少女との出会い
星暦864年。
前回の最後から4年が経った。アイトは10歳、妹のアリサは9歳。姉のマリアは13歳。
アイトの魔力量は、4年前の約15倍になっていた。
魔力は自身が保有している魔力を使い切る回数が多ければ多いほど、少しずつ上限値が増えていくことを知った。
(魔力量は多いに越したこと無いか)
だからアイトは夜に行う自主練の際にひたすら魔力を使い切り、魔力が回復するまでは体力特訓。魔力が回復すればまたすぐに使い切るといった習慣をおこなった。すると当然、魔力量がとんでもないことに。
(体内で魔力が満ちているのを感じる‥‥‥)
彼の体はまだそれほど変わっていないが、魔力量については10歳の時点で既に突出していると言っていい。
だが魔力量のことをアイトは誰にも話してないし、見せてもいない。なぜなら普通に生活するために身につけた力だと考えているからだ。変に目立ちたくないという考えもある。
だから姉のマリアと木剣で試合をする時も、最低限反撃しつつアイトはいつも負けている。しかし本気を出して勝てるかわからないほどマリアの実力は高かった。
そしてマリアに訓練以外でもイジメられ‥‥‥いや可愛がられているのだ。
今日は家庭教師が体調不良で不在のため、アイトはマリアとの実戦形式。アリサは笑顔で観戦してる。
「わっ!?」
そしてアイトは案の定(?)、木剣を弾き飛ばされる。
「参りました。やっぱりすごいね姉さんは」
「お姉ちゃんすご〜い!」
「そんなことないわ。まだまだこれからよ。アイト、アリサ。2人ともまだまだ小さいんだから、今のうちにもっと力をつけなさいよ」
「はい」
「うん!」
「‥‥‥ねぇアイト。あんた何か隠してない?」
「か、隠すって何を?」
話しかけられたアイトは露骨に動揺していた。気の強い姉に疑われ、平然ではいられない。
「な〜んか違和感があるのよね。10歳にしては落ち着いてるし。心は大人なんじゃないのって思うときがあるの」
(この世界でも10歳ってまだまだ幼いの!?)
アイトは15歳が成人と聞いていたため、10歳は中3か高1と同じくらいだと勝手に思っていた。
でも今さら態度を変える方が不自然だと考えたアイトは、このままの態度でいようと決める。
「‥‥‥わかった。正直に言うよ。姉さん、汗で服が透けてる」
「わ!? そういうのは先に言いなさいっ!!」
「ごめんなさいってぇ!?」
姉に木剣で叩かれる。アイトは話を逸らすことに成功する。
(よし、バレてない。よし、なのか??)
だが、何かを失った気がしていた。
星暦866年。アイト、12歳。
2年が過ぎた。妹のアリサは11歳、姉のマリアは15歳になる。
15歳になるとグロッサ王国領地内の貴族と平民は王都の王立学園に入学する決まりがある。期間は5年。
王立学園では魔法や武術など多くのことを学び、3年生になると分野に分かれて専門の授業を受ける。
そして将来は兵士や騎士など、様々な職業に就くことができる。
姉のマリアは15歳になる半年ほど前から、前よりもアイトに絡んでくるようになった。
(もしかして寂しいのか? いやそんなわけないか。最後の嫌がらせと言ったところかな)
だがアイトは全く関心を持っていなかった。
それから少し時間が経ち、馬車の中。
家から王国まではかなり離れているためアイトたち家族は馬車で王国に移動し、そこで観光した後に姉のマリアは王立学園の学生寮に入寮することになる。
グロッサ王国の王都ローデリア。
初めてのグロッサ王国の王都に来てアイトはテンションが上がっていた。そこでアイトは思う存分に観光した。印象に残ったことはーーー。
(王都の料理、最高)
夕方。王都にある王立学園の学生寮前。マリアと別れる時が来た。アイトたちは馬車に乗る。
「‥‥‥マリア、無理せずに」
「マリア、がんばってね」
「うん! ありがとうお父さん、お母さん。私、強くなって有名になるから!」
根が真面目で強いマリアらしい発言。
「お姉ちゃん! がんばって!」
妹のアリサの言葉も終わり、残るはアイトのみ。
「姉さん、がんばれ」
そして特に何の捻りもなく、頑張れと伝える。
「アイトもありがとね、あー元気出た! アイトとアリサも元気でいなさいよ? 2人が入ってくるのを楽しみにしてるから! あ、そうだ私が訓練してあげる!」
マリアは、どこか必死に言葉を続けていた。
「それに、私があんたたちを守るから!時間ができればそっちに帰って稽古してあげるから!」
「やった〜!!」
「はは‥‥‥そのときはお手柔らかに」
『謹んでご遠慮させていただきます』。という言葉をアイトは口に出さなかった。
「っ、私、がんばるからねっ‥‥‥!」
寂しそうに口を震わせる姉のマリアを見て、そんなことは言えないのだった。
こうしてアイトたちは馬車で家に帰る。馬車の中では母親が泣いていて、父親は無表情ながら寄り添っている。そして妹のアリサは眠っている。
(さ、寂しくなんてないから。寂しくないから!)
アイトはなぜか、誰かに言い訳するように心の中で呟いていた。
星暦867年。アイト、13歳になる。
姉のマリアがいなくなってから1年と少しが経った。妹のアリサは12歳。あと2年と少しで王立学園に入ることになる。ちなみにマリアは一度も帰ってきてない。
(でも王立学園に入ると行動が制限される。今のうちにもっと自分を磨かないと)
アイトは新たに決意を抱いていた。13歳にもなると目に見えて体が成長し、身長もかなり伸びた。
(
筋力はもちろんのこと、魔力量もかなり増えた。多くの魔法を覚えることもできた。当然、家にある魔導書の魔法は全て覚えた。
また、アイトは夜に現れる魔物を倒せるようにもなった。そしてアイトには趣味があった。それは宝石集め。
(この石の輝き‥‥‥前は見られなかった光景だ)
前世でアイトは宝石マニアだった。とは言っても集めることはしていない。単純に好きだった。
宝石は綺麗。宝石は価値がある。宝石は希少。そんな理由である。
でも前世では宝石なんて買えなかった。しかもあの世界で素人が宝石を取りに行くなんてなかなかハードルが高い。
(今日も家族が寝静まった頃に取りに行こうかな)
でもこの世界だと迷宮や鉱山がいっぱいあるため自分で採取可能。取りに行く事に他の理由なんていらなかった。
そして少し離れた山に向かった日。アイトは、ある出来事に遭遇した。
(ん? なんだあれ)
アイトがいる場所からかなり下で、折れた剣を持ってる薄い服を着た金髪の少女。そして重装備でジワジワと追い詰めていく男を。
(‥‥‥ここで見過ごしてあの子が死んだらさすがに後味悪いな。この世界だと本当に化けて出てくるかも)
アイトは、完全に自分本位の理由で動こうとする。
(助けるか‥‥‥うん、相手大きいなぁ)
やがて決意を固めたアイトは、染色魔法を使って地毛の黒髪を銀髪に変える。そして最近変装用に買った目元を隠す仮面をつける。
今後も、この格好で色々活動することになるとも知らずに。
(よし、ここまで姿を変えれば今の俺がアイト・ディスローグだとわからないな)
アイトは今いる場所から飛び降り、少女と男の間に着地する。
「!!!? 何者だ、貴様!!」
(あ、そういえば名前とか考えてなかった)
いきなりアイトはどうでもいいことに動揺する。意味もなく咳払いをして声を整えた。
「‥‥‥誰でもいいだろう? お前は今から死ぬ」
アイトは魔物を討伐してきた影響で、これが初めての対人戦で人を殺めてしまうかもしれないことをあまり意識していなかった。
異世界に来ることで、抵抗感が少し薄れていた。
「な、なんだと!?」
対面した男が怒る。アイトはとりあえず、後ろにいる少女に話しかけた。
「危ないから少し下がってて」
「あ、あなたは‥‥‥?」
「まあそれは後で話すから、今は下がってて」
この時、アイトは何も考えてないから後で話すと引き伸ばしていた。
「わ、わかりました」
金髪少女は素直にアイトから距離を空ける。
「カッコつけてんじゃねぇぞ!? 剣相手に素手で戦おうとするバカが、死ねぇぇぇぇぇ!!!!!」
男が突進してきてアイトの頭めがけて重厚な剣を振り下ろす。その刹那、アイトが思ったこと。
(え?? けっこう遅くない?)
そう感じた瞬間、アイトは相手の腹を殴っていた。男が吹き飛んで仰向けに倒れる。
「あ、ごめん。つい反射的に拳が出た」
「ゴホォッ! ウォォェっ」
(あ、全く聞いてないな)
必死に呼吸をしようと咳き込む男を見下ろし、アイトは少し困惑しながら拳を鳴らす。
「それじゃあ、とにかくトドメを」
そう言いかけて、アイトはやっと気づく。
ーーー必殺技なんて持っていないと。
いかにも只者ではない雰囲気を纏ってイタイ格好してる男が、必殺技無しに倒してしまったら。
(俺、確実に変な人だと思われる!!)
完全に気にする点がズレているが、アイトは気付かない。
(え、え〜と、ど、どうしよう!? こうなったら、今すぐ編み出すしかーーー)
「!! これだ!!!」
アイトは咄嗟に、仰向けに倒れてる男の頭を掴みーーー地面に叩きつけた。
「【床ドぉぉぉぉン】!!!」
アイトが繰り出した必殺技(???)の【床ドン】によって、男の頭蓋骨は陥没して絶命。そして【床ドン】により地面も陥没した。
「‥‥‥」
少女は沈黙し、仮面を付けているアイトを見つめている。
(この状況、どうしたら‥‥‥)
アイトはどう言い訳しようか考え込んでいると、少女が既に隣へ来ていた。アイトは『あ、終わったわ』と悟って身構える。
「すっ、すごいです!!」
すると返ってきたのは、自分を称賛する少女の声だった。
「‥‥‥え?」
「とてつもない強さ、冷静沈着っ! 間違いなくこれは運命です!! お願いします、どうかあなたに仕えさせてください!」
そう言って片膝をついた少女に、アイトはなんとか返事をした。
「‥‥‥とりあえず、自己紹介からしない?」
「! は、はいっ!!」
この訳ありそうな少女との出会いが、アイトの運命を大きく変えることになる。
彼を‥‥‥『天帝』と呼ばれる存在へと。