自分に甘くても
「それじゃあ、これで僕たちは失礼するよ」
「今回は本当に迷惑をかけたわね。早く良くなることを祈ってるわ」
長居するのは良くないと判断したルークとエルリカが退室していく。
「いえ、わざわざありがとうございました」
アイトの言葉を聞いた2人は微笑み、扉を開けて去っていった。アイトは内心、ルークが去っていった事に安堵していた。
「これで一件落着ね」
「‥‥‥(ふんすっ)」
だが、マリアとシロアは出ていく気配がない。アイトが目覚めたときには既に夕方、今は既に日が暮れて真っ暗である。
「あ、あの〜? そろそろ学生寮に戻った方が‥‥‥」
アイトが躊躇しながら話しかけると、マリアが目を丸くして首を傾げる。
「は? 何言ってるの? 今日はここに泊まってくに決まってるでしょ?」
そして、さも当然のことのように呟いた。
「はぁ!?」
当然、アイトは突然の爆弾発言に困惑する。実際、彼女の隣に立っていたシロアも『!?』と驚いていた。
「いやいやさすがにそれはここに迷惑でしょ!? 別に俺は全然大丈夫だから!!」
「もう医務室の先生に許可は取ってあるわ。そもそも近くにいる家族は私しかいないから、その責任は私が全うするから」
そう呟いたマリアの目が据わっているのが一目で分かり、アイトは呆れて困惑を強める。
「怪我はほとんど治ってるんだし、ちょっと大袈裟すぎない‥‥‥?」
「弟の一大事に大袈裟も何もないでしょう!?」
家族を大事に想うマリアの言葉は正論だった。そのため、アイトも反論しづらくなる。そして、アイトは決意した。
「あ、ぁ〜! もう充分休んだし、明日から学園行けそうだな〜! だから寮に戻って準備したいなぁ!」
元気だという事をアピールし、さっさと普段の日常に戻ることを。だが当然、姉のマリアは反対する。
「ダメに決まってるでしょ!? 別に1日くらい大事をとって休んでもいいじゃない!」
「もう何日も学園休んでたし、早く授業の遅れを取り戻したいんだ。それにほら、もう全然大丈夫だし」
言葉を返したアイトはその場で軽く跳躍してみせる。たしかに何事も無く跳び続けている。
アイトはユリアの治癒魔法の事を知っているから、もう完治していることも理解している上での行動だった。
「‥‥‥はぁ〜。わかったわよ。ただし寮までは私が責任持って送ってくから。それだけは譲らないわよ」
「わかってる。ありがとう姉さん」
マリアの譲渡に対し、アイトは素直に感謝を告げた。マリアは少し納得してなさそうに息を吐いた後、踵を返して歩き出す。
「じゃあ先生にも話してくるから、ちょっとここで待ってて。シロアも、いっしょに帰りましょ?」
「‥‥‥(コクッ!)」
シロアも異論は無いと頷くと、マリアと共に医務室を出て行った。これで、室内はアイト1人になる。アイトはとりあえずベットから出ようと足を出す。
「ーーー相変わらず人気者だね、代表」
すると突然、窓の外から声が響いた。アイトはすぐに窓の方を向き、歩いて近づいていく。そして、窓の下に背を付けて座り込んだ。
「‥‥‥メリナ?」
「うん。おかえり、代表」
声の正体は『エルジュ』構成員、序列10位のメリナだった。グロッサ王立学園の1年Eクラスの学生として潜入している、頭脳明晰で大人びた女性。ちなみに年齢は少しだけサバを読んでいる。
彼女は窓の外から、室内のアイトに話しかけているのだ。今は互いに、壁越しに背中を預けている状態である。
「話は聞いた。大変だったらしいね。身体の方は大丈夫なの?」
「大丈夫。ユリアの治癒魔法のおかげだと思う」
「それは王女に感謝しないとね」
アイトとメリナは、淡々と会話を繰り広げる。
「まさか、俺の目が覚めるまで待ってたのか?」
「そうでもないよ。私も学生として授業を受けないと怪しまれる。放課後から張り込んでただけさ」
「いや充分待ってくれてたじゃん‥‥‥わざわざ手間をかけてごめん」
アイトがその苦労を悟って謝ると、メリナは照れたように自分の茶髪を指でいじって、笑う。
「謝らないでよ。がんばってくれてた代表のために喜んで待ってたから」
「なんか反応に困るな‥‥‥」
アイトが気まずそうに声を漏らす。少しの沈黙があった後、メリナが話を切り出した。
「ミストが代表を撃った話は、本当なの?」
「‥‥‥」
「事情は聞いてる。アイト・ディスローグとして、代表の顔をルーク王子に気付かれないような細工が必要だったことを」
詳しい情報を知っていることを伝えながら、メリナは問う。
「でも‥‥‥本当に代表が辛い思いをする必要があったの?」
そう呟いた彼女の声は、どこか感情的だった。『納得していない』。そんな気持ちが透けて見える。
「‥‥‥ああ、俺はそう思ってる。ルーク王子にヌルい作戦は通用しない。だから俺はあの時の決断は、間違ってないと思ってる」
だが、アイトは自分の行動が正しかったと強調した。その時アイト自身がどんな表情をしているか、メリナには当然分からない。
「‥‥‥代表がそう言うなら、私はその意思に従う。実際、代表の存在が広まって全面戦争になる展開は避けられたし、カンナも助け出せたから」
メリナは肯定するが、どこか寂しそうな声色だった。
「でもね‥‥‥代表は少しくらい自分に甘くても、いいんじゃないかな」
そして彼女は伝えたかった言葉を無意識に呟く。アイトは、顔を下げて苦笑いを浮かべた。
「‥‥‥もう俺は、今でも充分甘ちゃんだよ。だって最初の頃はーーーっ」
「え? 最初の頃は、なに?」
『自分可愛さに代表という立場を毛嫌いしていた』。アイトはその言葉を咄嗟に呑み込んだ。
エリスの勘違いで託された、代表という立場から逃げていたこと。その甘さによってターナが腕を斬り落とされるという原因を作ったこと。治癒魔法で治ったから大丈夫という問題ではない。その結果をもたらしたことを、死ぬほど後悔したこと。
「‥‥‥いや、なんでもない」
だが、アイトは言えない。壁越しに感じるメリナの信頼や、多くの構成員からの期待、そして信頼を今更裏切るわけにはいかない。そのためにアイトは力を付け、多くの困難に立ち向かって来たのだから。
「‥‥‥そっか。とりあえず代表が目覚めたことは皆に伝えておくよ。しばらくは私たちと連絡取るのも難しいだろうし、他に何か伝言はある?」
メリナは当然気になったが、アイトの意思を尊重して話を変えた。彼女の質問に対し、アイトは答える。
「じゃあ1つだけ伝言を頼む」
そう呟いたアイトは、簡潔にその内容を伝える。聞き入れたメリナは少し目を見開きつつ、「了解」と返事をした。
「それじゃあ、そろそろ行くね。誰かの足音が聞こえてくるから」
「え?」
「絶対に無理しないでね、代表」
アイトが呼び止めるよりも早く、メリナは姿を消してしまった。壁越しには、もう何も感じない。
「ーーーアイトくんっ!!!」
メリナが言っていた通り、足音が医務室の前で止まると、少女が扉を開けて声を出した。銀髪が特徴的な美少女は、どこか高貴な雰囲気を纏っている。
「ど、どうしたユリア」
アイトは少し驚きながら名前を呼んで尋ねていた。アイトは既に窓下からベッドに戻って座り込んでいる。
ユリア・グロッサは駆け寄って、アイトの目の前で止まり、手を握る。
「さきほどお兄様からアイトくんが目覚めたと聞いて、居ても立っても居られずっ‥‥‥」
「あ、ああそうだったんだ。治癒魔法、ありがとな」
「感謝されることじゃないですっ!!」
ユリアは反射的に声を出すと、アイトの前で両膝を床に付け、正座するように座り込んだ。
「あなたには大変な思いをさせてしまいました‥‥‥本当にごめんなさい」
そして、アイトの手に額を付けるように頭を下げる。アイトは即座に宥めようと口を開いた。
「別にユリアは何も悪いことなんてーーー」
「いえ私がもっと治癒魔法の練度を高めていれば、あなたは少しでも早く目を覚ますことが‥‥‥」
ユリアが呟いた事は、別に謝るべきではないことだった。
「それに私はあの時、お兄様を止められなかった‥‥‥」
まるで少しでも自分が悪いと思い込むような発言を繰り返す。自責の念に駆られているのだ。
「もうその話は済んだから、気にする必要なんてない。むしろこれ以上何か粗探しを始めたら、それこそ俺は怒るからな」
アイトは子どもを注意するように話しかけ、宥める。ユリアは「‥‥‥はい」と小さな声量で呟くと、突然顔を上げてアイトを上目遣いで見つめた。
「私‥‥‥もっと強くなります。あなたに私が必要だと思ってもらえるように」
「え? 必要‥‥‥?」
アイトが意味わからず困惑を浮かべると、ユリアは少し嬉しそうに微笑む。
「これが私の決意と‥‥‥あなたに向けての宣戦布告です。王族として、賢者の魔眼持ちとして‥‥‥」
「宣戦布告?」
アイトが先ほどよりもさらに困惑を見せる。意味の分からない宣戦布告に、身構えていた。それに気づいたユリアは言葉を付け足して修正する。
「あ、倒すって意味じゃないです。でもあなたが分かってないなら、宣戦布告したかいがありました」
「え? いやだからそれがどういう意味か教えてくれない!?」
「‥‥‥ふふ、秘密です。さぁ、自覚したこれからの私は強いですよ!」
「だから何のこと!?」
アイトが慌てた様子で何度も言葉の意味を尋ねるも、ユリアは悪戯っ子のように舌を出して答えない。
「えへへ。アイトくんの困った顔が見れたので、私はこれで失礼しますね〜! アイトくん、これから覚悟しててくださいよぉ〜!?」
そう言ったユリアは嬉しそうに微笑み、医務室から出て行く。
(‥‥‥なんかルーク先輩の妹って再認識した気がする‥‥‥)
アイトはため息をつきながら、嵐のように去っていったユリアを見届けるのだった。
その後、準備を済ませて戻って来たマリアがこう言っていた。
『すれ違ったユリアが見たことないほど満面の笑みを浮かべていた』と。




