代表の妹
翌日。
グロッサ王立学園、1年Dクラスの教室。
クラリッサ、ポーラが3つの席を囲うように立っていた。
1つは他の2つの隣である、ギルバートの席。
「もしかして、選ばれたのは私のせいかしら」
「もう気にしてない。むしろ、感謝してる」
そしてあと2つは、昨日の件について話し合うアイトとユニカの席である。
「ふ〜ん、ローグくんって妹思いなのね」
「別に普通だろ」
アイトが淡々と返事をすると、クラリッサが前のめりになってユニカの机に手を置いた。
「全然そんなことないわよ。
アイトは妹さんを大事にしてると思うわ。
私の兄だったら、絶対に私のこと気にかけないし」
「そりゃあクラリスみたいな気の強い妹だと、
接し方に気を使うだろうよ」
「あ〜!! そうねぇ!?
ギルみたいな人が兄じゃなくて
私ほんとうによかったわぁ!!」
「あんだとっ!?」
ギルバートとクラリッサによる恒例の言い合いが始まると、アイトとポーラは苦笑いしていた。まだ慣れてないユニカは少し慌てていたが。
すると、空気に耐えかねたポーラが控えめに話し始める。
「私もお兄ちゃんがいますけど、少し苦手ですね。
年も離れてますし、気を遣ってしまいます。
なのでアイトくんみたいに気にかけてくれると、
妹さんは嬉しいと思いますよ」
「兄妹って、不思議な関係よね‥‥‥いいなぁ‥‥‥」
「? ユニカさん?」
ユニカの発言の意図が分からず、ポーラは不思議そうに首を傾げる。
意図に気づいたアイトは少し間を置いた後、話を変えた。
「というわけで俺は見学会の案内係になって、
編入したばかりのラペンシアは
在学生の見学者として参加することになった」
「確かにそれは理に適っていますねっ。
来年の新入生に妹がいることに加えて、
ユニカさんと同じクラスでもあるアイトくんなら
適任です。新入生の皆さんも緊張しないでしょうし」
「え、なんで?」
アイトが率直に聞き返すと、ポーラは控えめに微笑みながら口を開く。
「だって‥‥‥アイトくんは優しいですから」
「あ、ありがとうポーラ」
「あれ、ローグくん?
顔が赤くなってるけど、大丈夫‥‥‥っ(笑)」
「笑ってる時点で悪意あるよな!?」
このように、アイトたちは楽しい休み時間(?)を過ごした。
(代表の妹さんが‥‥‥見学会にっ!!!)
廊下から教室の中を覗く、三つ編みメガネ姿のメリナの視線には気付かずに。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『教官! 今集められる黄昏の全員を集めて!
最重要な情報を掴んだから、会議がしたい!』
ラルドは昼頃『黄昏』No.10、メリナからの連絡を受けて、即座にエルジュ本拠地にある会議室の準備を始める。
そして夕方。
会議室には、ラルドを含めて5人の黄昏メンバーが集まっていた。
「メリナの呼び出しなんて、珍しいな」
「そうだよね! すっごく重要な話に違いないよっ!
ていうかターナ、偶然近くにいたんだ〜!
これは頼りになるよっ!! ね、リゼッタ!」
「うん、ひさびさ、うれし」
「なんでミアがここにいなくちゃいけないの?
それに呼び出した張本人が遅刻って何様???」
冷静なターナ、はしゃぐカンナ、ちょこんと座るリゼッタ、悪態をつくミアの4人とーーー。
「ごめんっ遅れた!!」
息を切らしながら扉を開けて入って来た、メリナである。
「はぁ、はぁ、あれ、思ったより少ない‥‥‥?」
「そのことなんだけど!」
息を吐きながら呟くメリナに、カンナは立ち上がりそうな勢いのまま話し始めたわ、
「アクアとカイルとオリバーはギルドの任務で
グロッサ王国内にいないんだよ〜!」
「あとミストは久々の単独任務らしく、
かなり手こずってるそうだ。来れそうにない」
そしてターナも知っている情報を話すと、メリナは「それなら仕方ないね」と言って机に手を置いた。
「早くしてくれない?」
「お、おちつき」
頬杖をつきながら目を細めるミアと、震えながらも宥めるリゼッタ。そんな2人に応えるように、メリナはすぐに話し始めた。
「さっそく本題なんだけど、もうすぐ
グロッサ王立学園の見学会があるのは知ってるよね」
「え、そうなのっ!?」
すぐに話の腰を折りかねないカンナに、リゼッタは「そう、ある」とよく分からないフォローを入れて落ち着かせる。
おかげで話を折られずに済んだメリナは、一呼吸おいてから真剣な顔つきで口を開く。
「その時に、代表の妹が参加するらしいんだ!!」
メリナは率直に伝えると、真っ先に驚いていたのはーーー。
「うええっ!? レスタくんの妹ちゃんが!?
うわ〜、どんな子か早く見たいなぁ〜!!」
言うまでもなく、カンナである。その次に驚いていたのは、意外にもミアだった。
「お兄ちゃんの、妹‥‥‥?」
ミアは何を感じているか分からない表情で呟く。そんな彼女を置き去りにするように、ターナは冷静なまま話す。
「エリスから何となく話には聞いていたが、
一歳差だったのか。それは知らなかったな」
「リーと、とし、ちか」
リゼッタは自分と年齢が近いかもと少し嬉しそうだった(それが何に関係するかは全く分からない)。
こうして話を聞いた5人とラルドが各々反応していることを確認したメリナは、意気揚々と話を続ける。
「今から、私がエリスに聞いていた
代表の妹の情報を話すから」
その発言に、カンナたちの中で誰かが生唾を呑む音が聞こえた。
「名前は、アリサ・ディスローグ。
年齢だけど今はおそらく14歳。
黒髪のツインテールで背は小柄。
性格は活発で優しく、他人思い。
そして何より、代表やマリアさんの妹だけあって
圧倒的に可愛い! って前にエリスが言ってたよ」
「へ、へぇ〜さすがエリス、わかりやすいなぁ‥‥‥」
ちなみに少し引いていたのは、態度に出たカンナだけではなかった。内心、全員がエリスに引いていた。
「となると見学会の日から前後2日ばかりは、
アリサ殿が王都内に滞在するかもしれんな」
ラルドが淡々と意見を発すると、メリナは「待ってました」と言わんばかりに机を叩いた。
「そうっ! だから妹さんがなんの不安もなく、
そして楽しく滞在できるように、
事情を知ってる私たちが何かしようってこと!」
「ーーーミアは反対」
だがミアが即座に提案を拒み、話し始めた。
「そんなのミアに全く関係無いじゃん。
お兄ちゃんと血の繋がった妹といっても、
別にお兄ちゃんじゃないし。
それにお兄ちゃんが姉と妹に
組織のこと隠してるんだから、
お兄ちゃんにとってはその程度の存在でしょ」
「何言ってるのミア!
私、そういうのは良くないと思う!」
そう言ったカンナが立ち上がると、反対されたミアは睨みつける。
「はあ?」
「だって‥‥‥レスタくんがそんな人なわけないよ!
レスタくんは自分と関係のある人を大切にする!
だって会ったばかりのエリスを助けたのが、
この『エルジュ』って組織の始まりなんだから!」
「チッ‥‥‥そんなの知ってる。だからなに?」
「だったら家族なんて、大切に決まってるでしょ!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶカンナに対し、ミアは冷たかった。
「家族がいないミアには、全然わかんない〜」
「私だっていないよ!! でも、わかるよ!
だって私、いま本当に幸せだもん!!」
「何言ってるの銀髪女? 本気で意味わかんない」
煽り続けてくるミアに対し、カンナは机を叩いて前のめりに叫んだ。
「仲間って、家族みたいに感じるんだもん!」
「‥‥‥はぁ?」
ミアは完全に困惑していた。そして、顔を赤くしている。
だが、困惑したのはミアだけではなかった。
「カンナ、よくそんな恥ずかしいこと言えるな‥‥‥」
「リーも、おなじ」
「さすが他人思いのカンナ。
そんなカンナを、私は尊敬してるよ」
ターナは視線を逸らして小言を吐き、リゼッタは素直に同意し、メリナは優しく微笑む。
「‥‥‥はははっ! これは一本取られたな」
「うっさい‥‥‥おっさんは黙ってろ!」
笑うラルドに悪態をつくミアを見て、カンナは全く分からなかった。
「え、私なにか変なこと言った?
レスタくんはマリアさんもアリサちゃんも
大切にしてると思うって言いたくて!
だから見学会に参加するアリサちゃんを
気にかけるのは間違いじゃないってーーー」
「もうわかったから黙ってよ銀髪女ッ!?」
ミアはもう、価値観が理解できない相手と話したくなかった。
「もうっ!! ミアはお兄ちゃんのためだからッ!!」
最終的にミアは渋々了承し、不機嫌そうに腕を組んだ。
「代表の妹さんに何かあったら、代表が悲しむ!
だから絶対、妹さんに楽しんでもらおう!!」
「お〜!!」
メリナの宣言に、声かけしたのはカンナだけだった。他は恥ずかしそうに頷いている。
こうしてアリサ・ディスローグが楽しく過ごせるように、メリナたちは準備を始めるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
同時刻、グロッサ王立学園内。
「システィア、見学会は頼むぞ?
くれぐれも、可愛い弟をイジメるなよ」
「どこが可愛いのよ。あんな根性なし」
空き教室で、不安な空気が流れ始める。
姉に連れて来られたシスティアは、不機嫌そうに睨みつける。
スカーレットはそんな妹を無視して、話を続ける。
「システィア、お前の魂胆はわかっている」
「あ〜、カレンのためだけど? 私優しいから」
さっきとは真逆の発言をするシスティアに、スカーレットはため息をつく。
「後輩くんと試合形式で戦いたいだけだろ?
あの提案は少し不自然だったからな。
最悪の場合、ルーク先輩やマリアに
勘付かれてもおかしくない。
いったい、何をしているんだ??」
「っ‥‥‥はぁ? なに姉貴。
もしかしてあいつのこと好きなの?」
目を細めた姉の威圧感にシスティアは一瞬気圧されたが、すぐに煽るような言い返しをした。
スカーレットは妹の挑発には乗らず、むしろ返した。
「ああ、好きだよ?
だってあの子、面白いじゃないか。
少なからず興味はある。
こんなことはルーク先輩以来だ。
もしかすれば、この興味が好意にーーー」
「っ、ふざけんじゃないわよ!!」
勢いに乗せられたのはシスティアだった。不機嫌な様子を隠さずに、スカーレットへと前進する。
「早く要件を言えっ!! いちいちウザいッ!!」
「もう言ったぞ? 『見学会でカレンを頼む』。
『後輩くんに関することを不用心に発言するな』。
私が言いたいのは、これで全部だ」
「‥‥‥そんなことで、ここまで連れてくんな!!」
怒りが爆発したシスティアは、わざと姉にぶつかりながらすれ違い、勢いよく扉を開けて出ていく。
「ふぅ。我が妹ながら、なぜあんなに気性が荒いのか。
‥‥‥ん、そういうことか? 今回は重いのか‥‥‥」
残されたスカーレットは、完全に的外れな結論に至っていた。
「なんで‥‥‥私よりあいつを気にかけんのよッ!?」
誰もいない静かな廊下を歩くシスティアは、本音がダダ漏れになっていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
やがて数日が経過し、いよいよグロッサ王立学園の見学会の前日。
グロッサ王国、王都の最寄り駅。
蒸気機関車が何番も通り過ぎていき、多くの人が賑わう中に混じっていたのは。
「結局、姉さんも来てるじゃん」
「当たり前でしょ!!
見学会が無理なだけで、今日は会えるんだから!」
我らが主人公のアイトと、彼の姉であるマリア。
時刻は朝。いつもは当然、学園で授業を受けている時間。
だが今回は教師たちが見学会の準備を行うということで、学生は休日扱い。
マリアも『ルーライト』としての任務は無い。ルークが気を利かせた事は誰も知らない。
そして2人は、自分たちの妹であるアリサ・ディスローグの到着を待ち侘びていた。
「あんた、アリサに会うのいつぶり?」
「入学前から会ってないから、半年くらいかな」
「うわ、冷たい弟ね」
「か、返す言葉もございません‥‥‥」
そんな家族ならではの会話(?)をしながら、2人は妹の到着を待つ。
「アリサ、大丈夫かしら‥‥‥乗り間違いとか
してないかしら。変な人に絡まれたりとか‥‥‥」
「まだ到着時刻じゃない内に考えすぎてたら
キリが無いと思うけど。心配なのはわかるけどさ」
「そうだけど! そうなんだけど!!
あの子は可愛すぎるから私、心配で心配で‥‥‥!!」
(出たよ姉さんのアリサ好きが‥‥‥)
まるで自分にはそんな気持ちを向けられてないと言わんばかりに内心で呟くアイト。
「それに最近、お父さんとお母さんからの手紙で
『アリサに元気がない。もしかしたら
見学会のことで不安になってるかもしれない。
だから2人も気にかけてやって欲しい』って
書かれてたから‥‥‥!! お姉ちゃん心配っ」
「それ、もっと前もって俺に知らせてくれない??」
少し落ち着きのないマリアを宥めているうちに、機関車の到着時刻が迫る。
すると示し合わせたかのように、2人の前に蒸気機関車が止まる。
会話をやめて前を向くアイトと、緊張のあまり生唾を飲んで凝視するマリア。
蒸気が停止の合図のように吹き出し、やがて扉が開く。
大勢の乗客が駅に降りる中、アイトは妹の特徴である黒髪ツインテールの少女を探す。
(いないな‥‥‥アリサ、まだ降りて来てないのか?)
「!! アリサぁ〜〜!!!!!」
そんな疑問を打ち砕くかのように、隣のマリアが一目散に走り出し、降りてきた人物に抱き着く。
相手は嫌そうにマリアの背中を叩き、離れさせる。
「え‥‥‥?」
アイトは、その少女を見て思わず声が漏れていた。マリアは嬉しそうに話しかける。
「ひさしぶりね、アリサ! 髪伸びたわね〜!
かなり印象変わったわよ? イメチェン?」
「‥‥‥そんなの関係ないでしょ。
ていうか、なんで待ち伏せしてるの‥‥‥
恥ずかしいから、やめて」
そう呟いた少女は伸びきった黒髪を、纏めることなく真っ直ぐ下ろしている。以前のツインテールは見る影もない。
むしろ、気にしてないと言わんばかりに髪が無造作に伸びている。
それに加え、目を覆い隠すほど長い前髪。左目に至っては、アイトの視線に入らない。
「あ、あれがアリサ‥‥‥?」
アイトは、驚きを隠せない。少し離れた所にいる兄に気づいていないのか、少女は目の前にいる姉を睨みつける。
「恥ずかしいから、ベタベタ触らないで」
「ど、どうしたのアリサ?」
そして何より‥‥‥アイトの記憶に残っていた明るく活発な妹と今の妹は、完全に別人だった。
するとアリサが早歩きでアイトの方へ近づいてくる。アイトは一瞬驚くも、すぐに心の準備を始める。
「ひ、久しぶりアリサ。元気にしてたか?」
そしてなるべく自然に振る舞うことを意識しながら、近づいてくる妹に話しかけた。
「‥‥‥‥‥‥」
「ーーーえっ??」
アリサは、まるで兄に気づいていないかのように目線を下げたまま横切っていく。
アイトが思わず声を出してしまうほど、完全に無視されたのだ。
「アイトっ、あんた何したのよっ!?」
マリアが小声ながらも本気で叱り、すぐにアリサの後を追いかけていく。だが、アイトは何も返事できない。
(アリサ‥‥‥?)
そして、訳も分からず立ち尽くすのだった。