北と西の激闘
交易都市ベルシュテット、北地区。商業施設2階の洋服店。
「私としたことが、ついやっちゃいましたっ」
店員の制服を身に纏う女吸血鬼リベルアは、口に手を当てて割れた窓を見つめていた。
「人間だとあれは致命傷ですね‥‥‥あとで回収するしかないでしょうか‥‥‥まあ死体でも死後間もなければ意識を蘇生させつつ操れますよね♪」
自分に言い聞かせるように呟いたリベルアは、微笑みながら視線をずらす。
「ひと足先に、味見でもしますか〜♪」
視線の先には、床に付着した大量の血。それは言うまでもなくナナの血。リベルアは彼女の血痕の前でしゃがみ込むと、指に血を付着させる。
「なんって良い香り‥‥‥♡」
そして恍惚とした顔で、指を口元に持っていくとーーー。
「あっ?」
リベルアの手首がパックリと割れ、裂け目から血が吹き出した。
「あらあら‥‥‥そんな趣味無いですよ」
口に入ったのは、飛び散った自分の血。リベルアは少し残念そうな顔で、口元に付いた自分の血を拭きとる。
「はあ、はあ、はあ、はあ‥‥‥」
そんな彼女の背後に回っているのは、肩を上下させる銀髪の少女。
「なかなか常軌を逸していません? 普通、そんな手は思いついてもやりません」
そう言って目を細めたリベルアは、自分の手首を切った相手に視線を送る。
「はぁ、はぁ‥‥‥うっさいわね。人の血を舐めようとする化け物がこの私に意見するなっ‥‥‥!!」
視線の先には‥‥‥右手にガラスの破片を握り締めるシスティア・ソードディアスがいた。
「何もう勝った気でいるの!? この勘違い野郎‥‥‥! はぁ、はぁ、まだここにいるわよっ? お前を地獄に送る人間がね‥‥‥!!」
システィアの右手は、ガラスの破片が食い込み血が滲んでいる。
「勝った気というか、一刻も早く味見したい気持ちを我慢できなかっただけですよ〜! ‥‥‥ただ、至福の時間を邪魔されたんでいつも優しい私も少しカチンときてますよ?」
当初は微笑んでいたリベルアだったが今は笑っておらず、睨みつけている。一瞬驚いたシスティアだったが、すぐにガラスを右手に構えて笑い出した。
「ハっ! 都市を乗っ取ろうとするような化け物風情に優しいも怖いもあるか!!」
「いい生意気具合ですねぇ‥‥‥屈服させるのが楽しみになってきましたよぉ!」
リベルアは修復させた手から血の鞭を作り出し、システィアめがけて振るう。システィアは身体を捩って回避すると、力強く踏み出し、接近していった。
「いちいち気持ち悪いんだよ化け物が!!」
「あははっ、光栄ですぅ〜〜!!」
◆◇◆◇
同時刻、西地区。
「うわぁ〜ちょ無理ぃ」
エルジュ戦力序列14位ネルは、対峙する男吸血鬼に愚痴を漏らしていた。再現なく投擲される赤いナイフを、ネルは両手の魔力糸で絡ませる。
「返すぅ」
ネルが両手を振ると、ナイフが逆方向へと飛んでいく。男吸血鬼は一切動かずにナイフを身体で受け止め、体内へと還元する。
「くだらん、その糸を扱うことしか能がないのか」
「血でいっぱい何か作る人がよく言うよねぇ。あ、人じゃなくて吸血鬼か。ねぇ、『きゅうけつき』って言うのめんどいから次からは武器男ってーーー」
ネルが続きを言うよりも早く男吸血鬼(武器男)が接近し、赤く染めた右手の突きを放つ。
「あぶっ」
ネルは魔力の糸を絡めた左手で捌くと、親指から血が吹き出した。僅かに触れただけで、爪が割れたのだ。
「うわっ、いたいよ武器男ぉ」
「黙れっ!!!」
武器男の両手による連続攻撃を、ネルは器用に捌き続けていく。時折、魔力の糸を絡ませながら。
「忌々しいクソ女がっ!!」
「おー怖ぁ」
武器男が繰り出したのは正拳突き。ネルはしゃがみ込んで回避すると同時に、両手を振って糸を絡ませた。
「よいっしょぉ」
そして勢いよく引っ張ると武器男の右腕がーーー引き千切れた。
「なっーーー」
「ごろりんこ」
自分の右腕が宙を舞うことに驚いて動けない武器男に対し、ネルは地面を転がって立ち位置を変える。つまりネルと武器男は今、互いに背中を向けた状態にある。
「んしょぉ」
転がりながら魔力の糸を男の首に絡ませていたネルは、立ち上がると同時に引っ張った。
「がっ!!?」
「うわ硬すぎぃ」
首に絡まった糸が強張り、男は腰を反った体勢で首を閉めまれる。
対してネルは上半身を前屈みにして体重を乗せるように両手の糸を引っ張っていた。
「んぅぅぅぅぅ」
「このっ‥‥‥人間如きがっ‥‥‥!!」
男の首に糸が少しずつ食い込んでいき、血が垂れ始める。
「早く千切れてよぉ」
「お前ごときに、俺の首を落とせるとでも!?」
「落とすしかないでしょぉぉ」
2人は膠着状態のまま、じりじりと時間が過ぎていく。時間経過につれて必死さが増すネルに対し、男吸血鬼は笑っていた。
「よくやったと褒めてやる。人間にしてはな」
その言葉を聞いたネルは、両手の力が抜ける。それどころか、両膝が曲がる。
「ゔぇっ‥‥‥?」
ネルは喉に何か詰まったような呻き声を上げる。いや、実際に詰まっていた‥‥‥そう、吐血していたのだ。
「なんなのぉ‥‥‥」
違和感を感じたネルは視線を下げると、自分の腹に右手が貫通していたーーーそれも千切ったはずの、男の右手が。
「ゔわ。それはずるぃ‥‥‥」
ネルの両膝が地面につき、力が入らなくなる。当然、その間に男は糸の拘束から抜け出していた。
男はネルの腹を貫通していた右手を抜き取り、断面同士をくっつける。すると、溢れ出した血が腕を固定した。
「千切れた腕を操って死角から攻撃。そして即座に修復も済ませる。人間には出来ない芸当だよなあぁ!!」
男は高らかに笑いながら宣言すると、腹を左手で押さえたネルは眉を顰めて呟いていた。
「思ったより必死そうだね‥‥‥人間如きに」
その言葉は、当然聞き流せるものではない。
「黙れ雑魚がぁぁぁ!!!」
激昂した男の回し蹴りが、ネルの頬を捉える。吹き飛ばされたネルは、半壊の建物に背中から激突した。
そして倒れ込んだネルを覆い隠すように、崩れた瓦礫が音を立てて地面に落ちる。
「きっつー‥‥‥」
瓦礫の上に仰向けになったネルは、空を見上げて呟いていた。




