見学会、午後の部
グロッサ王立学園、校庭。
「それで、誰が呪師か分かったの?」
見学会午後の部が行われる校舎前へ移動する最中、アイトは小声で話しかけられる。相手はもちろん経緯を知っているユニカ。
「‥‥‥いや、まだ」
「そう‥‥‥見学会午後の部は稽古場で
見学者と在学生が話す時間の後、
その後は学園内を各々が自由に見学できる
時間が始まる。そこまでいけば、もうーーー」
「‥‥‥ああ、在学生と一緒に回れる分、
人が際限なく多くなって死角も生まれる。
俺たちだけで候補の6人を監視なんて出来ない」
アイトはそう呟くと思わず歯を噛み締めていた。もうあまり時間が残されてないことを否応にも理解してしまう。
「カンナたちに頼むのも無理そうね。
今さら学園に潜入するのは不可能よ」
「そんなの分かってる。だから見つけるしかない。
自由見学が始まるまでに、絞り込まないと」
「‥‥‥そうね」
小声で話し合うアイトたちは、見学者たちと共に稽古場へ足を踏み入れる。
「‥‥‥」
その2人を、案内係として近くにいたシスティアが訝しげに見つめていた。
稽古場。
「見学者の皆さん、こんにちは!
これより午後の部を開始します!
少しの間、司会を努める私は
1年Aクラスのユリア・グロッサです!
どうかよろしくおねがいしま〜すっ!」
大勢の前で挨拶をしたのは、第二王女のユリア・グロッサ。
当然、王女である彼女を目の当たりにした見学者たちは明らかに驚いている。小さな声をあげる者も少なからずいた。
「‥‥‥午後の部はユリアが担当するなら、
別に案内係が俺たちじゃなくてもよくない?」
「‥‥‥珍しく私も同意見よ」
アイトとシスティアは納得いかない様子で案内係として立ち尽くす。そんな2人を見たユニカは苦笑いを浮かべていた。
「午後の部で集まった在学生は
抽選で選ばれた1、2年のそれぞれ2クラス!
それは1年Bクラスと1年Dクラス、
2年Aクラスと2年Cクラスの計4クラスです!
それではさっそく見学に来てくださった
皆さんと交流を深めるべく、
生徒会が作成したグロッサ王立学園に関する
問題に挑戦していただきます!
さあ、皆さん楽しんでいきましょ〜!」
ユリアの掛け声に呼応するように、大勢が歓声を上げる。その大多数が在学生だったが。
「‥‥‥これ午前の見学、意味あった??」
「‥‥‥またしても同意見よ」
アイトとシスティアの声に対し、ユニカはますます苦笑いを浮かべる。
「それでは詳しい説明を始めます!
床に準備されている真ん中の線で区切られた
2つのエリアを見ればわかると思いますが、
全て○×で答える問題となってます。
私がここで問題を提示しますので、
皆さんは正解だと思う方に移動してください。
そして、全ての問題に正解した人には
プレゼントがございます!
それでは皆さん、がんばっていきましょ〜!」
そう言ったユリアが手を挙げると、大勢が返事と歓声を上げる。
ちなみに、アイトとシスティアは全然ついていけていなかった。
だがそんな間にも、午後の部は楽しく続いていく。
「さっそく第1問!
『学園の学年は、全部で5学年である』。
それでは、移動を開始してください〜!」
1問目というだけあって、とても簡単な問題。見学者たちは迷うことなく足を進める。
見学者たちが楽しく問題に挑む中、アイトは小声で話しかけられていた。
「‥‥‥ねえローグくん、今いいかしら」
それは、現在の状況を同じく把握しているユニカ・ラペンシア。
「ああ、なんだ」
アイトは簡潔に聞き返すと、ユニカは話を続ける。
「おそらくこの問題が全て終わったら、
すぐに自由見学の時間が始まるわ。
もう、時間があまり残ってーーー」
「わかってるよッ。今も必死に考えてるっ」
小声で言い返したアイトは、手で額を押さえる。悔しそうに歯を噛み締めて。
「情報があまりにも足りなさすぎて
6人の中から断定できないんだよっ‥‥‥」
「確かに呪力の残穢と6人の話だけじゃあ、
この短時間で断定するのは難しいわよね」
こうして会話が一区切りつくと、アイトは視線を下に下げて長考し始める。
(あの中の誰が呪師なんだ‥‥‥?
くそっ、このままだと相手の思う壺だ。
早く誰が呪師か判断できるほどの
根拠と確信を得ないと詰む‥‥‥
でも、まだ何か根拠が足りないーーー)
アイトは焦りを感じる間にも、ユリアの出題する問題は滞りなく進む。
「全問正解の人も徐々に少なくなってきました。
それでは中間地点の第5問!
これはグロッサ王立学園で学ぶ
『魔法基礎』に関わる問題になります!
魔法を発動するためには魔力が必要なのは
皆さんご存知ですよね? それでは、
『魔力を他のもので代替することは可能』か!
皆さん、正解だと思う方に移動してください!」
「‥‥‥えっ」
すると突然、アイトは何かの疑念から晴れたような顔を浮かべる。その様子に気付いたユニカは話しかけていた。
「ど、どうしたの?」
「いや、今出された問題ってーーー」
「問題? 今はそんな場合じゃないでしょ?」
「いいからっ、答えはどうなんだ?」
「え、簡単じゃない。答えは‥‥‥」
その後ユニカから答えと解説を聞く。
「‥‥‥じゃあ、呪力の場合は?」
「え? 答えは同じだけど」
そして、質問の返答を聞いたアイトはーーー。
「そういうことだったのか‥‥‥!」
目を見開きながら、そう呟いていた。やがて自然と足が外へと動き始める。
「ど、どうしたの?」
ユニカから再度話しかけられたが、アイトは止まらなかった。
「悪いラペンシア、誤魔化しといて!」
「ローグくん!?」
一直線に駆け出したアイトに、ユニカの声は届いていなかった。
「どうしたのあいつ? あんな慌てた様子で」
それを案内係として近くにいたシスティアが訝しげに眺める。
「あ‥‥‥さっきお腹が痛いって言ってたわ。
まったく、彼もせっかちよね〜」
「‥‥‥あんな好奇心に満ち溢れた顔で
トイレに向かったなんて、怖‥‥‥
やっぱあいつ、何考えてるか分からないわ」
ユニカの説明を聞いて、システィアは眉を顰めて顔を青ざめさせていた。
(‥‥‥ごめんなさい。変に思われたけど勘弁して)
ユニカは心の中で謝っていると、司会の声が耳に入る。
「正解は×で〜す!
魔力は完全な唯一無二の代物で、
魔法を発動するには必要不可欠な存在です!
こういった知識も学園で学ぶので、
入学したら楽しみにしておいてくださ〜い!」
笑顔で話すユリアは、まだまだ問題を出題するのだった。
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「いらっしゃいませ〜!」
同時刻、グロッサ王都ローデリア南地区。
『エルジュ』が経営している店舗マーズメルティは今日も大忙し。
「はあ〜、お兄ちゃん早く来ないかなぁ」
そう呟いて遠い目をするミアと、苦笑いを浮かべるカンナ。
「今日は見学会当日だし、大変そうだよね〜。
もしかしたら、明日なら来るかもーーー」
不機嫌なミアを励まそうとするカンナだったが、ふと胸ポケットに入れていた魔結晶が反応する。
「あり? 誰からだろ‥‥‥」
カンナは更衣室に移動してから、魔結晶を手に取る。すると、カンナにとって聞き覚えのある声が聞こえた。
『‥‥‥カンナ、少しだけ大丈夫か?』
「わ〜レスタくんだ! なになに何の用〜!?」
連絡相手はアイト・ディスローグだった。カンナは喜びで声を弾ませる。
『今、ミアって近くにいる?』
「え、ミア? うん、店内にいるけどーーー」
「お兄ちゃ〜〜〜んっ!!!!」
するとカンナの返事が聞こえなくなるほど、割り込んできた少女の声。その少女がカンナに迫る。
「ゔぇっ」
直後、カンナの呻き声が響く。少女が白と黒のまばら髪を揺らしながらカンナに体当たりし、魔結晶をひったくったのだ。
そして少女は昂奮した様子で魔結晶に話しかけていた。
「お兄ちゃん! ミアだよミアっ!」
『か、カンナの変な声が聞こえたけど大丈夫か』
「そんなことどうでもいいのっ!
ミアに話ってなにっ? なになになになに〜!」
暴走気味のミアが魔結晶に口を近づけて声を出すと、アイトは戸惑いながらも要件を話していた。
『今日‥‥‥呪力の気配って感知してるか?』
「え? 呪力? 朝とさっき感知したよ〜?
どうせあの灰色女が発したやつだと思って
あまり気に留めてなかったけどね〜?」
ミアは心なしか声が低くなる。アイトの興味が自分ではなく他に向けられていることに嫉妬しているのだ。
ちなみに『灰色女』というのはユニカ・ラペンシアのことで、彼女が染色魔法で染めている普段の髪色からそう呼んでいる。
『‥‥‥やっぱりか。それじゃあ、魔力は?』
「え? そんなのもちろんわかんないよ〜。
だってミアは魔力が微塵も無いから!
今目の前にいる銀髪女が魔力を放出しても、
気配を感じるっていうのは無理だよ〜?
物体として視認するくらいはできるけど〜」
ミアはすらすらと聞かれたことに答える。
『ーーーわかった。ミア、ありがとう』
「あ、ありがとなんて‥‥‥えへへ〜♡
お兄ちゃんこそ頼ってくれてありがと‥‥‥!
ううん、生きててくれてありがと‥‥‥♡」
ミアは気持ちに歯止めが効かず、ますます暴走し始めるが、何か急いだ様子のアイトは話を聞いていなかった。
『悪い今急いでるから。
ミア、ほんとにありがとう。
それじゃあ任務がんばって』
「うんっ! ありがとお兄ちゃんっ!
お兄ちゃんが生きててくれる限り
ミアは一生尽くすからーーー」
『カンナたちにも伝えておいて。それじゃ』
急いだ様子のアイトが半ば一方的に言葉を残して連絡を切断する。
「‥‥‥伝えられたら伝えとくよぉ」
ミアは明らかに声の高さが1段階下がっていた。
そして既に連絡を終えた魔結晶を、腹を押さえていたカンナに投げる。
「返す」
「れ、レスタくん何か言ってた?」
カンナが恐る恐る尋ねると、ミアは目を細めて口を開く。
「『教えてくれてありがとミア。
ミアのおかげで助かった』って」
「そ、そっか。レスタくん、何聞いてきたの?」
ゆっくり立ち上がったカンナが再度質問すると、ミアは即座に背中を向ける。
「‥‥‥いや。ぜったい教えな〜い」
「え、教えてよ〜!!」
そしてカンナの質問に答えないまま、更衣室から出ていくのだった。
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グロッサ王立学園内、稽古場。
「それでは遂に、最後の問題です!
今まで全問正解の方は僅か4名、
さあ最後もがんばってくださいね〜!」
そう言ったユリアが問題を提示する中、そそくさと扉を開けて中に入る者がいた。
「ーーー遅くなった、今どこらへん?」
それはさっき稽古場から抜け出したアイト・ディスローグである。
「‥‥‥最後の問題が始まったところ。
急に抜け出して、心臓に悪いわ」
そう呟いて息を吐いたのは、ユニカ・ラペシンア。現在の状況を共有しているエルジュの新人構成員。
周囲の見学者たちはユリアが出題する問題に意識が向いているため、2人が小声で会話しても目立たない。
「俺がいない間、何かあった?」
「特に何も。それで、あなたは何してたの」
ユニカがお返しとばかりに聞き返す。
するとアイトは神妙な表情で口を開いた。
「気になってた事を詳しそうな仲間に聞いた。
あと昼間の騒動があったテラスを見に行った」
「‥‥‥その顔の感じだと、答えは出たみたいね」
ユニカは目を閉じて安堵混じりに息を漏らす。彼女は、心なしか笑っていた。
「ーーーああ」
それはアイトの目から、確かな自信と覚悟を感じとったからである。
「呪師が誰かの確信がついた。
もう他の結論を出す時間は無い。
だからこの後の時間に、決着を着ける」
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グロッサ王国領内、マルタ森。
「はぁ〜‥‥‥期待はずれもいいとこだぜ。
王国の最強部隊だあ? 笑わせんな」
呪術師集団『ジ・ヴァドラ』の頭領、ヴァドラ・ウォンは愚痴を零していた。
「はあ、はあ、はあ‥‥‥」
「マリア、無事‥‥‥?」
彼の視線の先には、刀を地面に刺して膝をつくマリアと、左肩に手を添えて息を乱すエルリカがいた。
「はい‥‥‥いったい何者ですかあの男‥‥‥
別に捉えられないほど速いわけじゃない。
私とエルリカさんの攻撃も効いてる。
そこまで力の差があるとは思えない‥‥‥のに、
どうしてこっちが押されてるんですかっ!」
刀を支えにして立ち上がったマリアは不満の声を漏らす。
「それはおそらく、呪術が関係してる。
私たちは呪力と呪術の事を全く知らない。
呪力を感じられないから、どんな術を
使ってるかも見分けられない」
そう言ったエルリカが肩から滲んだ血を手のひらで拭き取る。
「でも、これだけは分かるわ。
あの男の頑丈さは桁違いよ。
‥‥‥おそらく、私よりも」
「そんな‥‥‥! 卓越した硬化魔法を扱う
エルリカさんよりも、ですかっ‥‥‥!?」
マリアは目を見開きながら驚く。対してエルリカは冷静に頷いた。
「元の身体強度か呪術の影響かは知らないけど、
あの男は間違いなく厄介で手強い相手よ。
でも私たちのせいで『ルーライト』が‥‥‥
グロッサ王国がナメられる訳にはいかないわ」
「‥‥‥同感です。それに私はお姉ちゃんとして、
こんなことでアイトとアリサに失望されるのは
絶対に嫌なんですっ! 絶対にイヤ!!!」
「そ、そう」
急に情緒が激しくなったマリアを見て、エルリカは戸惑いながらも言葉を返す。
「2人が私を待ってるんですっ!!!
そして明日、もう一度王都を回るんです!!」
「‥‥‥そ、その意気よマリア。
2人がマリアの無事を願って待ってるわっ」
むしろこれはマリアの士気を上げるチャンスだと思ったのか、エルリカは便乗するような言葉を続ける。
「‥‥‥そうよ。見学会に来てくれたアリサとの
大切な時間を邪魔しやがって‥‥‥
弟と妹成分を全然摂取できなかったつーの‥‥‥
ああ、潰す‥‥‥あの男は絶対潰すっ!!!」
するとマリアは勢いよく刀を地面から引き抜いて、イかれた目つきで男を睨んだ。
「お、ようやく本気を見せてくれるわけか?」
それに気付いたヴァドラが不敵な笑みを浮かべると、マリアはただ一言発する。
「死ねッッ!!!」
そして、ヴァドラへと猪突猛進していくのだった。