見学会、6人の関係者
(なんで‥‥‥アリサがここにーーー)
学園長室の開いた窓。咄嗟に窓枠の下部分を掴んでぶら下がったアイトは、中を覗き見て動揺していた。
自分と同様に室内へ侵入したのは、妹であるアリサ・ディスローグだった。
「‥‥‥これって」
アリサは独り言を呟くと、机に置かれていた書類の束を注視する。
(それって、俺が調べてた見学者のーーー)
アイトが、そう思うよりも早く。
アリサはその中の1枚を手に取り、じっくりと見つめていた。
妹が何をしているか気になり、僅かに顔を出して中の様子を見続けるアイト。
だがアリサは自分の方に身体を向けて紙を手にとっているため、アイトの視線からでは紙の裏面しか見えない。
つまり、妹が誰の書類を見ているか分からないのだ。
それなら頭を乗り出してもう少し上の位置から見れば分かるのだが、そんなことをすれば気付かれる可能性がある。
(そもそもなんでアリサがこんな所に‥‥‥
いったい何の理由が会って見学者の書類を?
‥‥‥まさか、何か事件を起こす気ーーー)
アイトの思考は、ここで中断することになる。
「ーーー誰っ!!?」
「!?」
突然、アリサが窓に向かって声を出したからだ。しかも、壁越しにアイトがいる所へ視線を合わせて。
(なんでバレたっ!?)
アイトは強く疑問を抱きつつも、今からの選択肢は一つしかなかった。
アリサが近づく前に窓枠から手を離して落下し、学園長室から離れ始める。
「‥‥‥やっぱり、これってーーー」
窓から外を覗いたアリサの独り言は、アイトには届かないのだった。
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グロッサ王立学園、食堂前。
「妹さんも学園長室に来た!?」
「‥‥‥うん。それでバレかけたけど、
隠れてたのが俺とは気付かれてない、と思う」
ユニカと合流したアイトは、自分の身に起きた出来事を話す。
「ねえ、それってどういうこと?
何の目的があって妹さんが??
あなたはどう考えてるの。あとーーー」
すると案の定、ユニカに質問攻めを受けることになる。耳を塞ぎたくなるほどの正論の嵐に、アイトは目を瞑って「うんうん」と頷き続けた。
「ーーーって、起きた事を悔やんでも
しょうがないわよね、それよりも‥‥‥」
数分後、ユニカの質問が途絶え始めた頃にアイトはようやく口を挟んだ。
「ああ、呪師探しだ。
ラペンシアから聞いた6人の候補のうち、
5人は調べることができた」
「1人調べられてないじゃない。
その1人が呪師だったらどうするの」
ユニカの指摘にされると、アイトは「大丈夫」と言って首を横に振った。
「俺が見れなかったのはカレン・ソードディアス。
スカーレット先輩とシスティアさんの弟だ。
あの2人の弟なら呪師の確率は0に等しい。
だから彼のことは後回しにして他を調べてた」
「確かに知り合いの身内なら可能性は低いけど、
仮にもあれの弟さんよ?
何か企んでる可能性が無いって言い切れるの?
スカーレット先輩のことは全然知らないけど」
ユニカの言い方は、完全に含みのある言い方だった。
彼女よりもあれ(システィア)のことを知っているアイトは何も発言しないまま、視線を逸らす。
「‥‥‥それよりも、他の見学者の中に
気になる人を見つけた。うん見つけた」
「視線だけでなく話を逸らす気満々ね!?
‥‥‥まあいいわ。気になる人って?」
渋々受け入れたユニカが聞き返すと、アイトはその名を挙げる。
「ディーレイって名前の見学者」
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昼食時間が終わり、本格的に数十分間の昼休憩に突入した頃。
「今、話いいかな」
椅子に座っている茶髪の男子見学者は近寄ってきた在学生に話しかけられる。
「ディーレイくん、だよね?
少し聞きたいことがあるんだけど」
名前を呼ばれて話しかけられたため、相手も同じように言葉を返す。
「なんの用ですか、アイト・ディスローグ先輩」
アイトは苦笑いを浮かべると、本題を話し始めた。
「ラペンシアさんから聞いた。
さっきオープンテラスで騒ぎがあったって」
「ああ、それですか」
ディーレイが無愛想に返事すると、アイトは続ける。
「それを案内係として先生に詳しく
話したいんだけど、俺は見てなかった。
だから詳しく教えてもらえないかなん」
「だったらユニカ・ラペンシア先輩や
システィア・ソードディアス先輩にでも
聞けばいいでしょう。なんで俺に」
「ラペンシアさんは途中からしか見てないし、
システィアさんは微塵も気を向けてなかった
らしくて。だから当事者の君に聞きたいんだ」
アイトは詳しい理由を付けて頼み込む。するとディーレイはため息をつきながらも僅かに頷いた。
「わかりましたよ。これを断ったことで
俺が犯人扱いされたらたまったものじゃない。
それで、聞きたいことって何ですか」
ディーレイが了承しながら質問すると、アイトはこう答えた。
「言い合いを始めてから屋根が壊れるまでの
一部始終を、覚えてる範囲で教えてほしい」
アイトの言葉を聞いたディーレイは、小さく息を吐いてから、淡々と話し始めた。
「昼食時、見晴らしのいいテラスがあったから
1人で行ったんです。すると、昨日の夕食時に
言い合いになった奴と鉢合わせたんです」
「それって、スニカ・ジーベルさん?」
「ええ。すると案の定、向こうから
一方的に話しかけてきましてね。
もう無用な時間を費やすのはごめんだと
断りを入れたら、向こうが言いがかりを
つけてきたんで応戦したまでです。
すると、奴はどんな手を使ったか知らないが
突然屋根の一部が降ってきたというわけです。
貴族の澱んだ精神には心底呆れますよ」
ディーレイはため息をつく。
「‥‥‥やっぱり、平民出身の君にとって
貴族はそりが合わないってこと?」
すると突然、アイトは何かを探る様子で呟く。
「ーーー何だと?」
反応したディーレイの声色は明らかに下がっていた。どうみても機嫌を損ねているのは明白だった。
だが、アイトはあえて気づかないふりを続ける。
「いや、貴族と平民は仲が良くないって
話を以前聞いたことがあるからさ。
だからディーレイくんは、貴族身分の人を
あまり良く思ってないんじゃーーー」
アイトは言葉の続きを、胸ぐらを掴まれることで言えなかった。
「そんなことで俺があんな騒動を起こしたと?
冗談じゃない。バカバカしいにも程がある」
「あの、そこまでは全く言ってないーーー」
アイトの言葉は、突然胸ぐらから手を離されることによって中断させられた。
「仮に俺なら、もっと確実な方法を選びますよ。
あんな意味不明な手段じゃなく、俺の力でね」
「そ、そっか」
「もういいですか? 全て話しましたから」
ディーレイはそう言うと、アイトの返事も聞かずに去ろうとする。
数秒の沈黙が続いた後、ディーレイは一瞬だけ足を止めた。
「あ、まだ一つ言ってないことがありました。
あんたの想像通り、俺は吐き気を催すほど
貴族が嫌いですよ。それじゃあ失礼します」
そう言うと、ディーレイは今度こそ去っていく。
(‥‥‥数少ない平民出身の見学者。
歴史ある貴族の家と違い、情報が少なかった。
その分、経歴の捏造もしやすいはず。
正直かなり怪しいけど、他の人も聞かないと)
アイトはすぐに別の行動に移り始めた。
その後、アイトは5人に話を伺った。
スニカ・ジーベルの場合。
「‥‥‥先輩って私を疑ってるんですか。
そうですよねそりゃあそうですよね
あんな状況だったら疑われて当然ですよね
でも私は何もしてないです信じてください
後生ですからお願いしますお頼み申します」
「う、うん?」
スニカによる息継ぎなし早口の捲し立て。アイトはほとんどの言葉を聞き取れなかった。
「だってまほうどころかまりょくすらあつめて
なかったですしゆびをまわしてたのは
くせというかふだんまほうをはつどうするとき
よくおこなうどうさなんですしんじてください
でもあのときはなにもしてないですほんとです」
「ん? う? ‥‥‥うん」
アイトは目を瞑って決意したのだった。彼女をとりあえず落ち着かせることを。
必死に励ましてから5分後。彼女が言っていたことをゆっくり話してもらうことに成功するのだった。
ティーリャ・ノニテスの場合。
「は、犯人は言い合いしてたあの女の子に
決まってます! だって明らかに攻撃の
意思があるように感じましたもん!
昨日だって夕食時に言い合いしてました!」
「その言い分だと、ディーレイくんがやった
可能性も少なからず考えられるよね?
だって言い合いをしてた1人なんだから」
アイトが意見を口にすると、ティーリャは前のめりになった。
「だって、あの子は怪しい動きしてましたもん!
それもさっきだけでなく、昨日も!
こうやって、指をくるくる〜って回して!!
あれ、ちがうかも‥‥‥もっと早かったかも!
あ、こんな感じです! こんな感じ!
見てください! じっくりどうぞ!!」
「な、なるほど〜‥‥‥」
アイトが相槌をうつと、ティーリャは満面の笑みで口を開く。
「ね!? どう見ても何かの合図ですよねっ!?」
「わ、わかった。教えてくれてありがと」
「お役に立てて何よりですっ!」
ティーリャの元気良い返事に、アイトは苦笑いを返すのだった。
フィオネ・アズトファの場合。
「あ〜、あれは驚きましたよね〜。
私とティーリャさんとニノさんが
あのテラスに足を運んだ時には、
既に騒動の関係者全員がいましたよぉ〜。
私、お2人が言い合いを始める前から
気になって様子を伺ってたんです。
すると突然テラスの屋根が壊れまして
本当にびっくりしましたよぉ〜。
あの子が使った魔法、興味深いですよね〜」
「‥‥‥なぜ言い合いが始まる前から様子を?」
アイトの質問に対し、フィオネは何故か両手を頬に当てて顔を赤く染める。
「あ、あの〜、今から話すことは
どうか内緒にしてくれませんかぁ〜‥‥‥」
「え、あ、うん」
アイトが戸惑いながら承諾すると、フィオネはますます顔を赤らめた。
「か、カレンくんのことが気になってまして〜。
昨夜もチラチラ視線を向けていたんですが、
全然話しかけてくれないんですぅ‥‥‥
ディスローグさんとジーベルさんとは
和気藹々とお話していましたのに、
いったいなぜでしょうか〜‥‥‥?
私も、お話してみたいのにぃ」
「な、何故だろうね。ん? ディスローグって」
「あなたの妹さんですよぉ〜。
先輩からカレンくんのことをどう思ってるか
聞いてくださいませんか〜!」
「えぇ‥‥‥」
恋する乙女の反応に困惑しながらも、アイトは質問を続けた。
「なんで、カレンくんのことを?」
「せ、先輩って意地悪じゃないですか〜?
私の口から言わせようとするなんてぇ〜、
もう、先輩察してくださいよぉ〜」
「あ〜‥‥‥はい」
こうしてフィオネから聞いた話の大半は、ほぼ惚気のような内容だった。
ニノ・ルルニキスの場合。
「あ、あのっ‥‥‥そのっ‥‥‥」
「あの時のこと、説明してもらえるかな」
「‥‥‥あ、あまり覚えてないんです」
「え?」
アイトが疑問混じりに声を漏らすと、ニノは俯きながら頭を下げた。
「ご、ごめんなさい‥‥‥!
わ、私。自分から何かするのが苦手で、
目立つのも苦痛なんです‥‥‥それに根暗で、
自分から話すのも、億劫、というか‥‥‥
だから、相手に合わせることで乗り切って」
「そ、そうなんだ」
「あの時も、ティーリャさんとフィオネさんの
会話に、ただ合わせることに精一杯で‥‥‥
気付いたらテラスの屋根が壊れて‥‥‥
正直誰が何をしたのか、どんな方法なのか‥‥‥
微塵も分からないです‥‥‥本当にごめんなさい。
状況説明すらできず、役に立てずに‥‥‥」
「気にしないで!? ただ関係者に話を聞いて
回ってるだけだから、ほんとにありがと」
「‥‥‥」
「そ、それじゃ」
アイトは手を上げながら踵を返して歩いて行く。
「‥‥‥ふへへ。先輩って優しいんですね‥‥‥」
ニノの独り言は、全く聞こえていなかった。
そしてカレン・ソードディアスの場合。
「あれはジーベルさんの仕業じゃありません!
彼女がそんなことするわけないです!!
アイト先輩は疑ってるんですか!!?」
「い、いやそういうことじゃなくて。
ただ君の口から騒ぎの詳細をーーー」
「仮にもし彼女が犯人だとしたら、わざわざ
自分が疑われる瞬間に屋根を壊しますか!?
あれは絶対、彼女に疑いをなすりつけたい
誰かの仕業に決まってます!」
「そ、それも一理あるね」
「アイト先輩は、話に聞いてた人とは違います。
優しくて面白い人だって聞いてました。
「それって、誰に‥‥‥?」
「スカーレット姉さんです。
血が繋がってるかを疑うほど完璧な姉さんが、
笑みを浮かべて楽しそうに褒めてたんです。
だから僕は先輩のこと尊敬してたのに‥‥‥!」
「へ、へえ‥‥‥ほんとに過剰評価だと思うよ‥‥‥」
不敵な笑みを浮かべるスカーレットが容易に想像でき、言葉通りには全く受け取れないアイト。
「通りでアリサさんは先輩のことをーーー」
「え、アリサがなんか言ってた?」
アイトは気になる言葉に反応すると、カレンは焦った様子で首を振る。
「な、なんでもないです!」
「ーーーあのさ、もう一つ聞きたいことがあって」
アイトが別の切り口から話しかけると、カレンは訝しげに様子を伺っている。
「アリサのこと、何か知らない?」
「え? 先輩、アリサさんの兄ですよね?
なぜアリサさんに直接聞かないんですか?」
「俺、嫌われてるっぽいから直接聞けないんだ。
だからアリサのことで何か知ってたら、
今教えてほしいんだ」
そう話しかけたアイトの脳裏には、学園長室に侵入して何かをしていた妹の姿を思い出していた。
ここでアリサのあの行動の理由を知ることができれば助かる。そんな他力本願な気持ちが少なからずあった。
「‥‥‥なんで、なんですか」
「え?」
すると、小さく呟いたカレンの声色は怒気を孕んでいた。アイトの発言に突っかかりを覚えている様子だった。
「家族なのに、なんで真正面から
ぶつかっていかないんですか!」
「えっ、だってアリサに迷惑がーーー」
「っ、まるで先輩はティア姉さんと同じですよ!
家族なのに本心を微塵も見せてくれない!!
‥‥‥だからアリサさんと僕はーーーっ」
感情に任せて捲し立てていたカレンは、突然口を閉じる。
「あら、私のことよく分かってるじゃない」
偶然、近くを通りかかったシスティアと目が合ったからだ。
すぐに居た堪れなくなったアイトは、両手をあたふた振る。カレンを庇うように。
「し、システィアさん! カレンくんは別に」
「なに? 別に気にしてもないわ、事実だし」
システィアがそう言うと、視線をアイトからもう1人の方へと移した。
「でもね、言いたいこともある‥‥‥カレン」
「は、はひっ」
明らかに怯えた様子で声を震わせるカレンに対し、システィアは指を突きつけた。
「ーーー訂正しろ」
「えっ?」
「私とこいつは微塵も似てない。
あんな意味不明な騒ぎのために尽力したり、
自分の妹のために案内係を引き受けたり。
そんなこと、私がするわけないでしょうが。
だから訂正しろ。私とこいつは似てないと」
「は」
「え」
アイトとカレンが反応に困っている間にも、目を細めたシスティアはカレンの額に指を押し込む。
「今すぐ訂正しろ!! さあっ!! 今すぐ!!」
「てぃ、ティア姉さんはアイト先輩に
微塵も似てません!!」
「もう一度!!!」
「これっぽっちも似てません!!」
「私に謝れ!!!」
「似てるなんて言ってごめんなさいぃっ!!」
涙目で叫ぶカレンの額から指を話したシスティアは、何事も無かったかのように微笑む。
部外者のアイトには、もはや空気となる選択肢しか無かった。絶句したまま2人の様子を傍観するのみ。
「姉貴はこいつのこと過大評価してるだけ。
気づけてよかったわねカレン」
「ごめんなさいぃっ」
「それと一応、聞いてた人柄と違うって
相手に強要するのは失礼で、過ちよ。
まあ、今回の相手がこいつだから
別によかったけどね。次から気を付けなさい」
「ごめんなさいぃ‥‥‥」
カレンは姉の言葉を聞き取る気力が無かったのか、何も言われても謝っている。
(システィアさんがそれを言う!?)
アイトは心の中でツッコミながらも、口に出すと余計なことになるので絶対に言えない。
「それじゃ、私は行くわ〜」
自分の思った通りになって満足したのか、システィアは少し機嫌が良さそうだった。
そして歩き始めると同時に、アイトの方を向く。
「あ、ディスローグくん。忠告してあげる。
あんな訳わからない騒ぎの真相なんて
追うだけ無駄よ。編入生にも伝えておいて」
すれ違い様にそう言い残すと、システィアは2人の前から去っていった。
アイトには色々整理したいことがあったが、真っ先にするべき事があった。
「‥‥‥気の強すぎる傍若無人な姉がいると
苦労するよな。俺もいるからよく分かる。
しかも君の場合は、さらにもう1人。
俺には想像できない険しい道のりなんだろう。
でもカレンくん‥‥‥強く、強く生きるんだ」
「は、はいぃ‥‥‥さっきはごめんなさいぃ。
先輩は、ティア姉さんと違って優しいですっ」
「気にしなくていいよ。
ただ、似た境遇だから凄く共感できるだけだ」
「こ、心強いですぅ‥‥‥来年からどうか、
よろしくお願いします、先輩ぃ‥‥‥」
そう、カレンを落ち着かせることだった。
「ああ、お互いがんばろうっ」
アイトの言葉には、やけに感情が篭っているのだった。
こうして6人に話を聞くと昼休憩の時間は終わり、見学会は午後の部が始まろうとしていた。
だがアイトには、まだ誰が呪師か断定できるほどの情報と根拠が無い。
このままでは、今も潜伏している呪師の計画通りに事が進んでしまう。
そして、その時は刻々と近づいていた。
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同時刻。グロッサ王国領内、マルタ森。
「エルリカさんこれって!」
「ええ、急ぎましょ」
森に入って僅か数秒、マリアとエルリカは走り出す。それは、既に血の匂いが充満しているからだ。
その匂いが強くなる方角へ移動していると、2人はついに発生源を見つけた。
大男の足元に、無数の死体が転がっている。
「あんたっ、いったい何してるの!?」
マリアが警戒して話しかけると、男はゆっくりと振り返る。
「‥‥‥おお? その騎士制服っ!
お前ら『ルーライト』の隊員だな!?
‥‥‥ってなんだ、女の隊員かよ」
「何言ってるの? 王国が管理してる森に
無断侵入、そして無差別大量殺人。
あんたは罪人よっ、膝をついて投降しなさい!」
怒った様子で忠告するマリアに対し、男はめんどくさそうに欠伸をしていた。
すると、マリアの隣にいたエルリカが僅かに汗を流す。
「私‥‥‥この男を知ってるかもしれない」
「! いったい誰なんです!」
マリアが即座に聞き返すと、エルリカは拳を構えながら答えた。
「アステス王国の建国記念パレードに乱入した
呪術師集団の頭領‥‥‥だったかしら。
ソニア大佐から聞いた男の特徴と一致してる」
エルリカにそう言われ、マリアは無意識に男の外見に注目する。
灰色髪が特徴的な、筋肉隆々で体格もある大男。何より、左瞼に切り傷が入った隻眼は他の別人と間違えようがない。
「おーい、さっきからコソコソ話しやがって。
まあいい、その話のついでだ。
どっちでもいいから質問に答えてくれや」
「‥‥‥なにかしら」
エルリカが警戒を強めながら返事をすると、ヴァドラは周囲を見渡しながら口を開いた。
「噂の聖騎士王子はいねえのか?
それに『天帝』って呼ばれるあの男は?」
「ルークならいないわ。それともう1人の方は、
私たちに聞く意味自体が分からないわね」
エルリカの問いかけに、ヴァドラは少し呆気に取られながら発言した。
「は? 『天帝』は王国が飼ってる
凄腕の傭兵じゃねえのか??」
「ーーーっ、そんなわけないでしょうが!!」
ヴァドラの言葉に答えたのは、エルリカではなくマリアだった。
彼女の声色で色々と察したヴァドラはため息をついて、確かな落胆を見せる。
「はぁ‥‥‥聖騎士もいなければ『天帝』もいない。
王国の最強部隊とはいえ、女の隊員2人だぁ?
ーーーやっぱりあいつの方が楽しそうじゃねえか」
「なに訳わからないこと言ってるのッ!!
早くその場に膝をついて投降しなさい!」
「マリアと同意見よ。おとなしく投降しなさい。
じゃないと力づくで無力化することになるわ」
叫ぶように指摘する気の強いマリアと、淡々と呟いて大人の反応で忠告するエルリカ。
「へえ? ずいぶんな自信じゃねえか。
じゃあ俺からも前もって忠告してやる。
今すぐ聖騎士か『天帝』を呼んで来い。
俺たちの目的はそれなんだよ。
そしたら生きて帰してやるからよ、な?」
手の骨をバキボキ鳴らしたヴァドラは、重々と腰を落として構えをとる。
「どっちも無理な要求ね」
「あんた図々しいのよっ!
それに後者は知らないって言ったでしょ!?」
彼の忠告に、エルリカとマリアは言葉は違えど意思は同じ。断固拒否である。
「‥‥‥なら、お前らも殺して呼び出してやるよ。
隊員が死んだことが伝われば、
隊長の聖騎士様もすぐに現れるだろ。
天帝はどうやっておびき寄せるか
後でじっくり考えねえとなぁ‥‥‥」
「‥‥‥行くわよマリア」
「はいっ」
「ま、今はせいぜい楽しませてくれ。
最強部隊の隊員さんどもよぉ!!!?」
その声が互いの合図になったのか。マリアとエルリカはほぼ同時に駆け出す。
「【ヴォル・ヴァリ・バースト】ぉ!!!」
すると開幕を告げる呪力の塊が、森の中を包むのだった。