見学会、開幕
翌日の朝8時。グロッサ王国王都、ローデリア。
グロッサ王立学園見学会、当日を迎える。
見学の牽引役を任された学園の教師が始まりの挨拶を済ませた後、2人の生徒に発言機会を譲る。
その2人とは、学園側に任された案内係。
「グロッサ王立学園、1年Aクラス所属
システィア・ソードディアス。
‥‥‥ほら、お前の番」
「え、自己紹介それだけ‥‥‥??
え〜と、グロッサ王立学園1年Dクラス所属
アイト・ディスローグです。
僕とこのお姉さんが在学生代表として
皆さんの案内を務めます。
今日一日、よろしくお願いします」
「は? お前にお姉さん呼びされると
寒気がするからやめてくれない???」
「ただフォローしただけですけど!?」
そんな2人の会話を聞き、見学者たちは笑っていた。事前に段取りをしたネタだと思ったのだ。
(年下に笑われたけど、お前何してるの?)
(俺のせいなの!?)
案内係の2人は、間違いなく素の態度だった。
「‥‥‥」
「ティア姉さん、怒ってる‥‥‥」
そしてアリサは訝しげに目を細め、カレンは思わず声を漏らしていた。
「案内係のお2人に、どうか拍手を!」
当然、教師と周囲の見学者は2人の様子に気付かないまま拍手を送る。
「それともう1人。案内係ではありませんが
在学生である彼女も参加します。
ユニカさん、どうか前でご挨拶を」
「は、はい」
教師に呼ばれたユニカは、アイトたちと入れ替わるように見学者たちの前に立つ。
「私は、最近グロッサ王立学園に編入した
ユニカ・ラペンシアです。
まだ学園のことを詳しく知らないので
皆さんと一緒に見学に参加します。
皆さん、聞きたいことがあれば
積極的に聞いてください。
聞きづらいのであれば、代わりに私が
2人に質問しますので。では改めまして、
今日はよろしくおねがいします」
丁寧な挨拶と共に微笑んだユニカ。そんな彼女を見た見学者たちは拍手を送る。その中には見惚れている者も少なからずいた。
「‥‥‥」
アイトは目を細めて、彼女の猫被り具合に呆れていたが。
「それでは、皆さん並んでください!
これから授業の様子を見に行きましょう!」
こうして、グロッサ王立学園見学会が始まる。
グロッサ王立学園、訓練場。
担当の教師を先頭に、アイトたち(見学者も含む)は訓練場の前で足を止める。
すると教師が右手を伸ばして、扉から見える訓練場内へ皆の視線を誘導する。
「今日は3年Aクラスと5年Aクラスが
合同で授業を行っています。
このように多学年での交流の機会は
授業でも定期的にあります。
その理由、誰か分かる人はいますか?」
教師の質問に見学者は各々反応を示しつつも、我先にと答えようとする者はいなかった。
「ーーー多くの人と関わる機会を増やすことで
お互いを刺激し合い、心身の成長を促す‥‥‥
とか、ですかね先生?」
そして真っ先にで答えたのは、ユニカだった。
「その通りです! ただ授業で学ぶことだけが
学園生活ではありません。自分の身近な人、
もしかしたら学園の先輩や後輩に新しく
教わることがあるかもしれない。
まして国に関する知識だけではなく
魔法や体術、その他にも多くのことを
学べる場として学園があると思うのです」
見学者たちの反応を伺いながら、教師は言葉を続ける。
「様々な分野に秀でた人と交流することで
自分と相手の成長に繋がります。
それに礼儀や人付き合いなど、人として
必要なことも学べればと教師陣は思ってます」
教師の心が籠った言葉に、見学者たちは感心していた。それはアイトたちも同じ。
「あ、つい話し込んでしまってごめんなさい!
それでは合同授業の様子を見学しましょう!」
教師が目の前の扉を全開まで開け、見学者たちに入るよう誘導する。
外側の扉が開いたことで、中で授業を受けていた3年生と5年生の一部の視線が集まる。
見学者たちは各々頭を下げながら端を移動し、見学の姿勢に入る。
すると、彼らの中で注目を浴びた人物がいた。
「あ、あれって‥‥‥!」
「ルーク様! は、初めてこんな近くで見たっ」
「か、カッコいい‥‥‥♡」
それは5年Aクラス所属、グロッサ王国の王子であるルーク・グロッサ。
「おい、あの人はっ」
「シロア・クロートさんだ!
王国最強部隊『ルーライト』の最年少隊員!」
「走り込みしてるぞ。
やっぱり基礎体力も大事なんだな」
「あんな小柄なのに強いとか、想像つかん‥‥‥」
そして、3年Aクラス所属のシロア・クロート。彼女は息を乱しながらも稽古場の端で黙々と走り込んでいた。
(シロア先輩が、自分から走り込みをっ!
もう、授業前に現実逃避してた先輩が
懐かしく感じますよ、俺‥‥‥!)
アイトは謎の感慨に耽っていた。体力が致命的に無いことを気にしているシロア。
以前は身体を動かす系の授業前には現実逃避していた彼女が、今は努力している姿に心打たれているのだ。
「‥‥‥(はあ、はあ、はあ‥‥‥っ!?)」
やがて円を周回するように走っていたシロアが、見学者たちの近くを通る。そして、多くの視線に気付く。
「‥‥‥(あわあわっ! あわ、ハッ!)」
シロアは両手を突き出して焦り始めたが、何かに気付いたよう反応を見せる。
「‥‥‥(たたたっ、ギュ〜!)」
「え、し、シロア先輩っ?」
そして走り寄り、アイトの背中へ身を寄せた。いや、隠れた。
見学者からの注目を浴びている事で、シロアは完全に怯えている。
そんな彼女の行動に、見学者の一部が別の意味で反応する。
「シロア・クロートさんが抱き付いたっ」
「え〜! もしかしてそういう関係とか!?」
「たしか、アイト・ディスローグ先輩だよね。
あの『迅雷』マリア先輩の弟さん」
「じゃあ全然有り得るかも〜」
小声でのざわめきに対し、アイトは反応に困っていた。
背中に隠れるシロアを見ると、彼女は涙目でぷるぷると震えていた。それをさすがに見過ごすわけにはいかない。
「ふっ、何か言うべきじゃないローグくん?」
「お前ぜったい楽しんでるよな??」
すると悪戯っ子のような笑みを浮かべたユニカに提案され(揶揄われ)、アイトは小声で嗜める。
「ねえディスローグくん。
見学の邪魔しないでくれない??
ルーク先輩が自主練やめちゃったんだけど?」
「助けてくれてもいいんだよ??」
システィアはどこまでも自分が興味あることしか話さなかった。アイトも思わず嫌味を含んだ言葉で言い返すほどである。
すると今の状況に気付いたのか、1人の男が歩き寄ってくる。
「シロアがそこまで懐いてるなんて。
さすがマリアの弟くん。血は争えないね」
そう言ってアイトたちに話しかけてくる人物を見た見学者たちは緊張した様子で姿勢を正す。
アイトは、自分の前に来た男の名を呟いていた。
「ルーク王子‥‥‥」
「そんな仰々しく呼ばなくても。
先輩でいいよ、アイトくん?」
ルーク・グロッサは少し寂しそうに苦笑いを浮かべた。
するとシスティアが一歩前に踏み出し、ルークに話しかける。
「ルーク先輩、私が相手しましょうか?」
そう、明らかに好戦的な目付きで。
「確か君は、システィアさんだよね。
挨拶よりも先にその言葉が出るなんて、
さすがスカーレットの妹さんだ」
ルークがそう言って微笑むと、システィアは不服そうに視線を逸らした。
やがて、ルークの視線はアイトへと戻る。
「マリアに似て、君も真面目そうだ。
確か君の妹さんがこの中にいるんだよね?」
「は、はい」
「それにシスティアさんの弟さんも」
「そーですね」
アイトとシスティアの返事に対し、真っ先に反応した者がいた。だが、それは質問したルークではなかった。
「‥‥‥(アイくんとマリアさんの妹さんっ)」
シロアである。彼女は怯えていた様子から一転、目を輝かせて見学者たちの方をたびたび見ていた(アイトの背中から)。
「よければ2人とも、後日にマリアと
スカーレットを含めてお茶でもしよう」
一方、ルークはそう言って微笑むと見学者たちの方を向く。当然、王国の王子である彼の視線に皆は緊張が増す。
「皆さん初めまして、ルーク・グロッサです。
今日は見学会に来ていただきありがとう。
生徒会長として、誠に感謝します」
ルークが礼儀正しく頭を下げると、見学者たちは『そんな、とんでもない』と言わんばかりに首を振って声を出していた。
「聞きたいことがあれば、なんでもどうぞ。
僕に答えられる範囲であれば」
ルークが快く質問を受け付けるが、見学者の誰も口すら開かない‥‥‥ということはなかった。
「ディーレイと申します。
ルーク様、ご質問よろしいでしょうか」
茶髪の癖毛が特徴的な少年が挙手しながら声を出す。ルークは手を差し出して『どうぞ』と促した。
「グロッサ王立学園の中で、
最も強いのはルーク様でしょうか?」
ディーレイの質問に、周囲がざわつき始める。明らかに、学園生活に関することではない。
「ディーレイくんっ」
「何言ってやがるのですかこいつは???」
彼の近くにいた見学者、カレンとスニカが声を漏らす。
「俺は、学園で誰が最も強いのか知りたいんです」
だが、ディーレイは全く引かなかった。
もう止めることは出来ない。そう悟った皆は驚きながらも、ルークの返答を待つしかなかった。
するとルークは苦笑いを浮かべながら、答える。
「面白いけど、ちょっと答えづらい質問だね。
一学生である僕よりも、先生の方が
正確に答えてくれると思うけど」
「〜!?」
ルークの発言に、担当の教師は狼狽して手を振り出す。そんな畏れ多い発言は出来ないと言わんばかりに。
「いえ、ルーク様の口から聞きたいのです。
現グロッサ王国最強と名高い、ルーク様に」
ディーレイはまたも引かなかった。それどころか、さらに追求して要求する。他の見学者たちは彼の態度に、同じ見学者として居た堪れない気持ちでいっぱいになった。
「‥‥‥へぇ。君、なかなか面白いね」
ルークは不敵に笑うと、周囲が淀んだ。そう、『聖騎士』の力によって。
見学者たちは一斉に距離を取った。その中には腰が抜けて動けない者もいる。
(ーーーなんて圧だ‥‥‥)
アイトは、自分の手を強く握り締める。気を強く持たないと、見学者たちと同じように足が竦みそうになっていたからだ。
そして思わず臨戦体勢に入ってしまいそうになるのを、必死に理性で押し留める。
「さすがっ‥‥‥!」
システィアは鬼気迫る表情で笑いながら、アイトと同様に動かず耐えている。だが狂気的な笑みは、いかにも好戦的な反応を示している。
「えっ‥‥‥?」
またユニカは驚き、目を見開きながら一点を見つめている。
「‥‥‥っ」
そしてディーレイは、元いた場所から4歩ほど下がった位置で歯を噛み締めていた。足も小刻みに震え、いかにも倒れる寸前である。
「ーーーってごめん。揶揄いすぎたよ」
すると、ルークは謝罪を述べて圧を拭い去る。
見学者たちはやっと落ち着けると言わんばかりに息を吸い込んだ。まるで、さっきまで呼吸すら敵わなかったかのように。
見学者たちは正直質問どころではなかったが、ルークは話しだす。
「正直、学園で最強なんて僕にも分からない。
強さにも様々な視点や分野があるし、
5学年もあるから把握も難しい。
それでも名が知れ渡っている者は
自信を持って強いと言えるんじゃないかな。
例えばーーー最年少隊員の彼女とか」
ルークが視線を合わせたのは、今もアイトの後ろに隠れているシロア。
そして、ルークの視線は、とある2人へ行き交う。
「あと、君たちのお姉さんとかね」
アイトは苦笑いを浮かべ、システィアは不機嫌そうに目を逸らしていた。
そして、ルークは自分自身のことを微塵も話さなかった。
そのことが、逆に絶対の自信を持っているようにも感じられた。
やがて、ルークの視線は質問者のディーレイへと戻る。
「質問の返答はこれでいいかな?」
「‥‥‥はい、ありがとうございました」
ディーレイは冷や汗をかきながら、かろうじて頭を下げる。下げている間、彼は悔しそうに歯を噛み締めていた。
「それじゃあ、遠慮せずに見学してください」
ルークが軽く会釈すると、踵を返して授業に戻っていった。
「‥‥‥(ぺこっ、ペコペコっ)」
それはアイトの背中に隠れていたシロアも同様である。見学者たちに数回ほど頭を下げ、小走りで戻っていった。
「それでは、次は学内の授業を
見に行きましょうか!」
教師が皆を先導するように歩き始めると、見学者たちも各々後を追う。
「‥‥‥あれが王国最強」
そんな中、ディーレイは独り言を呟く。何か思うところがある様子だった。
「これ、もう私いなくていいんじゃないの??」
自分本位な愚痴を小声で漏らしたシスティアは渋々ついていく。
「怒られるから絶対やめてね???」
それを隣にいたアイトが必死に警告する。システィアは空返事を返すのみ。アイトは苦労の一息をつく。
すると突然、彼の背後に立ったユニカが視線を下に落とす。
「ローグくん、靴紐ほどけてるわよ?」
「え?」
アイトは足を止めて自分の靴に視線を送る。靴紐は別に解けていないーーー。
だが足を止めたことで、2人とシスティアの間には少しだけ距離ができた。
「振り向かずに、耳を澄まして話を聞いて」
その瞬間、別の要件がアイトの耳に入ることになる。
見学会は、まだ始まったばかり。