妹と王都
グロッサ王国、王都ローデリア。
「ここが私とアイトが在籍してる王立学園よ!
設備が充実していて、生徒数も多いわ!
明日の見学会、アイトが案内してくれるからね!」
「‥‥‥別に、どうでもいい」
「っ、今からは私の好きなとこ紹介するからねっ!」
顔を合わせずに下を向きながら小声で呟くアリサを、マリアが強引に連れ回す。そんな彼女の様子は、誰が見てもぎこちない。
そして2人と距離をとって歩きながら、アイトは様子を伺っていた。
『‥‥‥‥‥‥』
駅での挨拶を無視されたことが、完全に尾を引いていた。
アイトは、次に何を話せばいいのか全く分からない。
なぜ、アリサが怒っているのか分からない。
なぜーーーアリサが変わってしまったのか分からない。
「アイト〜! なに立ち止まってるの〜!?」
「あ、ごめん今いく!」
そう考えるあまり足が停止していたアイトは、急いで姉と妹の後を追いかける。
その後、アイトは前を歩く2人を観察する。
「アリサ、ちゃんと勉強してる?」
「‥‥‥してるに決まってるじゃん」
「自分の得意な魔法とか、把握してる?」
「‥‥‥知らない」
このようにマリアが積極的に話しかけ、アリサが簡潔に答えるという状態が続いていた。
少し気まずくなり始めた3人に、目的の場所が見え始める。マリアが指を差しながら意気揚々と話し始めた。
「あれよアリサ! 『マーズメルティ』!
お菓子がすっごく美味しくて、お店の雰囲気も
すごく良いの。それに、店員がみんな可愛い!」
「‥‥‥おかし」
アリサは短く呟いただけ。だが、その呟いた内容が明らかに興味ありげだった。
「行きましょ!」
その事が嬉しかったのか、マリアは笑顔でアリサの手を引っ張っていく。ちなみにアイトは空気。
2人(と後ろの1人)が店の前に近づいていくと、不意に足が止まる。
「ただいま『マーズメルティ』では、
明日行われるグロッサ王立学園の見学会
応援キャンペーン中で〜す!」
それは店の前で看板を持つ、銀髪ロングの売り子が気になったからだ。
「見学会に参加される方は、こちらから無償で
当店自慢のお菓子を1つプレゼント〜!
『見学会の参加証』を見せていただくだけです!
また、期間限定の商品も販売してま〜す!」
売り子は笑顔で銀髪を振り乱しながら、看板を縦横無尽に振り回す。
「だってアリサ! せっかくだから行きましょ!?」
「‥‥‥うん」
売り子の話が魅力的すぎたのか、マリアが興奮した様子でアリサを引っ張っていく。
(‥‥‥おい)
そして、アイトは売り子を見て固まっていた。銀髪ツインテールではないが、笑顔と明るい口調は普段と全く変わらない。
(カンナ‥‥‥張り切りすぎだろ)
見学会の参加者を狙った商売の真意に気付かないほど、アイトは鈍くない(?)。
(アリサのためか‥‥‥みんな、ありがとう)
自分の妹のためにやってくれていると気づき、アイトは感謝していた。
その事をマリアたちが知るわけもなく、売り子であるカンナに近づいていく。
「あ、常連のマリアさん! いらっしゃいませ〜!」
カンナはニコッと眩しい笑顔で話しかける。マリアは嬉しそうに口を開く。
「今、見学会応援キャンペーン中なんでしょ?
それなら、ぜひこの子を紹介させて!」
マリアが隣の少女に肩を置くと、カンナは視線を少女に合わせる。
「もちろん大丈夫ですよ〜!
見学会の参加証を見せーーーってまさか!?
もももしかして、マリアさんの妹さん!?」
「‥‥‥だったら、なに」
大袈裟に驚いて交代するカンナに、アリサは訝しげに呟く。その一部始終を見ていたアイトは苦笑いを浮かべていた。
「ね、念の為! 参加証を見せてください!」
「‥‥‥これ」
アリサは控えめに、胸ポケットから参加証を取り出す。
「は、はい確認致しました!
ね、念のためお名前聞かせていただいても!?」
「‥‥‥アリサ・ディスローグ」
「ででですよねっ! 本日は『マーズメルティ』への
ご来店、誠にありがとうございますっ!
来年の入学、心待ちにしています!」
「‥‥‥」
「さ、3名様、ご案内です〜!!」
緊張した様子でカンナが店内へ知らせにいくと、アイトはその場にしゃがみ込む。
「ごめん、ちょっと靴に何か入ったみたいだから
2人で先に店内に入ってて」
「何やってんのアイト〜。もう、わかったわ。
さ、行きましょアリサ!!」
「‥‥‥うん」
こうしてアイトの予定通り(?)、2人を先に行かせることに成功する。
「あ、お客様!」
その狙いは外に出て来た売り子、カンナと話をするためだった。
「こっちこっちっ」
カンナは嬉しそうにアイトの手を引いて、店舗の裏へと連れて行く。
そして人目がつかなくなると、振り返って口を開いた。
「えへへ、驚いた?」
「まさかアリサが王都に来ることを知ってたことに
驚いた。え、情報どこから漏れてる?」
「大丈夫、メリナから聞いただけだから!
それにしてもアリサちゃん、可愛いね〜!
聞いてた感じと違ったけど、可愛いすぎ〜♡」
「? 聞いてた?」
「いやなんでもないよ可愛すぎるってことだよ!?」
墓穴を掘ったカンナは懸命に隠していると、アイトは穏やかな表情で口を開いた。
「‥‥‥ありがとう」
「え!? ど、どうしたの急に?」
「アリサのことだよ。ありがとう。
こんな歓迎してもらえてすごく嬉しい」
「歓迎するのは当たり前だよっ!
君の家族なんだから、大切に決まってるでしょ!」
「‥‥‥ありがとう」
「えへへ、でも喜んでもらえて嬉しいなぁ〜。
さ、レスタくんも早く中に入ろ!」
「その呼び方、みんなの前ではやめてね!?」
そう言いつつ、アイトは嬉しそうにカンナの後についていった。
「先ほどの2名さまのお連れ様、ご案内〜!」
カンナの明るい声と共に扉が開かれ、アイトは店内へ入っていく。
中の様子を見ると、商品棚の前で会話しているマリアとアリサがいた。
「お兄ちゃ〜ん!!」
アイトは2人の元へ足を進め始めるとーーー側面から思いっきり体当たりされた。
「お兄ちゃ〜ん♡」
1人の店員の爆弾発言と行動が、文字通り空気を凍りつかせる。いや、実際に凍っていた。
「‥‥‥」
アリサは遠目から、汚物を見るような目で店員に抱きつかれている兄を睨みつけていた。
「み、ミアちゃん〜!?
売り上げのためとはいえ、露骨すぎるよ〜!?」
慌てたカンナは張り詰めた笑顔で元凶の首根っこを掴む。元凶は「あ! 離せ銀髪女!!」と声を荒げる。
「ご迷惑おかけしました、ごゆっくり〜!!」
だがカンナは笑顔を崩さずに元凶を控え室へ連行していった。
そして、アイトたちは席についてお菓子を食べ始める。見学キャンペーンのお菓子はお持ち帰りで、他に注文したお菓子と飲み物は最後に支払うことになる。
3人の中で、最も食べる量が多いのはアリサだった。むしろ、アイトが1番少なかった。
「あ、これ美味しい!」
「ホントだ、美味い」
「‥‥‥」
話題を作ろうと必死なマリア、便乗するアイト、黙々と食べ続けるアリサ。
その後は話すことがなくなり、息苦しくなるほどの沈黙が続く。
「‥‥‥ごちそうさま」
すると真っ先に食べ終えたアリサが立ち上がって扉へ向かう。
「ま、まっふぇ! (ま、待って!)」
まだお菓子を食べ終わってないマリアが大急ぎで後を追いかける。
「ーーーえ、俺が払うの?」
出ていく2人を見て、アイトは渋々会計を済ませることになった。
「ご、ごめんねっ!」
会計をしながら、申し訳なさそうに頭を下げるカンナ。
「いや、カンナたちのせいじゃない。
それに、アリサにお菓子ありがとう」
アイトは感謝を告げて、『マーズメルティ』を出て行くのだった。
(アリサ、どうしてこんなにも変わったんだ?)
お菓子を食べてもアリサの機嫌が良くなる傾向は見られず、アイトは原因を考え始める。
それに対してマリアは、行動で引っ張ろうとしていた。彼女はアリサの前に回り込む。
「ね、アリサ! どこか行きたい所ある?」
「‥‥‥疲れたから、もう休む」
だが、アリサは拒否の反応を示す。
「えっ‥‥‥でもまだお昼だしっ。
あ、そうだ! 美味しい店知ってるから
お昼食べながら休憩してーーー」
「‥‥‥もう構わないで!! 宿で休む!」
マリアはなんとか引き止めようとしたが、逆にそれがアリサの機嫌を損ねてしまう。
「1人で行動できるから、子ども扱いしないで」
「あ、アリサ」
「もうついてこないでっ!」
そして、アリサは掴まれた手を振り解いて走り去ってしまった。
「待ってアリサっ‥‥‥!!」
マリアはすかさず追いかけようとするが、腕を掴まれる。
「離してっ!!」
「姉さん、とりあえず落ち着いて」
掴んだのは当然、隣にいたアイトである。マリアはそんな弟を見て、信じられないといった視線を向ける。
「何言ってるの‥‥‥? なんで落ち着いてるの?
アリサが、妹が怒ってるのよ!?」
「今、姉さんが追いついたとしても意味は無い。
あの様子だと、今追いついても逆効果だと思う」
「はあ‥‥‥? あんた、本気で言ってるの‥‥‥?」
「とりあえずアリサの機嫌が悪い理由を知らないと。
姉さんが前会った時、アリサに異変はーーーっ!?」
突然、アイトの身体がよろめく。
涙を浮かべるマリアに、本気で叩かれたからだ。
アイトは目を見開いて驚いていると、マリアはそんな弟を見て益々涙を流す。
「なんでそんな平気な顔でいられるの!?
家族でしょ!? 本当に私の弟なの!?
アリサのお兄ちゃんなの!?」
「姉さん‥‥‥?」
「あたし‥‥‥あんたが、怖い‥‥‥!!」
そう言い切ったマリアは‥‥‥アリサを追いかけるためか、それとも目の前の弟から離れるためか、踵を返して走っていく。
アイトは、走り去っていく弱々しい姉の背中をただ見つめることしかできなかった。
アイトはこれまで数え切れないほどの苦渋と後悔、さらに多くの闇を知った。
(俺、何か変か‥‥‥?)
自身では気づかないほど、性格に歪みが出ていた。
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グロッサ王立学園付近、学生寮。
「‥‥‥ここが」
立派な建物を見たアリサは、思わず独り言を呟きながら通り過ぎる。
そして学生寮の近くにある、建物の前で足を止めた。
それは本来、学生寮で何か問題があった時に避難するための『仮学生寮』。
だが今は明日の見学者が安心して寝泊まりできるように、関係者たちが既に準備を済ませていた。
なんと無償で宿泊できるため、宿泊する見学者たちは大勢いる。
(早く部屋いこ‥‥‥)
アリサは1人で、仮学生寮の入り口付近へ歩いていく。
すると、アリサの意識は別の者へと向いた。
「母さんっ、僕もう行くからっ!!」
「やっぱりカレン、家で休みましょ?
近いのに、わざわざ寮で一泊なんて‥‥‥」
「他の見学者たちと交流できる貴重な機会なの!
心配しすぎだよしつこいなぁ!?
僕、もう来年から学生だよ!?」
それは、親子らしき2人の言い合い。
ホワイトブロンドの長い髪をまとめている綺麗な女性と、少し幼く見える可愛らしい黒髪の少年。
(‥‥‥なにこの人たち)
かなり呆れた様子で目を細めると、アリサは少年と目が合う。
「ーーーっ! 見られてるから離れてよっ!!」
そして少年は顔を真っ赤にして女性の手を振り解く。母親らしき女性は寂しそうな顔をしながら、アリサと目が合う。
「あ、あなたもしかしてっ」
「えっ」
すると女性はズカズカとアリサに近づいていく。アリサは驚きのあまり動くことができない。
そして、アリサは両手を握られる。
「えっ」
アリサは突然の接触にあたふたするが、手を握ってくる女性は止まらない。
「あなた、お名前は?」
「え、な、なんで言わないとーーー」
「もしかしてマリアちゃんの妹さんかしら?」
「え? そ、そうですけど‥‥‥
いったい何っーーーんぷっ!?」
アリサは、質問に肯定した事をすぐに後悔した。
女性の豊満な胸元を押し付けられ息が苦しいのと同時に、自分との現実を見せつけられて思考が停止する。
「やっぱり! あなたのお姉さんとお兄さんには
私の娘たちがいつもお世話になっています。
私は、3人の母親でーーー」
「し、知らないですよそんなのっ!!」
感極まった女性は抱擁する力を込める。アリサには相手の言ってることが全く理解できない。
「スカーレットは誰に似たのか男勝りな性格で、
友達ができないのでは心配してたのですが
マリアちゃんが仲良くしてくれてまして!
この前なんて、家に遊びに来てくれたのよっ」
「だから知らないですっ!!」
アリサは失礼を承知で抵抗を始めるが、女性は止まらなかった。
「あなたのお兄さんもシスティアと同級生で
あなたもカレンと同い年だなんて。
これは偶然とは思えない何かを感じます。
ぜひ、家族ぐるみで仲良くしていきましょっ」
「離れて、よっ!?」
「あ、あらあらぁ〜」
女性が抱擁を緩めて目を合わせた瞬間に、アリサは両手を押して距離を取る。
「はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥」
アリサは、息を乱しながら睨みつけていた。
「母さんっ!! 恥ずかしいからやめてよ!!」
少年が女性の背中を押し退けると、アリサの手を掴む。
「え、な、なん」
「ごめん協力してっ!」
そして、少年はアリサの手を引っ張って寮の中へ入っていく。
「も〜カレン〜!! 見学会が終わったら、
話を聞かせてもらいますからね〜!!」
背後から女性の声が、寮の前で虚しく響くのだった。