表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
195/347

見学会、午前の部

 「振り向かずに、耳を澄まして話を聞いて」


 ユニカの言葉に、アイトは疑問を抱きながらもゆっくりと立ち上がる。


 「先に歩いて」


 彼女に指示され、アイトは歩き出す。


 すると、ユニカは一定の距離を空けながらアイトの後ろを歩く形となる。


 他の人が見れば、向かう方向が同じなだけの他人に感じるだろう。


   そして、ユニカは満を辞して口を開いた。



   「見学者の中に、呪力持ちが潜伏してる」



         「ーーーは?」



 彼女の言葉は、アイトには微塵も予想できないことだった。いや、予想できる者などいない。


 気づけば声を漏らしていたアイトだったが、すぐに冷静を装いながら歩き始める。


 ユニカは、そんな彼の背中に伝えるように続きを話し始めた。


 「さっき、ルーク王子が魔力を発生させた時。

  一瞬だけ、呪力の気配を感じ取ったの」



     アイトは、その発言を疑わなかった。


      それは、ユニカの性質にある。



 一般的に魔力を持つ者は他人の魔力を、呪力を持つ者は他人の呪力を感知することができる。


 逆に言えば魔力のない者には魔力を感知することができないし、呪力のない者には呪力を感知することができない。


 現にユニカが話した場面の時、アイトは呪力の気配など微塵も感じなかった。


 ところがユニカは違う。


 彼女はゴートゥーヘルが行った人体実験の成功作で、魔力と呪力を両方持ち合わせた稀有な存在。


   そのため、両方を感知することができる。


 だが彼女は普段、呪力を使えないように呪力封じが施されたヘアピン(アイトに貰った魔石入りの、染色魔法が永続的に付与されたものとは別)を付けている。


 その理由は明白。呪力持ちだと周囲に知られないためである。だからそのヘアピンを外さない限り、今のユニカは呪力を使えない。


 だがそれは自分が呪力使えないだけで、『呪力そのものを見えない、感じ取れない』というわけではない。


 自分の呪力が封じられていようとも、呪力自体の気配は察することができる。それは、他人の呪力も。



 「呪力を持つ潜伏者‥‥‥仮に呪師じゅしと呼ぶわ。

  ルーク王子の力に驚いた呪師は体内で

  制御していた呪力を僅かに乱してしまった。

  たぶん私が感知したのは、その一瞬」


 ユニカは前方を歩くアイトにだけ聞こえるよう、声を調整して話す。


 「あの時は見学者たちが固まっていたから

  その中の誰が呪師か分からなかった。

  でも、今も潜伏してると思う」


 一方的に話されるユニカの話を、アイトは歩きながら自身の背中で受け止める。


 「呪力を持つことを名乗らずに見学者として

  潜伏してるってことは恐らく‥‥‥

  アステス王国のパレードで見た

  あの集団と関係が高いと思うの」


 「‥‥‥『ジ・ヴァドラ』」


 アイトは独り言を呟くと、後方にいるユニカが頷く。


 「これで私の話は終わり。

  私は見学者たちの様子を伺っておくわ」


 「‥‥‥ああ」


 返事を聞いたユニカは突然走り出し、アイトを追い抜いていく。


 「先に行ってるわ」


 そして、すれ違い様に呟いていった。彼女が追い抜いて先に向かったのはおそらく、アイトに整理する時間を与えるため。


 (奴らの狙いはいったいなんだ‥‥‥?

  何のために見学会に潜り込んだ‥‥‥?)


 アイトが長考して歩く間にも、見学会の進行は刻々と進んでいく。


 誰が呪師なのか。また、何のために見学会に潜り込んだのか。


 その答えを、呪師が取り返しのつかない事態を引き起こす前に見つけなければならなくなった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一方、グロッサ王国領内。


 「エルリカさん、任務の内容は本当に

  合ってるんですか?」


 「信じられないと思うけど、本当らしいわ。

  なにせ、ギルドからの報告らしいから」


 マリアとエルリカは目的地への移動の最中、これからの一件の話をしていた。


 「ギルド所属の冒険者が手も足も出ないなんて。

  いったい、あんな所で誰か何の目的で‥‥‥」


 「最低でも2人で行くことを念押しされたから、

  一筋縄じゃいかないことは確かだと思う」


 エルリカの言葉に、マリアは反応せずに独り言を呟いた。


 「まさか‥‥‥あの金髪女剣士ーーー」


 「そうだとしてもそうじゃなかったとしても、

  あの森を破壊されると学園側が困る。

  来年の競技が変わってしまうかもしれない。

  なんとしてもそれだけは阻止しないと」


 エルリカは懸念点を呟いて決意を固める。すると、マリアは視線を下げて声を漏らしていた。


 「‥‥‥私じゃなくルーク先輩だったら、

  絶対に上手くいくのにーーー」


 「マリア」


 エルリカは、言葉の続きを言わせないように名を呼んでいた。


 「ルークは生徒会長として、王子として

  見学者たちに姿を見せる義務がある。

  こんなこと言いたくないけど、彼目的で

  参加した見学者も少なからずいるから」


 「そ、そんなことわかってます」


 「それに最近の情勢、理解してるでしょ?

  魔闘祭の一件で、王国に対する

  不満や疑念が高まってる。

  だからルークは前みたいに

  国を離れるわけにはいかないの。

  それに今の状況を最も歯痒く感じてるのは

  ルーク本人だわ。余計な心配かけないために、

  そんな素振りは見せないけどね。

  1人で全て抱えて、ほんとバカなんだから」


 「っ‥‥‥」


 思わず足を止めたマリアに対し、エルリカはニコッと笑って肩を叩く。


 「だから私は、自分に出来ることをやる。

  ルークが動けないなら、私が代わりに動く。

  ルークの悩みは、私も引き受ける。

  だってルークは私の‥‥‥私の‥‥‥?

  あ、じょ、上司! 上司だからっ」


 最後だけ言葉に詰まったエルリカ。


 「ーーーふっ‥‥‥」


 それを見たマリアは思わず吹き出してしまう。もはや隊員なら彼女の想いは全員(当人同士以外)が理解している。


 だが、それに気付かずに隠そうとするエルリカのいじらしさに、マリアは微笑んでしまったのだ。



 「なに笑ってるのマリアっ!

  だからっ、マリアも自分にできることを

  やればいいの! ほら、弟と妹が学園で

  待ってるんでしょ!? さ、早く動く!」


 恥ずかしさを誤魔化すように早口で捲し立てたエルリカは先に動いていく。


 「‥‥‥はい!」


 マリアは元気よく頷いて、彼女の後をついていく。


 (アイト、アリサ‥‥‥待っててね。

  私、もう迷わない。嫌われてもいい。

  だから姉として、真正面からぶつかるから!)


 そう誓ったマリアは、晴れやかな表情だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 グロッサ王立学園。


 アイトはあまり通った記憶のない廊下を歩く。それはシスティアやユニカ、もちろん見学者たちも同様である。


 すると教師が、とある教室の前で立ち止まる。


 「これから2年Aクラスの授業を見学します。

  今日の授業は、『魔法基礎理論』らしいです」


 そう告げて、教師は扉を開ける。


 「失礼します。見学させてもらいます」


 教師が頭を下げて静かに入っていく。次に案内係であるアイトとシスティアが、そしてユニカを含む見学者たちが足を踏み入れる。


 2年生たちの中で後ろを伺う者も一定数いたが、やがて前を向いて授業に集中するようになった。


 対して見学者たちの一部は授業ではなく、1人の少女に意識が向いている。


 「‥‥‥(ニコッ)」



 見学者たちの視線に気づき、控えめな様子で微笑む少女。彼女の名は、ユキハ・キサラメ。


 成績は学年トップで実力も文句無し。彼女の得意な氷魔法は、他の追随を許さない。


 文武両道で眉目秀麗の彼女は、人に優しく自分に厳しい。


 まさに完璧という言葉が似合いそうだが、実はかなりの天然で自覚無し。


 そんな所も愛嬌があり、彼女は自然と周りに好かれる。その素質は、学園全体でも随一。


 王国最強部隊『ルーライト』へ勧誘されている噂も広まっており、全学年の中でも注目の的である。


 『氷花の優等生』。彼女をそう称讃する者も少なくない。


 「先生っ、少しいいですかっ」


 ユキハが真っ直ぐ手を伸ばして発言すると、授業を行っていた先生が「何かありましたか」と聞き返す。


 するとユキハはーーー長い水色の髪を靡かせながら立ち上がり、右手を見学者たちの方へ伸ばす。


 「見学の皆さんが来られましたので

  ぜひ皆さんに自己紹介する時間をーーー」


 「‥‥‥キサラメさん?

  そう言ったことも含めて、午後の1時間は

  在学生と見学者の交流会を予定していると

  今朝、話しましたよね?」


 「‥‥‥えっ、そんな話してましたかっ!?」


 ユキハは口に手を置いて驚くと、近くに座っていた女子生徒が苦笑いを浮かべる。


 「ユキハちゃん、今朝はとても熱心に

  何か書いてたよねっ‥‥‥何書いてたの?」


 「えっ! あ、あのっ、それは〜っ!!」


 女子生徒の問いかけに、ユキハは顔を真っ赤にして慌て出す。すると膝を机にぶつけ、その拍子に1枚の紙が床に落ちる。


 女子生徒は紙を拾い上げ、紙に書かれた文字を声に出す。


 「『・授業中に来てくださった見学者たちが

    緊張せずに楽しく見学できるように

    自分から自己紹介を名乗り出る

  ・なるべく自分も緊張した素振りを見せずに

   挙手してから話し始める』

   ‥‥‥これ書いてて聞いてなかったの!?」


 女子生徒のツッコミに、教室が笑いに包まれる。それは見学者たちにも広がり、結果的に緊張がほぐれていた。


 「み、皆さんごめんなさいっ!」


 ユキハは恥ずかしさのあまり魔力が制御できなくなったのか、周囲に冷気が発生していた。彼女は顔を真っ赤にしているが、周囲は少し肌寒い。特に彼女の机はパキパキと凍り付いている。


 すると、事態の収拾を付けるかのように、先生はわざとらしく咳をする。


 「‥‥‥コホンっ。あの、見学者の皆さん。

  このように個性豊かな先輩がいますが、

  皆さんを歓迎していると伝わればと」


 「私を引き合いに出さないでください〜!!」


 半泣きのユキハは、多くの者に笑いと癒しを与えた。


 (キサラメ先輩って‥‥‥ミストみたいだなぁ)


 そしてアイトは、至極どうでもいいことを考えーーーている場合ではなかった。


 (ーーーってそうじゃなくてっ!!

  今も見学者として潜伏してる呪師を

  早く見つけないと大変なことにっ!!)


 気持ちを切り替えるべく首を振ったアイトは、見学者たちに目を凝らす。


 怪しい挙動を取っている者がいないか、何かしようとしている者はいないか。


 必死に見つけ出そうとするあまり、アイトは見学者たちを睨むように凝視していた。


 「あ、アリサさんどうしようっ。

  アイト先輩が皆を睨んでる!

  僕たち、何か失礼なことをしたんじゃっ」


 「‥‥‥んっとに何やってるのっ‥‥‥!!」


 それが見学者の1人であるカレンを不安にさせてしまい、アリサはますます不機嫌になる。


 (‥‥‥うん、私が馬鹿だったかも)


 一部始終を悟ったユニカは、頭に手を置いて憂いていた。



 「ゔっ」


 その後2年Aクラスの教室を出る際に、アイトはユニカの肘打ち(注意の意図)を受ける。彼女が配慮したタイミングのため、人目は無い。


 「なにすんだっ‥‥‥」


 「あんな警戒の仕方だと呪師に勘付かれる。

  私もいるんだから、少し落ち着いて」


 「だってっ、早く見つけないとーーー」


 アイトの言葉の続きを阻むように、一歩踏み出したユニカは彼の額に指を差す。


 「あなたは、なるべく自然体でいて。

  じゃないと、意識し過ぎで顔に出るから

  見てるこっちが怖い。気を付けて」


 「わかりましたよッ‥‥‥」


 文字通りの注意を受けたアイトがやけくそ気味に返事すると、ユニカは踵を返す。


 「‥‥‥でも油断はしないで、いい?

  真面目で責任感強いのは良いことだけど、

  少しは人に頼って。じゃないと‥‥‥

  カンナたちが心配するでしょ」


 「‥‥‥わかった」


 アイトが返事すると、ユニカは何も言わずに歩き出す。彼女が無反応だったことに、アイトは何も言わない。


 それは彼女の、アイトや『エルジュ』の構成員たちに対する確かな信頼と友情を感じとったからだ。


 そんな気恥ずかしい姿を見られたくなかったからか、ユニカは何も言わずに足早に歩いていったのだ。


 (これで‥‥‥あとは戻ってくるエリスが

  ラペンシアのことをどう思うか、だな‥‥‥)


 アイトは嬉しい気持ちの中に、杞憂を混在させていた。



 『ゴートゥーヘル』に恨みを持つエリスと、かつて『ゴートゥーヘル』の最高幹部だったユニカ。


 ユニカは壮絶な過去を背負う、心優しい少女だとエリスが理解しても、許せるかどうかは別問題。


 反抗していたとしても、最高幹部の一員だったことは紛れもない事実。


 間違いなく、何かしらの衝突は起こる。それは絶対に避けられない。



 『彼女を助けたいと思った』。『いま見過ごすと後悔する』。


 そういった理由で決意した、自分のせいで。


 (エリスは‥‥‥自分本位な選択をした

  俺を許してくれるのだろうか‥‥‥)


 だがそんな後の未来で2人が上手く行くように祈りながら、アイトは後を追いかけるのだった。




 結局アイトは、後輩たちへの好感度が少し下がった以外の成果は得られないまま、見学会の午前が終了してしまう。



           (‥‥‥♪)



 そして見学者たちの中に紛れている潜伏者(呪師)は、笑みを浮かべているのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ