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姉弟、決死の覚悟

 グロッサ王立学園、校庭。


 「そんなっ‥‥‥」


 「ラペンシア! いったいどうした!?」


 アイトは肩を揺すって話しかけるが、ユニカは掠れた声を出したまま反応しない。


 その理由は、呪力を感じないアイトでもすぐにわかることになる。


 周囲の地面から、どこからとなく黒い魔物が出現したからだ。


 「!! あの女の仕業かっ!!」


 アイトは咄嗟に聖銀の剣を構える。だがユニカは何も動かない。


 「こんなの、どうすれば‥‥‥」


 ただ、絶望した様子で小言を呟くのみ。


 「ラペシンアっ、これってあの女の呪力か!?」


 「わたしのせいで、学園が‥‥‥!」


 問いかけが聞こえていないのか、ユニカはやがて声を震わせて一歩下がっていた。



           ぺチンッ。



          「っ‥‥‥!?」



 何かが弾けた様な音が響いた直後、ユニカは痛みを感じ始めた額を手で押さえる。


 「ーーーしっかりしろ!!」


 それはアイトが、デコピンを炸裂させたからだ。


 「あの女を早く止めないと、取り返しがーーー」


 「もうつかないわよっ!!

  あなたには分からないでしょうけど

  呪力反応の数が桁違いなのっ!!

  こんな数、国の一軍に匹敵する‥‥‥!!

  それが地底から湧き上がって来てるのよ!?」


 ユニカが捲し立てるような大声を出す。だがアイトは退かなかった。


 「ああ、俺にはわかんないな!!

  全く感じないし、勘も鋭くない!!」


 「だったらーーー」


 「だから今の状況でも抗える。

  それに諦めるほどの状況じゃない。

  ここには仲間のメリナがいるし、

  王国最強と名高いルーク王子もいるし

  他にも実力有数な学生がいる!

  それにーーー俺とお前もいる」


 「っ、ローグくん‥‥‥」


 アイトは迫り来る黒いゴブリンを斬り伏せると、再度ユニカを見つめた。


 「お前ならあの女を見つけられるだろ?

  俺は他に被害が出ないよう食い止める。

  ()()()()で目立てば学園の皆が警戒する。

  そうすればあの女が動きづらくなるはず」


 「! そんなことしたら、また悪名がーーー」


 「もう決めた。後で後悔しない。

  それに学生や見学者に何かあれば、

  この王国はもう終わりだ。

  俺の平穏を、終わらせてたまるか」


 アイトは剣を地面に突き刺すと、懐から魔結晶を取り出した。


 そう、『天帝』としての服装に変化させるための魔結晶を。


 「‥‥‥わかった。私も終わらせたくない。

  始まったばかりの学園生活、もっと続けたい!」


 「‥‥‥ラペンシア、お前ってまさかーーー」


 「あの女は、私が絶対に見つけて倒す。

  だから、さっきの失言は忘れて」


 「‥‥‥はいはい」


 アイトが渋々頷いた瞬間。


 ユニカは女を見つけるべく、全力で走り出す。


 アイトは‥‥‥銀髪に色を変えて仮面を付け、魔結晶を発動して服装を変える。


 「急で悪い。今話せるかーーー」


 そして連絡用の魔結晶に話しかける。



 その5分後、『天帝』レスタが謎の軍勢を引き連れ学園に現れたいう騒ぎが起こる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 グロッサ王国領内、マルタ森。


 「なんだお前っ、奥の手隠してやがったな!?」


 膝蹴りをくらったヴァドラは地面を転がりながら愚痴をこぼす。だが、彼は怒っているのではなく笑っていた。


 両足の裏で地面を抉りつつ着地したヴァドラ。その刹那、頭上に飛び上がっていたマリアが拳を真下へ振り下ろす。


 「速えなっ!!」


 ヴァドラは前転することで回避し、距離を取る。マリアの振り下ろした右拳は誰もいない地面を突き抜けた。


 「ーーーあっ?」


 すると突然、ヴァドラの身体は前へ吸い寄せられる感覚に陥る。いや実際、勝手に身体が傾く。


 その現象を生み出している原因は、彼の右肩に今も突き刺さっているーーー。


 「ーーー刀かっ!!!」


 マリアが地面から引き抜いた右手を突き出して雷を発生させていた。


 それに共鳴するように、ヴァドラの右肩に刺さっている刀が揺れている。


 少なからず金属の材質で加工された刀は、強く引き寄せられるという事である。



 「うおっ!?」


 ヴァドラは刀ごと強く引き寄せられ、思わず困惑の声を出す。


 マリアは左足でヴァドラの首に蹴りを入れると、雷を纏った右フックを脇腹に叩き込む。


 「【雷掌】!!」


 そして、雷を纏った左の掌底を鳩尾にめり込ませる。


 「やるじゃねえかっ!」


 だがヴァドラが寸前に彼女の左手を掴んでいた事で、威力は半減していた。


 「ーーー!!」


 察知したマリアは、瞬時に右手を伸ばす。伸ばした先は、掴まれている自分の左手ではない。


 今もヴァドラの肩に刺さっている、自分の刀である。


 「ぐっ、うぉぁぁ!!?」


 マリアが刀の柄を握って引き抜こうと力を振り絞ると、ヴァドラは悲鳴に近い叫び声を上げる。


 だが彼は笑ったまま、掴んでいる手に握力を込める。


 「っ!!!」


 今度はマリアが痛みで声を漏らすが、刀を引き抜くことを諦めない。


 マリアが刀を引き抜くのが先か、ヴァドラが彼女の手を握り潰すのが先か。


 ここで2人は、突然の我慢勝負に突入することになる。


 ヴァドラの肩は血が溢れ出し、マリアの左手はミシミシと鈍い音を出す。


 「っ‥‥‥!!」


 「アチアチだなぁおい!!」


 睨みつけるマリアと口を開けて笑うヴァドラ。どちらかが一歩でも緩めば、戦況が一変する。


 だが、覚悟の極まったマリアの方が上をいく。


 「ーーーはぁ!!!」


 マリアは掴まれている左手に雷魔力を集め、飛散させた。


 ーーー自身の左手がどうなるか、微塵も躊躇せずに。そんな彼女の覚悟が、戦況を一変させる。


 飛散した雷を受け、ヴァドラは後方へ吹き飛ぶ。


 「マジかよっ!?」


 驚きと喜びが混ざった声を出したヴァドラは、直線上にあった木に激突した。


 「っ‥‥‥!!」


 ジリジリと焼き付くような痛みで顔が歪むマリア。痛むのはどこか、確認せずとも明らかである。


 そんな左手の安否を意識から外し、ヴァドラへの追撃を行う。


 「ーーーシッ!!!」


 鋭く息を吐きながら右の拳でヴァドラの顔を殴り込んだ直後、今も感覚がおかしい左手をわき腹に叩き込む。


 右、左、右、左‥‥‥と殴り続けていくうちに、徐々に雷を纏い始めた両手の攻撃速度が増していく。


 現在のマリアが出せる最高速度に到達した時、常人では目に見えない速度で攻撃を続けていた。


 【万雷】状態が尽きるまで、いっさい手を緩めないという覚悟が見て取れる。


 「っ、っ、ッ!! ッ、ッ、ッ、ッッっ!!!」


 声も出ないほどの攻撃を続けるマリア。もはやそれ以外に意識を向ける余裕すらない。


 「もう【万雷】を解きなさいマリアっ!!

  その左手を使うのはやめなさいッ!!!」


 うつ伏せで叫ぶエルリカの声にも、彼女は全く反応しない。


 ただ木にもたれかかった男をひたすら殴り続ける、そんな時間がしばらく続く。


 マリアとヴァドラ、2人の足元には幾度も血が飛び散っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 グロッサ王立学園内。


 「これより魔法基礎の授業を始めます」


 前に立つ教師の声だけが響く、3年Aクラスの教室。


 ステラ・グロッサは集中して授業を受けていた。王国の第一王女である彼女は文句無しの優等生。


 同学年はもちろん全学年の学生からの人気と人望を集めている王家に相応しい少女。


 兄のルーク王子は最上級生であり、あと少しで学園を卒業する。


 もしかすれば、彼が生徒会長を務める生徒会は‥‥‥ステラに引き継がれるのではないかと噂が立っているのだ。


 まだ婚約者がおらず、浮いた話も全くない。それゆえに、彼女の動向に国中が注目している。


 そんな状況である今、異変は起こる。


 『職員室より失礼します。

  5年Aクラス、ルーク・グロッサさん。

  緊急でお伝えしたいことがありますので、

  すぐに職員室までお越しください。

  繰り返します。5年Aクラスのーーーーー』


 学園内のあちこちに設置されている魔結晶から、同じ声が反芻される。


 その時点で学生たちは驚きと興味で少し声を漏らしていた。


 だが、それだけでは終わらない。


 「し、失礼します!」


 扉を勢いよく開けて声を出したのは、茶髪と眼鏡が特徴的な少女。


 突然の訪問者に、4年Aクラスの学生たちは小声で驚きを漏らす。


 「今は授業中ですよ!?

  あなた、何をしてーーー!!」


 「先生、少し落ち着いてください。

  どう見ても只事ではない様子です」


 声を荒げた教師を宥めたステラは、立ち上がって訪問者の前に立つ。


 「いったい、何があったのですか?」


 ステラが落ち着いた様子で話しかけると、訪問者はすぐに言葉を返す。


 「は、はい! た、大変なんです!!

  王国でたびたび暗躍しているレスタが、

  突然学園の外に現れまして!!」


 「ーーーふぇっ??」


 ステラは目を見開いて変な声を出すが、ユニカは気に留めずに話を続ける。


 「そのことを学園内に知らせるべく、

  各学年に伝えて回ってる最中なんです!

  もしかすれば王族のあなたが狙われる

  危険性もあるかと思い、お伝えにーーー」

  

 「ふぁ!? な、なななななっ‥‥‥!!」


 一瞬で顔を真っ赤にするステラ。


 それを見た訪問者は疑問を感じて一瞬だけ眉を顰めたが、すぐに聞いておきたい()()を話す。


 「あの、誰か()()()()()を見ていませんか!?」


 そう言った訪問者は教室内を見回すが、それらしき情報は得られなかった。


 「そうですか‥‥‥ですが警戒を!

  今も周囲にいるかもしれません!

  1、2、3年の1クラスずつには既に伝えてます!

  それでは、私は失礼します!!」


 訪問者は頭を下げた後、すぐに教室から離れていく。


 (これであと5年生だけ‥‥‥急がないと)


 エルジュの精鋭部隊『黄昏トワイライト』No.10、メリナは階段を駆け上がる。




 彼女は数分前、代表であるアイトから直々に連絡を受けた。


 1年Eクラスに所属中の彼女は体調が悪いと装って抜け出し、魔結晶越しに話を聞く。


 見学会に混じった呪力を持った女が、今も学園内に潜伏しているため手伝って欲しいという事だった。


 二つ返事で引き受けたメリナは、学生たちに『天帝』レスタの名を出して避難を誘導するように指示されたのだ。



 そんなことを行うのには、2つの狙いがあった。


 1つは学生たちへの警戒を促す事。特に王族であるルーク、ステラ、ユリアには念を押して。


 もう1つは呪師の女に関する目撃情報を少しでも集めること。


 闇雲に呪師の女を探すよりも、その方が結果的に被害を少しでも減らせるのではないかと判断したからだ。


 アイトの指示に、メリナは完全に承諾して実行に移ったのだ。


 (代表‥‥‥いくら学園内に呪術で召喚された

  魔物を抑え続けるといっても、

  ルーク王子を始めとする王国内でも

  屈指の実力者が集まることになる。

  そんなのに包囲されたらひとたまりもない。

  だから絶対、無茶はしないでよ‥‥‥!)


 心の中でそう祈ったメリナは、すぐに5年フロアに足を踏み入れる。


 だが、アイトの指示には大きな誤算があった。


 (絶対、あの女のせいだ‥‥‥!!

  なんで代表が、尻拭いをする必要が‥‥‥!?)


 1つは、メリナがユニカ・ラペンシアを心底嫌っているのを知らない事。



 「み、皆さんはすぐにここから避難を!

  彼の狙いはわわわ私かもしれませんから

  王族として、責務を全うしてみせますっ。

  それでは先生っ、これにて失礼しますね!」


 もう1つは‥‥‥ステラ・グロッサの気持ちを知らなかったことである。


 「‥‥‥ああ、天帝さまぁ♡」


 もはや恋の暴走状態に入ったステラは、多くの止める声が聞こえないまま教室を飛び出すのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 同時刻、学園内。


 『もう一度繰り返します。

  5年Aクラス、ルーク・グロッサさん。

  緊急事態ですので、すぐにーーー』


 「もう、うるさいなぁ」


 ゆっくりと扉を開けた侵入者フィオネ‥‥‥いやフィオレンサはため息をつく。


 「王子さんに来られたら無理ですって〜。

  あの2人、すぐチクってくれちゃって。

  あの(デコイ)たちが目を惹いてる間に

  さっさと済ませないとマズいなぁ」


 そして、彼女にとっての目的地へ足を進め始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ッ! グっ、ぁぁ!! ヴぁぁぁぁ!!」


 マリアは、いっさい手を緩めずに攻撃を続けていた。


 今も殴られ続けているヴァドラからは相応の出血が見られる。


 だが、その全てがヴァドラのものというわけではない。


 「はぁ、はぁっ、ぐっ、ぎぃ、ぐぁっ‥‥‥!!」


 マリアの両手、特に左手からの出血が激しいのだ。もはや、それは()()といっていいのか分からないほどである。


 今も、攻撃をしている側のマリアが苦しみに耐えるような呻き声を出している。


 「もうやめなさいっ!!!」


 すると、時間が空いたことで動けない状態から復帰したのか、エルリカが懸命に羽交い締めを行う。


 「あぁっ!! ぁぁっ、ガぁぁぁぁぁ!!!」


 身動きが取れなくなったことに怒っているのか、マリアは両手を振りながら必死に叫ぶ。


 もはや【万雷】状態の維持に限界が来たのだ。


 限界が先に来たのは身体ではなく意識。半狂乱になっても身体が限界を迎えるまで暴れ続ける。


 とは言っても、意識が完全に飛べば【万雷】は解除される。そう、普通の場合は。


 「ゔぁぁっ、ぁぁぁ!! ガァぁぁ!!!!」


 だが幸か不幸か、目の前の男に対する敵意は今も辛うじて持っているため、マリアは今も止まらずに暴れているのだ。


 「‥‥‥ペッ、悪かったよ。訂正するぜ。

  雷使いの女、お前は強い。いや、手強い。

  王国最強部隊の名は伊達じゃねえよ」


 陥没していた木にもたれかかっていたヴァドラは、口元を拭いながら話す。


 「がぁぁぁっ!!! ゔぁぁぁ!!!!」


 標的である男の言葉に反応したのか、マリアは敵意を露わにしてエルリカの拘束から逃れようとする。


 「落ち着いてマリアっ!!

  これ以上はあなたの身が持たないっ!

  このまま戦っても無駄死になるわっ!!」


 「ったく、そんな状態の奴にトドメ刺すほど

  落ちぶれてねえんだよ俺は。

  何もせずに待っててやる。仕切り直しだ。

  だからその女を早く落ち着かせろ。

  こんなに面白いのは久しぶりだからよ。

  もっと清々しい気分で戦わせてくれや」


 そう口にしたヴァドラは近くの木にもたれて座りこむ。そして大きく息を吐いた後、宣言通りに何もせずにただエルリカたちを眺め始める。


 エルリカはそんなことを気にしている余裕はなく、暴れ狂うマリアを必死に宥める。


 その光景が、数分続く。


 だが徐々に、エルリカの拘束は破られつつある。


 意識が散漫としてるが【万雷】状態のマリアと、身体を強打したことで動きが鈍いエルリカ。今の2人の力の差は明らか。


 「マリアっ、おねがいだから落ち着いて‥‥‥!」


 振り回されるエルリカは、震える両手で懸命に押さえ続ける。


 (このままだと、マリアがっ‥‥‥!!)


 ついにエルリカは焦りと悲しみが溢れ出し、涙が滲み出した瞬間。


 「‥‥‥(ぎゅ〜〜!!!)」


 マリアの正面に、誰かが抱き着く。その人物とエルリカで挟み込むような形で。


 薄桃色の長い髪を振り乱して抱擁している少女。


 「ーーーシロアっ!」


 エルリカが少女の名を呼ぶと、マリアの力が一瞬だけ弱まる。


 「しろ、あ‥‥‥?」


 「そうよマリアっ、後輩のシロア!

  いつもあなたが妹にしたいと言ってる子よ!」


 「‥‥‥(っ!? っ!?)」


 突然の暴露にシロア本人は目を見開いて動揺するが、マリアへの抱擁は少しも緩めない。


 「シロア、あなたが来てくれたってことはーーー」


 そして、エルリカが確認するよりも早くーーー。



        「もちろん、僕もいるよ」



       優しい声が、エルリカの耳に届く。



    「!! おいおいついに来やがったか!!」


 敵であるヴァドラは立ち上がりながら、驚きと歓喜の声を上げていた。



      「待たせたね。エルリカ、マリア」



          「ルークっ‥‥‥!」



     ルーク・グロッサが、現れたのだった。

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