表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/347

最後の砦

 グロッサ王国領内、マルタ森。


 「ルークっ‥‥‥!!」


 「ごめん、遅くなった」


 ルークは優しく呟くと、エルリカの肩に手を置く。


 「知らせてくれてありがとう。

  エルとマリアを失うところだった」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 5()()()。グロッサ王立学園、5年Aクラス教室。


 ルークは、普段通り授業を受けていた。


 教師の話を集中して聞いていると、魔結晶が輝き出す。


 それも、『ルーライト』しか所持を許されていない高性能な特殊魔結晶が。


 「先生、少し外します」


 なんの躊躇いも無く立ち上がったルークは、足早に教室を出る。


 そして、魔結晶を接続した。


 『‥‥‥クっ! 聞こえるルークっ!?』


 「エル? ‥‥‥何があった」


 連絡の相手は『ルーライト』隊員で年上の先輩、エルリカ・アルリフォン。


 『今の王国の情勢と君の立場も分かってるっ。

  でもこのままだとマリアが‥‥‥マリアがっ』


 「ーーーわかった、すぐ向かうよ」


 ルークは、余計な言葉を喋らなかった。即座に承諾の返事をして廊下を足早に歩く。


 『ごめんなさい‥‥‥君に迷惑をかけることに』


 「落ち着いて。気にしなくて大丈夫だから」


 『で、でもっ‥‥‥!』


 戸惑った声が止まらないエルリカに対し、ルークは小さく息を吐いて話す。


 「ったく、エルらしくないよ?

  いつもの凛とした君じゃないと調子が狂う」


 『‥‥‥君って、本当にずるい』


 「はいはい、何がずるいか分からないけど

  調子が出てきてよかった。

  今の場所は? マルタ森のどこら辺?」


 『森の中央ーーーマリアっ!!

  それ以上はやめなさいっ!!!』


 これ以降、エルリカと会話が出来なくなる。


 「ーーーそういうことか」


 何か理解した様子で呟いたルークは、ついに廊下を走り出す。


 「シロアいるか!?」


 「‥‥‥(っ!? っ!?)」


 「隊長命令だ、今すぐついて来て!」


 「‥‥‥(っ〜!?)」


 そして3年Aクラスの教室を訪れてシロアを引っ張り出し、彼女の時空魔法でマルタ森に転移したのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「どうやら、ギリギリ間に合ったみたいだね」


 そう呟いたルークは、今も暴れるマリアに迫る。


 そして、マリアの頭に手を置いて撫で始めた。


 「ちょっ!?」


 「‥‥‥(お〜)」


 それを前後で見ていたエルリカとシロアが驚くが、ルークは気にせずに撫で続ける。


 「何やってんだあいつ???」


 思わず、敵であるヴァドラも困惑してしまう光景だったのだ。


 「ゔぁっ? ぁ‥‥‥?」


 突然の感触に、半狂乱のマリアも動きが弱くなった。マリアからすれば、この場にいるはずの無い金髪の青年が存在することで無意識に困惑したのだ。


 「マリア、今までよくがんばったね」


 「ぁ‥‥‥っ? あぁっ‥‥‥?」


 そしてそれが彼女自身の幻覚ではなく、実際に目の前にいる事を認識させる。


 「ぁぁ‥‥‥る、ルーク、先輩‥‥‥?」


 虚な瞳のマリアが反芻すると、ルークはーーー。


 「こら。今は先輩じゃなくて隊長と呼ぶように」


 今は全く関係ない事を注意しながら、マリアの額に軽くデコピンする。


 「あっ‥‥‥せ、先輩だ‥‥‥」


 そしてそれは‥‥‥ルークとマリアしか分からない日常のやりとりである。


 「本当にっ、ルーク、先輩だっ‥‥‥!!」


 涙を溢れさせたマリアは、完全に正気に戻っていた。


 「マリアっ! 戻ってよかった‥‥‥!!」


 「‥‥‥(コクコクっ!!)」


 エルリカは安堵しながら拘束を解く。シロアも同様に抱擁をやめた。


 「ルーク先輩っ‥‥‥!!」


 マリアは目を閉じて、嗚咽を漏らして泣き始めた。


 ルークはただ、彼女の頭を優しく撫でる。


 「ごめんなさいっ‥‥‥!!

  ルーク先輩に迷惑かけないよう

  がんばるって決めたのに‥‥‥!!

  結局、私が弱いばっかりに

  多大な迷惑かけてしまって‥‥‥っ!!」


 マリアの懺悔を聞き、ルークは頷く。


 「うん、()()したよ。

  シロアを連れてすぐに駆けつけるくらい。

  マリアは危なっかしいんだから」


 「せんぱいっ‥‥‥」


 「でもね、世話のかかる後輩がいるから

  僕もがんばろうって思えるんだ。

  たまには、先輩面させてもらうよ」


 ルークは不敵な笑みを浮かべると、マリアを軽く押す。


 するとマリアは力が抜けたのか、後ろにいたシロアに支えられた。


 「シロア、行って」


 「‥‥‥(コクッ!)」


 シロアが力強く頷く。そして何か小声で呟くと足元に魔法陣が発動し、2人が姿を消した。


 そう、シロアの時空魔法による転移である。


 この場に残ったのはルーク、エルリカ、そしてーーー。


 「やれやれ、ようやく行ってくれたか」


 待ち侘びたのか、嬉しそうに笑うヴァドラ。


 この展開を期待していた口ぶりで、ヴァドラは立ち上がる。


 「これで聖騎士様と戦えーーーあ?」


 だが、すぐに驚きの声が漏れる。


 「‥‥‥君、覚悟はできてるだろうね?」


 振り向いて微笑んだルークの声が、()()()()()()()からだ。


 「ハハッ、王国最強ってのも人なんだなぁ!?

  てっきり常識知らずの怪物だと思ってたぜ」


 「君に僕の何がわかるのかな」


 ルークが淡々と呟いた直後、エルリカは寒気を感じた。


 いつも温厚なルークが、重くのしかかるような圧を醸し出している。


 「それじゃあさっそく始めさせてもらうが

  その前にひとつ質問だ」


 「‥‥‥見かけによらずお喋りだね」


 ルークが嫌味のように言い返すが、ヴァドラは気にせずに話しかけていた。


 「腰に差してある剣は抜かねえのか?

  まさかこの期に及んで、手加減する気か?」


 「そんな気は全く無いよ。ただの僕の意思だ」


 ルークが意味ありげに呟いた瞬間。


 ヴァドラとエルリカの視界から、一瞬で姿を消す。



         「ーーーがっ!?」



  そして、無警戒のヴァドラを殴り飛ばしていた。



     「殴らないと気が済まないだけだよ」



 返り血が頬に付いたことに気づかないルークは優しく微笑む。



     「あれ、もう始まってるんだよね?」



 そして淡々と呟き、握り締めた手を振りかぶるのだった。


   静かに怒る聖騎士が、2人を震撼させる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 グロッサ王立学園、校庭。


 「ッ!!」


 エルジュ代表『天帝』レスタとなったアイトは、地面から沸き続ける()()()を斬り続ける。


 (確か以前、ミアもこんなことしてたなっ。

  もっと詳しく話を聞いておけばよかった!)


 アイトは内心で愚痴を呟きながらも、取り囲むように湧いてくる魔物を相手し続ける。


 そんなことが校庭で行われていると、当然ながら目立つ。


 「あれが最近話題になってる銀髪仮面!?」


 「謎の組織を率いてるレスタって男だ!」


 「まさか学園を襲いにきたの!?」


 「でも魔物と戦ってる様子っぽいよ!

  もしかして私たちを守るために‥‥‥?」


 「聖天教会の教皇を暗殺しようとした奴だぞ!

  魔物を率いて攻めてきたに決まってる!!」


 「敵なの味方なの!?」


 既に学生と見学者たちの人目を引き、様々な憶測が多方面から飛び交う。


 アイトは何も反応せず、ただ視界に入る魔物を斬り伏せるのみ。


 その一部始終を遠目で眺める者、慌てた様子で周辺から離れていく者。


 どちらかの行動を取るのが大半だったが、どちらもレスタ(アイト)のことを警戒しているからである。



 だがそんな中で、彼を見た後の行動が異質な者が1人だけいた。


 その者は遠目から眺めるわけでもなく、その場から離れていくわけでもない。



 「や、やっと見つけましたよ‥‥‥あぁ‥‥‥♡

  なななにしているんですか貴方はっ‥‥‥!」

  

 あろうことか周囲の魔物に気にも止めず、一心不乱にアイトへ近づいてくる挙動不審な人物。


 しかもその人物が人物であるだけに、周囲の驚きは大きなものとなる。


 (ーーーはっ!? なんで今こっち来るの!?

  もしケガでもしたら一大事でしょうがっ!?)


 相手の存在に気付いたアイトは、思わず声を漏らしそうになる。だが必死に冷静を装い、何故か近づいてくる彼女を守るべく魔物への攻撃を止めない。


 その甲斐あってか一時的に周囲の魔物が少なくなると、少女は胸に手を置いて深呼吸する。


 「お久しぶりです『天帝』レスタ様っ‥‥‥

  以前あなたに助けられた第一王女、

  ステラ・グロッサと申しますっ‥‥‥!

  いったい何用でここに来られたのですかっ!」


 (‥‥‥え?)


 そして昂奮気味に話し始め、アイトをますます困惑させるのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 同時刻、グロッサ王立学園内。


 『繰り返します。5年Aクラスのーーー』


 学園の至る所に設置された情報伝達用の魔結晶から、同じ放送が繰り返される。


 (しつこいなぁ。もうわかりましたって)


 侵入者フィオレンサは内心で愚痴りながら廊下を歩く。


 何度か慌てた様子で走る学生たちとすれ違うが、フィオレンサを気にする者は誰もいなかった。


 避難することに必死で、侵入者のことに意識を割く余裕が無いことが伺える。それが分かるたびにフィオレンサはほくそ笑んでいた。


 そして勘の鋭い彼女は、新たな事実に辿り着く。


 (‥‥‥あ、何回も放送してるってことは

  ルーク・グロッサが呼びかけに応えてない?

  もしかして、学園内にいないのでは‥‥‥)


 そう考えたフィオレンサは、ニタリと笑う。


 (ということは‥‥‥あのルーク・グロッサは

  私じゃなくて()()()へ向かった‥‥‥と。

  うわ、あのヴァドラ様が珍しく役に立ってる。

  ただの自己中でも役に立つ事ってあるんだ♪)


 主のことを罵倒するフィオレンサは、どこか嬉しそうに笑っていた。


 都合の良い展開のため気分が良くなった彼女は、徐々に歩く速度を早めていく。


 そして、とある一室の前で足を止める。それは、学園に侵入した目的の完遂間近を意味する。


 先ほど自分の正体を見破ったアイトとユニカ、最も脅威になり得るルーク・グロッサは近くにいない。


 その事実が、フィオレンサの気持ちを昂らせる。



 「ふふっ‥‥‥うまくいきすぎ♪」


 上機嫌のあまり独り言を呟きながら、彼女はドアノブに右手をかける。


 そのまま、ドアノブを回して扉を開けようとするとーーー。


 「ね、ねえちょっと‥‥‥!」


 突然、誰かが彼女の背後から話しかける。これはフィオレンサにとって、完全に想定外の事態。


 「‥‥‥なんでしょうか〜?」


 即座にドアノブから手を離したフィオレンサは、笑顔を作りながら振り返る。


 そこには、今回の見学会で見知った少女が立っていた。あまり活発的には見えない、口数も少なそうな少女。


 特徴的なのは無造作に伸びた黒い髪。特に前髪は、少女の左目を完全に隠している。


 「たしかあなたは‥‥‥」


 「い、いま時間だいじょうぶ?」


 向かい合う形で対峙したのは、少し腰を曲げて目を逸らしたアリサ・ディスローグだった。


 そして彼女が‥‥‥これから引き起こされるであろう惨劇を防ぐ、最後の砦となる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ