怒りを抑えて
「ーーーうぉぁぁぁぁぁぁ!!!?」
空に響き渡る絶叫。銀髪の青年が、とある場所に落下する。
「っぶな!?」
『天帝』レスタことアイト・ディスローグは、なんとか両足を下に向けて着地する。
「あ、やっぱり来た」
そして頭上から聞こえる声の方を向くと、ひときわ存在感を放つ天使が杖剣を持って立っていた。
「ーーー天使さん!」
『使徒』と呼ばれる伝説の魔法使い、シャルロット・リーゼロッテである。
「とりあえず周りを見て。罠だよ」
シャルロットの忠告され、アイトは立ち上がると周囲に視線を送る。すると、自分たちを取り囲むように多くの人間が佇んでいた。いや、実際には全く異なるもの。
「天使さん、これってーーー」
「うん、ぜんぶ吸血鬼。まんまとやられた」
「クソッ、ふざけやがって‥‥‥」
シャルロットの言葉を聞いた瞬間、アイトは即座に聖銀の剣を抜く。すると1人の吸血鬼が一歩前に立ち、ゆっくりと拍手し始めた。
そして、男としては違和感のある長い黒髪を振り乱し、煽るような笑みで2人を見つめる。
「ようこそおいでくださいました、黒の者よ。正直、条件を満たしてここに運ばれるのは『使徒』だけと思っていましたが」
男はシャルロットを一瞥した後、銀髪仮面姿のアイトを見て微笑む。
「まさか今話題の『天帝』まで釣れるとは。いやはや、嬉しい誤算でしたよ。あなたまで偶然、都市内にいたなんて」
「‥‥‥あ?」
アイトが低く吃った声を出すと、男は嬉しそうに笑う。
「おっと申し訳ありません。あまりのご馳走を前に、はしたない真似を。もしあなたたち2人を仕留めれば、アローラ様からの褒美は格別でーーーぁ?」
突然、首が宙を舞う。これは男が意図したものではない。予想外な声を僅かに漏らした後、絶命した。
周囲の吸血鬼たちも驚きのあまり息を呑む。
「ーーー黙れよ」
問答無用で首を刎ねた、『天帝』と呼ばれる男を目の当たりにして。
「お〜」
そんな中、シャルロットだけは感心した様子で眺めていたが。
「‥‥‥こっちは気が立ってんだよ。勝手な都合でカンナをあそこまで傷付けて、ターナを傀儡にしたあの女吸血鬼になぁ!!」
アイトは完全に怒り狂っていた。カンナとターナを助けたいという一心から、敵であるアローラの用意周到な計画に虫唾が走っている。
今、アイトはかつてないほどの憎悪と殺意を身に宿していた。
「お前らが何をしたいのかは知らないし知りたくもない。聞く気もない。ただ‥‥‥カンナたちを身勝手な都合で傷付けたことは償わせる。後悔させてやる」
アイトは強く柄を握り締めて、周囲の吸血鬼たちを睨み付ける。
「殺す‥‥‥あの女吸血鬼は絶対に殺してやる」
アイトの意識は、2人を守ることにしか向いていなかった。そしてその瞳には、それを邪魔する吸血鬼しか見えていなかった。
「‥‥‥天使さん。あの都市はどっち」
「あっち。でも、かなり距離がある」
「そっか‥‥‥ありがと」
淡々と感謝を述べたアイトは交易都市ベルシュテットの方角を向き、移動しようとする。
「ここを通すと思うかっ、人間!!」
それを当然、周囲の吸血鬼たちは止めようとする。
「ーーーどけ」
アイトは、ただ短く告げた。まるで激昂した獣のような殺気を放つ。
「どけって言ってんだよ!!」
力強く足を踏み出した直後、剣の届く範囲にいた吸血鬼を切り刻んだ。その光景を見たシャルロットは僅かに口角を上げ、アイトの隣に立つ。
「今の君は放っておけない。わたしも手伝う。だから、とりあえず落ち着いて」
「‥‥‥俺は別に、落ち着いてーーー」
言い返そうとするアイトを制するように、シャルロットは額にデコピンをかます。
「痛ッ‥‥‥!?」
額を押さえるアイトに対し、シャルロットは諭すように話しかけた。
「怒りは戦いにおいて重要な要素の1つ。でも呑まれすぎると力は出せないし、判断を誤ることもある」
「‥‥‥」
意地を張って返事をしないアイトに対し、シャルロットは再度その額にデコピンした。
「怒りは大事。でもちゃんと制御しなさい。意識して抑えられないなら、君は野生の獣と同じだよ」
「‥‥‥わかった。ありがと、天使さん」
シャルロットの行動と忠告に、やがて冷静さを取り戻したアイト。その様子を確認したシャルロットは小さく頷いて、杖剣を前に構える。
「じゃあとりあえずここにいる全員消して、都市に戻る算段を立てよっか」
「異議なしっ!!」
2人の物騒な会話が簡潔に終わる。その直後、周囲の吸血鬼が一斉に襲いかかる。
「ーーー邪魔だ」
「怒りを抑えて」
『天帝』と『使徒』。唯一無二の力を持つ2人にとって、下っ端の吸血鬼など造作も無かった。瞬く間に切り刻んでいき、秒読みで数が減っていく。
「前より動けるようになったね」
「今そんな事言ってる場合!?」
人間陣営と吸血鬼陣営。
どちらが勝っても、世界の情勢に大きな影響を与えるのは避けられない。




