孤独との戦い
「まさかまだ言い逃れする気とはね。呆れを通り越して少し感心してるよ」
ルークは普段よりも僅かに低い声で話し、剣をぶんぶんと振り続ける。その剣先は、足元で倒れているカンナの顔にいつ触れるかも分からない。
アイトは心臓の鼓動を早くなるのを感じながらも、冷静に話しかける。
「まだ学生の身分で王国最強部隊、『ルーライト』の隊員になってる人の弟、その気持ちが分かりますか?」
「自慢のお姉さんがいて光栄じゃないかな?」
「聖騎士の魔眼という類稀なる才能を持つ先輩に聞いても無駄でしたね。優れた人の身内には、少なからず興味と好奇の目線を向けられるんです」
アイトは少し呆れたように目を閉じる。それはどこかルークを煽っているような口ぶりに見える。
「妹のアリサもそれで悩んでた。姉さんが活躍して有名になればなるほど、自分の平凡さを痛感して申し訳なくなると。だから見学会の途中まで暗かった」
アイトの言葉は全てが嘘ではない。アリサの話は全て真実である。ただ、自分が力を隠していた理由に姉の存在を利用しただけで。
「‥‥‥それが君が実力を隠してた理由になると? いいや違うね。確かにそういう理由も考えられるけど、君の場合はもっと別だ」
ルークはきっぱりと否定し、続けて言い放つ。
「謎の組織の頂点に立つ男、レスタとしての顔に気付かれたくなかったからさ! だから仮面を付けて髪まで銀色に染めていた、違うかい!?」
「だから知りませんよ。何か根拠でもあるんですか」
アイトは強気に言葉を返すも、内心では鼓動が速くなっている。怪しまれている状況で少しでも話を伸ばすという、ギリギリの綱渡りを続けなくてはならないからだ。
「‥‥‥根拠ね。一から説明しようと言いたいところだけど、その手には乗らないよ」
「えっ?」
アイトは不意に声が漏れる。ルークが発言した言葉の意図が分からないからだ。ルークは不敵な笑みを浮かべる。
「どうせ話しても拒否するんでしょ? 無駄な悪あがきがしたいだけってことだ!!!」
するとルークは足元のカンナを飛び越えて剣を振り下ろす。アイトの肩を掠め、地面に剣先が突き刺さる。
「避けないのかい!?」
ルークは嬉しそうに呟きながら、剣の追撃をアイトの顔に振り抜いた。その剣先は、アイトの右頬を確かに掠める。
「‥‥‥先輩こそいいんですか。高貴な身分であるのに、確証も無く後輩を怪我させるなんて」
アイトは一切動揺していない。右頬からは赤い切れ目が滲み、血が垂れているにも関わらず。いや、むしろ目が据わっていた。
「ふっ、さすがだね。ここまでしても白状しないなんて、並の悪党なら無理だ」
「俺は違うって言っても、もう聞きませんよね」
「ああ‥‥‥君はレスタだ。証拠や根拠が足りなくても分かる。僕の直感がそう言ってる」
「あの、そんな抽象的な事を言われても」
アイトは言葉を詰まらせつつ、ルークの目をしっかりと見つめる。ルークは好戦的に微笑むのみ。
「そういえばさっきの質問に答えてなかったね」
ーーー突如、鮮血が飛ぶ。頭を殴られたように怯んだアイトは、額から血を流していた。ルークが、アイトの額付近を浅く斬ったのだ。ルークは剣に付いた血を見つめ、睨む。
「生半可な気持ちで言ってるわけじゃないんだ。僕には学園から罰を受ける覚悟はある。君の正体をはっきりさせるためならね!!」
ルークの剣が、アイトの身体の表面を斬っていく。学園の制服は穴が空き、シャツまでも切れる。そしてその奥の肌にも切り傷が出来て血が滲み出る。
「‥‥‥」
アイトは何も言わないし反応もしない。ただルークの攻撃を抵抗せずに受け入れる。自分の命にルークの剣が届かないと分かっているのか、それとも怪しまれないように動かないだけか。
「マリアに似て、君は強情だ」
ルークも実際に致命傷を負わせるまでの攻撃は行わない。だが彼自身、それも限界があると悟っていた。
この程度ではアイトが自白するわけないと感じ始めていたし、何よりアイトが頑なに否定し続ける事から『天帝レスタではないかも』という気持ちも僅かに感じつつある。
だがルークは今さら引けない。ここで諦めれば闇雲に学園の後輩を傷付けたという問題しか残らないし、次からの行動も取りづらくなる。
「そろそろ白状しないかい?」
ルークは血のついた剣を振りながら、内心では自身の選択を少し後悔していた。アイトではなく、捕まえた少女を先に尋問すべきだったと。
(でもアイトくんがレスタなら、今さら口を割ることはない。おそらく彼自身、僕の攻撃は脅し程度だと腹を括っているんだ)
ルークは剣を構え、アイトを見据える。彼は決して降参しないという確かな意志を持った目付きをしている。窮地なのは彼であるはずなのに、自分の方が追い込まれているような錯覚に陥る。
「‥‥‥さすが、天帝レスタだね」
ルークは僅かな声量で呟いた。まるで納得したかのような彼の態度に、アイトは違和感を覚える。
「ーーーじゃあ、僕も捨て身で挑ませてもらうよ」
そんな声が響いた瞬間、ルークはこれまでとは桁違いの速さで距離を詰め、掌底をアイトの腹に叩き込む。
「ぐッ!!?」
アイトは呻き声を溢しながら後方へ吹き飛ぶ。すぐに体勢を立て直して視線を戻す。
「っ!?」
するとルークは、まるで自分から距離を取るように踵を返して走っていた。それを見た瞬間、アイトも全速力で後を追う。
「何か1つを切り捨てるとしたら、こっちだ」
足を止めたルークは剣を力強く握り締め、勢いよく振りかぶる。その剣先は、意識のないカンナに向かっている。
「ふっ、ハハハッ!!!」
何故かルークは嬉しそうに笑いながら、勢いよく剣を振り下ろした。彼自身、何かタカが外れたような感覚がした。足元に、大量の赤い血が飛び散る。
「ーーーやっぱり、君はレスタだ」
銀髪少女には届いていない剣を見つめながら、ルークは呟く。
「だか、らぁ‥‥‥違うって、言ってるでしょうがッ‥‥‥」
アイトは絞り出すような声を出す。自分の首筋に食い込んだ剣を両手で握りしめながら。
アイトが2人の間に割り込み、ルークの剣を両手の平で抑えながら首筋で受け止めたのだ。首付近は当然のこと、剣を抑える両手の平も血が滲む。突き抜けるような激痛に、片膝を地面に付ける。
「言葉と行動が合ってないよ。君は明らかにその子を庇った。普通の学生とは思えない速さで割り込んで」
「知らない女の子でもっ、いきなり殺されそうだったら助けようとするでしょ‥‥‥」
アイトは噛み締めるような口調で言葉を返す。ルークは少し好戦的な笑みを浮かべた。
「君にそんな一面があったのかい? 目立たないように行動を律していた君が?」
「先輩こそ、俺の何を知ってるんですか‥‥‥可愛い女の子のため、なら‥‥‥お近づきになるために多少は、頑張れますよ」
アイトは一瞬だけ視線を真下のカンナに向け、すぐにルークへと戻す。
「そんな思春期真っ盛りな男子学生みたいな言葉、よく平気で言えるね」
「実際、その通りですから‥‥‥俺、彼女いませんし‥‥‥ていうかルーク先輩は、俺のことを何か過大評価してませんか‥‥‥?」
ルークが常人の良心から半歩踏み外した行動を取っても、アイトは必死に喰らいつく。
ルークに怪しまれても、ここまでの苦痛を味わっても、必死に時を稼ぐ。だが当然、折れそうになる。
いつミストたちが来るのか。そもそも来ないんじゃないか。首の出血で死なないか。ルークが完全に自分を殺す気だったら。
そんな感情が心の底から無意識に湧き出てくる。
(折れるな‥‥‥楽になろうと逃げるなっ‥‥‥どれだけ苦しくても、信じろっ‥‥‥!!!)
だがアイトは歯を食いしばって必死に耐える。孤独との闘いに、正面から挑み続ける。
◆◇◆◇
「あっ‥‥‥あそこっ」
ミストは小さな声を2人へ呟く。ユニカとリゼッタは誘導されるように視線を向ける。
2人が見たのは‥‥‥意識が無く仰向けに倒れるカンナ。そしてルークの剣を必死に首元で受け止め、血を流すアイトの姿。
「ローグくんっ」
「レーくん!!」
当然、黙っていられるわけがない。ユニカとリゼッタは周囲に響くような声を出しそうになる。特にリゼッタは完全に取り乱していた。
「バカッッ、静かにしてくださいっ」
その2人の口を、ミストが反射的に手で押さえることで阻止。やがて落ち着きを取り戻した2人は反省したように頷いてミストから手を離させる。
「‥‥‥ごめんなさい、取り乱したわ」
「すまぬ」
2人が謝ると、ミストは首を縦に振る。次に声を出したのはユニカだった。
「でもあんな状態を見てのんびりしてられない。だから彼が言ってたという策を教えて」
彼女がそう単刀直入に尋ねると、ミストは僅かに首を横に振った。
「ダメです‥‥‥言えません」
「え、どうしてっ」
「あの人の指示だからです。『ラペンシアとリゼッタには策の内容を話すな。話せば2人は反対するから』と」
「なんですって‥‥‥彼がそんなこと言うような策に、乗れっていうの?」
「おなじく」
ユニカは目を見開いて困惑し、リゼッタは詰め寄りながら小声で呟く。ミストははっきりと頷いた。
「私が作り話をしてるわけじゃありません‥‥‥あの人が私に伝えた策は、成功すれば問題が全て解決するかもしれません。正直、限られた時間の中で遂行するなら最善だと思います」
「‥‥‥だから、私たちに受け入れろと」
「はい。カンナを助けたいなら」
ミストの発言から少し間が空いた後、ユニカは息を吐いてはっきりと頷いた。
「‥‥‥わかった。ただし、助けたいのはカンナだけじゃない。彼もよ」
だが、彼女ははっきりとアイトの事も告げる。
「どうい。りーも、うける」
続いてリゼッタも承諾の意思を示す。だがその覚悟を再確認するかのように、ミストは言葉を付け足した。
「では‥‥‥これから何が起こっても声を出さず、行動できると誓えますか」
「誓うわ」
「ちかえる」
2人の意思を確認したミストは小さく息を吐き、策を成功させるべく指示を出す。
「じゃあまずユニカさんは、ルークさんに気づかれように近づき、なるべく近くの木の上に隠れてください。絶対、誰にも気づかれないように」
「わかったわ」
「そして私が合図したら、ーーーーーーーーーー」
ミストが指示の全容を伝えると、ユニカは緊張した様子で頷く。
「‥‥‥わかった。その合図っていうのは」
「ご心配なく。話さなくても1発で分かります。話して気持ちが揺らがれても困りますので、準備を」
ミストは割り込むように返事をすると、ユニカの背中を押して準備を急がせた。残るのはミストと、まだ何も知らないリゼッタ。
「ね、りーは?」
「リゼッタは私について来てください」
リゼッタは近くの木から覗き込むように奥を確認すると、首を横に振りながら別の木に移動する。それを、何度か繰り返す。リゼッタも意味が分からず、首を傾げるほどだった。
「‥‥‥よし、ここですね」
ミストは小声で独り言を呟き、ある物を取り出す。リゼッタは驚きのあまり声も出せない。
「ここからがリゼッタの役目です」
ミストは一呼吸置くと、リゼッタの前にちょこんと座る。そして後ろを向き、これが策の中で最も重要だといわんばかりの目つきで指示を出した。
「‥‥‥しっかり私の口を塞いでてくださいねっ?」
そして、彼女の声色は怯えているかのように震えていた。




