今すぐ行くね、お兄ちゃん♡
遺跡内、1階。
「【ムラサキ】」
ミアがハート覆面に紫色の球を飛ばし続ける。
「っぶ!?」
ハート覆面はミアの呪いをかろうじて避け続けていた。
「はあっ、はあっ。魔力が少しも感じられない。まさか‥‥‥呪力?」
「だったら何?」
「こんなところで呪術師に会うとはね」
「うるさい。早く死んで? 【ムラサキ】」
ミアは淡々と呟き紫色の球を再度放出する。
「私の勝ちだ」
すると覆面が笑いながら、魔法を発動。だが両手から白い光が出ただけで、何も起こらなかった。
「最後の悪あがき?」
ミアは嘲笑を浮かべながら、覆面めがけて呪力を飛ばす。弾丸のように飛ぶ紫の呪力球が、覆面に迫る。
「!?」
ミアの攻撃は当たらなかった。覆面がその場から動いていないにも関わらず。
「呪力は本来、人間にには存在しない。だから人間は呪力に耐性がない。呪術が魔法に有効な理由」
「なに得意げに語ってんの? 気持ち悪い」
「ところが、お前はなぜか魔力0のようね。つまり‥‥‥お前は魔力に耐性がない」
「それがなんだっていうの??」
ミアは苛立ちを隠さずに吐き捨てると、覆面が不気味に笑う。顔は見えないが。
「お前は魔法に有利でありながら、同時に不利でもある。それに、呪術よりも魔法の方が色々な工夫ができるわ」
「は??」
ミアはもう一度呪力を飛ばすも、覆面には全く当たらない。
「この程度の幻覚魔法でも、お前には通用する」
覆面が、そのカラクリを自供する。ミアは眉を顰めて呪力を飛ばしまくる。
「黙れっ!!」
だがその後も、ミアの攻撃は全く当たらなかった。
「私がどこにいるのか分からないようね。それに、もう時間切れだよ」
「は??? なに、が‥‥‥」
ミアの口が不自然に止まり、空いた口から涎が垂れ落ちる。
「‥‥‥‥‥‥」
全身に纏っていた呪力が解けて、彼女はその場で棒立ちになった。まるで、催眠術をかけられたように。
ミアの両眼は、焦点が合っていなかった。
「お前の意識に影響するほど、幻覚魔法が作用してしまったようね。せっかくだし、お前が最も愛する者の手で死ぬといいわ」
覆面が嘲笑を浮かべて、魔法の出力を上げる。
「!? お、お兄ちゃん!!」
するとミアは突然、覆面に向いてそう言った。
今のミアは‥‥‥ハートの覆面をアイトだと錯覚している。
「そこに、いてくれよ?」
「? どうしたの?」
覆面がゆっくりと、ミアへ近付いていく。ミアは夢中で話しかけるが、返答しない。
そして、覆面がミアの目前にまで迫る。
「‥‥‥っ!!」
覆面が慣れた所作で腰のホルダーからナイフを取り出し、ミアの心臓を狙う。
「ーーー【シロ】」
「は!!?」
だが次の瞬間‥‥‥背後から突然溢れた白い瘴気に、覆面が全身を拘束される。
ミアの呪力【シロ】は、物体を掴んだり拘束したりできるのだ。
「‥‥‥あ、やっぱり幻覚魔法だった」
そう言ったミアは、目の焦点が戻り始める。
「お前!! どうやって背後から!?」
「足元見てみたら? おバカさん」
覆面が誘導されたように自分の足元を見る。するとそこには。
「!? か、影!?」
明らかに意図的に伸ばされているミアの影から白い何かが出ている。それが覆面の身体を拘束しているのだ。
「やっと気づいたの? 気づくのおっそ。頭悪いねぇ〜。ミア、影を自由に使えるんだ〜。影からでも呪術を使えるの。すごいでしょ」
ミアの呪力は、自分の影すらも動かしてしまう。
「で、ではなぜ幻覚魔法が効いていない!!?」
「あんたの言う通り、効いてたよ。腹立つけどね。あんたがお兄ちゃんに見えた」
「それならーーー」
「でも、お兄ちゃんの姿をしてるだけ」
「‥‥‥は???」
ミアは首を傾げながら、淡々と話し続ける。
「まず匂いと気配が全く違った。話すテンポも0.02秒くらい遅い。声色も少し違った。歩き方も変。あと歩幅も変だった」
そして、当たり前のように理由を述べた。
「ただ、お兄ちゃんと同じ姿をしてただけ。その程度で、ミアを騙せるわけない」
「な、何言ってんのこの女‥‥‥」
覆面が絶句した。魔法耐性のない者に、幻覚魔法が効かないわけないのだ。
なのに、ミアには効いていないように見える。
実際、覆面が考えていたことは厳密には違う。
幻覚魔法は、ミアに効かなかったわけではない。ちゃんと効いていたのだ。ただ覆面がアイトに見えるようにした点だけ、少し異なる。
「やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんだから好き。お兄ちゃんの全てが大好き」
アイトのことになると‥‥‥正気ではなくなる。
効かなかったのではなく元々が正気ではない。つまり、彼女は何も変わらないのだ。
「ば、化け物がっ!!」
覆面は取り返しのつかない失敗をした。
アイトではなく他の人に見えるようにしていれば、幻覚魔法は今もミアに作用していたはずだった。いや、今もミアには作用はしているのだが。
「【クロ】」
ミアは動けない覆面に、黒い呪力を浴びせる。
「な、何をした!?」
「うるさいな。すぐわかるから黙ってて。まあわかると同時に死ぬけどね」
すると覆面の体に付着した黒い呪力から‥‥‥黒い花が咲き始める。
【クロ】は接触した物のエネルギーを吸い取り、その栄養を取り込んで花を咲かせる。
前回ゴブリンたちに使った【クロ】は、地面の栄養を吸って花を咲かせていたのだ。
「薄暗いなぁ」
だが今回は建物の中。大理石の床は地面と違って栄養が無いため、前回のようには使えない。
「吸われる感覚はどぉ?」
そのため、今回は覆面本人の栄養を媒介に‥‥‥黒い花を咲かせている。
「ひっ」
覆面の栄養を吸った黒い花が、どんどん大きくなっていきカタカタと動き始める。その光景に、覆面の恐怖心が増していく。
「そろそろだね。それじゃあ、バイバイ〜♪」
「ま、待って!! 助けてッ!!!」
絶叫する覆面に対し、ミアは目を細めて吐き捨てた。
「アンタの敗因は、女心を理解してないこと。後悔と反省はあの世でしてね? この変態害虫さん?」
「そっ、そんなの女心じゃないっ!!」
「はいはい。最期くらい綺麗に終わろうね♪」
「いやっ、いやァァァァ!!? 誰かァァ!!」
覆面が、恐怖で喚き叫ぶ。
それを華麗に無視しながら、ミアは満面の笑みでこう言うのだった。
「【百花繚乱】♪」
◆◇◆◇
ミアは元々、孤児院出身の子供だった。両親が早くに亡くなり、孤児院に送られたのだ。
今から3年前。ミアが11歳の頃。ミアは多額のお金を受け、養子に出される事になる。
養父は謎の組織の一員だった。彼がミアを引き取った理由は、彼女の素質。
ミアは体内に宿す魔力量が人よりも何倍も多かった。そこに目をつけたのだ。
その組織は魔法以外の力を模索していた。そこで呪いに目をつけた。
呪いは恨みや怨念、つまり感情の強さで呪力が無制限に増していく。魔法のような魔力枯渇が、呪力にはなかった。
ミアの魔力量の多さは、体内に質量を宿す上限量が多いということ。だから呪力に耐えうると思ったのだ。
そこで、彼らはミアに人体改造を施した。
「やめっ、やめてよっ‥‥‥」
まず魔力を吸い取ることを約2ヶ月行うことで、彼女の体からは魔力が全く出なくなる。
次に呪力を発している生物の血液を抽出し、ミアに打ち込んだ。本来人間には呪力が存在しないため、呪力の耐性は全くない。
「ギャァァァァァァァァッッ!!!!!!!」
つまり地獄のような苦しみがミアを襲った。
長時間苦痛で叫び続け、意識が無くなる。それが1ヶ月ほど続いた。
「ぁ‥‥‥‥‥‥」
呪力による苦痛と極度のストレスで、黒髪だったミアは一部が白髪になってしまった。
結果、ミアの体は呪力を宿すようになっていた。人体改造は、結果だけを見れば成功。
「‥‥‥死ねっ。みんな死ねッ!!!!」
しかし呪力を宿したミアは彼らをを襲った。予想よりもはるかにミアの呪力は底なしだった。
数分暴れ回った後にミアは意識を無くした。
彼らはもう手に負えないと察知し、ミアを失敗作だと認定。
近くの迷宮の奥深くにミアを拘束した。殺さなかったのは、殺した場合の呪力暴走が恐ろしいため。
「‥‥‥‥‥‥」
ミアは呪力封印の手錠をかけられ、両足に足枷をかけられ放置された。手錠のせいで呪力が使えないミアは、そのまま死ぬはずだった。
「‥‥‥‥‥‥」
ところが、ミアは呪術の素質もあった。
少しずつ自分の影を伸ばせるようになった。その影が、迷宮内にいる魔物たちを取り込む。
「‥‥‥‥‥‥」
その栄養を糧にして、ミアは生き長らえていた。魔物の栄養は膨大で、ミアの体は年齢に反して、大きく成長していった。
そんな過酷な日々が、1年半ほど続いた。
そして、今から1年3ヶ月前。
「うおっ!? なんだこれ!?」
アイトは宝石集めで偶然、ミアがいる迷宮に潜り込んでいた。もちろん変装した状態で。
「ここのギミックか!? 初めて見るぞこんなのっ!!」
アイトは迷宮内に湧き出る黒い物体が何か理解できずにいた。
「ここが最後のフロアか。失礼しま〜す」
そしてアイトは、最悪の階層に辿り着いた時。
「ヴゥゥゥ〜!!!! あぁぁぁぁ!!!!」
ミアが敵だと察知し、近くに影を呼び戻して呪力を飛ばしまくる。
「うわさっきの黒いやつ!! ていうか奥に女の子いるじゃん! なんでこんな所に捕まってんの!? この絵面は道徳的によろしくない!!!」
アイトは必死に呪力を避け続け、ミアの元へたどり着く。
「【鍵】」
アイトは【打ち上げ花火】や【線香花火】など、実用性がなさそうな魔法を多く作ってきた。その経験により、魔力操作が桁違いに上手くなっていた。
「いけるはず」
だからミアの手錠と足枷に合う鍵すら、魔法で作ることができた。本人はこの凄さに全く気づいていない。
「よし、開いた!!」
アイトは‥‥‥ミアの手錠と足枷を外す。呪われた彼女を、解放するように。
「‥‥‥ぇ」
ミアは驚いて、何も声が出ない。自由に動く手足に、これは夢かと錯覚するほどだった。
「休まないと!! あ、お腹減ってる!? すぐに外出ようか、歩けそう?」
「‥‥‥」
ミアは他者のことを信用できずにいた。人体実験をやられては、無理も無い。
ミアは声を出さず、首を横に振る。
「わかった。それじゃあ失礼!」
「ぇ」
唖然としたミアは抱き抱えられ、迷宮の外へと連れ出されるのだった。
迷宮の外。
ミアは約1年半ぶりに、日の光を浴びた。日光があまりにも眩しく、両目を呪力で覆って少しずつ慣らしていく。
「‥‥‥ぁ、ぁの」
「とりあえず宿屋に行こう!」
ミアは連れられるまま宿屋に直行。まだ歩けなかったミアは風呂に入れられ、アイトが昔着てた服を着させられ、更に食事まで与えられる。
「ぁ、ありがと」
ミアは怯えながら感謝を告げ、久しぶりのまともな食事に感激していた。
「あの迷宮でいっぱい収穫あったから、気にしなくていいよ」
「は‥‥‥」
「宝石宝石〜♪」
意気揚々と宝石を眺めるアイトに対し、ミアは視線が外せない。
「あ、もしかして顔を合わせて話すの恥ずかしい?」
「‥‥‥うん。この髪、見られたくない」
ミアは顔を下げて、恥ずかしそうに両手を添える。白と黒がまばらになっている自分の髪の毛へ。
「え? 俺は綺麗でオシャレだと思うけど」
「ぇ」
ミアは耳を疑った。耳の機能が壊れているんじゃないかと。
「センス良いじゃん! この世界だと全然あり!」
「え‥‥‥?」
だが、けっして聞き間違いではなかった。
そんなこと言われると思ってなかったミアは、目を見開いて驚く。
「だけどミアが気にするなら、これあげる」
アイトが【異空間】から黒いフードを取り出して、ミアに渡した。
「い、いいの‥‥‥?」
「変装用に買ったけど全然使わなかったし、ミアが気になるなら付けて!」
ミアは黒いフードを身につけて被ってみる。すっぽりと頭が入り、程よい暗闇が少し落ち着く。
「それならあまり見えないだろ?」
「‥‥‥うん、ありがとう」
ミアは嬉しかった。人に優しくしてもらえたことなんて、今までなかった。優しく気にかけてくれるが、追及はしてこない。
そんな素朴な優しさが、ミアにとっては心地良かった。
(こんな人‥‥‥初めて)
鎖を解いて外に連れ出してくれた。自分が気にしていた髪を、綺麗だと褒めてくれた。
話していてとても楽しく、安心する。ミアはどんどん、彼に惹かれていく。
「な、名前。なんて言うの‥‥‥?」
「俺?‥‥‥レスタ、君は?」
今と変装していたアイトが、いつもの名前を話す。
「‥‥‥ミヤ」
彼女は、小さい声でそう言った。
「ミアか! よろしく、ミア!」
「え‥‥‥」
一瞬訂正しようと思った。
だが今まで人体実験をしていた彼らに呼ばれ続け、自分の名前が嫌いになっていた。
(ここから、やり直せるかも‥‥‥ミアとして)
だから聞き間違えたアイトに、新しい名前をくれたようで嬉しかった。
「‥‥‥うん! よろしくね、お兄ちゃん!」
ミアは、花が咲き誇ったような笑顔で話す。
「お、お兄ちゃん??」
アイトの事を、完全に信頼していた。
頼りになって自分より年上で優しく、カッコいい。まさに理想の兄だと感じたのだ。
「だ、だめ‥‥‥?」
「いや、まあ大丈夫‥‥‥呼ばれ慣れてるし」
アイトが言ったのは、妹のアリサの事である。当然ミアはそんなこと知らず、笑顔で抱き付く。
「それならいいよね! お兄ちゃん♡」
「‥‥‥早く慣れないとな」
これが、ミアの初恋となった。
それからアイトは歩けないミアを抱えて、『ルーンアサイド』の本拠地へ辿り着く。
「それじゃあ、俺はこれで。またな、ミア」
「うんっ! 本当にありがとうお兄ちゃん!」
アイトを笑顔で見送ったミアは、黒いフードを深く被る。そして、座り込んだままラルドと対面した。
「お兄ちゃんの役に立ちたい。近くに居られるなら、なんだってやる」
「‥‥‥わかった。だが、過酷な道だぞ」
「障害があるから恋は燃えるの」
「は?」
そして、ミアの新たな生活が始まった。
まずは‥‥‥歩けるようになる事。最初が最も過酷な日々となる。
「ふんっ‥‥‥ぬぅぅッ!!」
アイトと並んで歩きたいという理由でリハビリを続けた結果。ミアは短期間で歩けるようになった。
訓練生として、またも大変な日々が続く。
「お兄ちゃん‥‥‥ミア、がんばるからね」
訓練が苦しくて辛い時は、アイトがくれた黒いフードを抱き締めた。
「やった‥‥‥やったよお兄ちゃんっ‥‥‥!!」
そして、彼女は序列6位にまで上り詰めた。
ミアの呪いは、組織で唯一無二の存在。
「お兄ちゃんに会えてよかったッ‥‥‥ミア、今が1番幸せ」
壮絶な過去だったが、今は幸せいっぱいで生活している。
◆◇◆◇
「こいつのせいでお兄ちゃんと離れちゃったしっ‥‥‥ああぁぁぁ腹立つッ!!!」
ミアは黒い花たちに串刺しにされ、死んでいる覆面を見ながら不満を漏らす。
「でもミアがんばったから、褒めてくれるかも!! 今すぐ行くからね、お兄ちゃん♡」
情緒が安定しないミアは、恍惚としながら階段で地下を目指すのだった。
「お兄ちゃんっ、お兄ちゃん♪」
そして誰がなんと言おうと‥‥‥彼女は今、幸せの絶頂期にいる。




