都市内最大の商業施設
交易都市ベルシュテット、北地区。
(ここが明らかに怪しいわね‥‥‥)
アステス王国諜報機関『月蝕』所属の諜報員、ナナ。
彼女は最も大きな商業施設に足を運んでいた。図書館で交易都市の歴史を調べたことで、2つのことを理解したのだ。
1つ目は、この都市内の市長は昔の人ほど記述が意図的に少なくなっていること。
2つ目は、都市内の中で最も早く作られた建物は、今彼女が足を運んでいる都市内最大の商業施設であること。
そのことから、ナナは怪しいと踏んでその商業施設を調べているのだ。
(調べるなら今ね)
今は都市内で2大イベントを行っているためか先日よりも人が少なく、施設内は少し寂しさを醸し出している。だが逆にそれが大胆に動く機会だと、ナナは察知して行動していた。
施設内の見取り図によると1階から3階まであり、各階のフロアで販売の分野が変わる。主に1階は生活用品、2階は服、3階は魔導具。これだけでは特に怪しい点はない。
(‥‥‥私の目は誤魔化せないわよ)
だが、彼女には何かが見えている。
1階の生活用品エリアを通り抜け、階段を登って2階へ上がる。
そして服を試着するフリをして、とある試着室の中へ入っていく。もちろん他者に見られぬよう、カーテンは全部閉めて。
(ここね)
ナナは試着室の壁を触っていく。そして何か違和感を感じた箇所を押し込むと‥‥‥一部の壁が抜けて、その先には階段が続いていた。隠し階段である。
(なるほどね。これだと普通の客は気付かない)
今の彼女は、まるで探偵そのもの(偽物だが)。音を立てないようゆっくりと降りていく。
(‥‥‥これ、1階よりもかなり下にある)
その階段は、彼女が少し呆れるほど長かった。既に1階よりも下、いわゆる地下に該当する場所であるのは確実だった。
そしてついに見えてきた扉を、彼女が開ける。そこにはーーー。
「‥‥‥っ、悪趣味ね」
暗いはずの地下は怪しい光が照らしていて、幾つもの樽が置かれている。そして、その樽から‥‥‥生臭い匂いが鼻を突き抜けた。
そして真っ先に視界に映ったのは、長い机の上に置かれているワイングラス。それは真ん中の下あたりまで赤く濁っており、少し前まで使用していたことが伺える。
だが、そのグラスからは赤ワインの芳醇な香りは一切しなかった。まるで洗っても取れないような、ドス黒くて真っ赤なーーー。
「っ〜〜〜!!! っ〜!!!」
すると、ななの耳に籠った呻き声が入る。すぐに警戒体勢に入って、音の出所を確認する。
そしてナナは、幾重にも重ねられたワイン樽に目を付けた。
ナナは崩さないように少しずつ樽をどかしていく。樽の中身は何も入っていないどころか上下に穴が空いており、簡単に持てるほどに軽かった。5、6個動かすと、ナナは目を見開く。
「〜〜〜っ!!! ふぁふへへふれっ!!」
壮年の男性が、猿轡をされて拘束されていたのだ。しかも、ナナは彼に見覚えがあった。
「ーーーまさか、前の市長‥‥‥?」
ナナが声を漏らすと、男は必死に首を縦に降って肯定を示す。
ナナは驚きを隠せなかったが、それでも男の拘束を解くことに成功した。
「た、助かったっ‥‥‥ありがとう」
「いったい、何が起こってるの? 市長のあなたが、なぜ拘束されてーーーっ」
聞きたいことが山ほどあったが、それは叶わなかった。地下へ近づく足音が聞こえ始める。
「っ!? 今はとにかく隠れて」
「あ、ああ」
2人は急いで近くの棚裏へ身を挟める。ナナは男に身動きを取らないように忠告し、入って来た者の様子を伺う。
扉を開けて入って来たのは白いシャツを着た、店員らしき若い女性。
「あ、あいつはっ‥‥‥」
男は無意識に出た自分の発言にも気づかず、僅かに身体を震わす。
「あの女のこと、知ってるの?」
ナナが即座に小声で聞き返すと、男は頷いて口を開いた。
「私を拘束した女の仲間だ。この都市は今、奴らに乗っ取られているッ」
「ーーーまさか、吸血鬼なの」
ナナが早口で言うと男は驚いた顔を浮かべ、やがてはっきりと頷いた。
「この倉庫は、おそらく捕らえた市民たちの血を保管している場所だ。な、長い間ここに囚われていたから嫌でも分かる」
「血の保管‥‥‥樽の中身ね」
ナナが納得したように呟くと、市長が顔を青ざめて震え始めた。
「そ、そうだ。その行いが‥‥‥目に焼き付いて離れないっ!」
「ちょっ、声が大きーーー」
ナナは、潜めていた息を盛大に吐くことになる。
「っ!?」
突如、棚裏を潜り抜けて来た血の鞭が彼女を襲う。
「避けてっ!!!」
ナナは男を突き飛ばした後、咄嗟に飛ぶような前転で回避する。背後にあった棚裏は音を立てて粉々に崩れ落ちた。
その様子を見た店員は、まるで営業スマイルを対峙するナナに向ける。
「お客様、どうされましたか? こんな所まで足を運んで、迷子でしょうか?」
白々しい店員の言葉を聞き、ナナは前市長を守るように前に立つ。
「市長さん、早く逃げて」
「だ、だが君はーーー」
「早く!! 邪魔よっ!!!」
ナナは後ろ手に前市長を突き飛ばし、階段を上がって逃げるように促す。
「‥‥‥す、すまない!!」
彼女の意思を感じ取り、前市長は階段を駆け上がっていく。
「あはっ、隙だらけ♪」
だが店員がそれを見逃す筈がない。指先から狙い澄まして、血の弾を飛ばそうとする。
「どこが?」
次の瞬間、ナナが店員に詰め寄って裏拳を繰り出していた。店員の手のひらにぶつけることで、指の照準を外させることに成功する。
この時点で、地下室にはナナと店員の2人にしか残っていなかった。
「大した度胸ですね、尊敬しちゃいます」
「吸血鬼に尊敬されてもね」
「あら、それも知られていましたか」
そう呟く女店員は、少しも動揺していなかった。
「もう完全にこの都市の謎は解けてるわ。市長を捕らえてその座を奪い、この都市を支配していたのね」
ナナは揶揄うかのように挑発しながら、その裏では右手にナイフを持っていた。店員は少し面食らいながらも、すぐに微笑んだ。
「本当に強かな女性ですね。私が男でしたら一目惚れしていたかもしれません♪」
「吸血鬼にもそんな感情があるのね」
「あら、私にも名前はありますよ? 私はリベルア。アローラ様の配下です。吸血鬼だって、楽しく生きてるんですから♪」
ナナが強気な発言に対し、女店員は微笑みを崩さずに自身の長い茶髪に手を伸ばす。そして彼女は髪の中から、結晶を取り出す。
「アローラ様、市長が逃げました。なので、もう始めてもらえると助かります♪」
そして、リベルアは笑顔で合図を送るのだった。




