私の価値は、眼だけじゃないのっ!
地下2階。
「やあ!!」
「はっ!!」
カンナと覆面の声が上がる。覆面の攻撃をカンナは捌いて反撃を行う。その反撃を覆面が対処するという状態が継続していた。
「その、剣はどうやって、形状化した!!」
「ヒミツっ! 私だけの武器だもん! 私自身の武器だもんね!! あ、今の言う必要なかった!!」
「何言ってんだ!!!!」
覆面がナイフを横薙ぎに振るとカンナはそれをしゃがんで避け、覆面の足元に剣を振る。
覆面がそれを察知してジャンプするがカンナは右手に剣を構えたまま振らなかった。カンナによるフェイクだったのだ。
「やっ!!」
「グッ!?」
カンナは立ち上がって跳躍している隙だらけの覆面の腹に左手でパンチ。
覆面がカンナの拳で吹き飛ばされるが、なんとか着地には成功した。絵面的にはすごくシュールな攻防だった。
「え〜? 今ので決まらないか〜! 君、とっても頑丈だね!」
「俺が女のひ弱なパンチなんかで倒れるわけがない。負けるはずがねえんだよ!!」
「あ、男女差別だひどいひどい!それなら女性代表として勝たせてもらうからっ!」
「やってみろぉ!!!」
覆面がカンナに向かって突進する。その瞬間。
「うにゃ!?」
カンナは素っ頓狂な声を上げた。覆面のスピードが急激に上がりカンナの目前に迫ったからだ。覆面はカンナの剣を素早く弾き飛ばす。カンナは急な攻撃に対応できない。
そしてカンナは覆面に首を掴まれ持ち上げられる。かんなの両足が地面から浮く。
「うっ‥‥‥」
「はっ、これで終わりだ」
カンナはどんどん息苦しくなっていき視界がボヤけ始める。いや意識すら無くなり始めていた。
(ーーーそういえば、こんな時に君は助けてくれたっけ)
「ーーー【照明】!!」
カンナの両手から目が痛くなるほどの光が飛び散る。
「ぐわっ!!!」
覆面はその光で目が眩み思わず両手で目を覆う。カンナが覆面の拘束から脱出した。
「ゴホゴホッ!!はあ、はあ‥‥‥またレスタくんに助けられちゃった」
瞳が少し濁ったカンナは酸素を取り込みながら独り言を言う。
「小癪なまねを!!! ‥‥‥!?」
覆面は視力が回復するとカンナの両目を見て変化に気づいた。
「目の色が少し澱んだ? ‥‥‥まさか、その眼はっ、【無色眼】!?」
「あ、バレちゃった。それじゃあもういらないやっ!」
カンナは付けていたメガネを外して投げ捨てる。
「ハハハっ、まさか希少物に会えるとは!生け捕りにすれば大出世だ!」
「はぁっ。やっぱりこんなやつが多いよね。レスタくんや黄昏、いや『エルジュ』のみんなと出会えた私は、とっても幸せなんだ」
「何ボソボソ言ってんだ!」
覆面がカンナに迫り寄る。覆面のナイフをカンナはヘアゴムの形状をショートソードからナイフに変化させて迎え撃つ。
「はっ、俺の技を模倣しようってか!?いいぜしてみろよ!!」
カンナは左手にナイフを持って前に突き出す。
覆面はそれを横に向いて避ける。その直後にバチンっと音が鳴る。そして次の瞬間。
「ぐあっ!?」
覆面の脇腹にカンナの右拳がめり込んだ。
「やあああっっ!!!」
カンナが拳を振り抜くと覆面は後ろに吹き飛び床に倒れて悶絶する。これで勝負は決まった。
「作戦大成功〜!女性のみんな、仇は打ったよ!」
カンナは変装の一部だと思っているポニーテールを揺らしながら喜び、右手の【血液凝固】を解除した。
カンナは左手に持ったショートソードをナイフに変化させて覆面の意識を向けた瞬間、右手に【血液凝固】を発動。
バチンっと音がしたのは【血液凝固】を右手に施したからだ。
カンナは腕力でみると黄昏の中で上位に入ることはないと自分でも認めていた。
完璧超人で勇者の末裔のエリス。
元暗殺者のターナとミスト。
水使いアクア。
呪術師ミア。
脳筋のカイル。
銃使いのオリバー。
毒使いのリゼッタ。
鞭使いのメリナなど、実力に長けた者が大勢いる。
でも腕だけに集中して【血液凝固】を施せばあまり腕力に自信がないカンナでも、相手にダメージを与えられることは訓練で実証済み。
相手は模倣すると思い込んでおり、それにさっきのやりとりでカンナの打撃の攻撃力は高くないと思っていたため彼女の右手を意識してはいなかった。
「私の価値は、眼だけじゃないのっ!」
悶絶している覆面にはその声が全く聞こえていなかった。
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カンナは幼い頃、宗教集団の1人に養子として迎え入れられた。そして次期教祖候補になっていた。理由は簡単、無色眼を持っていたからだ。
カンナは10歳になるまでその宗教集団のことを悪だとは思っていなかった。自分は何もしていないのに食事は豪華、みんなが自分を勝手に慕ってくれる。
幼かったカンナは自分が特別なのだと感じ、喜んだ。
だが12歳のある日。カンナはとある一件により、今の違和感に気づく。
そしてカンナは気づいたのだ。自分の眼が目的で迎え入れたことを。自分の力を悪用して悪事を働こうとしていることを。
カンナは集団から逃げるために少しずつ準備を進めた。自分の力について試行錯誤し、探索もする。
それから3年が経ち15歳になった日、カンナは逃げ出した。
成人になったためもうすぐ何かされると思ったのだ。必要以上に追いかけてくる集団をなんとかコピーなしで振り切った。
カンナは自分の銀髪に染色魔法をかけた。選んだ色は黒。
これからは、正体を隠して生きていこうと決めた。
だが数日後に集団の1人の男がカンナに気づいて襲いかかる。カンナは対応できなかった。
思い切り腹を蹴られてうずくまり、男がカンナの首を掴んで持ち上げる。カンナはどんどん息苦しくなっていく。
(ど、どうしよ‥‥‥だ、誰か‥‥‥)
カンナは抵抗する体力を削られ、意識がなくなる寸前。
「【照明】!!」
そのような声が聞こえるとカンナの首を掴んでいた腕が離された。男は目を押さえて苦しんでいる。自分の背後から凄まじい光が出たようだ。
カンナはその場に倒れ込む。動く力は残っていなかった。でと一瞬だけその光を発している人の方を見る。
すると目を押さえていた男が急に吹き飛び、凄まじい落下速度で叩きつけられていた。それをやったのは光を発していた銀髪仮面の男だった。
カンナが男を倒した相手に身構える。
「大丈夫?」
相手の声を聞くと集団で聞いたことがない声だとわかり、カンナは構えを解いて力が抜けたようにその場に座り込んだ。
「よかったぁ〜。違う人だったぁ〜。助けてくれてありがとう」
カンナは相手に礼を言う。
「君、誰かに追われてるの?」
「まあね。詳しくは離せないけど大勢に追われてるんだ」
「‥‥‥大勢に追われるなんて君、何者?」
「‥‥‥」
カンナは自分の目のことを教えるわけにはいかなかった。まだ信用できると決まったわけではなかったから。
「言いたくないなら言わなくていいよ。俺は宝石集めてたついでに遭遇しただけ‥‥‥って!」
「??」
「君の目の色、すごい綺麗じゃん!まるで宝石みたい!!」
銀髪仮面の男はカンナはそう言われて動揺した。もしかしたら無色眼のことに気づかれたかもと思った。
「‥‥‥そう?」
「羨ましいな〜!」
「‥‥‥!!!」
カンナはその発言を聞いて今までの鬱憤が爆発した。
「代われるのなら代わってあげたいよ!!!!」
「え、どうした?」
「こんな目いらない!!この目のせいで私は自由に生きられない!!!」
「意味わからない宗教集団の大司教にされかけて執拗に追いかけられて、もう正体を隠して生きていくしかないの‥‥‥私は、自由に生きたいのっ!!!」
カンナは涙を溢れさせて叫んだ。
「‥‥‥その目、何かあるのか?」
「まだ気づいてないの!?【無色眼】だよ!!」
「え? 無色眼? ごめん知らない」
「え‥‥‥??」
カンナは素っ頓狂な声を出す。まさか本当に目のことを知らない人がいるとは思わなかったのだ。
「う〜ん、【魔眼】なら知ってるし見たことあるけど【無色眼】‥‥‥は知らないな」
「はっ?」
「でも、そんなのどうでもよくね。魔眼でも無色眼でも、何も無くても眼は目だろ」
「はぁ‥‥‥???」
カンナは何を言われてるか言葉では理解しているが頭が理解できずにいた。
「魔眼を持ってる奴と知り合いだけど、別にそいつはそんなこと気にしてないし、むしろ自分の力だって誇りに思ってる」
「誇り‥‥‥?」
カンナは、理解できないと言わんばかりに呟く。
「たぶん君がその眼を持ってなかったら多少なりとも魔眼や無色眼を羨ましいと思うんじゃない?」
アイトは、あっけからんと答える。
「俺は魔眼を羨ましいと思ってるし。そう言うの『ないものねだり』って言うんだ」
「ないものねだり‥‥‥?」
カンナが反芻すると、アイトは頷く。
「そう。自分の眼のせいにしたらダメだ」
まるで諭すように言われたことで、カンナは内心腹が立った。
「‥‥‥これを見てからでも同じことが言える!?」
「え、いったいなにをーーー」
「【照明】!!!!」
突如、カンナの両手から凄まじい光が飛び出す。そう、それは先ほどアイトが使った魔法。
「うお!?」
銀髪仮面の男はその光で目を眩ませたようだ。
カンナはさっきの銀髪仮面の動きを模倣して走り出す。そして銀髪仮面を蹴り上げようとする。
「え!?」
だがカンナの足は掴まれて地面についてるもう一本の足を銀髪仮面の足に払われてその場に倒れ込む。
「な、なんで‥‥‥」
「いや自分の魔法だから対処方法はわかってる。なるほど、これが【無色眼】の能力ってわけか」
「そ、そう! どう!?」
「いや、どうって言われても‥‥‥すごいとは思うよ。やっぱり魔眼と同じで羨ましい。でも模倣そのものが強いとは思わないな」
「ば、バカにしてる!?」
「いや俺の技を俺にぶつけて対処されてるし。模倣したせいで不利になったら意味ないし」
アイトは悪びれもなく思ったことを言い放つ。
「そもそも模倣なんてできなくても大抵の魔法は魔導書から先人の魔法を『模倣』してるようなものだし」
「そんなとただの屁理屈でしょ!?」
カンナが怒りに駆られて突っかかると、アイトは当然のように頷いた。
「そうだよ。ただの屁理屈。でもそう考える人もいるってことだよ。俺とかな」
「っ‥‥‥」
「それに君は俺がその眼のことを知らないこと、興味なさそうなことに腹を立ててただろ?」
「はっ?何を、言って」
カンナは、無意識に動揺した。
「それが答えなんじゃないかな?君は、自分の眼が好きなんじゃないか?」
「あ‥‥‥」
カンナは思わず声を上げる。ようやく気づいたのだ。自分の眼を評価されないことに対して腹を立てていたことを。
「自分に素直になった方がいい。じゃないと、ずっと後悔すると思う」
銀髪仮面はそう言った。まるで、カンナの本心を鷲掴みにするような言葉を。少し声のトーンが下がっていたのはカンナの勘違いだと思った。
「‥‥‥いいのっ? 私、素直になっても、いいの?」
気付くと、カンナは泣きそうになりながら銀髪仮面に言う。
「俺に聞く必要ないだろ。君自身の人生なんだから。君が誰かの人生を決める権利はないし、誰かが君の人生を決める権利もない。自分の思った通りに生きればいいんじゃないか?」
「‥‥‥っっ!!!」
彼の言葉に、カンナは心の霧が晴れていく感じがした。
カンナは今まで自分に対して自己嫌悪を抱いていた。自分の眼は特別だと自慢したいけどこれまでの人生は眼のせいだと責め続けていた。
自由に生きたいと言いつつ、自由に生きても良いのかとずっと悩んでいた。
自分の眼が好きなこと、自由に生きてもいいことに気づいたカンナは涙が止まらない。ついでに鼻水も。
「‥‥‥うんッ、そゔずるッ‥‥‥わだじ、じゆゔにいぎだいっ‥‥‥ありがどゔッッ!!」
カンナは涙を鼻水で顔をグチャグチャにしながら笑顔で立ち上がって、銀髪仮面に向き合う。
「わだじはカンナ!! 君のっ、名前は!?」
「え‥‥‥えっと、レスタ」
「ありがどうレスタくん!それからさっきは襲ってごめんなざいっっ!」
服の袖で顔を拭いたカンナは、勢いよく頭を下げる。
「‥‥‥え、何が?」
アイトはカンナの謝罪にそう答える。だが、カンナは一向に頭を上げようとしない。
「ま、まあさっきのは気にしてないから。それよりもカンナの新たな出発を記念して‥‥‥僭越ながら俺からのプレゼントだ!」
「え?」
アイトは左手の指で輪っかを作り、その穴に右手の指を通して準備が完了する。
「【打ち上げ花火】!!」
アイトの手から放たれた魔法は上空に打ち上がり‥‥‥綺麗な火花が咲き乱れた。
「うわ〜!! 綺麗っ!! すごい!!」
カンナは初めて見る花火に魅了される。
アイトはターナ戦で使った打ち上げ花火は光が凄まじいことを学習して改良を続けた。そして今回は立派で綺麗な花火を打ち上げることができたのだった。
「ありがとうレスタくん!!すごかったよっ!!」
「いや〜それほどでも〜‥‥‥あ」
「? どうしたの?」
「‥‥‥今ので、知られたかもしれない」
「!! いたぞ! カンナ様だ!!!」
アイトがそう言った瞬間、カンナを探す宗教者に見つかった。
「あ!!! やばっ!!?」
「カンナ逃げるぞ!!」
「え!? わあっ、ちょっ!」
カンナは突然抱き抱えられ、顔を真っ赤にして驚く。
そしてアイトは、風魔法を応用した【飛行】で空を飛んで逃げる。
「わぁ〜すごいっ!レスタくん、こんなこともできるんだ!」
カンナはお姫様抱っこされてる状態で、目を輝かせる。
「まあ教えてもらったから」
「それじゃあ、これから私に教えてね!」
「‥‥‥ん??」
首を傾げるアイトに対し、カンナは歯を見せて笑う。
「私決めたの‥‥‥私、君についていく!」
「え」
「君となら楽しくなりそうって思ったんだ!自分の意思で決めた、君についていきたいの!」
「は!? で、でも」
「レスタくんが言ったんだよ?自分の意思で決めろって。だから決めた!これからよろしくねっ?」
「ちょ、ちょっと落ち着こう!?」
「そう言うレスタくんが落ち着いてないよ?『自分の思った通りに生きていけばいい』って!」
カンナは顔を寄せて、満面の笑みを見せる。
「あんなこと言っておいて、まさか私の提案断らないよね!」
カンナは、嬉しそうに話していた。
「‥‥‥これは一本取られたな。俺の負けだ。つまり俺の部下になりたいってこと?」
「ち〜が〜う!友達になりたいのっ!君のために、自分のために行動したいの!」
アイトは過去にあったエリスやラルドの一件ですっかり部下になりたいと言ってきたのだと勘違いしていた。
「そ、そうか。それならエリスやラルドも歓迎してくれるだろうな」
「え、誰っ? もしかして君の友達っ!?」
「ま、まあ話せば長くなる、マジで」
「教えてっ、君のことならなんでもっ!」
カンナは、眩しいくらいの笑顔になるのだった。
この後アイトは、カンナを連れて『ルーンアサイド』の本拠地に向かう。これが今から1年前の出来事。
その1年でカンナは訓練を受け、実力を評価され序列3位に選ばれた。訓練生のみんなとの日々はとても楽しくて幸せだった。
立場的にはアイトの部下だが、カンナは部下になったつもりは全くない。アイトのことは今でも友達だと思ってる。また組織のみんなのことも。
髪の色を元に戻すことを忘れていて数ヶ月の間、黒い髪のままだったのはカンナ自身の数少ない恥ずかしい話の1つだった。
カンナは今、自分の人生に色がついている。
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カンナは右手に持ったナイフを、相手に突きつける。
「ま、待ってっ‥‥‥殺さないで」
「? 悪いけど、殺すよっ?」
そして、少し申し訳なさそうに宣言する。彼女の眼は何を考えているか分からない。
「や、やめて!!」
「君は私のことを殺す気だった。今は知らないけど。じゃあ私の意思も通させてもらうから」
「ヒッ!!!?」
「好き勝手に行動するのは大いに結構なことだけど、自分もされる覚悟ないならしない方がいいよ」
カンナはあっけからんと話しつつ、ナイフを近付けていく。
「別に組織の活動を止めろとは言わないし、言えない。個人の自由だしね。でもそれを止めたいと思う私の気持ちも、同じく自由だよね?」
そう呟いたカンナは床に倒れている覆面の心臓の位置に、躊躇なくナイフを突き立てた。
「グアッッッ!!!?」
直後、響く断末魔の声。カンナの両手には僅かに返り血が付着する。
「これがその第1歩。ごめんね」
カンナは謝りながら覆面の胸からナイフを抜き、血を払ってヘアゴムに戻す。
そしてそれを自分の手首に付けた。そして覆面に目を瞑って黙祷する。
「こういう世界なんだよ。分かって」
やがて黙祷を終えて立ち上がると、階段から誰かが降りてくる音がした。
「あ〜もう! 紫女、早く行くわよ!」
「そう、だね、ミアちゃん」
「あ、2人とも無事だったんだっ!よかった〜!」
カンナは、ミアとリゼッタの方へ勢いよく走り出す。
「ちょ!? 離れろ銀髪女!!」
「カンナ、苦、しい」
そして、2人に飛びついて抱擁するのだった。