見学会、昼休憩
午前11時半、グロッサ王立学園、食堂。
見学者たちは、ひと足先に昼食を取ることになる。
前日とは違い、今は在学生が実際に利用する大きな食事スペースを使うことができる。
多くの見学者たちが和気藹々と食堂内で会話している中、アイトとユニカは外にいた。
「‥‥‥よし決めた。
俺、見学者たちの書類を盗み見てくる」
アイトの宣言に、ユニカは視線を合わせて驚いていた。
「ちょ、本気? 見学者たちの経歴を全て
調べるなんて、大変にも程があるわ。
それに誰かにバレれば問題になるどころか
あなたが学園側に審問されることになる。
最悪の場合、退学どころか罪に問われる」
「その危険性は当然理解してる。
でも、そんなこと言ったら俺は
既に何度も罪を重ねてる大罪人さ」
自虐気味に言ったアイトの表情は暗かった。ユニカは思わず視線を外す。
『天帝』レスタは、王国に対する無法者として指名手配されている存在。
だがこれまでの行いの全ては、アイト自身が確かな信念と目的を持って行ってきたことである。
知らない人から見れば、『天帝』レスタは国家転覆を狙ってるように映る恐怖の対象。
つまり客観的に見れば悪そのもの。だが、ユニカはどうしても納得できなかった。
「‥‥‥それは誰かを守ろうとして
行ったことでしょ。
あなたが自分の愉悦のために
悪いことしてるなんて思ってないし、
一度も見たことも聞いたこともない。
知らない人から見れば罪人。
でも私から見ればあなたは、
価値観が違うだけの人好し馬鹿よ」
気づけば、彼女は力強く発言していた。
アイトが目を見開いて驚くが、ユニカは言葉を続けた。自分の頭に置いた手を複数回掻きながら。
「あ〜もうっ! あなたって真面目すぎるのよ!
もはや度が過ぎてて超めんどくさい!!」
「めんどくさい!?」
「あなたは全人類によく思われたいの!?
悪いけど、そんな人は誰もいないわよ!」
「いや、そんなことーーー」
アイトの言葉を遮るように、ユニカは僅かに息を吐いた。
「少なくとも、私を助けてくれたことを
悪だったなんて誰にも言わせないから。
知らない人にどう思われてようが、
身近にいるカンナたちには慕われてる。
それだけが事実。だから弱音を吐くな」
「‥‥‥いや、でも」
「わかった???」
「は、はい」
「今回は妹と学園を守るためでしょ。
だったら自信持てばいいでしょうが」
そう言って歩き始めたユニカはアイトとすれ違う瞬間、また口を開いた。
「私なりに調べてみる。
あなたは気づかれて捕まらないようにね」
そんな言葉を残したユニカは食堂内に入っていく。
ぶっきらぼうな言葉だったが、彼女なりの気遣いに気付いたアイトは小さく頷く。
(そうだ‥‥‥自分の行動を気にしてたら、
助けたラペンシアに失礼だろっ)
アイトは両手で頬を叩いて気持ちを整理し、移動を始めた。
見学会の参加者たちに関する書類が保管されていそうな、職員室に。
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食事ができる場所にも、様々なエリアがある。
食堂付近に置かれている多くの机では、すぐに食事を済ませられる。
少し離れたカウンター席では1人で黙々と食べることができ、一休みしながら作業することに向いている。
その中でも特に人気なのは、2階の離れにあるオープンテラス。
中と外を隔てる壁がなく簡単に行き来できるのに加え、観葉植物の庭があるため外の景観もいい。そのため学生の利用者が後を絶たない。
だが、学園内の内情を見学者たちは詳しく知っている訳がなく。
「ここを独り占め出来るなんて最高〜。
あ、私ってこのために案内者やってたんだ〜」
システィア・ソードディアスは真ん中の机と椅子を使い、優雅に昼食を取っていた。
紅茶を一飲みしながら、外の景観を楽しむ。心なしか、普段よりも表情が柔らかくなるほど和んでいた。
「姉さんに聞いた話だと、ここです」
「お、カレンくんの言った通りですね」
だが耳に入った2人の会話が、システィアの表情を一気に険しくさせる。
「カレンくん、あの人って」
「‥‥‥ティア姉さん」
少女が続きを言うよりも早く、少年はシスティアの名を呼んでいた。
「‥‥‥カレン、なんでここを知ってるの」
システィアは軽くため息をついて話しかける。
自分の弟、カレン・ソードディアスへと。
「スカーレット姉さんが教えてくれたんです。
『2階のオープンテラスは人気エリアだ。
普段は席の競争率が凄まじいから
見学の時に思う存分堪能しろ』って‥‥‥」
「あのクソ姉貴‥‥‥」
ますます機嫌が悪くなるシスティア。するとそんな彼女に向かい合うように、カレンは椅子に座った。
「は? 何してんのお前」
「せっかくだし、ご一緒しようかなって‥‥‥
ほら、ティア姉さんに色々聞きたかったし」
「は?」
嫌がる様子を微塵も隠さないシスティアだが、カレンは首を傾げるのみ。
「か、カレンくん本当にいいんですかこわい」
「ジーベルさんも座ってよ、在学生の姉さんに
聞きたいことがあったら質問できるし」
「質問はしないというかできる雰囲気じゃないと
言いますか、ちょっとカレンくんさすがに」
「え? 早く食べようよ!」
カレンは献立のスープを両手で手に取り、飲み始める。もはやスニカに選択の余地は無かった。
「お、お姉さん、失礼します‥‥‥
スニカ・ジーベルが失礼します‥‥‥」
少女ことスニカ・ジーベルは恐る恐るといった様子で椅子を引き、余計な波風立てないようにゆっくりと座る。
「‥‥‥」
一言も発さないシスティアは、間違いなく額に青筋を立てていた。
「ティア姉さん、手が止まってるけど
どこか体調でも悪いんですか?
僕が先生に伝えておきましょうか‥‥‥?」
「‥‥‥けっこうよ???」
「そうですかっ、それなら良かったです!
僕、質問したいことがありまして!」
笑顔で話を続けるカレンに対し、最低限の言葉しか返さずに腕を組む不機嫌なシスティア。
(なんですかこれは地獄ですか助けて誰か)
その空気に当てられ食事が喉を通らないスニカ。
「うわっ、何ここ超良いじゃん!!」
「これは風が気持ちよさそうですね〜」
「わ、私もそう思います!」
そして新たに3人の見学者が訪れたことにより、システィアの機嫌がどうなったか言うまでもない。
「ーーー先輩、少しお時間大丈夫ですか」
「今度はなにっ!!?」
声をかけられたシスティアは思わず声を荒げる。彼女の近くに立っていたのは、またしても見学者。
「あ、君はっ」
「なんで貴様がここに来てやがるんですか??」
カレンとスニカは各々声を漏らすが、見学者は反応せずにシスティアを見つめている。
「いったいなに? 用件を早く言え」
システィアが顰め面で言い捨てる。すると見学者は簡潔に話す。
「先輩たち1年生の中で、最強は誰ですか」
そう言った見学者は、午前の部でルークに質問した者と同じ、少し癖毛の茶髪が特徴的な少年。
ディーレイという名の見学者だった。
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同時刻、食堂。
(こんなに人が多いと、監視するのも大変ね)
仕切りのついたカウンター席に座ったユニカは手早く食事を済ませ、見学者たちを見張っていた。
「あ、あのユニカ先輩」
「お聞きしたいことがあります!」
だが在学生であるユニカに質問があるのか、複数の見学者が彼女の近くに立って話しかけていた。
「ーーーいいですよ、なんでしょうか」
そう言って微笑むユニカを見て、見学者たちは色めき立つ。
外面は良くしているユニカだが、内心では煩わしく思っていた。監視に支障がでる可能性があるからだ。
「試験って難しいですか」
「どの授業が楽しいですかっ」
「クラス分けってどんな基準で行われますか?」
「どんな男性がタイプですか!」
「お、お付き合いしてる人はいますかっ!?」
次々に投下される質問を、ユニカは当たり障りの無い返答で躱し続けていく。笑顔を忘れずに。それを意識しないと本音が顔に出そうだったからだ。
時折、視線を移して出来る範囲の監視をしながら。
質問の頻度が徐々に下がっていき、自分を囲む見学者が少なくなってきた頃。
ーーー感じ取った。
「っ、ごめんなさいまた後で!」
ユニカはすぐに席を立ち、近くの階段を駆け上がっていく。
そして、2階のオープンテラスに足を踏み入れていた。
そこには、数名の見学者と1人の同級生がいた。
「貴様ほんとになに様なんですかああん???」
「お前には聞いていない、口を挟むな」
茶髪の男子と白髪の女子が言い合いをしている。
「ジーベルさんっ、ディーレイくん!
少し落ち着いてください!!」
カレンが2人の間に割り込み、仲裁している。
「お。面白そうじゃない」
その場で唯一の在学生システィアは椅子に座ったまま、喧嘩を楽しそうに傍観していた。
「離しなさいカレンくん怪我しますから
もう頭きましたかかってきやがれですよ」
白髪の女子がくるくる回していた人差し指を上に向けた瞬間。
何かが弾け飛び、テラスの屋根の一部が破損して落下を始める。
「ーーー危ないっ!!」
ユニカは半ば駆け出し、言い合いをしていた2人とカレンを突き飛ばしていた。
「あ、これ危ないわね」
その行動の真意に気づいたシスティアはすぐに紅茶のカップを置き、机を蹴るようにして後ろへ宙返りする。
直後、システィアたちが使っていた机に屋根の一部が落下し、音を立てて倒壊した。
幸い、怪我人は出なかった。ユニカが突き飛ばした見学者の3人、システィア、そしてユニカ自身も無事である。
「な、なんですかこれっ」
白髪の女子はその光景を見て唇を震わせている。
「あの、何があったんですか〜」
「こ、これやばいよっ!!」
「私も驚いてます!!」
すると近くで食事を取っていた3人の見学者も集まり、騒ぎは大事になりつつあった。
「ーーーまさかここまで過激な手段を取るとは。
僕がそこまで怒らせたということか?」
「は、はあっ!? 何言ってやがるのですか!」
言葉の意味に気付いた白髪の女子は声を荒げる。すると茶髪の男子は軽く息を吐いて続きを話した。
「状況からして、お前がやったんだろ。
人差し指を立てた時に何かしたな?
たしか、名は‥‥‥スニカ・ジーベル」
「違う!! 私は何もしてないっ!!
確かに魔法を発動しようとしたけど、
その前には屋根が割れたのっ!!」
スニカは必死に否定を繰り返すが、それを信じる者はいない。
「私、屋根が壊れた瞬間を見てた!
この子が指を上に向けた直後だった!」
「あら、それはそれは」
「わ、私もそう思います!」
他の見学者3人が口を出すことで、スニカの立場はますます危うくなる。
「違うっ、違います!! 私じゃない!!」
スニカは目に涙を溜めて必死に無実を訴えている。すると、膝をついて座っていた彼女の前に立つ者がいた。
「皆さんやめてください!
ジーベルさんはそんな人じゃないです!」
「カレンくん‥‥‥」
それは、カレン・ソードディアスだった。
懸命にスニカを庇おうとするが、ただの感情論なので反論としては弱い。
明らかに、スニカへの疑いが強まっている。
「‥‥‥ねえ、みんな聞いてくれる?」
すると、ユニカがゆっくりと口を開いて皆に話しかけ始める。自分たちより年上で在学生であるユニカの話を、見学者たちは無下にできなかった。
「スニカさんはここまで否定しているし、
そもそもこのテラスの屋根が老朽化していて
偶然壊れたって可能性も十分考えられる。
それに何より、この件では誰も傷付いてない。
でもこれ以上憶測だけで言い攻めれば、
スニカさんを深く傷付けることになるわ」
「でも、状況的に考えて言い合いしてたーーー」
割り込んだ見学者の口出しも、ユニカは手を出して制する。
「憶測だけで証拠も無い。
これ以上追及するのは全員にとって無意味。
それでも続けたいなら、私が先生を呼んでくる。
その場合はこの場にいる全員、
見学会には一切参加できない。
そうなるけど、いいかしら」
ユニカは、冷静に説き伏せる。口を挟む者は誰もいなかった。
「‥‥‥へえ、口が立つのね編入生」
そう呟く、システィア以外は。
するとユニカは上品に微笑み、続きを話す。
「それじゃあ、見学者の皆は引き続き昼休憩を。
このテラスは危ないから立ち入り禁止。
壊れたテラスの屋根は私とシスティアさんで
学園側に報告しておくから」
「は? ちょ、なんで私もーーー」
「いいわよねっ??? 案内係さん??」
文句を言いかけるシスティアを、凄まじい笑顔の圧で押さえつけるユニカ。
2人の迫力が凄すぎて、この場にいた見学者たちは何も口出しできないのだった。
その後は、ユニカは念のためとテラスにいた見学者たちの名前を聞いてから解散させる。
「それじゃあ私は誰も入らないように
ここを見張っておくから、システィアさんは
この件を先生に報告して」
「は? なんで私がそんなことーーー」
「じゃないとあなたが見学者たちの口喧嘩を
意図的に止めずに傍観してたこと、
先生たちに詳しく報告するから」
「‥‥‥ふっ、強かな女ね」
「自己紹介かしら」
ユニカが強気で言い返すと、システィアは舌打ちをして渋々歩き出す。
こうして、オープンテラスで起きた騒動の現場にはユニカ1人だけが残る。
それが、ユニカの1番の目的だった。現場を、念入りに調べるため。
ユニカはしゃがみ込み、床に落ちた木片に触れる。
「‥‥‥やっぱり。これで確定ね」
そう呟いたユニカは立ち上がると、さっきの様子を思い出していた。
カレン・ソードディアス。
スニカ・ジーベル。
ディーレイ。
ティーリャ・ノニテス。
フィオネ・アズトファ。
ニノ・ルルニキス。
2度目の呪力感知、屋根の木片に残っていた呪力の残穢。
両方の発端である騒動に居合わせた6人。
ユニカは確信していた。
この中に見学会に潜伏している、呪師がいると。
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グロッサ王立学園、学園長室。
今、室内には1人。といっても、学園長ではない。
(あった、これか!)
アイト・ディスローグである。
幸運にも学園長が留守だったため、見学者についての情報を探すことができた。
引き出しに入っていた書類には、見学者たちの顔と経歴が細かに記載されている。
それを机の上に出し、立ったまま目を通し始める。
『ローグくん、聞こえる?』
すると、魔結晶から声が響く。これまでの経緯を考えると、連絡相手は分かりきっていた。
「聞こえる、何かあったか?」
アイトは魔結晶を書類の隣に置きつつ、調べることを続行する。
『見学者のこと、調べられそう?』
「ああ、今ちょうど目を通しているところ」
そう答えながら目は書類に向けていると、魔結晶越しのユニカの声が少し大きくなる。
『だったら調べるのは私が言う6人だけでいいわ。
その中に、呪師は確実にいるから』
「! 何かあったのか」
『それは後で詳しく話すわ。
だから今は、調べることを優先して』
「‥‥‥わかった。それでその6人って?」
その後アイトは6人の名前を聞き、彼らの書類を抜き取って上にまとめ上げる。
そして、1枚ずつ念入りに目を通し始めた。
(‥‥‥ん? これってーーー)
アイトがとある人物の書類に気になる点を見つけ、注意深く目を通す。
それに集中していたため、今の状況をあまり意識していなかった。
ーーーコンコンッ。
「っ!?」
何者かが扉をノックする。アイトは声が出そうになったが、かろうじて息を潜めた。
「‥‥‥あの、学園長室ってこちらですか。
私、学園長にお聞きしたいことが‥‥‥」
そんな声が扉越しに聞こえ、アイトは焦り始める。
(どうする返事するかっ!?
いや中に入られたらすぐにバレる!!
それに、書類もまだ調べてなーーー)
「‥‥‥あの? 失礼します」
アイトが行動に迷っている間にも、訪問者がゆっくりと扉を開け始める。
(やばーーー)
訪問者は、室内をじっくり見渡す。
「‥‥‥誰も、いない」
そんな独り言を呟くと、後ろ手で扉をゆっくりと閉める。
(なんでーーーっ)
その様子を相手に悟られず盗み見ていたアイトが、心の中で動揺する。
「‥‥‥いないなら、ちょうどいいかも」
それは自分の妹、アリサ・ディスローグだったからだ。