心底鈍い
アイト・ディスローグが目を覚ました、翌日。
「おぉ!! 心配してたんだぜアイト!!」
時刻は朝、登校時間。アイトが1年Dクラスの教室に足を踏み入れると、友人のギルバートが声を出して肩を叩き始める。
「昨晩、アイトくんが目が覚めたって聞きました。本当に、良かったですっ‥‥‥」
「元気そうね。もう大丈夫なの?」
続いてポーラとクラリッサが声をかける。アイトは少し気恥ずかしいのか苦笑いを浮かべた。
その後も多くのクラスメイトに声をかけられながら、アイトは自分の席に鞄を下ろす。そして隣の席に座る少女の方を向いた。灰色髪が特徴的な少女は、アイトと目が合うと目を細める。
「‥‥‥おかえり」
「あ、ああ。ただいま」
不機嫌そうに呟くユニカ・ラペンシアに対し、アイトは少し戸惑いながらも返答するのだった。
それから少し時間が経ち、昼休み。アイト、ユニカ、ギルバートの席がそれぞれ隣同士のため、そこへクラリッサとポーラも寄ってくる。
いつもの5人が集まり、最初に発言をしたのはギルバートだった。
「んじゃ学食でも食いに行くか!」
「あ、俺今日は弁当なんだ」
するとアイトが鞄から弁当箱を取り出したことで、周囲の空気が一変する。真っ先に反応したのはギルバート。
「お、おいどうしたんだ!? お前今まで弁当なんてーーーま、まさか彼女の手作りか!?」
「えぇ!?」
「驚きすぎでしょ」
彼の発言にポーラとクラリッサが異なる反応を示す。そしてユニカは黙ったまま話を聞くのみ。
皆が、アイトの返答を待ち侘びている。
「‥‥‥姉さんから渡された、弁当です‥‥‥」
そして、アイトの言葉は周囲を戦慄させるには充分すぎる内容だった。
「お、おう‥‥‥さすがマリア先輩だな‥‥‥」
「お、お姉さんからの手作り弁当‥‥‥」
「マリア先輩って、料理できるのね‥‥‥」
3人が反応に困って顔を固まらせる。それはアイトも同様だった。絶妙に困る話題である。
「じゃあ少しくらい遅れても問題無いわよね」
すると突然、ユニカが何か思い出したかのように呟く。そしてアイトの手を取ると、驚くギルバートたちを見つめた。
「先生に頼まれてた用事があるんだけど、せっかくだからローグくんに手伝ってもらうことにするわ。3人は先に学食に向かってて」
「お、おう」
話しかけられたギルバートが困惑しながら頷いたことで、ユニカは遠慮なく歩き出す。
「ちょっ、手伝うからそんなに引っ張るなって!?」
そう、アイトの腕を容赦なく引き続けて。少し様子がおかしいユニカを、3人は不思議そうに見送った。
数分後、廊下。腕を離してもらったアイトは、ユニカの隣を歩く。
「それで、何を手伝えばいいんだ?」
「‥‥‥」
アイトが本題に入ろうとすると、ユニカはしきりに
眉を顰めて黙り込む。顔は前を向き、アイトとは全く視線が合わない。
「おい、ラペンシア?」
「‥‥‥」
普通に話しかけても無視されたことで、アイトは気付いた。間違いなく、不機嫌だと。
「もしかして、怒ってます‥‥‥?」
だがアイトはあまりにも直球すぎる言葉しか返せなかった。あまりにも不器用すぎる。だが、むしろ単刀直入だったのが功を奏したのか。
「‥‥‥あなた、私に何か言うことはないの?」
沈黙を続けていたユニカの口が動いたのだ。しかし、その内容がなかなか意地悪だった。怒っているか質問する鈍感で不器用な人間が、答えを言えるような内容では無い。
「‥‥‥なにか、いうこと」
実際、アイトはただ反芻した。それを見たユニカはますます眉を顰め、冷たい視線を送る。当然、アイトは焦る。そして彼なりに何かに気付いた。
「ぁ‥‥‥今回、ラペンシアにはすごく助けられた。本当にありがとう」
「‥‥‥私って、お礼を言わせるためにここまでするような女に見えるのね」
どうやら間違いだったようだ。自虐気味に呟くユニカの顔は明らかに笑っていない。アイトはますます焦りを感じ、気まずそうに言葉を続ける。
「い、いやとりあえず先に感謝を伝えておこうと思ったんだ」
「じゃあ、あなたが本当に言いたいことは?」
だが不用意に長引かせたことで、ますます逃げ場がなくなった。ユニカからの冷めた視線に、アイトは取り繕うことを諦めた。
「‥‥‥ごめん。お前に言うことなんて、他に思いつかないんだ」
正直に本音を話すと、ユニカの顔が僅かに下を向く。少しの間、沈黙が訪れる。すると、ユニカは突然詰め寄って来た。そして、アイトは勢いよく肩を叩かれていた。
「ーーー本当にっ、普段は機転が効くのに自分の事に関しては心底鈍いわねっ!!!」
そう叫んだユニカの怒りは、明らかに周囲の注目を浴びている。アイトはそれを実感しているのだが、感情を露わにして怒る彼女から視線を逸らせない。
すると痺れを切らしたのか、ユニカは勢いよくアイトの腕を掴む。そして一目散にその場から離れる。
「お、おいどこ行くんだっ?」
「‥‥‥」
やがてユニカが足を止めたのは誰も使っていない空き教室だった。勢いよくアイトを中へ突き飛ばすと、後ろ手に扉に触れて鍵を掛ける。そしてアイトが何か言うよりも早く、ユニカは距離を詰めてアイトの両肩を、拳で何度も叩き始めた。
「ねえ‥‥‥あの時、なんで私に策を教えてくれなかったの!?」
ユニカはわなわなと震えながらも、怒りに満ちた大声でアイトを叩き続ける。
「ミストさんには教えたのに、私に教えなかったのはなんで!? 私じゃ役に立たないと思ったの!?」
「違う!! お前とリゼッタに教えなかったのは‥‥‥反対されると思ったからだ」
アイトが少し声を荒げて応えると、ユニカはますます怒りを露わにする。
「ええ、反対するわよっ!! するに決まってるでしょ!? そんな危ない事を、簡単に了承すると思う!?」
「そうだと思ったから、お前とリゼッタにはーーー」
「それが気に食わないって言ってるの!!!!」
アイトの言葉を掻き消すほどのユニカの大声。アイトが戸惑う間も、ユニカは止まらない。
「反対されるから話さなかった!? そんなのが仲間って言えるの!? 私はっ、私はっ‥‥‥こんなにもあなたを信頼してるのにっ!!」
「ラペンシア‥‥‥」
「リゼッタちゃんだって同じよっ!! だからあなたが話してくれなかった事、今もすごく気にしてる‥‥‥それは私も同じよ!!」
気づけば、ユニカの両目から涙が溢れ出していた。
「あなたはね‥‥‥あなた自身が考えてるよりもずっとみんなから大切に想われているの‥‥‥代表に相応しいって、思ってるの!!!」
「‥‥‥そんなはずない。だって、俺が代表になったのは勘違いでーーー」
「経緯なんて知らない!! 私を助けてくれたあなたは、みんなのためにあそこまで身体を張れるあなたは‥‥‥他の誰よりも代表に相応しいのよっ!!」
彼女の言葉に、アイトは激しく心を揺さぶられた。無意識に感じていた代表である事の罪悪感が、和らいだ気がした。
「‥‥‥ラペンシア、ありがとう。それとあの時は、話す事から逃げてごめん」
そして、心の底から彼女に謝りたいと思った。アイトは自分の過ちに気付き、誠心誠意頭を下げる。
「‥‥‥次同じことしたら、絶対許さないから」
ユニカは涙を流しながらも、ニコリと穏やかな笑顔を浮かべる。お互い、心の霧が晴れたような気がしていた。
「でも、反対する時は反対するわ。あなたの選択が、間違ってると思った時はね」
「ああ。その時は話し合うところから始めよう」
アイトとユニカは、どちらからともなく笑う。
「リゼッタちゃんにはしっかり謝った方がいいわよ。あの子、頬を膨らまして毒を撃ちまくるほど怒ってたから」
「‥‥‥はい」
だがすぐに助言をもらい、現実を見直すアイトだった。後日、リゼッタの頬は最大限に膨張していたという。
◆◇◆◇
「ねぇノエルん〜! この記事見ましたぁ〜?」
薄暗い中で、黒髪サイドテールが特徴的な少女が飄々と尋ねる。彼女の手には新聞記事が握られていた。それを受け取って目で流し読みを始めたのは、話しかけられた赤髪の女性。
「グロッサ王国領内で未知なる魔物が発見‥‥‥王国ギルド所属の冒険者たちや学園の生徒が無事に討伐。残った魔物の遺体は現在詳細を調査中‥‥‥はぁ」
「あ、やっぱりノエルんもそう思います? これってたぶんあの子の実験体ですよね〜」
黒髪少女は悪戯っ子のように口角を上げて微笑むと、赤髪の女性がため息を吐いた。
彼女の名はノエル・アヴァンス。犯罪組織『地獄行』の最高幹部『深淵』の第一席。
「‥‥‥クロエ、何も目立つようなことはしてないでしょうね?」
「なんにもぉ〜?」
同じく第三席のクロエ・メルは自身の黒髪を指で弄りながら恍けたような返事をする。
「あの計画を円滑に進めるために今は目立たずに準備を進めてるの。くれぐれも余計な騒ぎを起こさないように」
「は〜い、ウチって信用されてないですねぇ〜」
「日頃の行いでしょ」
ノエルが無慈悲な追い討ちをかけると、クロエは両手で胸を押さえて「参りました〜」とわざとらしく反応する。
「それはクロエだけじゃなくてあなたにも言ってるのよーーーリッタ」
ノエルは横目で背後を見ると、そこには焦茶色の柔らかそうな髪が特徴的な童顔の少年が居た。メガネがさらに幼さを際立たせている。
「ノエルはしつこいなあ。別にあの実験体を調べられても何も気づかれたりしないよ。ぼくの研究は他人には絶対に分からないんだから。まして何も技術力が進んでない王国の人たちにはね」
最高幹部『深淵』第四席、リッタ・カストルはやれやれと両手を振りながら呟く。
「そういう問題じゃないでしょ? そもそも目立ってる事自体、反省しなさい」
「げっ、やっぱりノエルに議論のすり替えは出来なかったか。その事は素直に謝るよ」
リッタは少しめんどくさそうに謝罪を述べるが、すぐに話を続けた。
「でも総帥に許可をもらってやってるんだから止めようとしても無駄だから。それに上手くいけばあの計画で運用できるかもしれないよ?」
「‥‥‥本当でしょうね。総帥の事も、計画のことも」
ノエルが神妙な顔付きで問いかける。運用できる可能性を聞いて、怒る気持ちが少し冷めたのだ。その事を見越していたのか、リッタは少し意地悪く笑いながら首を縦に振る。
「本当だよ。だって今回討伐されたことで、色々なデータを収集できたからね。実験体に異変があったら、ぼくのこれに伝達されるようになってる」
リッタが自信満々に、机の上に置いていた金属の板を手に持つ。その板は大部分が魔結晶で作られていた。
「だから間に合う可能性が飛躍的に高くなったわけ。もし運用できれば、戦力大幅増しだよ?」
「‥‥‥そうね。じゃあこれからも研究を続けて」
「ノエルならそう言うと思ったよ」
リッタは計算通りと言わんばかりに微笑むと、自分の椅子に座って魔結晶の板に指を置いて動かし始める。
「もぉ〜ノエルんも総帥も、リッタんには甘いんですからぁ〜贔屓ですよ贔屓ぃ」
クロエが不貞腐れた様子で机に足を乗せると、リッタに視線を向けて卑しく微笑む。
「あんないかにも怪しそうな遺体回収されて、本当に何も気付かれないんですかぁ??」
彼女の挑発じみた挑発に対し、リッタは見向きもせずに淡々と呟くのだった。
「道徳心に囚われてる人たちなんかに、あの実験体からぼくの研究内容を解き明かせるわけないでしょ」
リッタ・カストルは口を歪ませて笑う。彼は興味がある事はどんなことをしてでも追求する、狂気の研究者。
今回の騒動の大部分は、彼の好奇心から引き起こされたものだった。




