劣勢と正体
グロッサ王立学園、稽古場。
午後の部の司会者ユリア・グロッサが笑顔で皆に話しかけていた。
「これで全問題が終了いたしました〜!
全問正解者は、なんと2人もいます!
ぜひ、お名前聞かせてください〜!」
「か、カレン・ソードディアスです」
「‥‥‥ディーレイ」
皆が注目する中で2人が自分の名を口にする。
「カレンくんにディーレイくんですね!
お二人には食堂の5日間無料券を贈呈します!
入学した際に使って貰えればと思います!
それでは皆さん、拍手〜!!」
ユリアの声を聞いた大勢の見学者と在学生は歓声と拍手を送る。
「‥‥‥へえ、良いもの取ってきたわねカレン」
そんな中、システィアは意地悪い笑みを浮かべて佇んでいる。まるで自分が手に入れたと言わんばかりに微笑んでいたのだ。
それを近くで聞いていたアイトは、心の中でツッコミを入れーーーなかった。
「‥‥‥」
アイトはこの後の展開を考え、ただ1人の相手だけを見つめていた。
そう、アイトが『呪師』と確信した1人を。
「それでは、これから自由見学を始めます!
授業中の室内に入らないことだけ
注意してください!
見学者同士で見て回るのもよし、
ここにいる在学生の誰かに
案内してもらうのもよしです!
見学時間は30分! では、始めま〜す!」
ユリアの宣言と共に、見学者たちは足を動かし始める。
見学者同士で固まって移動を開始する者。
在学生と会話をして、案内してもらう者。
見学者の行動は様々だった。
「ーーーもしよかったら案内係として
一緒に回るけど、どうかな」
そしてアイトは‥‥‥行動を起こす前の相手に話しかけるのだった。
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グロッサ王国領内、マルタ森。
マリア&エルリカVSヴァドラの激戦は続いていた。
「ハっハァ!!!」
森の中に、ヴァドラの笑い声と騒音が響き渡る。
そして嬉しそうに、マリアの腕を掴んで投げ飛ばした。
「このっ‥‥‥!!」
投げ飛ばされたマリアは回転しながら木の幹に足を揃えて着地する。
その間にも、エルリカはヴァドラとの接近戦に挑んでいた。
「はぁ!!!」
投げ飛ばした直後だったヴァドラの隙を突き、エルリカは右フックを叩き込む。
「ーーーやるじゃねえかっ!!」
ヴァドラは笑いながらその手を払い除けた勢いそのまま、左の回し蹴りを繰り出す。
エルリカは後ろに下がりながら頭ひとつ分のギリギリで回避。そしてお返しと言わんばかりに半回転し、足払いで反撃する。
「うぉっ」
「ーーーシっ!!」
ヴァドラは足をとられて体勢を崩した瞬間、彼の真上に飛び込んできたマリアが、鋭い声と共に刀を真下へ突き立てる。
「へっ!」
ヴァドラは咄嗟に刀の側面を叩いて軌道をずらし、串刺しを回避した。刀は脇腹付近を掠め、地面に突き刺さる。
「お返しだっ!!」
「っく‥‥‥!?」
ヴァドラは仰向けの体勢のまま右拳を振り上げる。マリアは左腕を腹の前で折りたたんで防御したが、勢いそのまま吹き飛ばされた。
そんな彼女と入れ違いになるように、次はエルリカが追い討ちをかけようと飛び込んでいた。
「はあっ!!」
勢いのついた右の踵落としは、ヴァドラの左手に阻まれた。そして、エルリカは足を掴まれる。
「軽い軽い」
「ーーー放しなさいっ!!」
エルリカはすぐに左足でヴァドラの手を蹴飛ばす。
「怖え怖えっ」
手を放したヴァドラは、片腕で起き上がると同時にエルリカの腕を掴みにかかる。
だが当然、エルリカはみすみす掴まらない。
「ーーーッ!!」
エルリカは腕を手前に退きつつ身体を回転させ、勢いのついた回し蹴りをヴァドラの顔に直撃させる。
「ははっ、滑らかな反撃だなっ!!」
(全然効いてない。硬すぎる‥‥‥!)
蹴られた方に身体が揺れたヴァドラが嬉しそうに笑うと、エルリカは警戒を強めて構えを取る。
「ハッハァッ!!」
笑いながら拳を突き出すヴァドラに対して、エルリカは膝を抜いて姿勢を落としながら回避する。
「身軽だなぁ!!」
ヴァドラは半回転して下段蹴りを繰り出す。エルリカは身体を捻って横へ宙返りすることで回避。
ヴァドラは彼女の着地際を狙い、右の裏拳を繰り出す。
「ッ!!」
直後、息を吐くような音と鈍い音。
着地したエルリカは見事に反応してみせた。
咄嗟に左手を縦に振りおろすことで、ヴァドラの右腕を真下に叩いたのだ。
当然、ヴァドラの右腕は下にずれることで裏拳は空を切る。
だが、ヴァドラは次に取った行動は予想外のものだった。
「甘えよっ!!」
それは単純に足を踏み込んで繰り出した、あまりにも不恰好な体当たりである。
エルリカは稽古で磨き上げてきた体術と硬化魔法で、敵のどんな攻撃も捌きつつ自分の攻撃を叩き込む。
いわば自分に誇りを持つ正統派といえる、型がしっかりと定まった戦い方。まさに王国最強部隊『ルーライト』の隊員にふさわしい。マリアもこれに少し似ている。
だがヴァドラの戦い方は全く違う。どれだけ捌かれようが反撃を受けようが、攻撃を繰り返す。
致命傷になる攻撃は躱すが、そうでない場合はあえて受け、その隙を突こうとする。
要するに自分の誇りなんて微塵も持ち合わせておらず、なりふり構わず勝ちにこだわる戦い方。
だからエルリカにとって、型のない体当たりなど全く予測できないものだった。
エルリカは回避する暇もなく、ヴァドラの体当たりが直撃する。
それも、ヴァドラの全体重を乗せた体当たりを。
「ーーーくっ!?」
2人の体格差は歴然。まるで大岩とぶつかったのかと錯覚したエルリカは、後方へ勢いよく吹き飛ばされる。
そして、直線上にあった木に背中から激突した。
エルリカは背中に硬化魔法を発動することで衝撃を和らげたが、それでもすぐには立ち上がれない。
当然、その隙をヴァドラが見逃すはずがない。エルリカが見上げた瞬間、ヴァドラの右足が視界に映る。
「危ないっ!!」
マリアがエルリカに飛びついて横へ転がる。
転がった2人は即座に体勢を整えて顔を上げる。
「がっ‥‥‥!!」
すると、片方が呻き声を出して不意に浮かび上がる。
「マリアっ!!」
エルリカの目には、マリアが蹴り上げられた光景が映っていた。
「おらよっと!!!」
ヴァドラは掛け声を出すと、浮かび上がったマリアの首に左腕のラリアットをぶつける。鈍い音が周囲に響く。
「っ‥‥‥」
もはや声も出ずに再び地面に落ちるマリア。
するとヴァドラは、謎の違和感を覚えていた。痛みを感じた箇所から、血が滴り落ちる。
「マジか」
右腕の二の腕付近に、刀が突き刺さっていた。
ラリアットを受ける直前、マリアが咄嗟に突き刺したのだ。
「ハハっ、大した根性じゃねえか刀使い!!」
その事実に気付いたヴァドラは笑うと、うずくまるマリアの胸ぐらを掴んでゆっくりと持ち上げる。
そして、胸の中央に呪力を集め始めた。
そう、【ヴォル・ヴァリ・バースト】を発動すべく。
「マリアっ!!」
かろうじて立ち上がったエルリカは一心不乱に駆け寄って助けようとするが、明らかに普段の動きよりも数段キレがない。
そんなエルリカの一撃を、ヴァドラはあえて動かずにそのまま受け止めた。
エルリカの拳は腹筋に阻まれ、大した威力を発揮できない。
「無理すんなよ、キツいだろ?」
そう呟いたヴァドラは、隙まみれだったエルリカを蹴り飛ばす。
「うっ‥‥‥」
地面を何度か転がったエルリカは、うつ伏せになったまま動かない。
「聖騎士と天帝を呼ぶ気はねえんだろ?
だったらまずはお前からだ、刀使い」
ヴァドラが忠告すると、胸の呪力が徐々に集まっていく。
呪力の塊が解き放たれるまで、もう時間は無かった。
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グロッサ王立学園、敷地内。
アイトと見学者は、一直線に歩き続ける。
「これからどこに向かうんですか?」
すると見学者が話しかける。アイトは視線を僅かに後ろに向けて口を開いた。
「それはついてからのお楽しみ。
移動中に静かなのもあれだし、
このまま歩きながら何か話をしようか」
アイトの提案を聞いた見学者は何も言わずに小さく頷く。
それを確認したアイトは、話し始めた。
「そういえば昼休みの時に起こった
テラスの騒動、大変だったね。
みんな大丈夫だった?」
「はい、大丈夫でしたよ」
「それはよかった。実は俺、案内係として
あの騒動の詳細を知る必要があったから、
テラスを調べてみたんだよ」
アイトの言葉を聞いた見学者の歩幅が、少し小さくなった気がした。
「だけど結局、俺が調べてもテラスの屋根が
崩れた原因が何か、全く分からなかった」
「実際にあの騒動に居合わせたユニカさんも
犯人は分からないって言ってましたし、
仕方ないのではないでしょうか」
「いや、それは違う。
原因が何が分からないということが分かったんだよ」
「‥‥‥どういう意味です?」
少し間を空けて聞き返した見学者。アイトは話を続ける。
「俺から見れば、崩れたテラスの屋根からは
何の痕跡も発見できなかった。
そう、微塵の魔力も感知できなかった」
「それが、いったいーーー」
見学者は言葉の続きを言わない。いや、わざと止めたのだ。
「‥‥‥6人の関係者に聞き込みをした時、
おかしな発言をした人がいたんだよ。
その人物は、こう言ったんだ」
アイトは、再現するようにゆっくりと口を開く。
『あの子が使った魔法、興味深いですよね〜』
アイトが足を止めると、後ろについてきていた見学者も足を止めた。
アイトは相手の方を向く。どこかぼんやりしているようにも見える、相手を。
「現場には魔力が微塵も無かったのに
あの発言は不自然だ。もしかして君は、
魔力を感知できないんじゃないかーーー」
そして相手に視線を向けて、名を呼んだ。
「フィオネ・アズトファさん」
「‥‥‥あはっ♪」
見学者は、口に手を当てて微笑んでいた。