表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
203/347

妹の奇襲

 グロッサ王立学園内。


 「は、話があるんだけど」


 アリサ・ディスローグは自身の身体と扉で相手を挟み込むように立っている。


 今回の一件で今のところ全く関わりがないアリサの登場に、侵入者フィオレンサは面を食らいながらも動揺をひた隠す。


 「ーーーアリサさん、どうかしましたか?」


 フィオレンサは咄嗟に笑顔を作って、愛想よく振る舞い始めた。


 「そ、そんな笑顔を向けないで‥‥‥じゃなくて!

  あんたはいったい、何を企んでるのっ!?」


 それに対してアリサは、いっさいの遠慮無しに核心を言い放つ。


 「‥‥‥いったい、なんのことでしょう?」


 澄まし顔で首を傾げるフィオレンサ。一見、『これ以上は何も触れるな』という遠回しな警告にも感じられる。


 だがアリサは、躊躇なく続きを話し出した。


 「ふーん、言いたくないなら教えてあげるし。

  まず、あんたは見学者じゃないよね」


 「‥‥‥どういう理屈でしょう?」


 言葉に迷いが無いアリサに対し、フィオレンサは冷静に聞き返しながらも内心では警戒を強める。


 「‥‥‥そもそもあんた、悪い事をするために

  見学者と偽って学園に侵入したんでしょ?

  だって凄まじい()()に満ち溢れてるし。

  普通の見学者は絶対持ち合わせてないもん」


 「ふふっ、まるで()()()()()()ような発言を。

  そんな曖昧なことで私を責めるのですか?」


 「あ、怪しい理由はちゃんとあるからっ!

  あんたから微塵も魔力を感じない事とか!」


 アリサが慌てた様子で正論を突き付ける。だが、フィオレンサの顔色は変わらなかった。


 「ああ‥‥‥それはさっき、学生の方から

  物に魔力を込める技術を教わったんです。

  ついそれが嬉しくて、外の観葉植物に

  いろいろ試したことで使い果たしてしまって」


 「な、なにそれ‥‥‥意味わかんない!

  そんな見え透いた嘘を言っても無駄っ!」


 「ですから今、()()()()にいるんですよ。

  自分の口で、直接謝ろうと思いまして」


 「よく回る口っ‥‥‥もう潔く白状したらっ!?」


 「そんな大声出されても、困りますわ‥‥‥」


 アリサが言い寄ると、フィオレンサは巧みに言葉を紡いで話を逸らす。


 「ぐぬぬっ‥‥‥! もう頭にきたからっ!!」


 アリサは突然痺れを切らし、大声で詰め寄る。そう、学園長室の前で。


 「あの〜アリサさん? 場所変えませんか〜?」


 フィオレンサは笑顔を崩さずに提案し、和解と言わんばかりに手を差し出す。


 「‥‥‥わかった。でも逃げようとしても無駄!」


 アリサは顔を真っ赤にしながら、フィオレンサの手を掴んで歩き出す。


 「別に逃げるために場所を変えるわけでは〜」


 「あっちに空き教室で話を続けるわよっ!

  あんたの手を掴んでるから

  逃げようとすればすぐに分かるからね!」


 そう宣言したアリサは、明らかに暴走気味だった。


 「‥‥‥ええ、もちろんですよ〜」


 それでもフィオレンサは笑顔で返事をしたが、内心はかなり荒れていた。


 (なんなのこの子‥‥‥超めんどくさ。

  今から時間取られるのは嫌だけど、

  この場で断るとますます怪しまれる。

  この子を今すぐ始末しようにも

  学園長にこれ以上何か怪しまれたら

  今回の計画全てが台無し。

  ひとまず了承して油断させてから‥‥‥)



 「『人目が無い近くの空き教室ですぐ済ませる』」



 するとアリサは‥‥‥彼女の心情の続きをはっきりと言い放つ。


 フィオレンサは目を見開き、驚きで声が漏れる。


 「はっ‥‥‥?」


 「ふへっ、ようやく化けの皮を拝めたっ。

  さ、さっきまで恥を忍んだ意味があった!」


 アリサの意味深な発言に警戒し、フィオレンサは咄嗟に彼女の手を振り解く。


 アリサは両手を胸の前で構え、警戒した様子で後ずさりする。


 「あんた‥‥‥やっぱり嘘ついてたわね?

  私の()()に気付けないってことは

  魔力を感知できないってことでしょ。

  そんな人が学園の見学者なわけないっ!

  言っとくけどもう言い訳しても無駄!

  もう誤魔化せないからっ。あんた何者ーーー」



     「あぁ〜〜うるさいなぁぁぁ‥‥‥」



 アリサの言葉に被せるように、フィオレンサはクソデカいため息をつく。


 「やっぱ学生って、これくらい生意気だよねぇ?

  ほんっと‥‥‥ウザいウザいウザいウザいっ!!」


 そして苛立ちをいっさい隠さずに、本音を露わにする。両手で頭を掻きむしり、瞳孔が開いていた。


 「ふぁっ!? な、なんなの急に‥‥‥!」


 そんな彼女を見て、アリサは徐々に後退しながらドン引きしていた。


 「なるほどあなたは何らかの魔法で

  見学会の最中に私の真意を探り当てた。

  それで今、正義感に駆られて止めに来たと。

  そういうことでいいんですかぁ??」


 早口で捲し立てるフィオレンサは、足を進めて距離を詰める。


 「べ、別に正義感とかじゃないし!?

  ちゃんと自分のためにやってるの!!」


 アリサは反抗心を露わにして言い返すが、足は着実に後ろへ進んでいる。必死に距離を空けようとしているのだ。


 「そうですかそれはよかった。

  もし正義ヅラしてたら出来るだけ

  苦しませてから消そうと考えてましたが、

  そうじゃないなら楽に死なせてあげます」


 「は、はあっ!? なにする気っ‥‥‥!?

  やっぱ昼間のテラスの件もあんたのせい!?」


 アリサは必死に恐怖を悟られように凄んで話しかけると、フィオレンサは見透かしたように鼻で笑う。


 「ええそうですよ馬鹿なんですか?

  ここまで来て違うと思います?

  せっかく疑いを根暗ちゃんへ

  向けれたのに、ほんと最悪」


 「わ、私のことじゃないでしょうねっ!?」


 「は? ‥‥‥ふふ、根暗の自覚あるんだ。

  でも残念、私が言ってるのは白髪の子」


 こうしてフィオレンサが本音を漏らす間にも、アリサは隙を伺いながら必死に後ろへ下がる。


 やがて2人は、とある空き教室前の廊下に差し掛かった。


 「気付かなければ気絶するだけで済んだのに」


 「そ、そんな言葉には騙されないわよ!?」


 「‥‥‥そうですね、残念です♪」


 「こ、答えなさいよあんたっ!

  なんのためにこの学園に侵入したのっ!?」


 「すごく必死にお喋りを続けますね?」


 そう言ったフィオレンサはため息を着くと、一瞬だけ足を止める。


 「ーーーですがもう飽きましたぁッ!!!」


 そして、これまでとは明らかに異なる速さで廊下を駆ける。全力で相手を仕留めるような動きを見せる。


 当然、アリサとの距離は瞬く間に近づいていく。


 「ちょっ!? 来た来た来た来たよぉぉ!!!」


 アリサは迫る恐怖に支配されたのか、大声で叫び始める。


 「うるさいなぁっ!!?」


 憤ったフィオレンサの伸ばした右手が、アリサの首付近を捉える。


 アリサを掴んで空き教室の中へ押し込み、そこで殺そうとしているのだ。


 「来ましたっ!! 来ましたよ来たってぇぇ!!」


 掴まれそうになったアリサは、今も必死に何かを叫ぶ。


 まるで、誰かに知らせようとしているように。



        「ーーー取引成立ね」



 すると突然、空き教室の中から声が響くと同時に扉が開く。


 ちょうど扉の前にいたフィオレンサは反射的に視線を中へ向ける。


 そこにいたのは、またも彼女にとって無警戒の人物。ただやる気のない案内係くらいにしか思っていなかった相手。


    「楽しませてもらうわよ侵入者!!」


 システィア・ソードディアスが、剣を構えて突撃してきたのだった。



    そう、2人は事前に手を組んでいたのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 時間は遡り、昼休み。


 テラスでの騒動が終わった直後。


 「なんであの程度で立ち入り禁止になるのよ。

  せっかく楽しんでたのに台無しよ、ったく」


 システィアは愚痴を吐きながら歩いていた。


 「あ、あのっ‥‥‥!」


 すると、機嫌の悪い彼女に後ろから話しかける者が現れる。それは学園の制服を着ていない少女‥‥‥つまり見学者だった。


 「ったく、今度はなに‥‥‥ってあぁ。

  私は今忙しいからもう1人の案内係に尋ねて」


 そのことに気付いたシスティアは、雑な返事をして歩き去ろうとする。


 「あ、あなたに話があるんですシスティア先輩!」


 だが相手は引き下がるどころか近づいて様子を伺い始める。


 そのことにますます機嫌を悪くしたシスティアは、目を細めながら相手の顔を確認する。


 「ーーーあ? お前は確か‥‥‥」


 「あ、アリサ・ディスローグです。

  は、話を聞いてもらいたいんです!」


 アリサは自己紹介を済ませると、システィアの反応を見る前に本題を突き付けた。


 「し、信じてもらえないかと思うんですが

  見学会に乗じて何か悪い事を企んでる人が

  侵入してるんです! 今もずっとです!」


 「‥‥‥は? なに言ってんのお前?」


 「どうか、その人を捕まえるのを

  手伝ってくれませんか‥‥‥!」


 一方的に要件を話したアリサ。それに不満を感じたシスティアは渋々口を開く。


 「仮にお前の言う通りだったとしても、

  そんなの別に心底どうでもいい。

  私に何の利益も無いし、お断りするわ。

  そもそもお前の兄に頼めばいいでしょ」


 システィアは思ったことをありのまま話すと、アリサは突然手を叩いて下手な笑顔を作る。


 「か、カレンくんから話は聞いてます!

  システィア先輩はすっごく強くてしたたかだと!」


 「ちッ、カレンのやつ‥‥‥」


 システィアが弟に殺意を覚え、機嫌悪そうに舌打ちする。だがアリサは話を止めない。


 「先輩の腕を見込んで話をしたんです。

  ですのでどうか、力を貸してください‥‥‥!」


 そしてシスティアの手を握って頭を下げる。


 「はぁ‥‥‥」


 システィアは呆れた様子を見せ、小さく息を吐いた。そして怯えた小動物のような相手を見つめる。


 (なんでこんな必死なのこいつ‥‥‥

  既に私と相性悪そうな片鱗が見えるし、

  そう考えるとあいつの妹というだけはあるわ)


 「ひ、必死なのは今回だけなんですっ‥‥‥

  普段は消極的で静かで根暗で口下手で‥‥‥」


 アリサはぷるぷる身体を震わせて怯えながら、自分より背の高い相手に懸命に話す。


 「後ろ半分は今もそうでしょうが‥‥‥」


 上目遣いで小動物のように怯えるアリサに対し、システィアは励ますどころか素直な感想を吐露する。


 「‥‥‥は??」


 だがさっきの会話の()()()に気付き、システィアは無意識な声を漏らす。


 そして彼女の目線は、自分より背の低い年下の少女に向けられた。


 「お前っ、いったい今のはどういうこと‥‥‥」


 システィアは疑念が拭いきれず、手を握ってくるアリサに対しての警戒を強める。


 「わ、私の話聞いてくれるんですね!」


 そんなことに気づかないアリサは、まるで祈りが届いたかのような笑顔になるのだった。



 その後、色々な詳細を聞いたシスティアは目を閉じて両手を軽く振った。


 「‥‥‥はぁ、やっぱり私に何の利益も無い。

  弟と違って、私はお人好しでもないの」


 「そ、それは一目ですぐ分かってました」


 「は????」


 「ひぃっ‥‥‥!?」


 睨まれたアリサは両手を胸の前に置いて怯える。


 「自分の兄にでも頼るなりしてがんばるのね」


 システィアは既に会話を終わらせたいという意思を感じさせるように言い切る。そしてアリサに背中を向けて歩き出す。



     「ーーー頼れないんですっ!!」



 だが突然アリサが大声を出したため、思わず足を止めてしまうシスティア。


 「わ、私はっ!! 姉兄(ふたり)に認められたいんです!

  王国最強部隊に所属する姉さんとっ、

  芯が強くて優しい兄さんにっ‥‥‥!!」


 「‥‥‥はあ?」


 「姉さんは、私に優しいんです。

  兄さんにはとっても厳しいのに。

  それって、私は弱いってことですよねっ‥‥‥

  期待されてないってことですよねッ‥‥‥」


 「それって‥‥‥」


 「それに兄さんは、何かを隠してるんです。

  でも私には全然教えてくれない。

  それは私が頼りないから、弱いからっ。

  そして兄さんは学園に入学して以来、

  一度も家に帰って来てくれませんでした。

  それは、私に会う理由がないからっ‥‥‥」


 アリサは涙を流しながら、無関係のシスティアに対して本音を話し続ける。


 「だから私は、この学園とは違う別の所へ

  入学しようと考えてたんです。

  でも姉さんは見学に来いと言ってくれた。

  まだ私に、僅かでも期待してくれたんです!」


 「‥‥‥それで」


 いつしかシスティアは向き直り、アリサの話を聞く姿勢に入っていた。


 「でも昨日会った時に分かったんです。

  姉さんは前みたいに優しく話しかけてきて、

  兄さんは何かを探るように接してきた。

  ‥‥‥私は足手纏いの妹なんだって事が!!」


 「お前の言い方だと、まだ憶測の域を

  出てないように聞こえるけど?

  私にした時みたいに、あの2人にも

  同じことをすれば答えは出るでしょうが」


 「そんな怖いことできませんっ!!

  もし先輩が私と同じ状況にあったとして、

  真意を探ることなんてできますかっ!?」



 ここで、アリサが2人に対して距離を取っていた理由が明らかになる。


    『今の自分に対してどう思っているか』。


 それをはっきりと知ってしまうのが怖くて堪らなかったからだったのだ。



 「‥‥‥知らないわよそんな仮定の話。

  それで? まだ話はあるんでしょ?」


 システィアが諫めるように忠告すると、アリサは続きを話し出す。


 「このままだと絶対見放されちゃう‥‥‥!

  だから私は、2人に認められるような

  大きな手柄を立てないといけないんです!

  『よくやった』、『すごいわ』って

  思われるような大きな手柄を!!」


 アリサは、考えていた全てを暴露した。一気に話して息が少し乱れている。


 すると、システィアは腕を組んで小さく頷く。


 「なるほど、そういうことね。

  お前が関係ないことに必死な理由が分かった。

  だから騒ぎの首謀者を捕まえたいわけ」


 「‥‥‥はい」


 「お前のことが少し分かった気がするわ。

  あの人たちの妹である自分に対する劣等感と

  自信の無さが今の風貌と内面ってわけ」


 アリサの無造作に伸びた髪と、口下手な点を鋭く追求する。


 「‥‥‥はい、そのとおりです」


 アリサは今までの中で最も小さく、か細い声で返事をする。


 「ったく‥‥‥妙に刺さる話だったわ」


 システィアも小さな声で、他には聞こえないように呟いていた。少し共感してしまったことを悟られないように。


 「‥‥‥? あ、あの、なにか言いましたか」


 「言ってないわよ。それでもう話は終わり?

  だったら‥‥‥後で私にも何か協力しなさいよ」


 システィアは、視線を逸らして腕を組み直す。


 「ーーーえ? え、え? あの、それって」


 言葉の理解が追いつかないアリサは何度も噛みながら質問していた。


 「それは、だからっ‥‥‥」


 察しの悪いことに腹が立ったシスティアは、大声で真意を完結に伝える。


 「ーーーお前に協力してやるって言ってんの!!

  分かったら早くそいつを捕まえるわよ!!」


 「は、はいっ!! よろしくおねがいします!」


 アリサは嬉しそうな顔つきで、勢いよく頭を下げる。


 こうしてアリサは、システィアの助力を得ることに成功した。


  (あいつの妹に貸しを作るのも悪く無い‥‥‥)


 そしてシスティアは、姉にそっくりな意地悪い顔を浮かべるのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「よく誘き寄せたわね!!」


 システィアは口角を上げて協力者アリサを褒め、目の前の侵入者フィオレンサへ突きを放つ。


 フィオレンサは首を傾けて剣を躱すと、すぐ横の教室の壁を蹴って宙返りする。


 そして身体を捻りながら繰り出した蹴りは、システィアが胸に構え直した剣によって防がれた。


 蹴りを受け止めた衝撃で少し後方へ下がるシスティアと、その場に着地するフィオレンサ。


 「あわわわわっ‥‥‥」


 そして、2人の攻防に全くついていけないアリサ。


 目が唖然としている彼女を無視し、システィアは剣先をフィオレンサに向ける。


 「いきなり刺そうとするなんて怖いですよ〜。

  なんでこんなひどいことするんですかぁ〜」


 フィオレンサがわざとらしい声色で話しかけると、システィアは舌打ちをついて睨み付けた。


 「黙れ。私の突きを躱してよく言うわ。

  でもこれで確定した。お前は普通じゃない。

  まして見学者であるはずもない」


 「まだ信じてなかったんですかっ!?」


 少し離れた所で驚くアリサは完全に無視して、システィアは話を続ける。


 「それにお前から魔力を全く感じない。

  でもテラスの騒動を起こすことはできた。

  ‥‥‥つまりあの場にいた人たちが

  感知できないような力、まさか呪力か」


 システィアが納得したかのように呟くと、フィオレンサは感心しながら反応を示す。


 「へえ、ずいぶん鋭い人ですね?

  それじゃあ、()()にも気付いてます?」


 「ーーーっ!?」


 システィアは咄嗟に視線を足元に向ける。自分には感知できない謎の力が働いている可能性を疑ったからだ。


 だが、実際に彼女の足元には()()()()。それはフィオレンサが1番理解していた。



      つまり、ただのハッタリである。



       「ーーー嘘です先輩っ!!」


 察したアリサが懸命に忠告するが時すでに遅し。


 システィアは言葉巧みに誘導され、僅かに隙を与えてしまったのだ。


 「よいしょ」


 フィオレンサはその隙をついて1番近くの窓を開け、窓枠に足をかける。


 そして、瞬く間に外へ飛び出していく。



 「ーーーあのクソ女っ!!!」


 見事に騙されたシスティアは声を荒げながら、即座に後を追いかけるべく窓の前に立つ。


 「ーーーふぇ??」


 手を引っ張って掴み寄せたアリサと一緒に。


 アリサが情けない声を漏らすが、システィアは全く聞いていない。


 「行くわよ!!」


 「ちょっ正気でーーー待って待ってうそっ!?」


 アリサの必死な反対を無視して、システィアは躊躇なく窓枠に足をかける。



    「ひぃやぁぉぁぁぁぁぁぁ!!!!?」



    そして、学園の3階から外へ飛び出した。


 誰の絶叫が周囲に響き渡ったのかは、もはや言うまでもない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 グロッサ王立学園内、校庭。


 「答えてください天帝さまっ‥‥‥!」


 第一王女ステラ・グロッサの登場により、『天帝』レスタことアイト・ディスローグは仮面の下で困惑を浮かべる。


 そしてその困惑はさらに強まることになる。



 (ーーーなんだ今の悲鳴!?)



 それは学園の方から聞こえた謎の悲鳴。アイトは気を取られてしまい、無意識に声が聞こえた方角を向いてしまう。


 その瞬間、背後の存在に気付かなかった。


 「ぐっ!?」


 魔物の鋭い爪が、右肩付近に確かな傷を付ける。


 「天帝さまっ!!」


 心配するように叫んだステラは、さらに中へ踏み込んでしまった。


 黒い魔物が湧き続ける、地獄のような地点へと。


 「来るなっ!!」


 アイトは嗜めるように声を荒げ、周囲の魔物を斬り伏せる。


 「で、ですが天帝さまっ!!」


 「これは俺が始めたことで、俺の役目だ。

  王女のあなたが危険に遭う必要はない」


 そう言って淡々と話しながら魔物を切り捨てる彼の姿に、ステラは胸に痛みを覚えた。


 「あのっ私のことを気遣う必要なんてーーー!」


 「別に気遣ってなどいない‥‥‥ただ、迷惑だ。

  何も知らない無関係の人間が首を突っ込むな」


 アイトは心を鬼にして、王女である彼女に対して厳しい言葉を言い放つ。だが、それは本心でもあった。


 そしてステラは、彼の言葉で確信を持ってしまう。


 (天帝さまは、私が近づくのを拒んでいる‥‥‥)


 それは‥‥‥想いを馳せる恋する乙女には残酷すぎる事実であり、真実。


 ステラは急激に心を揺さぶられ、その場に座り込んでしまう。当然、彼女は隙だらけになる。


 「何してるんだっ!? 早く離れろ!!」


 当然アイトは困惑しながら注意を促す。だが、ステラは完全に放心していた。


 「この想いは天帝さまには届かない‥‥‥

  次はいつ会えるかも分からないのにっ‥‥‥

  拒絶されても会いたいって思ってしまう。

  この気持ちを抑えることなんて出来ないッ。

  私は、どうすればいいんですかぁッッ‥‥‥」


 彼女は小声で呟きながら両手で顔を覆っている。悲しみに溢れる涙混じりの顔を見られたくないようだった。


 だが、そんな彼女を優しく励ます者はいない。それどころか、追い討ちをかけるように魔物が近づく。


 「ステラ王女っ!! 早く離れろッッ!!!」


 アイトの懸命な忠告も、泣きじゃくる彼女には届かない。


 アイトの周囲にも魔物が集まり、彼女と距離を縮めることも出来ない。


 必死に斬り倒して助けるための道を作ろうとするが、どう考えても間に合わない。


 座り込むステラに、近づいた魔物が襲いかかる。



       「逃げろーーーー!!!!!」



 誰もが目を背けたい事態が、すぐそこにまで迫っていた。



         ーーーグチャッ。



    叫ぶアイトの耳に‥‥‥鈍い音が届く。


 それはステラが魔物に襲われた音、ではなく何かを殴ったような音だった。


 直後、顔が潰れた魔物がアイトの足元に吹き飛ばされる。


 「なんの騒ぎかと思って見に来れば、

  天帝と呼ばれる謎の男に泣かされた王女。

  かつてないほど面白そうな状況じゃないか。

  抑えきれなくてつい手が出てしまったよ」


 手を血で染めた第三者が、座り込むステラの前に立っている。アイトは相手を見て驚きを隠せない。


 「っ!! まさかーーー」


 ホワイトブロンドの長い髪をハーフツインテールにまとめた見覚えしかない女性が、不敵に笑っているのだ。


 「先に謝っておこう。私は全くの無関係だ。

  だが、君たちの間に割り込ませてもらう」


 (スカーレット先輩!?)


 スカーレット・ソードディアスが、自分本位な理由で乱入したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ