入学まで残り3日
アイトと黄昏の初任務から2日が過ぎた。
その後、アイトは代表代理としてエリスを指名。
エリスは涙ぐみながら『レスタ様の期待に応えてみせますっ!』と感極まっていた。
アイトは新組織『エルジュ』の運営や活動は、基本エリスに任せることになった。
そして王立学園入学まで残り3日となり、ついに両親と離れる。
グロッサ王国、王都ローデリア。
グロッサ王国内でも最も大きな都で、多くの人や物が交流する国を象徴する都市。
アイトが入学するグロッサ王立学園も、王都ローデリアの中に位置する。
アイトは王都内にある学生寮にやって来た。これから5年間生活する事になる。
姉のマリアの時と同様、アイトも馬車で送ってもらった。だがアイトが学園に訪問したところ、マリアは諸事情で留守。帰ってくるのは入学式の前の日。
アイトが荷物を持って馬車から降りようとすると、引き止める者がいた。
「アリサ、そろそろ離してくれないと」
「いや、兄さんも離れちゃうなんていや!姉さんも1回も帰ってこないし、入学したら忙しくなるんだ‥‥‥会えないなんていや!!」
「‥‥‥1年後にはアリサも入学する。それからはまた一緒さ。時間ができたら、夏休みとかは家に帰るからさ。な?」
「‥‥‥ほんと? アリサが入学するまでに6回は会いに来てくれる?」
(それは絶対に保証できない)
アイトは返事に困っていると、妹のアリサは勝手に解釈した。
「‥‥‥わかった、1年だもんね。次会った時にはもっと魔法が上手になって、姉さんと兄さんを驚かせてあげる!」
沈黙を肯定と受け取ったアリサは、笑顔で宣言する。
「ああ。楽しみにしてる」
アイトの一言で、馬車が去っていく。アリサはずっと手を振っていた。
こうしてアイトの寮生活が始まる。入学式が始まる前に、王都ローデリアの中を歩いて回る。
ちらほらと周囲の人たちが魔物を一掃した謎の集団について話してるのを耳にする。
アイトは自分は関係ありませんと言わんばかりの表情で歩く。
そして王都の南地区、『マーズメルティ』という店を素通りしようとした時。
「お客様、少しこちらへ」
「は、はい??」
店の前にいた眼鏡をかけた女の子がアイトの腕に抱きついてそのまま店の中に引っ張っていく。
扉を開けたその先には。
「‥‥‥ふえっ?」
「‥‥‥は???」
それぞれ違う種類のメイド服を着た2人の女の子が立ち尽くしていた。
ミニスカメイド服の銀髪ツインテールの女の子はキョトンとした顔。
肌の露出を極力抑えたロングスカートの白と黒がまばらになっている髪の長い女の子は、ゴミを見るような目でアイトを見る。
「あ!! お兄ちゃんだ! お兄ちゃ〜ん♡」
するとロングスカートのメイド服少女はゴミを見るような目から一転、キラキラさせながら飛び込んだ。
「お兄ちゃん?? あ!? まさか、ミアか?」
「うん! お兄ちゃんの素顔初めて見た!仮面つけてる時は白馬の王子様みたいだけど、今のお兄ちゃんもカッコいい♡」
ミアにそう言われてアイトは気づく。全く変装をしていない事に。
「な、なんでミアは俺だってわかったんだ?」
「匂いとか気配とかでお兄ちゃんってわかるもん!」
アイトはミアの発言を聞いて『俺、臭うの?』とかなり心配になった。
「へ〜! 本当にレスタくんなんだ、そっか〜銀髪は地毛じゃなかったんだ。せっかく私とおそろいだと思ったのに〜!」
そう言ったミニスカメイドはアイトに近づいていく。自分を君付けで呼ぶ銀髪ツインテール少女は1人しかいないため、アイトは恐る恐る口を開く。
「ま、まさかカンナ?」
「え! 今気づいたの!? どうみても私じゃん!」
カンナが一回転して見せつけてくる。ミニスカで一回転したためアイトは一瞬目を逸らす。
「! ま、まさか俺を連れてきたのは」
アイトは隣にいたクラシカルなメイド服を着た眼鏡金髪少女の方を向く。髪も三つ編みにしているが、さすがにアイトは誰かわかった。
「レスタ様。私です。エリスです」
エリスの格好に驚きを隠せないアイト。
「な、なんで君たちが王都に」
「それは私たちが決めました。レスタ様が王都に5年間滞在することは知っておりましたので、その支援と護衛をしようと思いまして」
「へ、へぇ」
「ここはアイト様に教えていただいたことを元に作り上げた『メルティ商会』です」
アイトは驚きを隠せなかった。
メルティ商会といえば王国内で最近話題の急発展企業だった。
主に独自の衣服や化粧品などが主な売り上げを占めている。今も女性の支持をどんどん伸ばしていて、着実に店舗を拡大している。
「その中の1店舗であるこの店に私たちが来たということです。安心してください。このことを知ってるのは私たち黄昏と教官だけです」
(‥‥‥結局エルジュと密接して普段も生活する事になるじゃん!!5年間の普段の生活は平穏だと思ってたのにっ!)
アイトが唖然とする間も、エリスの話は続く。
「必ず『ベネット商会』を追い越してみせるので」
「無理はしなくていい」
(そこまで張り合う必要ないぞ!)
発言の後に漏れ出すアイトの本心。本当に余計なことはしてくれるなという気持ちでいっぱいだった。
『ベネット商会』は従来から王国内で浸透している最も大規模な商会。商会のトップがかなりの敏腕という話が広まっている。
「ありがとうございます。そのお言葉が何よりの励みになります」
「‥‥‥この店はこれで全員か?」
とりあえず話を変える事にしたアイト。過ぎてしまったことは考えても意味がないと考えることにした。
「いえ、リゼッタもこの店に」
すると店のドアが開き、荷物を抱えた迷彩柄のメイド服の女の子が現れた。
「あ。ここ、いまだんし、だめ、‥‥‥敵?」
「リゼッタ落ち着いて、レスタくんだよ!?私たちの代表、レスタくんだからっ!?」
全身に毒を纏ったリゼッタに注意するカンナだった。
「他の黄昏のメンバーは?」
アイトたちは店の備品の椅子に座って話をする。
「ここはまず男子禁制ということでカイルとオリバーは別の任務です」
(え? 俺、男と思われてないの??)
そう思って少し自信がなくなりかけるアイト。
「またターナとアクアとミストなんですが‥‥‥明らかにここでの仕事は向いていなかったので」
アイトは容易に想像できた。無愛想な接客をしそうなターナ。めんどくさがりのアクア。お客さんを相手にパニックに陥るミストの姿が。
「アクア、カイル、オリバー、ミストは
冒険者パーティとしてギルドに所属中。
依頼をこなして資金の調達を進めながら
ギルドで情報収集する係になりました」
(アクアとカイルが一緒に行動、だと‥‥‥あのめんどくさがりと脳筋が??)
アイトが内心驚く間も、エリスの話は続く。
「ターナは単独行動です。主にグロッサ王国周辺や他国の情報収集。それが性に合ってるらしいです」
「あれ? それじゃあメリナは?」
ここで、メリナの名前が全く上がってこなかったことに気付く。
「メリナは特別任務で、教官が推薦しました。この任務はメリナが1番向いていると」
(ラルドの推薦? それは相当な任務だな)
次に声を出したのは、エリスではなくミアだった。
「ほんんっっとに羨ましい。ミアと変わってくれないかなぁ〜〜〜」
「たしかにメリナなら納得だよねっ!私も特別任務に就きたかったな〜!」
「その特別任務って?」
「それはまた本人に会った時に聞いてください」
エリスはアイトの質問に全く答える気がなかった。彼女の声はどこか刺々しい。
エリスもミアと同じでメリナの特別任務が羨ましいと思ってることに全く気づかないアイトである。鈍感というよりそれ以前の問題だった。
「それで、ここのお店は何を売ってるんだ?」
「レスタ様の考案による女性用下着や化粧品、あとは焼きたてのお菓子などですね」
「それはすごいな。焼きたてってことはエリスたちが作ってるのか?」
「はい。主に作ってるのは私とカンナです。カンナの眼のおかげでとても助かってます」
「お菓子を作るエリスの動きくらいなら体力使わないから全然OK〜!それにお菓子作りとっても楽しいからっ!」
カンナは戦闘面以外でも大いに貢献していた。
それにエリスはお菓子作りまでできるとは。本当にすごいと改めて実感するアイト。
「またミアとリゼッタが男性を嫌がるので今のところは女性しか入店できないようにしてます」
「方針はエリスたちに任せるよ」
「このお店は私たちの潜伏が主な役割ですので店舗として怪しまれない程度の売り上げしか上げていません。他で利益を上げているので」
よく考えられてるとアイトは思った。そしてこうも思った。
エリスを代表代理に指名したのは正解だと。
その利益を少しだけでもいいから分けてほしいと。
「この拠点のことを伝えたかったのでお連れしました。魔結晶で連絡しても良かったのですが、せっかく店の前をレスタ様が通られたので」
「ま、まあ。確かに驚いたヨ」
驚くのは当然である。エルジュの代表は、全く知らなかったのだから。