メルティ商会の出張販売
北地区。
武器屋、防具屋、服屋、道具屋などがまとめられており、一通りの物は大体揃う。だが、北地区の魅力はそこではない。
北地区には交易船が出入りする港が設備されているのだ。そのため港近くの市場では多くの出店が営業しており、その日しか食べられない名物、買うことができない特産品が多数ある。
北地区は、交易都市ベルシュテットの要と言っても過言ではない。当然、多くの人が自然と北地区に集まる。
「こちら『メルティ商会』の出品になりまーす! ここでしか手に入らない特注ドレスにアクセサリー、小物に靴など販売しておりまーす!」
「販売してますー」
「メルティ商会の系列『マーズメルティ』で大人気なシフォンケーキ、クッキーもあります! ぜひ試食だけでもどうぞ〜!」
「どうぞー」
多くの出店の中で、2人の女性店員が出張販売していた。主な客層を女性に絞っている分、偏りはあるが着実に売り上げを出している。
「え、これほんとに無料で食べていいんですか?」
「はい! お客様に合った物を選んでいただきたいのが、メルティ商会の信条です!」
「見ての通り、はぶぇられますよー(もぐもぐ)」
特に、お菓子類の売り上げが右肩上がりになっていた。それはメルティ商会の戦略。
試食してもらうことでどんな物か知ってもらう。その場で食べてもらうことで客の反応を得られ、もし購入してもらえれば評価はうなぎのぼり。
そもそも無料で一口食べられるだけで満足感があり、それを見ていた他の客も自然と集まる。足を運んでもらうだけで、ただ店の前を横切るだけでは客の目につかなかった商品を見てもらえる。
交易都市ということもあって、その効果は絶大だった。
(さすが天帝様っ! 完璧な商売戦略!! 仮面の下の素顔、いつか拝見したく‥‥‥!!!)
そんな荒れ狂う感情をニコニコ笑顔で誤魔化す女性店員。彼女の正体はエルジュ戦力序列第19位、ディルフィ。
両肩にかかる髪を2つに纏めた黒髪おさげであり、メガネをかけている。性格は至って真面目でしっかり屋さん。
そんな彼女は最近の活躍を組織内で評価され、売り上げ貢献のために交易都市で販売を任されていた。
「おいふぅい、ですよー(もぐもぐ)」
「ーーーってなに勝手に食べてるのっ!? 店員が食べてるのなんて見たことないんだけど!?」
隣から聞こえる咀嚼音でディルフィはようやく夢心地から強制解除され、食べる相方を即座に注意した。
「毒味だよ、安全って証明しないと(もぐもぐ)」
「売り物だから安全に決まってるでしょうが!! そんなこと言って食べたいだけでしょっ!?」
そんな店員2人のやりとりを聞いた客は笑いに包まれ、試食もどんどん順調に行われていく。ディルフィは客の目線が自分に向いてない一瞬の隙をついて、話しかけた。
(今が売り時なんだからネルっ、もっと声出して!)
(えー? そんなんじゃ最後まで保たないよぉ)
先ほどから自由奔放な態度を取っている少女の名は、ネル。
ダークブラウンの長い髪をポニーテールで纏めていた、少し垂れ目のダウナー系少女。だが彼女はエルジュ戦力序列14位で、ディルフィよりも順位は5つ高い。
(ディルちゃん、常に肩肘張ってると疲れるよ? 抜くところは抜く、がんばる時はがんばる。気楽に楽しくやってこーよ。私たち可愛いからそれだけで客は釣られてやってくるよ)
(それ自分で言う!? ていうかネルはいつも手を抜いてる所しか見たことないけどっ!!)
(それは失礼だよぉ)
ネルが呟くと、ディルフィは真剣な顔で話しかけた。まるで、これから何か諭すように。
(‥‥‥ネル。どうして天帝様が仮面つけて顔を隠してるか、考えたことある?)
(ん〜、バレたら大変だからじゃないー? 有名な人は、顔を晒したら落ち着けないよ)
(そんな後ろ向きな理由な訳ないでしょ! 私はこう思うわ。仮面をつけてるのは私たち構成員のためよ!)
(え、どゆこと?)
ネルが素直に首を傾げると、ディルフィはドヤ顔で話し始めた。
(天帝様の素顔が分からないからこそ、今も一般人に紛れて『エルジュ』が運営してるメルティ商会の経営確認、調整してるのよ)
(へぇー)
(それで秘密裏に構成員の活動を把握して問題を見つける。そして代表代理であるエリス様と話し合い、きっと改善していくんだわ)
(ふーん)
ネルは既にめんどくさそうに反応していたが、ディルフィの語りは止まらない。いや、むしろ気合いが入っていく。
(つまり『エルジュ』の構成員にとって分かりやすい尊敬の対象、表の顔はエリス様たち『黄昏』!)
(ねーまだ続く?)
(それに対して謎が多いけど絶対的指導者であり、決して気を緩めない存在。つまり天帝様は裏の顔ってこと。つまり、私の言いたいことわかるよね)
(ん、わかんない)
ネルが即答すると、「わからないのっ?」と呟いたディルフィは息を吐いて答えを述べる。
(天帝様は時間があれば一般人に紛れて私たち構成員の活動を見てる。もしかしたら、今は私たちを見てるかもしれない!)
(想像力豊かだね〜)
(エリス様たちが構成員の見本として存在し、天帝様がしっかりと締める。きっとそれがエルジュの本質よ!)
(あ、だからいつにも増して張り切ってるんだ。交易都市という盛んな場所なら、もしかしたらレスタ様が見てるかもしれないと)
(わ、私はいつも張り切ってるでしょ!?)
この小声でのやりとりで分かるように、2人の相性はかなり悪い。極論、性格が対極に位置するのだ。
『黄昏』でいうエリスとアクアに近いかもしれない。
だがそんな個性溢れる2人が仕切っているからこそ、交易都市に訪れる人の多くが店の前で足を止めているかもしれない。
(天帝様は私たち構成員に好かれたいという考えは一切無く、組織を最優先に考えて行動してる! そんな天帝様だからこそ、エリス様たちも慕う! そしてもちろん私やネル、教官や全構成員も〜♡)
(うん妄想に人を巻き込まないでね〜)
商売の間にできる隙間時間で話しかけてくるディルフィに対し、ネルは遠い目をしていた。
「あ、あのっ! お聞きしたいことがありまして!」
すると妄想中のディルフィに、1人の少女が話しかけていた。その少女は黒髪ロングの大和撫子系の美少女で、思わずディルフィは息を呑む。
そしてその少女を挟むように、両隣に同年代の男女が立っている。
「あ、はいっ! 何でしょうか」
妄想から戻ってきたディルフィは、商品に興味がありそうな黒髪少女に視線を合わせる。
「え、え〜と探してる物がありまして」
「はい! 詳しく教えてもらってもいいですか?」
ディルフィが笑顔で対応すると、黒髪少女はーーー。
「男の子なんですけど背はこのくらいで、柔らかそうな黒髪で、男らしいというより可愛いよりで、でも凄くカッコいい人なんですけど! そんな人が好きそうなお菓子ってありますか!?」
「‥‥‥ふぁ?」
早口で顔を寄せ、ディルフィを完全に困惑させた。
「うわ〜。この人何言ってるのー」
ネルも目を逸らして誰にも聞こえないように小言を漏らすくらいである。
「あ、あの〜」
黒髪少女は固まるディルフィを心配そうに見つめていた。
「おいクジョウ、世間知らずにも程があるぞ」
それを少女の隣にいた男が待ったをかける。
「ほんとにね、恥ずかしいからやめてくれない?」
逆隣にいたホワイトブロンド髪のショートカット少女も睨んで同意していた。
「え、要望伝えればいいんじゃないの?」
クジョウと呼ばれた少女は驚いた顔で両隣を交互に見ていた。
「はあ、ったく。見本見せてやるわよ」
「へえ、剣バカ女ならわかるの?」
「は? 見てろ」
剣バカと呼ばれた少女は、固まったままのディルフィに話しかけた。
「甘いのが苦手な人でも食べられそうなお菓子ってあるかしら?」
「‥‥‥あ、はいっ。それならこちらに!」
分かりやすい意見を伝えられたディルフィは即座に要望にあった商品の用意を始めた。
「なん、ですって‥‥‥」
その様子を黒髪少女が目を見開いて呆然と呟く。
「‥‥‥まあ、あんな感じでいいぞクジョウ」
メガネで高身長の男がそう話すと、黒髪少女は睨みながら悔しそうに、暇そうなネルに向いて口を開く。
「ここのお菓子、端から端まで一つずつくださいっ」
「お、毎度ー」
黒髪少女ことアヤメ・クジョウの言動に少し驚きながらも、ネルは『儲け儲け〜』と内心ほくそ笑んでいた。
「あんなお客さんもいるなんて‥‥‥もっと知識を身に付けないとっ」
「ディルちゃん真面目すぎー。さっきの人がヤバいだけだからねー?」
こうして、癖のある3人客(?)によって出店の売上は飛躍的に伸びたのだった。




