今すぐ行くね、お兄ちゃん♡
遺跡内1階。
「【ムラサキ】」
ミアがハート覆面に攻撃を続ける。
ハート覆面はミアの呪いをかろうじて避け続けていた。
「はあっ、はあっ、まさか、呪力??
こんなところで呪術師に会うとはね」
「うるさい。早く死んで? 【ムラサキ】」
するとハート覆面が両手から魔法を発動。だが手から何か光が出ただけで何も起こらなかった。
「最後の悪あがき?」
ミアがハート覆面めがけて呪力を飛ばす。紫の呪力がハート覆面の目前に迫る。
「!?」
するとハート覆面は動いてすらいないのにミアの呪いは当たらなかった。
ハート覆面は笑い始めた。
「呪力は本来人には存在しない。だから人は呪力に耐性がない。それが呪術が魔法に有効な理由」
「なに得意げに語ってんの気持ち悪いわね!!」
「ところがお前はなぜか魔力0のようね。つまりお前は魔力に耐性がない」
「それがなんだっていうの??」
「お前は魔法に有利でありながら不利でもある。それに呪術よりも魔法の方が色々な工夫ができる」
「ーーーは??」
ミアはもう一度呪力を飛ばすも、相手に全く当たらない。
「この程度の幻覚魔法でもお前には通用する」
「うるさい!!!」
その後もミアの攻撃は全く当たらなかった。
「私がどこにいるのかわからないようだね。もうそろそろ時間切れだよ」
「は??? なに、が‥‥‥」
するとミアは体に纏っていた呪力が解けてその場で棒立ちになる。まるで催眠術をかけられたように。目の焦点が合っていなかった。
「お前の意識にまでも作用するほど幻覚魔法が作用してしまったようね。せっかくだし、お前が最も愛する者の手で死ぬといいわ」
「!? お、お兄ちゃん!!」
ミアはハート覆面に向いてそう言った。今のミアにはハート覆面をアイトだと錯覚している。
「そこに、いてくれよ?」
「? どうしたの?」
ハート覆面はジリジリとミアに近づいていく。ミアが話しかけるが返答しない。
そしてハート覆面がミアの目前にまで迫った時。
「‥‥‥!!!!」
腰のホルダーからナイフを取り出してミアの心臓を狙う。
「【シロ】」
「は!!?」
だが次の瞬間、ハート覆面は背後から突然溢れた白い瘴気に体を拘束される。
【シロ】は物体を掴んだり拘束したりできるのだ。
「‥‥‥あ、やっぱり幻覚魔法だった」
そう言ぅたミアの目の焦点が元に戻る。
「お前!! どうやって背後から!?」
「足元見てみたら? おバカさん」
ハート覆面は自分の足元を見る。するとそこには。
「!? か、影!?」
明らかに意図的に伸ばされているミアの影から白い何かが出ており、それが自分の身体を拘束していることにハート覆面は気づいた。
「やっと気づいたの、気づくのおっそ。頭悪いねぇ〜。ミア、影を自由に使えるんだ〜。影からでも呪術を使えるの。すごいでしょ」
「で、ではなぜ幻覚魔法が効いていない!!?」
「アンタの言う通り効いてたよ。腹立つけどね。ミアの目にはアンタがお兄ちゃんに見えた。でもお兄ちゃんの姿をしてるだけ」
「‥‥‥は???」
ミアは首を傾げながら、淡々と話し続ける。
「お兄ちゃんと匂いと気配が全く違った。話すテンポが0.02秒くらい遅い。声のトーンも違った。歩き方も変。あと歩幅も変だった。ただお兄ちゃんと同じ姿なだけ。その程度でミアを騙せるわけない」
「な、何言ってんのこの女‥‥‥」
ハート覆面は絶句した。魔法耐性のない者に幻覚魔法が効かないわけがないのだ。
なのにミアには効いていないように見える。
実際ハート覆面が考えていたことは厳密には違う。幻覚魔法がミアに効かなかったわけではない。ちゃんと効いていたのだ。ただハート覆面がアイトに見えるようにした点は少し異なる。
ミアはアイトのことになると正気ではなくなる。
効かなかったのではなく元々正気ではないため彼女は何も変わらないのだ。
ハート覆面は取り返しのつかない失敗をした。アイトではなく他の人に見えるようにしていれば幻覚魔法は今も作用していたはずだった。いや今も作用はしているのだが。
「【クロ】」
ミアが拘束されているハート覆面に黒い呪力を浴びせる。
「な、何をした!?」
「うるさいな。すぐわかるから黙ってて。まあわかると同時に死ぬけどね」
ハート覆面の体に付着した黒い呪力から黒い花が咲き始める。
【クロ】は接触した物のエネルギーを吸い取り、そのエネルギーを使って花を咲かせる。前回ゴブリンたちに使った【クロ】は地面のエネルギーを吸って花を咲かせていたのだ。
だが今回は建物の中。大理石の床は地面と違ってエネルギーが無いため前回のようには使えない。
そのためハート覆面本人のエネルギーを媒介に黒い花を咲かせようとミアは決めたのだ。
ハート覆面のエネルギーを吸った黒い花がどんどん大きくなっていきカタカタと動き始める。ハート覆面はその光景を目前で見ているため恐怖心が増していく。
「そろそろだね。それじゃあバイバイ〜♪」
「ま、待って!! 助けて!!!!!!」
「アンタの敗因は女心を理解してないこと。後悔と反省はあの世でしてね、この変態害虫。さ、最期くらい綺麗に終わろうね♪」
「いやっ、いやァァァァ!!? 誰かァァ!!」
ハート覆面は恐怖で絶叫している。
それを無視しながら、ミアは満面の笑みでこう言うのだった。
「【百花繚乱】」
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ミアは元々孤児院出身の子供だった。両親が早くに亡くなり、孤児院に送られたのだった。
今から3年前。ミアが10歳の頃。ミアは多額のお金を受けて養子に出される事になる。
養父は謎の集団の1人だった。養父がミアを引き取った理由はミアの素質。
ミアは体内に宿す魔力量が人よりも何倍も多かった。そこに目をつけたのだ。
その集団は魔法を毛嫌いしていた。魔法が使えないものに対する差別だと。そこで呪いに目をつけた。
呪いは恨みや怨念、つまり感情の強さで呪力が無制限に増していく。魔法のような魔力枯渇が呪力にはなかった。
ミアの魔力量の多さは、体内にエネルギーを宿す上限量が多いということ。だから呪力に耐えうると思ったのだ。
そこでミアに人体改造を施した。
まず魔力を吸い取ることを約2ヶ月行うことで体から魔力が全く出ないようになる。
次に呪力を発している草を粉状にして水に混ぜ、ミアに打ち込んだ。本来人間には呪力が存在しないため呪力の耐性は全くない。
つまり地獄のような苦しみがミアを襲った。長時間苦痛で叫び続けて意識が無くなる。それが1ヶ月ほど続いた。
呪力による苦痛と過度なストレスで黒髪だったミアは一部が白髪になってしまった。
ミアの体は呪力を宿すようになっていた。人体改造は結果を見れば成功。
しかし呪力を宿したミアがその集団を襲った。予想よりもはるかにミアの呪力は底なしだった。
数分暴れ回った後にミアは意識を無くした。謎の集団はもうミアを手に負えないと察知し、失敗作だと認定。近くのダンジョンの奥深くにミアを拘束した。殺さなかったのは殺した場合に呪いの影響が恐ろしいため。
ミアは呪力封印の手錠をかけられ足には足枷をかけられ放置された。手錠のせいで呪力が使えないミアは本来そのまま死ぬはずだった。
ところがミアは呪術の素質もあった。日々少しずつ自分の影を伸ばすことができるようになり、その影がダンジョン内にいる魔物たちを取り込む。
その栄養を糧にしてミアは生き長らえていた。魔物の栄養は膨大で、ミアの体は年齢に反して成長していった。
その生活が1年半ほど続いた。
そして今から1年3ヶ月前。アイトとエリスが別れて3ヶ月後。
アイトは宝石集めでミアがいる迷宮に潜り込んでいた。もちろん変装した状態で。
アイトは迷宮内に湧き出る黒い物体が何か理解できずにいた。
「ここが最後のフロアか。失礼しま〜す」
そしてアイトがミアのいる部屋に着いた時。
「ヴゥゥゥ〜!!!! あぁぁぁぁ!!!!」
ミアが敵だと察知し近くに影を呼び戻して呪力を飛ばしまくる。
「うわさっきの黒いやつ!!ていうか奥に女の子いるじゃん!なんでこんな所に捕まってんの!?この絵面は道徳的によろしくない!!!!」
アイトは呪力を避け続けてミアの元にたどり着く。
「【鍵】」
アイトは【打ち上げ花火】や【線香花火】など、実用性がなさそうな魔法を多く作ってきた。その経験により魔力操作が桁違いに上手くなっていた。
だからミアの手錠と足枷に合う鍵すら魔法で作ることができた。本人はこの凄さに全く気づいていない。
「よし、開いた!!」
アイトがミアの手錠と足枷を外す。
「‥‥‥ぇ」
ミアは驚いて何も声が出ない。
「休まないと!!あ、お腹減ってる!?すぐに外出ようか、歩けそう?」
「‥‥‥」
ミアは過去の影響で人のことを信用できずにいた。ミアは声を出さず首を横に振る。
「わかった。それじゃあ失礼!」
「ぇ」
アイトは唖然とするミアを抱き抱え、迷宮を引き返すのだった。
迷宮の外。ミアは約1年半ぶりに日の光を浴びた。
「‥‥‥ぁ、ぁの」
「とりあえず宿屋に行こう!」
アイトはミアの声が聞こえておらず宿屋に直行。まだ歩けなかったミアを風呂に入らせて自分が昔着てた服を着させて食事をとらせる。
「ぁ、ありがと」
「宝石があのダンジョンでいっぱい取れたから
気にしなくていいよ、今気分いいし!」
「は‥‥‥」
「あ、もしかして顔を合わせて話すの恥ずかしい?」
「‥‥‥うん。この髪、見られたくない」
ミアが言ったのは、白と黒がまばらになっている自分の髪の毛。恥ずかしそうに両手を髪に添える。
「え、俺は綺麗でオシャレだと思うけど。センス良いじゃん、この世界だと全然あり!」
「え‥‥‥?」
そんなこと言われると思ってなかったミアは、目を見開いて驚く。
「だけどミアが気にするなら、これあげる」
アイトは【異空間】から黒いフードを取り出してミアに渡した。
「い、いいの‥‥‥?」
「変装用に買ったけど全然使わなかったし、ミアが気になるなら付けて!」
ミアは黒いフードを身につけて被ってみる。
「あ‥‥‥」
「それならあまり見えないだろ?」
「‥‥‥うん、ありがとう」
ミアは嬉しかった。人に優しくしてもらえたことなんて今までなかった。
鎖を解いて外に連れ出してくれた。自分が気にしていた髪を綺麗だと褒めてくれた。
話していてとても楽しく、安心する。ミアはどんどんアイトに惹かれていった。
「な、名前。なんて言うの‥‥‥?」
「俺?‥‥‥レスタ、君は?」
変装していたことに気づいたアイトは本名を明かさない。
「‥‥‥ミヤ」
彼女は、小さい声でそう言った。
「ミアか! よろしくな!」
「え‥‥‥」
一瞬訂正しようと思ったが、今まで謎の集団に呼ばれ続けて自分の名前が嫌いになっていた。
だから聞き間違えたアイトに、新しい名前をくれたようで嬉しかった。
「‥‥‥うん! よろしくお兄ちゃん!」
「お、お兄ちゃん??」
ミアはアイトが頼りになって自分より年上で優しく、カッコいい。まさしく理想の兄だと感じた。
「だ、だめ‥‥‥?」
「いや大丈夫だけど、呼ばれたことなくて」
「それならいいよね! お兄ちゃん♡」
「‥‥‥早く慣れないとな」
これが、ミアの初恋となった。
それからアイトはミアを連れて《ルーンアサイド》の本拠地に転移する。
ミアは黒いフードを深く被ってラルドと対面した。ミアは歩けない状態だったがアイトと並んで歩きたいという理由で過酷なリハビリにも耐え、短期間で歩けるようになった。
苦しくて辛い時はアイトがくれた黒いフードを抱きしめて力をもらっていた。
そしてアイトの側にいたいという理由で訓練生に志願し過酷な訓練を受ける。
そして序列6位にまで上り詰めた。ミアの呪いは、『エルジュ』で唯一無二の存在。
ミアは壮絶な過去だったが、今はすごく幸せだと感じている。
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「コイツのせいでお兄ちゃんと離れたしっ、ああぁ腹立つ!!」
ミアは黒い花たちに串刺しにされて死んでいるハート覆面を見ながら不満を漏らす。
「でもミアがんばったから褒めてくれるかも!!今すぐ行くからね、お兄ちゃん♡」
情緒が安定しないミアは、恍惚としながら階段で地下を目指すのだった。
誰がなんと言おうと彼女は今、幸せの絶頂期にいる。