がいった。
「ま、魔眼!? しかもその聖痕の形‥‥‥!?」
アイトは、その眼に心残りがあった。
(エリスの両目の瞳に本で見た聖痕がある! この聖痕を持ってるヤツって‥‥‥!!?)
そして‥‥‥アイトにとって最悪の言葉を、エリスが言った。
「はい。私、勇者の末裔です」
(自分とは真逆の存在来たぁぁぁぁぁぁ!?)
魔眼。それは瞳に聖痕を宿し聖者の証と呼ばれ、魔法とは全く異なる特殊な力を与えるとされるもの。
昔から現在まで言い伝えられている魔眼は3つ。
『勇者の魔眼』。勇者の末裔の証。
『賢者の魔眼』。賢者の末裔の証。
『聖騎士の魔眼』。聖騎士の末裔の証。
『勇者の魔眼』は真実を見抜く力。相手の名前や素顔を見ただけでわかる。
『賢者の魔眼』は魔力の波長を読むことができる。魔法の素質が必ずあると伝わる。
『聖騎士の魔眼』は聖属性の魔力を持つ。聖属性は聖騎士の魔眼を持つ者にしか宿らない。
もしかすると本には乗ってないだけで色々な能力、聖痕を宿した魔眼があるかもしれない。
だがこれだけは言える。アイトが最も関わりたくないタイプの証である。
おそらくエリスには勇者の魔眼によってアイトの正体がバレたのだ。すでに彼はもう後悔してる。
(やばいやばいやばいっ!! 勇者の末裔を部下にするとか、どう考えても平穏とは程遠い状況じゃんっ)
アイトが呆気に取られている間にも、エリスは真剣な表情で話す。
「私が魔眼持ちで勇者の末裔ということはどうか他言無用でお願いします!」
エリスは、意気込んで話す。彼女の言葉の1つ1つが、アイトの顔を青ざめさせるには充分すぎた。
「先ほどアイト様が倒した人は聖者の力を悪用しようとする犯罪組織の1人。最近は静かに暮らしていたのですがつい油断して目の染色魔法が解けてしまって」
「へ、へぇ???」
アイトは、最初に知りたかった事を聞かされる。
「執拗に狙われ続けていたところをアイト様が助けてくれたんです。これからもそのような者たちに私は狙われ続けると思います」
次々と、次々と。
「絶対に信頼できる人以外には話さないでくださいね、絶対に」
(そ、そういえばあの変質者がエリスさんを襲ってた理由、全然聞いてなかったね!?)
あまりにも重すぎる話に、アイトは答え合わせをするように心の中で突っ込む。だがこのままでは話が発展しないと悟り、アイトは重い口を開ける。
「‥‥‥と、とりあえずわかった。でも1つだけ気になる事がある。勇者の末裔なんてすごい人がなんで俺の部下になりたいんだ?」
「それはですね‥‥‥私には分かるんです。アイト様は本名を隠し、髪の色も変えている。そして仮面をつけて顔まで隠している」
エリスの目が、ひときわ輝く。逆にアイトは不安が募り、冷や汗が止まらない。
「つまり、正体を隠した方が都合が良いくらいの何か大きな事を成そうとしている人!」
「いやっ、それはーーー!」
勘違い、勘違い。
「それにあの強さ、この行動力! これはもう、伝説を作る人に違いないです!!」
(いや暮らしのために正体隠してるだけよ!?)
エリスは、止まらなかった。
「これから勇者の末裔として全身全霊で支えていきますので、どうかよろしくお願いします!! 歴史に残る大きなことを成し遂げましょう!!」
「イヤァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
そして遂に‥‥‥アイトは現実逃避の如く悲鳴を挙げ始める。
「アイト様ってば、すごい雄叫びをあげて‥‥‥そんなに部下ができて嬉しいのですね! 私もあなたに仕えることができて、嬉しいです!」
だが、エリスはますます嬉しそうに微笑む。勘違いは、止まらない。
「嫌ァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
「い、いやあああああぁ」
そして、とある山で‥‥‥2人の絶叫が響き渡るのだった。
◆◇◆◇
客観的に見ると、エリスがすごく変な子に見えるかもしれない。いや、実際にかなりズレているが。
だがエリスが頑なに仕えたいと懇願したのには、1つ理由がある。
彼女がアイトに仕えたいと感じたきっかけは助けてもらったから、彼の強さだけではない。
魔眼には、書物には記されていない特性が多くある。その特性の1つに‥‥‥『透視共鳴』というものがあった。
それは自分にとって大きな存在となり得る者に対して一度だけ共鳴し、一瞬だけその者の未来を見ることができるというもの。そう、エリスは見たのだ。
(これはーーー)
アイトが大勢の武装した人の先頭に立つ、まるで英雄のような後ろ姿が。そして、未来の彼も銀髪で仮面を付けている。そう、今のアイトと同じ。
(私を助けてくれたし、この未来‥‥‥私は、この方に仕えるべきかもしれない!!)
このことが、エリスが仕えたいと決めた理由だった。もちろんエリスは、このことを話してしまうと未来が変わる恐れがあるので言わない。
(アイト様‥‥‥いったい何を成し遂げる方なんだろう)
この2人の奇妙な出会いが、組織誕生の最初の一歩となる。